<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ> 【03】
【03】
古代。
神依りの時代が終わり、人の歴史が始まって間もない頃。
獣人を統べた王がいた。
名を獣の王、ラ・グズリ・ドゥイン・オルオスオウル。
人と獣が相容れぬのはいつの世も同じ、違うのは勝者と敗者。
その時、人は敗者だった。
滅びの最中、時の王は神に祈り、獣を滅ぼす力を得る。
霊禍、人の祈りで物質を変性する力。王は、銀に獣人の肉を焼く呪いをかけた。
そして、獣の王を滅ぼし、獣人を虐げ、今の世を作る。
それが最初に聞いた獣と銀貨の物語。
歴史には、多くの偽りが付き纏う。
冒険者の王曰く、本当の獣人とは巨人のような体躯であった。
到底、人が敵う相手でもないと。
対抗する為、後に英雄と呼ばれる者達は、おぞましい力に手を出していた。
呪われた血を飲み、別の獣となり旧獣人を滅ぼしたのだ。
ラ・グズリ・ドゥイン・オルオスオウル。
真実、その名は獣の王の名ではない。
偉大といわれるヒームの王。エリュシオンの始王、その王の名だ。
呪われ、穢れた名を獣の王とし、自らは偽りを名乗る。
この真名を知る者は少ない。
この真名を唱えて生き残った者は、更に少ない。
これが、僕の知った真実の獣と銀貨の物語。
僕は、この物語の結末をエリュシオンの内輪揉めと思っている。
旧獣人を滅ぼした後、得体の知れない力に溺れた王が凶事を招き、王子達に暗殺された。簡単にいえばそんな所。
そして、王子達も呪われたのだ。
呪いは血に残り、英雄と呼ばれる者達の中に脈々と継がれ、世界には隠された小奇麗な伝承だけが残る。
だが、解らない事がある。
本当の獣の王とは?
いや、獣の王は実在したのか?
王の凶事を隠す為の、辻褄合わせの存在ではないのか?
そもそも『忌血』とは、その『呪い』とは何なのだ?
真実が全て灰になっていないのなら、誰かが禁忌を継承しているはずだ。
例えば、
そう、
エリュシオンの英雄が。
代行英雄キウス・ログレット・ロンダール。
別名、不壊のキウス。
空位である第四法王の代行英雄である。
彼を代行英雄に任命したのは第一法王の代行英雄。第一の英雄といわれる者。ザモングラスに、恐ろしいといわしめた英雄だ。
出自こそ複雑なものの、彼の栄光は非常にシンプルで、短時間で沢山の逸話を集められた。
とかく、この英雄は豪胆で、人情に溢れ、敵味方区別なく、様々な者に英雄らしい英雄と謳われている。
怪我をした老人を担ぎ行軍したり、豪快に民草に財を振る舞ったり、沢山の養子の為に島一つ買い取ったり、愛人が百いるとか、いないとか、その割に亡くなった妻の墓標に贈り物を捧げ続けているとか。
その武勇も名高く、一番有名なのが陛下の父上。前アシュタリア王との一騎打ち。
結果は相打ち。
痛み分けとなっているが、前アシュタリア王はこの傷が原因で亡くなっている。
その後、キウスは若き陛下と剣を交わし、唯一生き残り。エリュシオンに、諸王に、ダインスレイフ陛下の名を轟かせた。
何とも、
まるで陛下に似た“らしい”英雄だ。
獣狩りヴァルナーとは大違いである。
まあ、アレはアレで、汚い仕事ばかり押し付けられて腐った結果の生き物だ。調べて行く内に、少しだけ同情した。本当に少しだけ。
アーケインの話では。
そんな英雄キウス様が、僕と面会したいという。
理由は簡単、僕が唯一の生存者であり目撃者であるヴァルナーの件だ。
レムリア王の報告もあるのに『実際話して見なければ分からん!』と、真面目な考えで直接この国に来た。
この英雄、苦手なタイプである。
欲深く不誠実な人間は扱いやすい。心根の根底がよく分かる。その逆なら簡単と勘違いする者も多いが、情や信念というやつは、時に理性、理屈、利益を踏みにじって襲って来る。
身を捨てて襲って来る奴は質が悪い。
昔ならいざ知らず、今の僕では尚更相手にしたくない。
どう戦うか………………出来れば上手く躱したいが、そんな簡単な相手ではないだろう。
悶々と悩みながら待ち合わせ場所に向かった。
グラッドヴェイン様の宿舎から少し離れた場所、外壁沿いの空き地に、ぽつんとラーメン屋の屋台が一つある。
屋台といっても、レムリアでよく見る屋台と一線を画す屋台である。
まず、三角屋根である。
のれんがある。
ちょうちんの代わりに、大きな赤いカンテラが吊るされている。もちろんそこには『らーめん』の文字。
五人も座れないが座席がある。
狭いながらも機能的な調理場がある。
街のラーメンとは違う独特なスープの匂い。
僕が監修したラーメン屋らしい『ザ・屋台』である。
店主の意向で、こんな隠れた場所にひっそりと商売する事に。
目ざといグラッドヴェインの眷属達も、よく食べに来るらしい。
それに、某有名な元冒険者二名と現役冒険者が酒の後に寄るとか。
今日は、先客が一人いた。
「よう、店主」
「おお! 旦那!」
屋台を任せているヒームの店主は、元レムリア城のコックである。何か、料理を教えてくれと土下座して頼まれたので、こんな店を任せる事に。
かなり勤勉な性格で基本的な事を教えたら、後は全部アドリブでこなしてしまった。
正直、僕が教える事はもうない。
「丁度良い。こちらのお客さんが、偉く旦那のラーメンを気に入って、もう五杯も食べてもらっています」
「そりゃ、どうも」
適当に返事して僕も席に座る。
隣の大柄な男は、ラーメンのどんぶりを掲げてスープを飲み干し、
「店主、もう一杯」
「へい!」
六杯目をオーダーした。
体格通りよく食べるようだ。
年齢は三十後半くらいか、無精ひげを生やした巌のような男である。屈んで椅子に座っているが、立ったら二メートルはあるだろう。手足は丸太のように太く。胸板もはち切れんばかりに厚い。顔面の肉すら厚く。目も鼻も口も眉も、全体的にパーツが大きい。
手の大きさなど、ラーメンのスプーンフォークがティースプーンに見えるくらいだ。
服装は、お忍びなのか到底騎士には見えない姿。
安い麻布のシャツにズボン。傍にかけた大剣こそ立派だが、どちらかというと斧の方が似合いそうだ。
騎士など止めて、木こりに転職してはいかがだろうか?
短い金髪を撫でながら、男はのんびりと僕を見向く。
「アーケインが世話をかけたそうだな」
「ええ、かなり」
恨みを込めて声に出す。
「あれは、才に溢れているが若い。粗相もするだろう」
「運良く僕のパーティに死傷者は出なかったが、出ていたら………まあ、そんな所です」
「恨みで果てる英雄なら、その程度という事だな」
あんたと同じ英雄様は、その恨みで果てたがな。
「キウスだ」
ごつい手が差し出される。
複雑な気持ちを抑えて応じた。
「ソーヤです」
短く、力強い握手を交わす。
キウスの瞳を見た。巨大な肉食獣の瞳だ。今は穏やかだが、一旦暴れ出すと手の付けられないタイプのそれ。
強いな、こいつ。
純粋に強い奴だ。
奸計や、小手先の技で倒せるのか?
「貴殿、狩人の目をしているな」
殺気が漏れていたようだ。
適当にごまかす。
「狩人ですか? 冒険者ですから色んな獣を狩りましたね」
「ほう、例えば?」
「最初は豚ですね」
「ダンジョン豚か? レムリアの豚はデカく美味いな」
「羽蛇に、仲間と共に竜亀なんてのも狩りました」
「蛇か、不味くはないが矢張り豚だ。して竜亀とやらの味は?」
味って、そこが気になるのか?
「生臭くて食えたもんじゃなかったです」
「大きければ美味いというわけではないな」
「後、カエルなんかも」
実は、ダンジョンのカエルを仲間に隠れて食べた。上品な鶏肉のような味で美味かった。妹にバレて縁を切られそうだったので、二度と食べないが。
「カエルか、あれは中々美味い」
「カエル食った事あるので?」
騎士が?
英雄が?
「うむ、諸王との戦で補給が途絶えた事があってな。仕方ないので、手近な森に入った所、迷いに迷い。そこで不思議なエルフに出会った。カエルなら好きなだけ持っていけといわれ、好きなだけ持ち帰ったのだ。兵にも好評で、俺もあの味は今でも忘れられぬ」
「左大陸の森に」
しかもエルフとは、もしかしなくてもアシュタリア近域の森の事か? エリュシオンの英雄が入れるとは、こいつ他の英雄と毛色が違うな。性根が諸王に近いのか?
「へい、おまちです」
六杯目のラーメンが置かれる。
異世界の材料で作った醤油ラーメンである。
麺はストレートの細麺、具はシンプルで、薄いチャーシューが二枚と、薄切りのリーキ、後はお任せの煮野菜を一品。
レムリアで一般的に食べられているのは豚骨ラーメンなので、醤油ラーメンを出しているのはこの屋台だけである。
キウスは間を入れず、麺をすすりスープを豪快に飲む。
「うむ………美味いッ。して、店主よ。この国で今流行っているこのラーメン、俺は一通り食べたつもりだが、店主のラーメンはまるで違う。特にこのスープ。朝露のように澄んだ味わいに、体中に染み渡る極上の美味さ。メンも細くスルスルと口に入る。素晴らしい逸品だ。一体何が違うのだ? 俺は口の堅い方だ、ちょっとだけ教えてくれぬか?」
「いやぁ、それはですね。困ったな。旦那お願いします」
店主が困り顔で僕に任せる。
「秘密です」
当たり前だ。
「そこを何とか、ほんの少しで良いのだ。盗んで他所で商売しようなどと考えてはおらん。純粋に興味だけなのだ」
まあ確かに、エリュシオンの英雄様がラーメン屋に転職はないか。
「ガラが違います」
「ガラ、とは?」
「骨です」
「そういえば、他のラーメンは豚骨を使っていると聞いたな」
「このラーメンは鳥の骨を使ってます」
「どの鳥だ?」
「店主、裏メニューを一つ」
「へい」
裏メニューを一品取り出す。鶏卵の味付け卵だ。
「この卵を産んだ二本足の鳥です」
「二足鳥か………………」
キウスは太い眉を歪めるが、一口で煮卵を食べた。
「うお、トロトロではないか。何だこの卵は」
「半熟卵です。火を通し過ぎず、半々でお湯から上げ、エルフ秘伝の調味料に一晩漬けました」
「火を、それは腹を下さないのか?」
「チョチョの卵と違って、生でも食べる事ができます」
「生とな、二足鳥を食う習慣はないが、そんな食い方が出来るのか」
やっぱり中央の人は、二本足の鳥は食わないようだ。
僕の契約しているミネバ姉妹神の影響らしいが、僕は気にせずバンバン食べている。神からクレームが来た事もないので、もしかしたら信徒の勘違いかも。
「店主、卵をもう一つだ」
「すみません、お客さん。煮卵はある人達が非常に楽しみにしている物で、残しておかないと、それはもう、あれで」
某、酔っ払い三人組の事だ。
「仕方なし。この美味なラーメンは十分耐えるに値する」
物分かりの良い英雄様だ。
「で、骨だけではあるまい?」
しかも目ざとい。
「卵を漬けたエルフの調味料が、味付けの決め手です。味噌の上澄み液から作った醤油という物ですね」
「うむ、さっぱり分からん。美味いから良し」
まあ、それだけじゃないけど。秘密にしておこう。
しばらく英雄のラーメンを食べる姿を眺める。まあ、美味そうにラーメンを食う人だ。麺をすする食べ方とか誰に教わったのやら。
「この音を立てる下品な食い方、エルフ娘に教わって半信半疑でやってみた所、実に良い。鼻腔に匂いと味が広がる。空気を合わせる事で熱いスープも苦なく飲める。実用的である。やはり、下品ではあるが」
どんなエルフの娘なんでしょうか? 獣人娘のような薄着のエルフでなきゃいいが。
して英雄は、スナック感覚でペロリとラーメンを飲み干した。
「よし腹八分だな。店主、勘定を」
「はい、ありがとうございます。しめて銅貨20枚ですね」
「釣り銭はいらんぞ」
大きな手が、無造作に金貨を置く。屋台ごと買えそうな額だ。
「ちょ、お客さん。困ります!」
「俺はこれでも立場ある身でな、不味いならまだしも、美味い飯にはそれなりに対価を払わねばならん。後で、安銭で腹を満たしたといわれては名が穢れる」
「は、はい。そこまでいうなら、受け取りますけど」
「感謝する。また食いに来るぞ」
キウスは店主に礼をいって席を立った。
僕も揃って屋台の外に。
並んでみると想像通りの巨体だ。僕程度なら、一蹴りでそこらの屋根まで吹っ飛ぶ。
「ソーヤ、場所を変えるか」
さて、英雄から何を聞けるか。
それとも、早速戦うか。
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