<第三章:獣の王> 【05】


【05】


「何てことだ………」

 衛兵長の報告を受け、レムリア王が真っ青になっていた。

 所変わって、王城の調理場。

 悪巧みと機密性の高い話題は大体ここでする。

「といっても、キウスは――――――」

 衛兵長に秘密を漏らしても良いか、王にアイコンタクトを送る。

「デブラなら安心せよ。口は堅い。秘密を吐くなら死を選ぶ」

 一応の確認は出来たので話す。

「といってもキウスは、僕に執政官の暗殺を依頼してきた。今頃、執政官を処分しているかも」

「それだ。それが良くないのだ。代行英雄め、余に執政官殺しを押し付けるやもしれん。見返りに何を要求してくるやら」

「いやぁ、そういう人間ではないかと」

 脅すより、ぶん殴るタイプだ。

 キウスは。

「いいや、そういう人間だ。人というものは、そういうものだ。英雄とて変わらん」

 レムリア王曰く違うらしい。

「事、集団、組織の英雄である。本人の人格など、いくらでも殺せる。殺して利益を取る。今この場合、一番の定石は邪魔な執政官を消して、余に罪をなすりつける事だ」

「なるほど~」

 呑気に返事した。

「では、レムリア王。大変でしょうが後は――――――」

「貴様。何、部外者面して逃げようとしている?」

 王からは逃げられなかった。

「僕、関係ありますか?」

「あるだろ! 助手を殺したのは誰だ!」

「壊したの間違いでしょ?」

「それだ。それも悩みの種だ。………………薄々気付いていたが、あのような人外に執政官をやらせるとは。エリュシオンは何を考えているのだ? これは竜の尻尾を踏んだやもしれんぞ」

「それじゃ、いわせてもらいますが」

 色々思い出して腹が立って来た。

「僕が捕らえられる前に抗議しろよ。こっちは、あんたに無理矢理仕事やらされた上に捕縛されて、拷問を受けたんだぞ! これ以上の面倒は知るか!」

 僕には珍しい正論である。

「だが、何だあの料理は! 場末の料理屋で出すようなモノだぞ! 特に最後のは酷かった!」

「うるせぇなぁ! ラーメン屋の娘の限界だよ! 執政官は美味いっていってただろ!」

 別に瑠津子さんのせいではない。

 と、心の中で詫びておこう。

「いいや、明らかに貴様は手を抜いていた! それは料理からヒシヒシと感じたぞ!」

「当たり前だろぉぉ! 食うのが早いんだよ! 準備がなってないんだよ! 僕はハナからやる気がねぇんだよ! またダンジョンにも潜れないし、攻略のメドもたってないし!」

「王命であるぞ! ダンジョンとどっちが大事だと思っている?!」

「ダンジョンに決まってるだろ! このハゲー! これ以上、僕の冒険を邪魔するなー!」

「貴様、一国の王にハゲとは何だ! それに、これは剃っているだけだ!」

「ランシールを巻き込むなよ! それは止めろよ! 父親だろ!」

「デブラをやって止めたであろうが!」

「自分で来いよ! やっぱ遅いんだよ! 下手したら一生怪我が残ってたぞ!」

 ちなみに。

 ランシールは軽傷だったが、大事をとって別室で休んでいる。


「あー失礼?」


 口喧嘩を止める者が現れた。

 事務服の姿の、小柄で生白い美少年。骸骨の杖を携え、背中には小さな羽がある。

 冒険者組合の組合長だった。

「死骸の検分ですが、そちらの男を借りて良いですか?」

「持っていけ!」

 憤慨したハゲに追いやられ、僕は組合長と廊下に出た。

「お前は、何故にこう面倒ばかり起こすのだ」

「知らねぇよぉ」

 自分の事ながら流石に弱気になる。

 でも流石に今回は、僕悪くない。ハゲとエリュシオンの執政官が全部悪い。後、キウスも。

 陰鬱な気持ちで再び地下室へ。

 そこの壁には、虫の標本のように助手の死体がピン留めされていた。

「で、これは何だ?」

 僕の疑問に組合長は微笑む。

 中身の開かれた死体は、人類とはいえない代物だ。

 まず骨格。

 人間にしては骨の数が少なすぎる。形も異様で直線的、アバラはスカスカで、手足は尺骨に当たる部分が存在していない。

 内臓は更におかしい。胃は普通サイズだが腸は短く退化しているよう。後、肝臓が見当たらない。それだけではない。人間に必要な臓器が幾つも見当たらない。

「昔、悪魔がいた」

 そういうと、組合長はナイフを取り出す。ぬらっとした切れ味の良さそうな刃。それを自分の喉元に突きつけ、

「悪魔は人間を愛せず、自分が愛せるよう人形を作った。それが、この体だ」

 貫いた。

「え」

 急すぎる行為に驚くのも忘れる。

「見ろ。忌々しい」

 引き抜かれた刃には血が一滴も付着していない。そして組合長の喉の傷は、執政官と同じように再生する。

「悪魔の名は、辺境伯・聖ディマスト。この国がレムリアとなる前の支配者であり。残虐と悪逆の末に、名もなき冒険者に討たれた愚か者。それが私の製作者であり、母親であり、父親であり、恋人でもある。憎き畜生だ」

「つまり………執政官を作ったのは、あんたの親って事か?」

「違う。聖ディマストは、リリディアスの反徒だった。さる所から研究と知識を盗んで、この体を作った。ソーヤ、お前の知りたい事なら何でも教えてやる。だが、まず答えてくれ」

 いつになく必死な態度で組合長に詰め寄られる。

「これを、どうやって殺した?」

「素手で胸を一突きに」

「違う! これは物理的な手段や、魔法的な手段では絶対に殺せない。そんな事、とっくの昔に試している。私はな、竜の息吹で灰になった後でも再生したのだぞ! この三十年、親しき者が老いて行く中、死ぬ方法をずっと探してきた! それが目の前にあるのだ! お前に人の心があるなら教えろ!」

 まいったな。

 僕が使う呪いの事は、安易に話せない。しかも相手は組合長だ。ハゲも信用できないが、こいつも信用できない。しかし、この剣幕では安易にやり過ごせないし。

 あ、そうだ。

「組合長、何か箱を持ってないか?」

「箱? あるが、何だ?」

「口外できない手段なんだ。だから、メモに書いてそこに封印する。組合長が、どうしても死にたいと思ったら開けて読んでくれ。でも、約束してくれ、それまでは絶対に開けないと」

「なるほど、お前にしては最良の手段だ。約束する。その時まで絶対に開けない」

「じゃ箱」

「これだ」

 箱というか、装飾された卵を渡される。高価な宝石が散りばめられたインペリアル・イースターエッグだ。真ん中が開いて、小物を入れられる仕掛けである。

 上着のポケットからメモ用紙を取り出して、ボールペンでこう記した。


『そんな事、自分で見つけろ。バーカ』


 しっかり、こちらの共有言語で書く。メモを入れて卵を組合長に返す。

「くどいようだが、必要と感じたその時まで開くなよ」

「分かっている。添い遂げたい女性と出会うまで、厳重に封印しておく」

 組合長は大事そうに卵をポケットに入れた。

「………………」

 少し罪悪感が、でもこいつには様々な嫌がらせをされたし。その報いである。

 まあ、自分の生き死にくらい自分で見つけろって事だ。そんなモノに他人を巻き込むな。

「あ」

 一個気付いた。

 キウスが、執政官の殺害を依頼したのは、もしかしてこういう事か? キウスのような男が、他人に暗殺依頼など解せないと思っていたけど。

 ならば、この人間に似た生き物は、エリュシオンの英雄でも殺せないと?

 殺せない執政官と、それを殺せた呪い。その殺害を依頼してきた英雄。

 嫌な予感がする。

 でも、まだ情報が足りない。

 そして下手に決めつけると、それこそ死の危険がある。

「組合長、執政官って何人いるんだ? 全部このバケモノなのか?」

「執政官の正確な人数は分からない。百はいないはずだ。その全てが“これ”ではないはず。大抵の軍事作戦は、騎士団長経験者が執政官に任命されて行う。だが………………ん?」

「何だ?」

 組合長は少し考え込む。

「おかしいな。ここ最近のエリュシオンの負け戦は、こいつらが執政官となって指揮している事が多い。有利な戦でも、執政官が交代して結果的に敗戦とよく聞く」

「何だそれ、エリュシオンは戦争で負けたいのか?」

「分からん。分からんが、そういう戦略という可能性も」

「戦略………」

 ワザと負けて、後で巻き返す手段でもあるのか? 

 敵を成長させて、まとめて一気に倒す。

 魔法か? 

 いや、確かに大軍討伐用の魔法は存在する。しかし、それを防ぐ魔法もある。どちらかというと、防御魔法の方が研究されていて、諸王の戦の儀礼などにも防御魔法効果が混ざっている。

 こっちの世界の戦争とは、

 魔法の防ぎ合いに始まり、

 矢や弩で戦力を削り、

 騎兵で突撃して、

 歩兵で掃討、領地を占拠する。

 結局の所、銃の現れる前の中世洋式の戦争である。

 あれ、何かイレギュラーな魔法を見た事があるけど。ちょっと思い出せない。脳に霧がかかっているみたいだ。

 さておき。

 そうなると、まさか大量破壊兵器でも? アバドンの件もある。この世界には隠された破壊兵器など幾らでも眠っているのだ。

 その中に、核兵器クラスの兵器があるのなら―――――――

「ソーヤ、他に聞きたい事はないのか?」

「今の所は」

 階段を降りてくる音がする。

 三人分、一人は大きく尊大で、もう一人は静かに、もう一人は歩幅の小さい女性の歩き方。

「遅い!」

 お冠のレムリア王。その後ろには衛兵長と、小さく手を振るランシールがいた。

 国の一大事なので焦ってらっしゃる。僕は逆に冷静である。どうやったら、この騒ぎから逃げ出す事ができるのか、ない頭を最大限巡らせていた。

「ソルシア、話は終わったな?」

「はい、レムリア王。お時間をいただいて―――――」

「そんなモノはどうでもいい! ソーヤ、王命を下す。しかと受けよ!」

 あ~こういう余裕のない態度、前に見たな。

 バーフルの奴を思い出す。

「代行英雄キウスを暗殺し、執政官ユッタ、並びに助手モーニエラの殺害を押し付けよ」

「はい、お断りします」

 いい加減にしろハゲ。

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