<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ> 【05】
【05】
【187th day】
「で、やるのか?」
「やるわけないでしょ。断りましたよ」
レムリア王の言葉に、僕はウンザリと返事。
現在の時刻は昼少し前、テュテュの店、いつもの軒先である。
珍しくメルムの姿はなく、王は一人で舐めるように薄い酒を飲んでいた。丁度良いので、昨夜の事を相談した次第だ。
「英雄直々に執政官の暗殺依頼とは。ソーヤよ、これは中々面白い事な」
「僕は笑えません」
階層攻略の目途も付かないまま、トラブルを抱える事になるとは。僕の人生は、どうなっているのやら。
しかもキウスの奴、僕が断ると『では日を改めよう』と姿を消した。断るという言葉は完全に無視されている。
「そもそも、何で身内の暗殺など」
「簡単だ。強く大きな組織ほど、邪魔になるのは外敵より身内である」
そこは納得。でも、まだ足りない気がする。
「後、不正ですか?」
「要因の一つであるな。黒エルフの新生ヴィンドオブニクル軍の動きもある。中央の手が左大陸から消える日も近い。そうなれば、中央大陸は決戦の地になるであろう。執政官の訪問はな、余も昨日知らされた。急すぎる知らせだ」
同盟国への急な訪問。訳ありだろうな。
本来【執政官】の役目とは、戦時下に騎士団をまとめる事にあった。
しかし、世襲制で弱りに弱り、各騎士団の影響力など今や無いに等しい。残ったのは名ばかりの権力と、その権力を守る為に行われる陰惨な職務だ。
こいつらが各地で行っている奴隷への拷問や、獣人への迫害、無神徒達の改宗などは、実質無意味なもので、職を果たしているというアピールに過ぎない。
斜陽の大国から腐り落ちつつある部分、それが【執政官】という者達である。
そいつらがレムリアに来る。
となると、
「エリュシオンは、敗戦濃厚って事ですか?」
この地に逃げるつもりか。
「戦いというものは始まって見ないと分からぬ。だが、法王にその身内、貴族に中央商人、それこそ執政官など、財産が惜しい者は山ほどいる。火事になれば大量のネズミが逃げ出すのが世の常であるな。中央以外で安全な場所といえば、中央の息がかかった東部諸島。それに、この国の名前も上がる。これでも余は、放浪王の認定により王座を手にした者だ。連中の財産を守り、保護する理由はある」
放浪王、確か第五法王の別名だったか。
身分を隠して世界を行脚している変わり者だそうな。
それよりも、
「中央産の肥えた豚は、どんな味がするのでしょうね?」
「それはどうだろうな。腹に抱えた物に、旨味があるのは確かであるが」
レムリア王は悪そうに笑う。
はい、やっぱこのハゲ信用できないわ。ある意味、キウスの方が信用できるかも。
「キウスに執政官の急な訪問。僕はてっきり、レムリア王が裏で糸を引いているのかと」
「今回それはない。そも余は、キウスの顔も知らぬ繋がりもない」
怪しい。
だが、顔を知らないのは異世界ではよくある事。詩や噂では人の輪郭は分からない。人間は見栄を張る生き物だし、レムリア王の肖像画は若く髪がフサフサだったりする。
「さておき、ソーヤ。貴様に自慢してやろうと思ってな」
「はい?」
また若い女じゃないだろうな。ランシールに密告するぞ。
「おーい瑠津子く~ん。例のモノは出来ているかー!」
「――――――――は~い」
猫なで声でハゲは瑠津子さんを呼ぶ。狙うなら、命を賭けろよ。
「お待たせしました」
瑠津子さんが、僕らのテーブルに料理を置く。
「これは………」
「どうだ? 流石の貴様でも珍しかろう」
黄と赤のコントラスト。
チキンライスの上に黄色いフワフワの卵焼きが乗っていた。
「だが、まだ驚くなよ」
レムリア王は得意気にナイフを取り出し、卵焼きにスッと刃を通す。トロリと卵がこぼれ、チキンライスを包む。
美味そうな、オムライスである。
「更に、ここにだ」
コップに入れられたソースをかけた。カレーに似た茶褐色のソース。だが、この匂いは、
「瑠津子さん。デミグラスソースなんて、いつの間に?」
「お店で作ったんじゃないですよー。炎教で作った物を別けてもらいました」
「え、炎教で?」
余計、いつの間に。
「ほら、ソーヤさん。ラーメン作りましたよね」
「作りました」
「でも、材料あんまり消費しなかったじゃないですか」
「確かに」
豚骨とか冒険者組合の余り物だし。野菜や肉で出汁取りしても、まだまだ余っていた。
「それで、次は自分が依頼を受けたので、デミグラスソースを作りました。うろ覚えでしたけど、やれば出来るものですね」
「それは瑠津子くんがデキる女の証拠だ」
「いえいえそんな」
瑠津子さんは、おっさんの誉め言葉をさらりと流す。
デキる女の対応である。
「後ですね、チキンライスはホットドッグの赤ソースにケチャップ追加して作りました。結構、美味しいと思います。ご賞味あれ」
そんな使い方が、
「では、いただきます」
スプーンを手に、オムライスを削り一口運ぶ。
プルンとした卵は口に入ると溶けた。そこにソースが混ざり、チキンライスも絡む。米一つ一つの触感が口で踊る。小さな鶏肉に極小カットされたピーマンも手を取り、食材が卵に包まれラインダンスをしている。
それに味、味だ。
トマトソースの酸味に、微かに感じるチーズのマイルドさ、そして凝縮されたデミグラスソースの味。
不味いわけがない。
不味かろうはずがない。
「う! うま………………美味いぃぃぃぃ」
子供になって跳ね跳びたい味。
このオムライスの前では、老人でも虫取り少年に戻る。
夏休みの遊び疲れた夕方。
ちょっと小洒落た夕飯にオムライス。
そうだ。
今日は、オムライスにしよう。
あ、いかん。
あまりの美味しさに脳内で変な心象風景が。何だ、このポエム。
「瑠津子さん、美味し過ぎです」
「いやいや、大袈裟ですよ」
「ソーヤ、十分味わったな」
「へ?」
レムリア王に皿とスプーンを奪われた。
「うむ、瑠津子くん。卵のトロトロ具合が一段と。うむうむ、腕を上げたな、うむ」
よい歳のおっさんが、人のオムライスを奪いガツガツ食べる。あまりのガッツキっぷりに僕はドン引き中である。
レムリア王国のみなさーん! ここに国王がいますよー! と、叫びたい気分。
そんな僕の心の声を受け取ったのは、
「む、何だこの美味そうな匂いは?」
エリュシオンの英雄だった。
「お、ソーヤではないか。遅い朝飯だな、どれ俺も付き合おう」
キウスは無遠慮に僕らの席に座った。
オムライスをガッツキながらも、レムリア王は鋭い視線をキウスに向ける。
キウスは臆する事なく気さくに訊ねる。
「そこの御仁。その料理は何という?」
「オムライスだ。これに目をつけるとは、そなたやるな」
好印象であった。
「そこの給仕。俺にも、このオムライスを………………三つ頼む」
「瑠津子くん、余にも三つだ。付け合わせに、根菜と枝豆のピクルスも頼むぞ」
「はいは~い♪」
瑠津子さんはスカートを翻し、調理場に消える。
で、何故か。
「何お前ら?」
僕の両隣にガンメリーが二体寄って来た。
『………………』
無言で、妙に殺気立ってる。
知ってか知らずか、レムリア王は世間話をする。
「そなた一角の剣士………いや、騎士だな。真っ直ぐな背筋の癖に隙が無い。それにその堂々とした体躯と覇気。並の者ではあるまい。この国には、何の用で来た?」
いうべきか迷ったが、黙っておく事にした。
「観光だ。俺は貴族の三男でな。家は兄達に任せ放蕩三昧で世界中を回っている。御仁の慧眼通り、騎士は騎士であるが、母のくれた丈夫な体あっての事。それに良き師に出会えた事。好き嫌いをせず美味い物を何でも食べる事。これが俺の騎士たる由縁だ」
何のこっちゃ分からんが、キウスは晴れやかに嘘を吐く。
いやもしかして、これも真実だから堂々と話せるのか? 場慣れしてるなぁ。
「貴族とな、そなたエリュシオンの者か?」
「如何にも」
レムリア王は何か察した様子。
「だが、美味い物だけでは、体の毒になるぞ。酸いも甘いも苦いも辛いも、分け隔てなく食べてこそ体の薬になる。そなたのように、若く気力に溢れている時は気付かぬ事だがな」
「おお、至言であるな。所で御仁も、その佇まい。老齢とは思えぬ精気。歴戦を思わせる闘気。只者のそれではないぞ」
キウスの薄い笑み。
レムリア王も似たような微笑みで返す。
この二人、本当に面識はないのか?
「何、引退した冒険者だ。今はこうして余生を悠々と暮らしている」
「ほほう、冒険者と。一つ冒険譚を聞かせてくれぬか? よく家の子供達にせがまれるのだ」
「子供とな、歳はいくつか?」
輝かしいだけが冒険譚ではない。冒険者の王となると、酸いも甘いも色んなエピソードを持っているだろう。中には年齢制限が必要なものも。
レムリア王の質問に、
「乳飲み子から、上は二十二かな」
「大分離れているな」
「第一子は俺が十四の時の子だ。あれから………………はて何人だったか? 八人目の記念は覚えているのだが、少なくとも四、五人は増えているはずだ。合わせて家内が引き取った養子は、最早数えて分かる人数なのか」
「それは豪気な」
レムリア王が若干引くほど、キウスは子沢山だ。そういえば、レムリア王にも隠し子の存在があるとかないとか。
王位継承、揉めそうだなぁ。巻き込まれなきゃよいが。
「子供といえばこんな逸話がある」
レムリア王は、声をひそめて腰の刃物を鞘ごと取り出す。
「御仁、変わった刃物だな。ソーヤの物と似ているが」
「この剣は、異邦の技術でドワーフが鍛え上げたカタナという品だ。不思議な事に、この街の子供達はこれを“王の剣”と呼ぶ。“本物”のカタナを手にすると、この国の王になれるのだと」
「それは面白い。では、御仁とソーヤ。ここに王が二人いるわけだな」
レムリア王はニヤリと笑い。刀の鯉口を切り、刀身を覗かせる。
キウスの目が刃物と同じように鋭くなった。
「ほう、面白い。混沌とした刃だ。人の汚濁を集めて鋼に封じたような。それ故に鋭い」
ダマスカス刀を見て、英雄が感想を述べる。
「これは複製品である。ソーヤ、そなたも見せてみよ」
僕も同じように鯉口を切って、刀身を見せた。
「何だ、これは?」
魔刀を見て、英雄は顔を歪めた。
無理もない。レムリア中の鍛冶と、作ったドワーフが匙を投げたキワモノだ。
原因は素材に使っていたロラの爪、僕はこれに血を吸わせ過ぎた。
爪は、浴びた血と覆っていた金属と同化し、変性し、一つ刀身となった。
赤い渦を抱いた乱れ刃紋。
ダマスカス鋼と似ているが、あれは金属同士の混ざりであり、こっちは生物と金属の混ざりだ。
禍々しい事この上ない。
しかも、この赤い刃紋。眺めていると動いている事が分かる。時折、生命の脈動まで感じる。
魔刀ここに極まれり、これは人の手を完全に離れた。
「実に面白い」
伸ばした英雄の手を除けて、魔刀を鞘に収める。
これ、どうにも人を魅了する妙な“気”を発している。扱い注意で、下手に抜けない。
「我らのカタナ、騎士殿の慧眼にはどう映るかな?」
「うむ、凶刃であるな。王が手にする物で………………」
キウスは急に考え込む。
「いや、何ともいえん」
王に対して妙な言葉や異議があるようだ。
さて置き流す。
「それで御仁。その王のカタナとやらはどこに?」
「さあ、何処にいったのやら。遠い噂では竜が手にしたとか、遥か北の廃都に眠るとか、この街のどこかで【真の王】を待っているとか、そんな逸話である」
「なるほど、真の王か」
キウスは感心した様子。
「そうそう騎士殿。カタナの模造品でよければ、国営の鍛冶所で販売しておる。ご子息の土産に買うと良い」
「それはありがたい。是非、買って帰ろう」
形だけ似せた模造刀。人気らしいね。近々、王印を彫る予定まであるとか。まさか、今の話色んな所で話して販売促進しているのか? やっぱこのハゲ抜け目ないな。
「御仁、最後に一つ良いか?」
「何であるか?」
キウスがレムリア王に質問する。
「真の王とは何ぞ?」
「ほほう。異な質問をする。この老骨の浅はかな考えをいえば、学び鍛え、画策し、拾った幸運を逃さない者だ。そして、幸運に溺れず。幸運を腐らせない者。それに―――――」
それに?
「良い女を逃さない者だ」
お前は追っている方だろ。
「中々良い格言であるな」
バレバレの世辞だ。キウスはピンと来ていない様子。
レムリア王もそれを感じてか質問を返す。
「では、そなたにも問おう。王とは何だ?」
「強き者だ。武の強さ、人の強さ、度量の強さ、知恵の強さ、血と交友の強さ。そういうモノを全て叩き潰せる強さだ」
実に簡潔である。
ただ何というか、
「そなた………………本当にエリュシオンの出か? 左大陸の、諸王の出ではないのか?」
レムリア王も僕と同じ疑問を持っていた。
「正真正銘、俺はエリュシオンの生まれだ」
本人曰く、違うらしい。怪しい所である。
『で』
キウスとレムリア王が声を揃える。
お前はどうなのだ? という二人の目線。
「いやいや」
一般人に王とは? とかいわれても。
視界の隅、店の奥では、瑠津子さんがオムライス六点をトレイに乗せていた。
警戒を解いたガンメリー二体は、手伝いに下がる。
こいつら、何で僕の傍にいた。
微妙に逃げるタイミングがない。
仕方ない。適当に答えるか。
「正直、王たるものっていわれても僕にはさっぱりで。しかし、こんな奴は王ではないと思うモノが一つ」
「勿体ぶってないで、さっさと話すのだ」
レムリア王が急かす。
あの、上級冒険者の顔が浮かぶ。
「功遂げ身を退かぬモノ、ですね」
『ん?』
異世界の翻訳魔法の調子が悪いのか、二人には上手く伝わらなかった。
「成功した者は、いつまでも地位に留まってないで、さっさと退くのが世間の為って言葉です」
『………………ん~』
二人は同じポーズで考え込む。
僕、変な事いったか? うろ覚えの知識から、必死になって汲み取ったのに。反応悪いぞ。感心してくれよ。
「はーい、オムライス六点とピクルスサラダ盛り合わせ、お待ちどうさまです。飲料はお店からサービスですよ。今日は、良いお茶っ葉が手に入りましたから」
瑠津子さんが料理を並べる。
「うむ、来たか!」
レムリア王が一番に飛びつき。
「変な話で腹が減った所だ!」
キウスも乗る。
僕の話など知った事なく、二人はオムライスをガッツキ始めたのであった。
僕も頼もうかな。
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