<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ> 【04】


【04】


「さて、俺はつまらん前置きは嫌いだ。簡潔に問うぞ」

 場所を移し、外壁沿いの更に人気のない所に。

 夜も更け、天には怪しい月が浮かぶ。瞬く星も妖星に見えた。

「第二法王、代行英雄ヴァルナー・カルベッゾを狩り殺したのは、貴殿だな?」

「ご冗談を」

 証拠などない。あのハゲが僕を売らない限りバレはしない。

 いや仮にバレても二重、三重に予防策はある。最悪でもハゲは共倒れだ。

「では、これに見覚えはあるか?」

「――――――ッ」


 急に、


 全身が総毛立つ。


 防寒着なしで極低温に放り込まれたような、皮膚が凍り付いて肉が割れるような、心臓をザクザクと刃物で刺されるような、そんな途方もない危機感が発生した。

 生存本能が勝手に体を動かす。

 闇夜に銀の閃き。

 仕込み杖の居合い抜き。

 己の知覚すら超えた神速の斬撃。

 この世界で得た集大成ともいえる極技である。

 並みの相手なら、斬られた事すら感知させず殺せる。

 殺せるはずだ。

 問題があるなら、相手が悪かった。

 仕込み杖の刃を、毛むくじゃらの片手が受け止めていた。

 肉というより、ぶ厚いゴムの感触。わずかに裂いた感触はあるものの、骨に届くには百刃でも足りない。

「怯えも竦みもせず、刃を放つか。貴殿、やはり“獣”と戦った事があるな」

 キウスの半面と片腕は、獣と化していた。

 灰色の体毛に、鋭いかぎ爪状の五爪。丸っこく黒い鼻に、丸い耳。

 どうみても熊だ。

 それに“獰猛な”と付けるに相応しい得体。

「あんたのそれは、英雄の姿ではない。獣でも、人ですらない」

「安心せよ。己の闇も飼いならせず、何が英雄か。獣は我が身に留めている」

 熊の手が刃を放し、僕は大きく距離を取る。

 杖を放り捨て、腰の本身に手を置いた。

「刃は収めたままにせよ。今宵は戦わぬ」

「信用するとでも?」

「なら好きにするとよい。その反応は十分な証だ。だが解せぬのは、貴殿の技だ。見事な剣技といえよう。人ならば十分に殺せる。しかし、獣を殺すには足りぬ」

 いってくれたな。

 その言葉は僕のプライドを踏んでいるぞ。

「なら、試してみるか?」

「否だ。今宵は戦わぬといった。英雄に二言はない」

「二枚舌でない証拠は?」

「俺の名と武勇が証だ」

「知った事か」

「その敵愾心、エリュシオンと因縁のある者か。理由は何だ?」

「おいおい、何であんたにそんな事を」

 敵に身の上話など、アホがする事だ。

「英雄を殺すに足る理由があるなら、是非聞きたい」

「僕は、殺してなどいない」

 我ながら分かりやすい嘘である。それでも、認める事はできない。

「そうか、なら殺していないという前提で話そう」

「はい?」

 何いってんだこいつ。

「ヴァルナーが殺された理由だ。恨みか? 愚行か?」

 どうするか。

 無言で流しても利益は得られない。

 ワイルドハントで殺すにしても、言葉を交わす利益はある。

「僕の妄想の範疇でなら答えよう」

「それで良い」

 難しい相手だ。こっちの理屈を全部勘で踏みにじる。まるで陛下を相手しているような。

 いや、違う。こいつは敵だ。

「恨みと愚行、それに奸計による自爆だ。あれが英雄だと? 笑わせるな。ネズミのように仲間を裏切り、野良犬のように他人に噛み付き、最後は女々しく恨み言を吐いて獣と化した。街のチンピラ以下だ。そこらの飲んだくれの方が百倍マシだぞ」

「では、ヴァルナーと………………すまん、ド忘れした。ガシムの捨て子だ、名は――――」

「アーヴィンだ! 竜鱗のアーヴィン!」

 こいつ、挑発しているのか?!

「うむ、アーヴィン・フォズ・ガシムだ。その二名が命を賭して倒したという魔物は、獣と化したヴァルナーなのだな?」

「そうだ!」

「貴殿は協力したのか?」

「していない。アーヴィンが全てやった。一人で、身を挺し!」

「分かった」

 キウスが獣を収め、元の人間に戻った。

 戯言ではない。驚くべき事に、本当にコントロールしている。

「次に聞きたいのが、サンペリエ・ゴードルーの件だ。ある程度、想像はつくが、彼はヴァルナーの奸計に巻き込まれ命を落としたのか?」

「知らん。けど、それで間違いない」

「死因は何だ?」

「あんたと同じように半ば獣と化し、冒険者の父に倒された」

「半ば獣とな………………」

 キウスは、顎に手をやり何やら考え込む。

「ゴードルー家と第二法王の確執を考えれば合点は行く。ならばこそ、納得行かん」

「はい?」

「ルクスガルは何をしていた? あやつの凶行と、何か関係があるのか?」

「知らん」

 法王の内情など分からん。

 合わせて騎士の内情となると更に分からん。

「解せん。貴殿が嘘をいっていないから余計に解せん。ルクスガルは叩き上げの騎士ぞ。ヴァルナーの児戯など予測できるはず。なれば答えは一つとなろう。………………サンペリエを罠にはめたのはルクスガルか?」

「いや、だから知らんって」

 今更、首を跳ねられた男の話など。

「“いや”ではない。貴殿よ。考えるのだ。知恵ある者の凶行は謀略ぞ。この問題の重大な所は、誰を陥れる“はかりごと”であるかだ。ソーヤよ、聞け。ルクスガルは俺が命じてヴァルナーに付けた。ヴァルナーの幼い狂気はエリュシオンの格を落とす。俺は生まれてこの方、人を見る勘だけは間違った事はない。ルクスガルなら問題ないと任せたのだ。それが―――――」

「あんたの勘が間違っていただけだろ」

「………………」

 急に黙るな。怖いぞ。

 てか、その自信はどこから来るのだ? 自賛で盲目になる事など。

「間違いか………あり得るな。英雄とて人、俺とて人だ。一度くらい見誤る事はある。ただの見誤りなら良い。だが、見誤りでないならどうだ?」

「いや、だから」

 僕には、

「ルクスガルは大望を持っていた。それを見つけたのなら、俺の命令を蹴り捨てるのも分かる」

「その、大望とは?」

 望みという言葉で、ほんの少しだけ、ルクスガルという騎士に興味が湧く。僕に刃を向け、笑いながら死んだ男だ。そういえば、リズが出て来たのもあの後か?

「血の救済である。ルクスガルには、エリュシオンの根幹を救うという夢があった」

 あいつは、

 あの狂った随伴騎士は最後にこういった。


『我が神リリディアスよ! 我は遂に見つけれり! 友を陥れ、師を謀り! 仕える英雄すら生贄にしてッッ! 遂に! 遂に! エリュシオン救国の楔を見つけれり! この奸雄こそが! 我らの呪いをッ! どうか神よ! 彼をその身に―――――』


 僕が、何だというのだ? こいつは最後に何をいいかけた?

「貴殿、心当たりがあるようだな」

「ない」

 ないといっておく。

 例え真実が分かったとしても、こいつに語る理由はない。

「うむ、なるほど。なるほど分かった」

「僕は何も分からんが」

 英雄様は、一人で納得している。

「貴殿が信用に足る男だという事だ」

「はああ?」

 見当違いも甚だしい。僕はヴァルナーを殺害した容疑者だぞ。

 この英雄、頭は大丈夫か?

「何事も信用から、それが人の関係ぞ」 

「奸計にハメられなきゃいいな」

「ん?」

 異世界の人間には、同音異義語の皮肉は通じないようだ。

「信用ついでに頼み事があるのだ。ソーヤよ」

「断る。といっても、あんたは無理矢理押し付けてきそうだな。断るが、内容だけは聞いてやる」

 この英雄、全体的に面倒くさい。

 それにやっぱり陛下に似ている。苦手だ。敵にすると最も苦手なタイプ。

「二日後、このレムリアに聖リリディアス教の執政官が訪れる」

「………執政官」

 よくない噂が多い連中である。

 各地で権力を傘に、魔女狩りのような事をしているとか。

「貴殿、その執政官を少し暗殺してくれぬか?」

「………………は?」

 いや、おい。

 は?

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