<第三章:獣の王> 【02】


【02】


 かび臭い城の地下室。

 この場所、身を覚えがあると思ったらロラの遺体を安置した所だ。

 僕は、そこで椅子に拘束されていた。

 椅子の足と膝掛けに繋がった手枷足枷は鋼鉄製、ご丁寧に椅子も金属製。尻を置いた場所に穴が開いているのは、漏らしたら下のタライに落とす為だろう。

 当然、武器は奪われた。

 後、帽子に、カンテラに偽装した雪風、メガネと、隠しナイフのカランビットも。

 うんざり顔でドレス姿の汚物二体を眺める。

 そいつらの隣、食器台に並べられた器具を見て、更にゲンナリ。

 ペンチ、ナイフ、ハンマー、ノコギリ、釘に針と糸に包帯と薬瓶。

 拷問器具というより手術器具だ。

 腑分けした中身を入れて置く用か、大きなガラスの容器まである。

「獣の王、質問があります」

「弁護士を呼んでくれ」

 軽口を開くとハンマーで頬を殴られた。

「かっ」

 頬骨が砕けたジャリっという感触。

 脳が揺さぶられて、視界が揺れる。

「質問があります。建設的な会話をしたい」

 無表情のままハンマーを弄ぶ赤黒ドレス。

「いやいや、はぇーよ。それに頭揺らしちゃダメだろ? 今ので記憶が飛んじゃったな。ああ、ど~しよう。お前らが知りたい事、忘れちゃったよぉ~」

 徹底的に馬鹿にした口調で挑発する。

 次は腹を叩かれた。

 続いて肩、鎖骨、膝。

 肉が潰れて、骨にヒビが入る。このくらい大した事ではない。再生点が全て癒す。僕は簡単な痛みに耐えるだけでいい。

「で、これが建設的なお話か? バーカ」

 すると、赤黒はハンマーを置いてペンチを手にする。

 それを僕の目に向かって―――――

「執政官ユッタ」

 寸での所で、青黒が止めた。

「何でしょう助手モーニエラ」

「進言します。やはり、冒険者には肉体的な拷問は効果が薄いです。それに、この【獣の王】は痛みに対して高い耐性を持っている。もしくは、被虐的趣味を持っていると思われます。以上の事柄から、別のアプローチを行いましょう」

「助手モーニエラ、了承します」

「執政官ユッタ、しばしお待ちを」

 助手のようなゴミは外に出て行き、ゴミのような執政官は地下室に残る。

 何を思ったのか、執政官は急に脱いで拷問器具の上にドレスを置く。

 酒場の踊り子より簡単に下着姿になった。しかも、コルセットにガーター、ニーハイという姿で、胸と下の肝心の局部は隠していない。

 驚いたのは、その背中だ。

 背中から肋骨のような骨が生えていた。いいや、違う。これは骨だけになった羽だ。

 こいつ組合長と何か関係が?

 執政官は、包帯を手にすると僕の血を拭う。

 続いて、アルコールを浸み込ませた布で僕の膝と腿を消毒すると、そこに座った。

 思ったよりも三倍は重い。

 何だこの生汚物、“中に”何が入っている?

 いや、

「で、何がしたい?」

 意味不明である。

「この部屋には椅子が一つしかない。王子に頂いたドレスを汚したくない。肉体を休息させる合理的な行動である」

「酒場でやりゃ、良い小遣い稼ぎができそうだな。淫売」

「淫売とは、侮蔑であるか?」

「そうだ………ッ」

 ガッと、竿を掴まれた。捥がれそうな力で引っ張られる。

「この土地での再生点の研究をしたい。お前の体で試そうか?」

 千切られてはたまらない。再生点で治っても良い気分はしないし、流石に油断し過ぎだ。

 お前。

 牙を剝く。

 すれ違い様に奪い取るような食らい付き。

 食感でいえば、厚い皮に覆われた果実。ザクロを丸かじりすれば、こんな感じか。

 飲み込むつもりも、味わうつもりない。

 ゴミの肉の味など、唾液と共にすぐ吐き出す。人の喉笛が丸っと床にへばりついた。

 同時に血が、

「なっ」

 血が出ていない。

 喉に歯形の穴を開けて、ゴミは平然としていた。

 しかも、空いた穴は肉が盛り上がり一瞬で再生する。再生点? これは違う。魔力の燐光が見えなかった。別の仕組みだ。

「バケモノか」

 僕の驚く顔で、初めて執政官は笑顔を浮かべる。人を食った事のある怪物の笑顔。

 お返しと襲いかかって来る。

 口に吸い付いて、舌に噛み付いて来た。

「う! っ、ぐっ、くっ」

 口に広がる唾液と違う液体、鉄分の味が広がる。ブツっと、肉の広がる音に背筋が痺れた。

「ぐ、がっ」

 血が口から漏れる。

 視界の端に、肉を飲み込む女の喉が見えた。

「美味い料理を作る者は、舌の味も違うのか?」

「て、てめぇに味なんて分かるのかよ。バケモノが」

「そうやって、再生点で体の欠損を修復する冒険者と我々の何が違う?」

 舌の状態を確かめる。

 再生点で問題なく再生していた。思ったよりも千切られてなく、少し安心する。

 モンスターと言葉を交わすのも面倒なので、口に残っていた血を執政官の顔に吐いてやった。

「やはり、ドレスを脱いで正解でした」

 目に血が入っても平然としている。拭う事すらしない。

「これが建設的な会話ってやつか?」

「円滑なコミュニケーションの一環である。戯れともいう」

「聞いてだけはやる。さっさと本題に入れ」

 肉体を咀嚼するのがコミュニケーションとか、身も心もバケモノだな。

「源流への鍵を渡しなさい」

「何だよ、その源流って」

「お前の知識の源である」

 何をいって………………

 いや、

 まさか、

「ようやく理解したようですね」

「………………」

 こいつら、A.Iの存在に気付いているのか?

「昔々、ある異邦人は、無限の知識が詰まった本を持っていた。だが異邦人の死後、その本は誰も開く事ができなかった。本には、鍵がかけられていた。我々は、ずっとその鍵を探している」

 マズいぞ、これ。

 初期のマキナなら大丈夫だった。最悪の場合、自爆してでも情報をブロックした。

 しかし、今のマキナはマズい。

 この僕が、全権限を得られるパスワードを持っている。

 最近、ある階層で人の心を読む魔法使いに出会った。

 あの出会いから、僕は一つの危惧を抱いていた。

 人の頭にある知識を盗む術が、異世界にはあるのではないか?

 ラナに聞いた所、答えはイエスだった。

 複雑な上、成功率も低く、対象を殺す可能性もあるが、脳内の知識を盗む術はあるそうだ。

 執政官が人を拷問にかけ、結果殺す理由がそれなら、本当にマズい。

 A.Iの知識がこいつらに渡れば、世界は一変する。技術革新、いや特異点になる。それとセットなのは大量虐殺。

 しかも、相手は諸王の軍勢。陛下、もしくはマリアに及ぶ。

 僕が原因で、そんなモノを引き起こす事はできない。

「脈はあるようですね? どんな話も早いに越したことはない。話しなさい」

「なるほど、分かった」

 こいつらは生かしておけない。

 今更だが、キウスの話に乗っておくべきだった。断った方が面倒になるといったばかりに、これだ。ままならない人生である。

「素直でよろしい。円滑なコミュニケーションは――――――」

 頭突きをかまして、執政官を膝から落とす。

 頭がくらっとした。まるで鉄の感触だ。

「断る。お前らには知識の欠片も渡さない」

 と、いってもノープラン。

 最悪、椅子を倒して床に頭をぶつけて脳を破壊するか。砕けた頭から情報を吸い取られたら無意味だが、ううむ、あまり良い手ではないな。

 こうも動けないと自害も難しい。

「聞き分けのない方ですね。仕方ありません。愚行には、愚行で返しましょう」

 執政官がナイフを手にする。

「まず、再生点が尽きるまで臓腑を掻き回しましょう」

 今更気付いたけど、この椅子、床に突き刺さって固定されている。

 身動きが全く取れない。

「あー何だ。頭が滑った。謝るからもう一度会話から始めっ」

 腹を刺された。

「そうだ。胃を食べてみたい」

「ちょまて」

 口に胃液と血の味。冷たいナイフの感触が腹筋を裂いて中に潜り込む。加減が分かっているらしく。急がず、ゆっくりと。なるべく痛みと絶望を長く味合わせる手つき。

 血の混じったゲロを吐いた。

 目の前には、満面の笑みを浮かべる人を食ったバケモノの微笑。

 失念していた。

 言葉を交わす意味があるのは、人間同士の場合だけだ。こいつには無駄だった。

 この状況を打開する手段はある。

 僕が死ぬより最悪の手が一つ。

 アレを、城内で使用した場合どのくらい死傷者が出るか。呪いというモノが、建造物ではどんな形で残るのか。不明が多すぎる。犠牲も多すぎる。

 血で咽て、胃の中を空にした。

 首にぶら下がった再生点の容器は、もう三分の一ほど。痛みには耐えられる。耐えられるが、これ以上付き合う意味も見い出せない。

 複数の足音が近づく。

 助手が戻って来たようだ。

 なら、丁度良い。やって見るしか――――――


「止めなさい!」

 

 知った声が響く。

 ランシールが執政官を跳ね除け、僕に抱き着いた。

「あなた方、何という事を!」

「獣人。貴様は、卑しい身分でありながらエリュシオンの執政官に暴行を働いた。万死では足りぬ罪である」

 そういって、ゴミのような執政官はゆったりと立ち上がる。

 喉に血が詰まって声が出ない。

 マズい。マズい。

「ソーヤ! 傷は?! すぐ治療を!」

 何とか血を吐き出して声を上げた。

「ランシール後ろだ!」

 遅かった。

 助手がハンマーを振り下ろしてランシールの後頭部を打ち据える。意識を失ったランシールは、床に倒れ込んだ。

「おい」

 助手はランシールを後ろ手に縛り付けると、革袋を彼女の顔に被せる。

 僕は目一杯に全身を動かす。

 肉が裂けて血が滲み、枷は濡れるが、破壊には及ばない。

「おい、止めろッ!」

 被せた革袋の口紐は、同時に人の首を絞めるようになっていた。助手はランシールの背中に座ると、躊躇なく首を締め上げる。

 意識を取り戻したランシールは、混乱と息苦しさで体を震わせる。

 見えない表情が余計に不安を誘う。

「止めろッッ!」

 僕が叫ぶと助手は、手を止めた。

 咽かえるランシールの悲鳴が聞こえる。殺意が湧く。こいつらは生かしておけない。確実に殺す。滅ぼす。

 だが、今はそれを飲み込む。

 それよりも、守らなければならない事がある。

「話す。僕の源流についてだ」

「助手モーニエラ、素晴らしい手管です」

「執政官ユッタ。お褒めいただき感謝の極み。この獣人は、この獣の王に色目を向けていたので、もしやと思い使用しました」

「しかし、助手モーニエラ。この獣人は、レムリア王の私生児であります。痛めつけた後、問題になりませんか?」

「執政官ユッタ。これは獣人です。問題ですか?」

「なるほど、何も問題ありません」

「それは良かったです」

 二体いるから胸くそ悪さも二倍だ。

「さて、獣の王。源流に付いて話すのです」

 クソッタレゴミ助手の方が僕を見向く。両手に紐は握られたまま、返答を間違えたら締めるという意思表示。

「知識の塊を、確かに僕は持っている」

「ほう、それはどんな物ですか? 形でありますか?」

「細い板の形だ。ガラスのような素材で表面がコーティングされている」

「板? なるほど、電気的な情報端末の一種ですね。しかし、それだけではないでしょう?」

 こいつら、ある程度だが現代世界の知識を持っている。

 それはどうやって手に入れた? 何人の異邦人を殺して奪って来た?

「それだけだ」

「ああいったシステムは、バックアップがあるはずです」

「この世界に来る途中、物資のほとんどを失った。唯一残った“貴重”な一品だ」

「………………」

 助手は無言になる。

 これで家にあるタブレット端末を渡して、何とかならないものか。

 あれには、一般知識や家庭医学、簡単なサバイバル方法などの情報が入っている。それで、上手くごまかすことができれば。

「嘘ですね」

「………………」

 一発で見抜かれた。

「ッ――――――ッッ」

 再び首を絞められたランシールが、体を震わせる。

「止めろ!」

「では、いうのです」

 マズいマズいマズいぞ。

 マキナの存在をバラして良いのか? だが、今口を閉ざせばランシールが死ぬ。

 他の案が何も浮かばない。

 苦肉の策でも、この場を乗り越えるしかないのか。

 思考が悪い形でループする。

 しかしそれも、震えるランシールを見て、思考が止まった。

「意思を持つ器物がある」

「やはりですね」

 いってしまった。

「従わせる言葉もあるはずです」

「ない。自由意志がある為、この世界に危害を加えるような事はできない。僕らを痛めつける真似をすれば、お前らに協力もしないという事だ」

 自分でも苦しいのは分かっている。

「執政官ユッタ。どう思われますか?」

「助手モーニエラ。九割真実であり、一割嘘と思われます」

「同感です。執政官ユッタ。何を嘘と思いますか?」

「自由意志という部分です。助手モーニエラ。道具に、そんなモノを付ける理由はないであります。そう思わせる装置があるとしても、制御しなければならない」

「執政官ユッタ。それは、極簡単な言葉だと思われます」

「助手モーニエラ。それも同感です。物品にはそれらしい鍵はなかった。残すは、言葉か血か」

「結論は出ましたね」

「十全な答えです」

 二体が並んで僕を同時に見る。

『では、後は奪うだけです』

 四つの怪しい目が輝く。

 ガラスのような、宝石のような、魔鏡のような、人ではないモノの光。

 脳が揺れた。

 視界の歪みと、睡魔の囁き、甘い死の呼び声。

 僕の抵抗は虚しく。

 意識は一瞬で闇に落ちた。

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