<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ>
<第二章:功遂げ、身を退かぬモノ>
【186th day】
「はーい。並んで並んで、一列だぞー。きちんと全員分あるから。はい、そこ押さない」
『はーい』
子供達の元気な声が響く。
ホットドッグの品評会二回目は、炎教の食堂で行う事にした。テュテュと瑠津子さんの列には炎教関連の大人達が並び、僕の前には子供達が並ぶ。
この子達の多くは冒険者の遺児だ。
炎教が引き取り、成人するまで育てている。
中には正式な炎教信徒となる者もいるが、多くは親と同じ冒険者の道を選ぶ。皮肉な結果になる者も少なくはないだろう。
しかし、それはそれ、これはこれ、人の将来に哀れみを向けるほど僕は傲慢ではない。
「黒いソースは肉と豆、ピリっと辛い。黄色いソースは野菜マシマシで、ツーンとくる辛さ。赤いソースはマイルドで旨味沢山。食べやすいから、君らにはおすすめだ」
「黒いやつ~」
「くっ」
出鼻を挫かれた。
その後、続々と子供達の注文を受ける。
さり気なく赤いソースに誘導して見たものの、終わって見れば――――――
「また赤が余るのかぁ」
「残るニャー」
グラッドヴェイン様の時より赤ソースが余った。一人一個などというケチな真似はしていない。一人四個計算で用意したはずなのに、余る。赤はリピーターが皆無。
しかも子供だけでも赤ソースは余る。
何故だ。辛味を抑えて子供風味にしているのに。
「お兄ちゃんって、やっぱアレよね」
「ですね」
妹とランシールは少し離れた所でホットドッグを食べていた。
「何ですか? エア。アレとは」
ラナはホットドッグ二刀流で妹に聞く。ちなみに黒と黄ソースだ。
「いやぁ、お姉ちゃん。お兄ちゃんって子供好きだなぁ~って」
おいエア、発言に含みがあるぞ。
「マリアを連れて来た時点で、子供嫌いではないかと」
「何だと? 妾は子供ではないぞ。ラナ、その黒ソースの一口食べたい」
「ちょっと辛いけど大丈夫?」
「一口だけ食べるぞ」
マリアはラナのホットドッグに齧りついていた。一口にしては大きい。
「お、大人の味だな!」
辛そうな顔を浮かべ芋牛乳で急いで流し込む。子供らしい反応だ。しかし、炎教の子供達は平気で食べていた。
何故だ。この街の人間は味覚が変なのか?
「ソーヤ、このホットドッグ中々美味いな。特に黄色いやつはいい」
レグレは、ホットドッグ六個目である。しかも黒と黄色ばっかり。
「なあ、お腹の子供にあまり良くは」
「お前さぁ、ちょっと勘違いしてない?」
「え?」
心底呆れた顔をされた。
「良いもんだけで人は育つと思うか? 違うだろ。酸いも甘い辛いも痛いも全て味わって、ようやく一人の人間として育つ。腹にいる内からぬるいもん食べて、立派な人間になるか」
「ええっと、いやぁ~」
どうしよう。
レグレのいっている事が、分かる故に分からない。胎教ってそんなので良いの? 僕が間違ってるのか?
「あらー、まあまあ、立派なお子さんね。双子かしら?」
炎教の司祭様がレグレのお腹を見て歓声を上げる。
「ん? よく分かるな。あんた」
「分かりますわよ。ジュマの手伝いで、何百人と取り上げてきましたから」
老齢の司祭様は、見た目通り人生経験豊富だ。
「それで、ソーヤさんの子かしら?」
「ゴフッ」
司祭様、その言葉には咽ざる得ない。
「どう思うランシール?」
「怪しいです」
「あなた達、いい加減にしなさい。私は誰の子でも第一婦人として育てるつもりです」
ドヤっとラナは大きい胸を張る。
あの僕、信用されてないの?
「司祭様、彼女は僕の友人の妻です。お腹の子と僕は―――――」
「またまた~そんな事いうなよぉ」
レグレが片腕に抱き着いて来た。やめろぉオオッ、結構な人数に見られているから!
「ま、そういう事にしておきましょうかね」
司祭様はニンマリと笑った。
これは不味い。完全に色んな人に話すおばちゃんの顔だ。
「司祭様、本当にですね」
レグレを振りほどき、司祭様に詰め寄ろうとしたら、
「っと、ごめんなさい」
急に現れた人とぶつかってしまった。
フードを被って人相を隠している女性だ。金髪が見えた。胸は大きい。気のせいか唇の形に覚えがあるような。
いや、まさか。
僕の勘違いだ。
「あなたが、このパンのソースを?」
「え、はい」
ドキリとする声である。
今まであった女性と艶の質が違う。
「黒いソースと黄色いソースは、美味しかったですわ。二つとも変わった辛味が新鮮でしてよ。赤いソースも美味しいのだけど、赤くて辛味がないせいか期待外れに感じました。この地域の人達は刺激が好きだから、あまり好かれないのかも知れませんわね」
「なるほど」
やっぱり刺激か。少し唐辛子入れるかな。
「では、失礼致しますわ」
「ありがとうございます」
するりとすれ違う。
背中のマント姿に少し見とれてしまった。知らない人だが、知っている気が。こんな感覚を、この間ダンジョンで味わったような。
「ソーヤさん、ちょっとよいかしら?」
「え、はい」
司祭様に手招きされ食堂を出た。
「昨日うちの子達がお世話になったみたいで、ありがとうございます」
「いえいえ」
別に口止めもしてなかったし、遅かれ早かれ耳に届いただろう。今日、炎教でホットドッグを振る舞った理由もそこにある。
「それと合わせて昨晩、上級冒険者のコーディスと思われる男が、鎖に繋がれた状態で発見されましたね?」
「そんな事もありましたね」
ま、僕と一部の人間しか知らない事だけどね。
「しかも警務官の詰め所という面倒な場所で」
「ですね」
現在アヴァラックの身柄は、警務官の預かりになっている。
あいつの状態は、先に冒険者組合の人間に見つけられると隠蔽されるだろう。間に別の組織を挟む事で面倒にしてやった。
上級冒険者の、いや人としての“恥”があるなら、僕如きに大敗して醜態を晒した事は隠したいはず。
そして、身元不明の吊るされた男ができる。
働かない警務のおっさんでも、面倒事は嫌いなので保留して王に意見を求めるだろう。
そこで組合も動く。
しかし、当のアヴァラックは否定するはず。
僕が読めなかったのは、アヴァラックが誰に泣きつくか、である。
ヤマを張ったのが炎教だ。
司祭様は顔が広い。直接、影響を持たなくてもパイプは持っているだろう。
「その事で、待たせている方々がいます。少し時間をもらってもよいかしら?」
「もちろん」
正解だったようだ。
皆に手を振って席を外す。妊婦が何か勘づいた顔をする。
(ま・か・せ・ろ)
と、全力で威圧してレグレを止めた。
頼むから任せろ。
司祭様に続き、廊下に出て、大きな扉の前に。
「武装は預からなくても?」
「私が何故そんな事を?」
「いえ、何となく」
この人は中立って事か。刀の一本くらい預けるつもりでいたけど。
「私は外にいますから、何かあったら呼んでください」
「はい」
司祭様を置いて室内に。
中に居たのは酒場のマスターだ。
「立会人だ。敵でも味方でもない」
「さいですか」
敵でも味方でもないとなると、敵だな。
部屋の半分は、どん帳が降ろされ奥にいる者達の姿を隠していた。
気配は五。
どれもアヴァラックと似たような気配。つまり、個人としての戦闘能力は下の下だ。
「我らは、リングスノヴァ。レムリアを影から支えてきた上級冒険者の集まりだ」
枯れた声が響く。こうも弱々しいと色んな感情が失せる。
「異邦人よ、話は早い方が良い。何の件か分かるな?」
「肉と欲で肥えた上級冒険者を吊るした件か?」
「………………そうだ」
威圧しているつもりだろうか? 声に虚勢を感じた。
「で、それが何か問題でも?」
「彼は病を患っていた。そんな人間を敬意もなく」
「怠惰と妄執が病だというなら、その通りだ」
「貴様ッ、う」
ゴホゴホ、と咽る老人。
何となく、マスターに無感情な視線を向ける。
『いうな』
と、面倒な顔で返された。僕も面倒なので話を進める。
「で、用件とは? さっさと進めよう。早くしないと老体の精根が尽き果てるぞ」
「貴様は、同じ上級冒険者でありながら、その名誉を汚した。これは重罪だ」
「子供使って誘拐する事は、罪じゃないのか?」
「そんな事実はない」
「アヴァラックに雇われた者がいる」
「証拠はない」
「証人を連れてこいと?」
「証人は“もう”いない」
つまり、消したと。
「なら証言だ」
昨日録音した証言を雪風に再生させる。
『あ、アヴァラックだ! 落胆のアヴァラックと呼ばれている上級冒険者ッ! 銀髪の獣人にご熱心でさぁ、一人連れてくるだけで金貨100枚を約束してくれる!』
再生を切る。
「で、どうだ?」
「紛い物だ。証拠にはならない」
そうなりますか、そうだよな。
こいつらは別に、アヴァラックの実情はどうでも良いのだ。真っ当な心も期待していない。あるのはどうせ、保身と名誉欲。肉と脂肪と腐った脳みそ。
「じゃ、どうする?」
どうするのだ。上級冒険者の先輩方。
「財産の半分。そして、我らの仕事を手伝え。それを成したなら、アヴァラックの件は忘れよう」
「ハハッ、断る」
ちょっと笑ってしまった。
「貴様、譲歩した我らの温情を無視するのか?」
「勘違いも甚だしいぞ。僕は、お前らの仲間に大事な人をさらわれた。運良く取り戻せたが、場合によっては命の危機もあった。それの、何がッ」
自然と語気が強くなる。
「たかが獣人の女に」
「へぇ」
幕越しに、老人の首を斬り落とすイメージをぶつける。
ようは殺気だ。
「おい、ソーヤ」
マスターに釘を刺される。止められなかったら、現実にする所だった。
「リングスノヴァのご老人。立会人として一つ意見をよろしいですか?」
「………………よい」
気圧された老人の声に苛立つ。
小者が。
「確かにソーヤは敬意を持たず、上級冒険者を晒し者にした。ですが、アヴァラック様の所業は、同じ冒険者として許し難いものです。ゴロツキを雇い人攫いなど、これが世間に露呈すれば、それこそ上級冒険者の名が落ちる」
「証拠はない」
「しかし噂は立ちます」
「そんなもの、金でどうとでも」
もうろくしてるな。
「それはソーヤも同じ事。嘘偽りが並べば、聞こえの良い物が残ります。このソーヤは悪行が響き過ぎている。今更、悪評の一つなど何の意味もない。しかし、ご老人方は名前が響くだけでも不利益になる。ここは一つ、後輩の為に器量を見せてはいかがですか?」
「アヴァラックを甚振った者を許せと?! 何の補償もなしに!」
「ええ、ソーヤは既に被害を受けている」
「馬鹿な事をいうな。我らの一員と、掃いて捨てるような冒険者では質が違うのだぞ!」
「人の質は、不動のもんではありませんよ」
意外だ。
マスターが味方してくれている。本当に中立の立場なのか。フワフワパンおやじの癖に。
「ラスタ貴様ッ、大恩ある我らに対してそのような言葉はッ!」
「大恩あるから醜態が許せないって事ですよ。どうか器量を見せてください」
「所詮はレムリアの血族か、信用ならん」
老人は、それすらも切り離したようだ。
功遂げ身、退くは………何とかの道という。うろ覚えであるが、成功した者が地位に留まるのは道にそぐわぬとか、そういう意味だ。
目の前の老人達は、それが全く分かっていない。
もう、こんな所で良いだろう。
「マスター。これ以上、戯言に付き合っているつもりは―――――」
刀の柄に手を置いて、
「?」
違和感が。
いつの間に、鞘とベルトの間にメモが挟まっていた。
よく分からないまま文面に目を通す。
『熱くなる前に、これを口にしなさい。斬りかかるのは後でも構わないでしょ』
何のこっちゃと、メモを読み上げる。
「リンジェフ・エルス・ブラッドルフ。エルヴァー・シュリアム。モンタント・ガルカロ・レデリーズ。ジョニエル・ヴァル・レデリーズ。ヴィクリス・リエビア………」
最後の名前で何なのか気付いた。
「コーディス・アヴァラック」
これ、こいつらの名前か。
メモの締めには『口八丁で人を騙すのは得意なはずよ。上手くやりなさい』とあった。
今すぐここから飛び出したい衝動を抑えて、口を開く。
「僕は、お前達を知っている。だが貴様らの名声など知るか、そんなもの犬の餌だ。よく聞け、僕の冒険の邪魔をするな。他の冒険者の邪魔をするな。僕の見える所で悪業を行うな。くだらない脅し文句など僕はいわない。だが、僕は、お前達を知っているぞ」
刀を鞘に収める。
真に練った技だ。マスターには気付かれたが、老人には抜いた瞬間すら知覚できまい。
幕が切断され、古びた冒険者の姿が見える。
五人の老人がいた。
年齢的には中年もいるが、立場に縋るしかない者は老人でよいだろう。
「どうする?」
「………………」
一人を睨み付ける。何となしに、さっきまで口を開いていた奴だと直感していた。
「どうするッ!」
「ッ」
老人にもプライドはあるのか、気圧されても必死に隠している。
まあ、いいさ。そんなもん潰しても何の自慢にもならない。
「マスター、行きましょうか」
「お、おう」
マスターと共に、腐った人間を置いて部屋を出る。
廊下には笑顔の司祭様がいる。ただ、いつもより笑顔が黒い。
「ソーヤさん、フフフ、フフ」
肩を指でうりうりされる。
「な、何ですか」
「いえいえ、やる時はやる人かと思っていましたのでねぇ~」
何のこっちゃ。
マスターが深いため息を吐く。
「ソーヤお前、何もあんな啖呵切らなくてもよぉ。頭が痛ぇよ」
「僕、何か悪い事しましたか?」
「してねぇよ。してねぇから問題なんだ。お前に非があるなら、殴って終わりにしてる。それになぁ、今はああでも、あの人ら昔は中々の冒険者だったのだぞ」
「ラス坊、そんな事をいったら私だって昔は美人だったのよ」
「司祭様は今でも美人ですよ」
「まあ、ホホホホ」
司祭様は本当に嬉しそうに笑う。この人を見れば、さっきの冒険者達がどれほど醜悪だったのかよく分かる。良い歳の取り方って難しいものなのか。
「後な、ソーヤこれから―――――」
「あ! すみませんマスター! 後で!」
マスターを無視して廊下を走る。食堂を駆け抜ける。御神体の炎の横を通り過ぎる。
通りに出た。
昼過ぎで、人通りは多い。
全ての感覚を使って探すが、当然見つからない。とっくに離れていないのかも。それでも、叫ばずにはいられなかった。
「ゼノビアァァァァァ!!」
馬鹿なのは分かる。
何人かに奇異な目を向けられた。
だが、僕は嬉しかった。
それを隠し切れなかった。
消えたと思っていた仲間が、少しだけでも姿を現した事を。幻ではない確かな姿で。彼女がまだ、この街にいるというだけでも、その事実を確かめる事が出来ただけでも。
本当に、ただ、ただ僕は嬉しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます