<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ> 【02】


【02】


 シュナ、ラナ、レグレ、僕で宿舎の食堂に移動した。

 何故か、母様も付いて来た。

「シュナ、まず誤解を解かせてくれ。お前の師匠のお腹の子は、僕と! 一切! 全く! 毛筋も! 関係ない!」

「………………本当か?」

「本当だッー!」

 僕は絶叫した。

 信用! パーティのリーダーへの信用はどこに?!

「あーシュナ、久しぶり。強くなったな」

「………お久しぶりです」

 冷や汗レグレの挨拶を、スネシュナはぶっきらぼうに返す。

「あのな、腹の子は、ええと」

「いや、気を使わなくて良いです。オレも子供じゃないし」

「あ、そうだ。ほら、再会の挨拶だ、ほら、懐かしいなぁ」

 レグレは両手を広げる。

 シュナは近づかず、冷静に立ったままだ。

「いや、オレ子供じゃないんで。そういうのはもう」

「あーえー、そうだよな! 恥ずかしいよな! ………………ハハッ、だよなー」

『………………』

 師弟間に重い沈黙が流れる。

 奔放なレグレが汗々で、何かいい気味と思ってしまった。

「して、レグレとやら。誰の子ぞ? 何か我の知るような、うむ?」

 空気を読んで、母様が話題を変える。

(ソーヤ、おい)

「え?」

 レグレが寄って来てヒソヒソ話す。

(この神、信用できるのか? 口軽くないか?)

(大丈夫だ。保証する)

 別の意味で危ないかもだが。

「怪しい」

「そうですね、シュナさん」

 シュナとラナが、僕とレグレに疑惑の眼差しを向けていた。

 ラナ信じてぇー。

「腹の子の父親は、遠く左大陸の王。………………ソーヤ、本当に――――――」

「大丈夫だ。か―――グラッドヴェイン様は人の秘密を安易に漏らす神ではない」

「それじゃいうが、父親の名は、ラ・ダインスレイフ・リオグ・アシュタリアだ」

「アシュタリア!」

 急に母様が叫んでびっくりした。

「まさかそなた、諸王の寵愛を受けたのか?」

「まーねー」

 もしかして、母様ってアシュタリアとロラの関係を知っているのか? 

「我も鈍ったか、最初の違和感で気付かなかったとは」

 あ、これ完全に知ってるや。

「グラッドヴェイン様、アシュタリアとは?」

「シュナ、知らぬのも無理はない」

 シュナの疑問に母様は答える。

「アシュタリアは、左大陸に存在する諸王の一つ。我の血の、末の一つである」

『は?』

 事情を知らないレグレとシュナが声を上げた。

「あんた、いや、あなた様は、陛下の………ご先祖様で?」

「そなたの腹には、我が娘の血が流れている」

 レグレは急に態度を改めた。

「仔細は話せん。そなたの王にも不利になろう。安易に口外するでないぞ。しかし、奇妙な事よな。数百年の時の流れの果てに、再び娘達と出会えるとは」

「グラッドヴェイン様、という事は!」

 シュナが迫真の顔で母様に問う。

「本当にソーヤの子じゃないのですね?」

「シュナ。お前、天丼も甚だしいぞ」

 どれだけ僕に疑いを重ねるつもりだ。

 疑惑でタワーができるわ。パフェにしたら大きいだろうな!

「間違いない。我の血を感じる。ただ他の強い血も感じるな。ふむ………………レグレよ。そなた英雄の血を持っているな?」

「まあ、英雄といえば英雄かな」

「なっ、師匠マジで?!」

「お、おう。そんな凄いものじゃないけど」

「スゲー。オレってそんな人に剣をもらって、剣技を習っていたのか」

 シュナの目が、キラキラしたモノに変わる。

「いやぁ、そんな大したものじゃ」

「オレの師匠は、やっぱり凄い人なんだなぁ」

「うぐ」

 シュナの眩しさに、レグレが気圧される。何となく、この二人の過去の姿が想像できた。

「シュナ。その」

 レグレは苦しそうな顔で、絞り出すような声をあげる。

「オレは、そんな大した人間じゃない。いつか話そうと思っていたが、丁度いい。というか、今話さなかったら一生話せないと思う。シュナ、聞いてくれ。オレはガキを孕んだのは二回目だ」

『なっ!』

 僕とシュナは声を上げた。

 何でか僕も声を上げてしまった。

「今のシュナくらいの歳に一度産んだ」

「あ、相手は誰ですか!」

 そこが気になるシュナ。

 僕は別に気にならないけど、気になる。

「ん~忘れた。どこにでもいるような普通の男だよ。獣人に優しくて弱っちい、ヒームにしては心根が上等な。それで………普通に弱くて死んだ男だ」

 忘れてた割に、色々と言葉が出る。

 いや、詮索は無粋か。

「男は死んだが、オレは生きてたし腹にはガキもいた。産んだ時は死にかけたけど、産後の経過は良かった。うんまあ、何つーか。幸せだったな」

 レグレの顔が回想に微笑み、一瞬で凍る。

「ま、長くは続かなかったけどよ。ガキは、急な熱病にかかって三日も持たなかった。びっくりしたよ。火のように熱かった体が、気付いたら鉄のように冷たくなってさ。

 悲しいっていうより、驚いた。

 オレって自分が強い生き物だと自負していたから、半分はその血が流れているガキが、こんな簡単に死ぬとか。正直、よく分からなかった。

 死体を焼いて灰にして、自由になって、そして死にたくなった。

 何となく密航して、何となく夜の海を眺めて、水に吸い込まれた。

 それで流れ着いたのが、アゾリッド群島。シュナ、お前の島だ。お前と初めて出会った時、オレは死にぞこなった後だった。生きる気力のないオレにさ、お前は毎日毎日飯運んできて。馬鹿な子供だなぁって思っていたよ」

 言葉とは裏腹に、レグレの顔は感謝で一杯になっていた。

「それでまあ、海賊が島に上陸して、オレが倒して、お前に剣をせがまれて、教えて、剣を託して。オレは、もう一度生き続けようと思った。出来るなら、お前みたいに強くて真っ直ぐな子を産んで、育てようと。シュナ、本当にありがとう。ついでに、一つお願いがある」

「え、何ですか? オレに出来る事なら何でも」

 シュナは、少し涙ぐんでいた。ラナの目尻にも涙が浮かぶ。

 僕は、まあ僕の感情など犬も食わない。

「生まれてくる子供の一人に、お前の名前を付けたい」

「絶対に止めてください」

「んが」

 マジか? とレグレが引きつる。

「え、オレ何か良い話な感じだったし、お前も良い感じで聞いてたじゃん?」

「はい、師匠。師匠の過去を知れて、大変嬉しいです。でも、お子さんにオレの名前を付けるのは止めてください!」

 初恋の相手の子供に自分の名前付けられるとか、とんでもない罰ゲームだ。僕だったら半年は寝込む。

「えー、男でも女でも、付けれそうだから、便利かなぁって思ったのにさー」

「絶対に使わないでください!」

 理由が雑過ぎる。

 唯一の弟子なんだから気遣えよ。

「そなた、子の名前を決めかねているのか?」

「いやぁ、アシュタリアは産んだ女が名前を付けるのが慣例らしくて、オレそういうの苦手で」

 母様は無言で僕を突っつく。

 はい、分かってます。自分でいいにくいのですね。

 僕は咳払いをして名前を提案した。

「レグレ、こういうのはどうだ? 『ロラ』と『ルゥミディア』だ」

「ロラ? ………………ロラかぁ。ロラは良いな! 何かしっくりする。でも、ルゥミディアは駄目だ。とても気持ち悪い」

 母様が八つ当たりで僕を突っつく。

 痛いです、止めてください。レグレの奴、どんな勘しているんだ。

「あ、『ソーヤ』でも良いか」

「やめろォ!」

 疑惑を再燃させるな。


 という事で、


 師弟の誤解と、僕の疑惑は解け、更に嬉しい事にレグレは今日、母様の所に泊まる事になった。

 念の、念の、念の為に、レグレがまたトラブルを起こさないよう監視の為、ラナを一緒に宿泊させた。

 あんなアレでも一応妊婦だ。女性の手が欲しい時もあるだろう。

 建前はそんな所。

 トラブルは、もう勘弁してください。

 またまたまたまた、冒険どころじゃなくなる。

「でさ、何でお前らはここに?」

 訓練場では、アーケインがナナッシーに膝枕されていた。

「この野郎ッ、人がわざわざ!」

「まだ動いてはいけない」

 上半身を起こそうとしたアーケインは、押した倒されナナッシーの内腿に頭部を挟まれ固定される。

「おい、ナナッシー。これで話せと?」

「うん、体まだ良くない。肉に熱がある」

 おかしなコンビだ。

「ところで、あの赤髪の長剣なんだよ。エリュシオンの騎士盾がボロボロだぞ」

「秘密だ」

 お前ら、エリュシオンの騎士が大昔に使っていた剣だ。

「チッ、いいけどよぉ」

「で、何の用だ?」

 話が進まない。

「気に食わないけど、てめぇーには借りがある。だから、一個耳に入れておいてやる。死なれたら借りを返せないからよ」

「お前、変な所で義理堅いな」

「うるせぇ」

 変な奴だ。よく分からん。

「で、耳入りとは?」

「今、このレムリアに、エリュシオンの代行英雄が来ている。失われた聖剣の所在と、ヴァルナー様が命を賭して討伐したというモンスターの調査」

 急な事実に心臓が跳ね上がる。

「それと、彼は獣の王を探している」

 獣の王、だと?

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