<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ> 【01】
【01】
「それはそうと、シュナに話せ」
「えー」
「えー、じゃねぇよ」
レグレは子供みたいな顔になる。腹に命抱えている女の顔じゃない。
「シュナが再起不能になったらどうするんだ?」
「そんなさぁ、オレみたいな女が腹大きくしただけで」
「じゃあ会え、会って説明しろ」
「そ、それはさぁ」
「何だよ?」
バツの悪そうになる。
「ほら、シュナの奴。オレをチラッと見て気絶したじゃん?」
「したな」
僕が気絶させた。
「だからまあ、幻覚とかでごまかして産んだ後に再会するというのは、どうだ?」
「そうか………駄目に決まってるだろ!」
「えー」
その子供っぽい反応でごまかすの止めろ。
そんなこんなで、無理矢理レグレを連れてグラッドヴェイン様の所に。
ラナは付いて来たが、エア、ランシール、マリアは買い出しで別行動だ。
「なあ、ラナ。ここ最近のシュナの様子は?」
「ええと、一言でいうなら………………」
ラナは昨日と今日の早朝訓練で、グラッドヴェイン様の所に行っている。
「酷い」
「酷いの?」
「ええ、もう酷い」
「酷いのかぁ」
シュナ。
何か、すまん。ホント、何かすまん。
「ソーヤ、あれ食べたい」
「後にしろ」
買い食いをせがむレグレを引っ張り、グラッドヴェイン様の宿舎に到着。
今日も、強い男達と超強い女達の訓練風景が広がる。
シュナは、探すとすぐ見つかった。
前に僕らが戦った場所で、次々と迫る兄弟子達と刃を交わしていた。
一人と斬り結ぶと、すぐさま次、また次、また次と休みなく刃をカチ合わせる。
シュナは大量の汗をかいているが、顔に疲労の色はない。
一瞬の判断ミスで大怪我する訓練でも、落ち着いて清らかな、爽やかさすら感じる剣技を繰り広げていた。
「うーん、青い。そして固い。固いぞ、シュナ。もっと柔軟に羽のように舞って、嵐のように刃を放て。おかしいなぁ、オレこんな固い剣技教えてないのに。誰だよ、オレのシュナに変な剣技教えたの」
レグレの言葉に冷や汗が出る。
その剣技を教えた本神が、僕の隣に来たからだ。
「ほう、少し前も見たな獣人の娘よ。我がヴェルスヴェインの剣技に何か文句でも?」
グラッドヴェイン様は半ギレであった。
そりゃそうなるよな。
「ヴェルスヴェイ~ん? あ、げっやべ………………陛下の、まさか」
レグレの顔が青い。
もしかして、陛下は、というかアシュタリア王家は、自分達にグラッドヴェインの血が流れている事に気付いているのか?
「そなた気になってはいたが………………もしや?!」
「ッ」
流石のレグレも、グラッドヴェイン様に睨まれたら退く。
「そのお腹の子は、ソーヤの子か!」
「ゴフッ」
咽た。
喉が痛い。
「グラッドヴェイン様、一応違うそうです」
ラナの微妙な助け船。
「何だ一応とは、ソーヤ。貴様は女を孕ませたらそれで逃げるような子では」
「だから、僕の子じゃないですって!」
「男は大体そういうのだ! 責任、束縛という言葉の前ではネズミのように逃げ出す。更には子に女を盗られるなどと器量の小さい事を」
母様~信用してくださいぃぃ。
子供産んだ時に、旦那と何かあったんですか?
「えーと、お腹の子は、遠い国の武人の子だ」
レグレは気圧されて弁解してくれた。
「ソーヤの子ではないのか?」
「たぶん」
「いや断言しろよ」
首を傾げたレグレにツッコミを入れた。僕、本当にお前とはないからな。産むのは勝手だが、認知しないからな。
とりあえず、母様にレグレと僕が全く、一滴も、遺伝子の欠片も関係ない事を熱弁する。
話半分で信用された。
何故だ。
これまで積み重ねた信用とは、この程度なのか。
背後で、シュナの訓練が終わっていた。彼は汗を拭い、水分を補給して、爽やかな笑顔で殺気を僕に放つ。
はい、また誤解です。
「シュナ、落ち着け」
『ソーヤ!』
何故か、僕の名がハモる。
叫び合い、見つめ合う少年が二人。
一人は長い赤髪の剣士、一人は刈り込んだ金髪の騎士。
そういえば同じ年くらいだな。
「お前、まだソーヤに用があるのか!」
「ああ、あるんだよ!」
シュナに怒鳴られ、アーケインは怒鳴り返す。彼の後ろには、ちょこんとナナッシーがいた。
「オレが先だ!」
「何だとこの野郎!」
おー、そういえばシュナに同年代で同性の知り合いっていなかったよな。
「てめぇ、ここがどんな所か知ってるか! 武を研磨する場所だ!」
「それが何だ! コノヤロー!」
「戦って決めるんだよ!」
「上等だコラー!」
お前ら仲良いな。
「それだけ威勢がいいなら、真剣でいいな!」
「お、おう! おおうっ!」
二人共声が大きい。
「いいか、ナナッシー。手を出すなよ。危なくても乱入するなよ!」
「………………」
アーケインの言葉に、ナナッシーは無言で返す。
「返事しろー」
「断る」
「命令聞けよ」
「聞ける命令と聞けない命令がある。“乱入するな”は、聞けない命令」
「おい、ソーヤ!」
「何だ?」
アーケインに呼ばれる。
「ナナッシーを押さえろよ。絶対、押さえておけよ! 負けないが、負けそうになったら、こいつ飛び出すからな!」
「へえへえ」
といっても、どう押さえるか。
「おい、この妊婦に椅子を持ってくるのだ」
『はい!』
母様の一言で、眷属がせっせと長椅子を持って来た。
レグレを座らせ、何となく僕は隣に座り、その隣にはラナが、何故かナナッシーは僕の膝上に乗る。懐かれた。
「なあ、ソーヤ」
「何だよ」
レグレはまた悪そうな顔に。
「何かこれ、オレもお前の女みたいじゃね?」
「違うぞ」
「あなた、私は別に他に女性がいても」
「ラナ、こいつだけは違うから」
僕は、レグレとナナッシーにラナという両手と膝に花状態だ。
レグレが無駄にイチャイチャしてくる。迷惑な。
ラナも空気を読んで腕を絡めて胸を押し付ける。幸せだ。
ナナッシーは不動である。
『………………集中できるか!』
少年二人の抗議はごもっともです。
「如何様な状況でも鋼心で戦うのが武人ぞ! シュナ、集中せよ!」
「は、はい」
母様に怒鳴られシュナは慌てる。
「ぷっ」
と、笑うアーケイン。
「そこな騎士! 我が眷属を相手にするのだ! 笑っている暇はないぞ!」
「は、はい」
だがすぐ縮こまった。
母様は、更に声を張り上げる。
「ただ今より! 我が眷属シュナと………………そういえば誰だ、貴様?」
「アーケインです。エリュシオン代行英雄見習いの」
「おお、一角の騎士ではないか。シュナ、鍛錬の成果を見せる時ぞ! 八つ裂きにするつもりで、ぶち殺せ!」
『オオオオオォォォォォォォ!』
シュナを含め、眷属が吼える。
「え、ちょ」
少しだけアーケインが可哀想になった。まるで、敵地に迷い込んだ子猫である。
「はじめッ!」
母様の声でシュナが斬りかかる。気圧されたアーケインだったが、長剣の一突きを盾の“流し”で綺麗に逸らした。
もう少し体重の乗った一撃だったら、バランスを崩して致命的な隙が生まれていた。
萎縮した状態で今の盾技とは、雑魚なイメージを持っていたが、アーケインはそこそこやる方なのか? 昨日今日、簡単に身に付けられる技ではないぞ。
「ん、お前弱くないか?」
アーケインは自然とシュナを煽る。熱くなりやすいシュナは見事に乗ってしまった。
乱刃だ。
「あっちゃー」
レグレが頭を抱える。
「ちょっと、そこな神。あんたがシュナに武技を仕込んだのか?」
「そうだ」
母様は、シュナから目を離さず答えた。
「全然、駄目じゃねぇか。劣化してるぞ。オレが教えた時は、もっと軽くしなやかな動きをしていた」
「そなたがシュナの師か?」
「そうだ!」
レグレは憤慨している。レグレから見れば、シュナは弱くなっているのか。
それはそうと、ラナのおっぱいは素晴らしい。
「そなたの基礎は素晴らしい叩き込みだった。古流獣人剣に、我流の剣技を合わせたものだな。しかしな、そなたの器用さ故か、幼いシュナに合わせ過ぎている」
乱れた刃が盾に降り注ぐ。
あれ?
と思ってしまった。勢いが止まらない。増している。長剣の刃紋が血走り、斬撃の鋭さ重さは、最高潮に達する。
アーケインの体が、盾ごとジリジリ後退していた。
「見よ、体格こそ恵まれてはいないが日々成長している。膂力も並みの剣士の比ではないぞ」
盾だけでは足りず、アーケインも剣を抜きシュナの刃に立ち向かう。
盾と剣。
長剣は、その二つを以てしても止める事ができない。
「ナナッシー、ちょっ、お前動くな」
「アーケインが危ない」
もぞもぞするナナッシーを片腕で抱いて止める。
「あのなぁ、お前。それ良くないぞ」
「よくない、とは?」
こいつ本気で分かってないようだ。
「男がやるといったなら、やらせてやれよ。失敗も成長する経験だぞ」
「怪我をして死んだら困る」
「そんなヤワな奴か?」
結構、頑丈なタイプに見えるが。後、生き汚さも感じる。長生きするタイプだ。
「そんな事はない。アーケインは凄い奴だ」
「じゃあ信じてやれ。女に信じられた男は、倍の強さになる」
「そうか………なるほど。………………なるほど、そうなのか」
神妙に頷く。
意外、話が通じた。
ィィイイインン、と金属の残響が聞こえた。
シュナに弾かれたアーケインの剣が、壁に突き刺さり震えていた。回収は絶望的。
盾一つになったアーケインは完全に防戦になる。
ほぼシュナの勝ちだ。
そのはずだが、何故か受け止められない。
嫌な予感がする。
アーケインは小さく体を丸め、盾に体を隠す。長剣が、ズタズタに盾の装甲を刻んでいった。
これは、もしや。
「シュ――――」
思わず声を上げそうになり、母様に口を塞がれた。
シュナは上半身をしならせ、コンパクトな動きで突きを放つ。
アーケインは真っ正面から盾で受けた。
長剣の切っ先は盾を貫き、剣身の半ばまで潜り込む。
アーケインは、これを狙っていた。
あらかじめ、体と盾の間に隙間を作っていた。
投げ捨てられる盾。巻き込まれたシュナの長剣も空を舞う。
それが落ちるより速く。アーケインの拳が、シュナの腹に突き刺さった。
みぞおちだ。
形勢逆転の一撃。
アーケインは、更に連打で畳みかけた。短い呼気が漏れる音。シュナの口や鼻から血が飛び散る。アーケインの奴、剣より格闘の方が断然上手い。しかもエグい急所狙いばかり。
これは早めに止めて―――――――
「ソーヤ、二度も決闘を止めるなら、我もただでは帰せん」
「しかし」
もう、シュナは打撃を受けるままだ。
決着は付いてる。
「信用せよ。そなたのパーティメンバーを、我の訓練を、そしてシュナの努力を」
「わかり………ました」
人にいうのは簡単だ。
自分が受け止めるのは大変だが。
レグレを見ると、何故か感心した顔になっていた。
シュナが地面に倒される。マウントを取ったアーケインが容赦なく拳を降ろす。
しばらくの抵抗をした後、シュナの抵抗はなくなった。
アーケインもそれは確かめたようだ。
間違いなく。
シュナは倒された。
「さて、何でこんな面倒な事になったんだっけ? まあいいや」
拳の血を払い。アーケインは、
「残念だったな」
隙を見せた。
シュナは確実に気絶していた。
しかし、グラッドヴェイン様の訓練の積み重ねは、そんな意識を失った彼を即覚醒させた。
アーケインの拳を、シュナは両手で握り両足を絡ませる。
グルンと二人の体が回り。
アーケインは地面に背中を打った。横には腕を取ったシュナ。
これは、腕ひしぎ十字固めだ。
完全に決まっている。
アーケインの腕は伸びきり、体を返そうにもシュナの両足がそれを許さない。
「ぐっつっっうう!」
堪えるアーケインだが、逃れる術がない以上、耐える事は無意味。
これが殺し合いでない以上、後は。
「ま、参った!」
アーケインは負けを認めた。
僕は、そういう判断の早さは好きだ。ここで変な意地を張って怪我を残せば、冒険の支障になる。ある程度、理知的に動かないと冒険者など、それこそリーダーなど務まらない。
「そこまでだ!」
母様の声で、二人は戦闘態勢を解く。
ナナッシーはアーケインの元に跳んでいった。
シュナは口元の血を拭い、僕を見る。
「ソーヤ! 次はお前だ!」
「やるわけないだろ!」
師弟そろって、いい加減にしろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます