<第三章:獣の王> 【01】
【01】
【189th day】
トンガリ帽子と上着を近くの椅子にかけ、エプロンを着用してコック帽を被る。
「前菜、サラダ、麺料理、パン料理、肉料理、フルーツ&デザート、お茶、締めの甘菓子」
城の調理場で、用意された食材とメニューを照らし合わせ、声に出して読み上げて行く。
瑠津子さんとテュテュの仕事は完璧だった。
全ての食材は、温めるか炒めるかして並べるだけで料理になる。
「ソーヤ、良いですか?」
「あいよ」
ランシールとメイドさん二人が料理を取りに来た。三人前の前菜を渡す。
レムリア王と、執政官、その護衛一名の三名が今日のお客様だ。
「これは何という料理でしょうか?」
「じゃがバターのアンチョビのせ」
異世界のジャガイモを蒸かして、半分に切り、バターとアンチョビを乗せ醤油を垂らした物。シンプルだが、素材が美味しいのでこれで十分。
不味い飯の大半は、下手なアレンジが原因だ。
「ランシール。何か聞かれたら、これを読み上げてくれ」
瑠津子さんの書いたお品書きを渡す。
こっちの文字で書かれた料理のあらましである。
「はい、分かりました。あの………料理はこれだけで?」
「コース料理だから、小出しで行く。後、六品出すと伝えてくれ」
「なるほどです」
こっちの贅沢といわれる料理は、一気にずらりと並べる。
そういう所は、中央も諸王も変わらない。
ランシールと、お城のメイドさんが、前菜の皿を持って調理場を出て行った。
僕は次のサラダに取りかかる。
冷水に浸した水菜を清潔な布で拭き取り、ざく切りにして皿に盛り付ける。その上に茹でた豚肉と温玉を乗せ、枝豆を撒く。
味付けは異世界の柑橘類で作ったポン酢、仕上げに特に意味はないが胡麻を高い位置からファサーとかけた。
よし、水菜と温玉の豚しゃぶサラダ完成。
流石、瑠津子さん。これ絶対美味しい奴だ。
麺料理用に取りかかろうとして、
「ソーヤ、次良いですか?」
「え、早っ」
ランシール達が、もう空いた皿を持って戻って来た。
やばいな、これ急いで作っていかないと。
「サラダはそこにあるから、各自持って行ってくれ」
『はーい』
飢えたお偉いさんとか面倒の匂いしかない。手早く次の準備に。
ザルに麺を入れお湯に麺を投下、スープも火をかける。
「雪風、タイマー頼む」
『了解であります。太麺の適正茹で時間、四分にタイマーセットします』
同時進行でパン料理に。
まず、取り出したのが薄いフライパンを二枚重ねた物。これは、一部が接続した状態になっている。パンを挟んで火にかけれる。
ようは、ホットサンドメーカーだ。
開いた状態で、スライスした食パンを置く。片側にベーコンとチーズ。ニンニクの匂い付けをしたオリーブオイルを少し。
閉じて、挟んで、直火にかける。
同じ物を後二つ用意してそれも火に。
「雪風、熱感知」
『了解であります。内部温度の観測開始。適正な状態になったらお知らせします』
ホットサンド、簡単で美味い。
我が家の朝食もこれで済ます事が多い。
でも、コース料理で出して良いのだろうか? 何か違う気も。まあ、そんな事いったら今作ってるラーメンもそうだけど。
『麺、茹で上がるまで40秒です』
手早く手早く。
どんぶりに醤油タレ、調味油、擦ったショウガを入れる。豚骨スープを入れ混ぜて合わせた。
味見。
凝縮された旨味と、隠れつつも表に出て来る醤油風味、ショウガのさっぱり感。玉ねぎ油のアクセントも良し。
『茹で上がりました』
「了解」
お湯からザルを取り出し、天高く掲げて湯切りをする。
別に意味はないが、何となくラーメン屋の気分で。
麺をスープに入れてほぐし、なじませ、チャーシューを一枚置き。揚げタマネギを盛り、辛味噌を置く。
バージョンアップした炎教の豚骨辛味噌ラーメン完成である。
シンプルイズベストだ。
「ソーヤ、もう良いですか?」
「あ、はい。どーぞどーぞ」
ランシール達は、背後で待機中だった。
トレイに乗せたラーメンをメイド達が持って行く。
『パン、適正温度であります』
「了解だ」
ホットサンドメーカーを火から離して放置。雪風のセンサーは、余熱で丁度良くなるよう探知している。
次は、メインディッシュの肉料理に。
「お、おお?」
材料と瑠津子さんのメニューを見て、首を傾げた。
フライパンに油を引き、火にかける。
用意されたのは上等な豚ヒレ肉である。ベストな熟成といえる。軽く叩いて、一口大に切る。塩コショウして、片栗粉を塗す。
用意された調味料の味見をした。
ケチャップと醤油、酒、砂糖に味噌少し、ニンニクと、デミグラスソース?
一旦、肉を放置してキャベツを取り出す。
異世界で得た剣技の全てを使用して、キャベツを千切りにした。我ながら惚れ惚れする動きで、これだけは自慢できそうだ。
油の温度は丁度良い。
ヒレ肉を焼く。
油は肉が半分ほど浸かる量。注意深く温度を見て、火が通り過ぎてパサパサにならないよう気を付けた。
「良し」
自分の勘を信じる。調味料を合わせて混ぜ合わせた。
「ソーヤ、ごめんなさい。そろそろ」
「え、マジか」
空のどんぶりを持って、ランシール達が待機していた。
早ッ。
「すまん、ランシール。ホットサンド切ってくれ」
もうちょっと肉とタレを絡めたい。後、付け合わせも作らないと。
「あ、はい。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
何を今更。
ランシールは、ホットサンドメーカーを開くと、まな板に焼けたパンを置いて斜めに包丁を入れる。別に問題ない。何を断る事があるのやら。
この調子じゃパンもすぐ消えるだろう。巻いて行こう。
タレと肉を絡め終え、三人分に別けて皿に置く。
千切りキャベツを添えて、メインディッシュ、豚ヒレ肉の照り焼き完成である。
「う、うーん?」
こんな事をいうのも何だけど、瑠津子さんってラーメン屋の娘なんだよね。
やっぱ、
あ、その。
いや、すみません。
良い仕事してるのに、ほんの一瞬だけガッカリしてしまった。
申し訳ない。
次は付け合わせ、と思ったがありがたい事に瓶から出すだけ。
ぱっと見、千切りにした人参。胡麻と、何かしらの味付け。味見してる暇がないので、小洒落た小皿に移して終了。
急ごう。
とにかく急ごう。
もう気配を感じる。
次はフルーツ&デザートで――――――
「ソーヤ」
「うそん」
もうランシールが来た。
王と執政官で早食い勝負でもしてるの?
「一口でした」
「一口なのかぁ」
執政官、何者だよ。後、レムリア王。お前は付き合うなよ。客と同じように食べなきゃいけないマナーでもあるのか?
「ランシール、この肉がメインだ。頼むぞ」
「申し訳ないです。ワタシに頼まれても」
「そだね」
無情にもメインディッシュは持っていかれる。
本当の本当に、音速で急いで、デザートに取りかかった。
「これが、スイーツ&デザート?」
二つの瓶がある。
一つには、蜂蜜漬けのショウガと何かの木の枝。
一つには、しゅわしゅわな炭酸水が入っていた。
コップに移して二つを合わせると、ジンジャーエールになった。
あ、ドライイーストで炭酸水作れるんだっけ? 重曹でも作れるから試してみたけど、妙にしょっぱくて飲めたもんじゃなかった。だが、この炭酸水はまろやかだ。
グイっと一気飲み。
調理で急いだ体に、ジンジャーエールの爽やかさが染み渡る。
美味しいけど、これがスイーツ&デザートで良いのか? 瑠津子さん、手を抜いてないか?
注意深くレシピを見ると、小さな字で追記がしてあった。
『一生懸命考えましたが、スイーツとか無理です』
正直でよろしい。
でも、早くいってくれ。
食材を漁るが、そも僕だってスイーツなんて無理だ。前一度失敗してるし。蜂蜜飴と卵ボーロが最高傑作である。
最大の問題は、僕にスイーツの研究意欲がない事。だってね、一汁三菜バランスの良い食事をすれば、スイーツなんていらないだろ。
舐めてるのか。
甘いのか?!
ちょっと自分でも、何を怒っているのかよく分からない。
「あ」
蜂蜜漬けの洋ナシを見つけた。いや、たぶん、洋ナシだと思う。一切れ取り出し、ジンジャーエールに入れた。
「………………」
ま、これでいっか。
どうにでもなーれ。スイーツ作りは苦手なんだってば。
これだけ早く食べるのだ。ここまでの評判は良いはず、調理場に怒鳴り込んでくるような事はないだろ。
ない事を願う。
来たら、適当に追い返そう。
何かもう、スイーツでケチついたせいか急激にやる気がなくなってきた。
帰りたい。
渋い顔で残りのメニューを見る。お茶は飛ばしていいな。ジンジャーエールあるから。
焼き菓子は、瑠津子さんどうせ………………
「お」
というのは杞憂だった。
袋に美味しそうなクッキーが入っている。
一つ食べると上品な甘さが口に広がる。ジンジャークッキーかな? 瑠津子さん、ショウガ好きだな。てか、ショウガってスイーツの分類なの?
謎だ。
「あの、ソーヤ。もう少し待ちます?」
「いや、完成した」
用意してあったというべきだが。
「この、え? これは」
締めの料理にランシールがダダ引きしていた。
「このクッキー、マリアが焼いたやつですよね? 偏見というわけではないですが、子供の作った料理を客人に出すのは」
瑠津子さん、自分で作ったやつじゃないのか。
そしてマリア、いつの間にクッキー作りを覚えたのだ。僕は嬉しいぞ。
さて、
「ランシール」
「はい」
ジンジャーエール、ジンジャークッキーを並べる。
「時には純朴な腕前が至上の料理となる時もある」
「な、なるほど、そうなのですか」
嘘を吐きました。
もう面倒なだけです。瑠津子さんが悪いとかそういう事ではない。任せたのは僕だし、全ての責任は僕にある。
つまりもう、帰っても良いのだ。
僕は僕の責任でバックレるのだ。
何の問題もない。
「では」
コック帽を置き、エプロンを外す。上着を羽織って、トンガリ帽子を目深に被った。
メイドさん方、片付けは任せた。
「これとは別にですね。執政官の方が、ソーヤの顔が見たいそうです」
オブッ。
「それって、行かないとマズい?」
「マズいです」
「急用ができたとか、駄目か?」
「駄目です。今連れて来いと王命されたので」
「ハァー」
深いため息を一つ。
「行くよ」
ランシールに迷惑はかけられない。どうせ逃げても、後で召喚されそうだし。
微妙なスイーツを持ったメイドさんの後に続く。
気のせいか、収監される囚人の気分である。
やっぱ僕の料理の腕は、自炊に毛が生えたレベルだ。今までの評判なんて運だ。運。実力なんて欠片もない。何故に料理なんて挑戦しようとしたのやら、全く。
何度か足を運んだ事のある城の食堂に到着。
長いテーブルを挟んで三人の人物がいる。
左手にはレムリア王と、
右手には少女が二人。
二人共、栗毛の美少女である。病的な白い肌と、美貌や慎ましい体型は複製したように瓜二つ。僕を見る目線すらも同じ、寸分違わず同じタイミング。
人外じみた美しさと不気味さ。
まるで陶器人形のオートマタだ。
違うの点は、
一人は、インナーの一部に赤をあしらった黒いドレスを身にまとい。
一人は、青をあしらった黒いドレスを身にまとっている。
「ソーヤ、礼を忘れているぞ」
「失礼しました」
レムリア王に注意されて頭を下げる。
頭を上げても、ガラスのような瞳が僕を見つめていた。
何だ。
この不愉快さ。
何故だ。
こいつら二人、何でマリアに、いいや、ミスラニカ様に似ている?
「赤いドレスの御方が、執政官ユッタ・エーレーネ・ガルガンチュア様。青いドレスの御方は、その助手モーニエラ様。二方共、立場ある御方だ。上級冒険者とはいえ、一庶民である貴様が、お目通りできるだけでも光栄な事である」
「はい、緊張のあまり礼を忘れました」
王の言葉が耳を過ぎる。
続いて響いたのは、思ったよりも澄んだ声だ。
「美味な料理でした。冒険者」
「ありがとうございます」
言葉には、最大限感謝の感情を込めた。だが僕の目は、赤いドレスの女の奥の奥を見ようとしている。実際に目を閉じなくとも、意識に暗闇を作れば気配を見れる。
歪な生命の闇。
感じた事のない気配だ。モンスターとも、獣とも、勇士とも、英雄とも違う。
ミスラニカ様と似ているというのは、全くの勘違いだ。
あの人の奥底にあるのは、常闇のような悲しみと、月明かりのような慈愛。
こんな生きた汚物ではない。
「失礼します」
メイドさん二人がジンジャーエールとクッキーを、汚物の前に置く。
汚物はそれを、ゴミ箱に捨てるように口に流し込んだ。
レムリア王も額に汗を流して急いでクッキーを掻き込み、ジンジャーエールで飲み干す。
やっぱり。
客人と同じタイミングで、食べ終えなければならないマナーがあるみたいだ。
王がしんどそうなのは、そのせいだろう。
てか、汚物から咀嚼する音がしない。こいつら、そのまま飲み干している。
不気味過ぎるだろ。
そもそも、味覚はあるのか?
「冒険者。大変美味です。一つ訊ねます」
「はい、何でしょう」
レシピ教えろとかいうなよ。
「これらの料理を作った【知識】は、どこから手に入れました?」
「独学で勉強した結果です」
さらりと吐いた嘘。
「助手モーニエラ、この発言は偽りと思いますか?」
赤黒ドレスの汚物が、青黒汚物に訊ねる。
「偽りです。執政官ユッタ。この冒険者は異邦人です。街の噂では、初期対応では不可能な事を、短い時間経過で解消している。【源流】が存在すると思われます」
驚いた。
この二体、声まで同じだ。
「助手モーニエラ、こちらも同じ考えであります」
「執政官様、どういう―――――」
レムリア王の言葉を遮り、汚物二体が席を立つ。
「異邦人」
「冒険者」
どちらが喋っているのか区別がつかない。
「執政官ユッタ・エーレーネ・ガルガンチュアが汝を任命する」
「助手モーニエラが実行する」
「あんたら何を」
呆けている僕に執政官が命じる。
「汝を、新たな【獣の王】と任命し、捕縛し、改宗処置とする」
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