<第一章:狼の集い、犬の集まり> 【05】
【05】
上級冒険者コーディス・アヴァラック。
またの名を、落胆のアヴァラック。
由縁も由来も分からない名前。だがこの名で、さっきの三下冒険者を雇っていた。つまり、そこそこのネームバリューはあるという事。
僕とレグレは、レムリアの南側に位置する区画に移動した。
この辺り一帯は、富裕層のベッドタウンとなっている。白く清潔な邸宅が並ぶ中、一際大きな屋敷が目に止まった。
ここが恐らく、アヴァラックの住居である。
敷地を覆う高い壁、頑丈な入り口の門には警備が二人。体格の良いヒームで冒険者という雰囲気ではない。もっと戦闘に特化した兵士………いや、傭兵かな。
「レグレ、何か考えは?」
「真っ正面から潰す。邪魔する奴は、オレの拳で黙らせる。お前の剣で切り倒す」
「頼むから、お腹の子供を労わってくれ」
もうやだ、この脳筋妊婦。
これ産まれて来た子供にも苦労かけられそう。
「労っているぞ。流石に腹に子供抱えて殺しはしたくない。だから、素手で我慢してる」
「そういう事ではなーい」
いっその事、完璧に武装してくれ。それならまだ、僕の心労は和らぐ。
「あ、大事なのを忘れていた」
「何を?」
それは理屈と常識であってほしい。
絶対に違うだろうけど。
「変装だ。こういう場で目立つと、お前も後々大変だろ?」
「レグレ、色々と遅い」
もう警備の二人に顔しっかり見られている。
「おい! お前! 見た顔だな。ここを誰の邸宅と」
「子供を利用する。ド三流のクソッタレ野郎の家だろ」
レグレの拳が一閃する。世界をもぎ取れそうな左ジャブ。
顎に一発もらった警備の男は綺麗に意識を失い。もう一人は、僕が杖で殴り倒した。
「滅茶苦茶だ」
ある意味、陛下の女らしいが。
「おら、ソーヤ。さっさと行って、ちゃっちゃと倒して、夕飯食べるぞ。美味いんだろうな?」
「美味い! 妹とランシールの飯は僕より美味い!」
ご飯を炊くだけならラナも、パスタ茹でてペペロンチーノを作るだけならマリアも上手い。
僕も腹が減って来た。ついでに腹が立って来た。
「レグレ、危険と思ったら使ってくれ」
仕込み杖をレグレに投げ渡す。彼女は二指で挟み受け取る。
「で、お前はそれか?」
「これだ」
腰の本身を引き抜いて、大上段から振り下ろした。
一瞬の静寂の後、門は斜めにズレて倒れ落ちる。大きな音が上がった。奥で気配のざわめきを感じる。
「ソーヤ、その剣。オレの腹の子に渡さない?」
「渡さない。もう先約がある」
レグレが目ざとく刀を見ていた。
「チッ、まあオレは諦めるけど、子供の方はどうかなぁ? オレに似るだろうし~」
「はいはい」
もう、さっさと済ませたいので、からかいは半分程度に受け止める。
深呼吸して大声で叫んだ。
「「アヴァラッァァァァクッ!!」」
割と声は響く。
壊れた門の音も手伝ってか、屋敷から人の足音が大きく響いて来る。
『何だっ!』
総勢20名。
10名ほどは冒険者の恰好で、残り半分は警備と同じ傭兵風。
もちろん全員武装している。
「お前、確か異邦人の」
「おい、間違いないぞ!」
「てめぇ、膝の恨みだ!」
「この野郎、鎖骨の恨みだ!」
「貴様の女に闇討ちされたぞ!」
何故か口々に僕の恨み言を吐く。よく見なくても、敵の三分の一は怪我を抱えていた。
面識あるのか? 駄目だ。全く思い出せない。
「てめぇ一体何のようだこの野郎! 馬鹿野郎!」
「落胆のアヴァラックに面会、じゃないな。倒しに来た」
『はぁぁぁん?!』
揃って馬鹿にされた。
「このボケ野郎。ボケとトボケは違うぞ、この野郎。この人数に勝てると思ってんのか馬鹿が!」
やたら威勢だけは良い男に騒がれる。
うん、あれこれ口に出すより。こういうのは、さっさと倒す方が吉だ。
「レグレ、手を出すな」
「時間がかかるなら出すぞ」
「それじゃ急ぐよ」
刀を返し、峰を向ける。
暴れん坊将軍よろしく。峰打ちで斬りかかった。
五分後、
「しまった」
アヴァラックの居場所を聞く前に、全員気絶させてしまった。
「どうするか………」
「ソーヤ行くぞ。適当に暴れりゃ出て来るって」
「んな、行き当たりばったりな」
慎重や計画という言葉はレグレの辞書にはないようだ。
「その前に」
レグレは倒れた男達の体を漁る。
「腹が重いから軽い物にしておくか」
金貨や指輪などを限定して盗んでいた。
「レグレ、それはちょっと」
「敵からは全て奪う。それが諸王の女たるオレの生き方だ」
ワーオ、蛮族テイスト。
これ全部、僕の悪行になるのだけど。
とりあえず、入り口に男達を放置して敷地に入る。
庭を挟み、白く四角い二階建ての建物。つるんとした建材は、もしかしたらコンクリートなのかも知れない。
手入れされた芝生の上に、金ピカの裸婦像が並ぶ。どれも獣人の女がモデルで、何故か知り合いに似ている。
非常に趣味が悪い。
長居したくないので、さっさと進む。
邸宅の扉を蹴破って侵入。
中にいたメイドさんに悲鳴を上げられた。
「失礼、アヴァラック氏はどこに?」
「に、二階です」
簡単に所在が分かった。
しかし、家の中も金ピカだ。目が痛い。石油王かよ。
そして、
「レグレぇ、調度品はなしだ」
「えー」
「えー、じゃない」
レグレはジャケットのポケットから、色々元に戻す。
ほんの一瞬目を離しただけで、燭台、コップ、羽ペンに花瓶、壁にかけられた旗や円盤まで盗んでいた。
どうやってポッケに入っていた。
「盗みはなしだ。補償は僕が請求するから、後々ややこしくしないでくれ」
「ぶー」
妊婦が子供みたいな反応する。
奔放だなぁ。シュナはこういう姿みて惚れたのか?
念の為、周囲の気配を探る。
上に、やたら弱々しい気配と強い気配が一つずつ。強い方は………気のせいか覚えがある。
まあ、行ってみなければ始まらない。
レグレを背後に置いて、僕が先行した。
階段を上がり二階に。
廊下で、念の念の為、トラップを警戒したが何もない。それ所か警備の増援すらない。
拍子抜けしたまま気配の近くに、扉一つ先にアヴァラックがいるらしい。
レグレは舐めているが、相手は上級冒険者だ。用心して損はない。
という僕の逡巡を無視して、
「おらぁぁ!」
レグレは、可愛らしい声を上げて扉を蹴破る。
陛下、陛下、聞こえていますか? 今あなたに心の声で訴えています。
あなたの女は滅茶苦茶です! もう手綱を放さないでください!
「誰だ貴様ら?」
広い部屋は、下品な貴金属で溢れている。そこに肥え太った中年の男がいた。頭髪はなく、皮膚も弛み、まるでトドのような姿。
急な来客には動じていないが、どうみても悪臭の漂う脂肪の塊だ。とても冒険者に、それも上級冒険者には見えない。
「オレ達は、お前をぶっ飛ばしにきた。安っすいチンピラの所業だが、子供を使ったのが気に食わない」
「子供だと? 何の事だ」
「お前の指示だろうが、三下」
「それが何の話なのだといっている」
噛み合っていないので僕が間に入った。
「アヴァラック、僕らはあんたが雇った冒険者くずれの被害にあった」
「貴様は誰だ?」
「ソーヤ。あんたと同じ上級冒険者だ」
「貴様が異邦人か………」
渋い顔を見て。男の目が悪い事に気付く。近眼なのか、老眼なのか、僕ら二人の姿は満足に見えていない様子。
「まて、貴様と共にいる女は、もしや銀毛の獣人か?」
「ああ、そうだが?」
「お、おお」
目を凝らして、男はレグレを見る。
「頼む、もっと近くに」
「断る。気持ち悪りぃ」
レグレの軽蔑した眼差し。自らも生命力に溢れ、しかも新しい生命まで抱えている身。この醜さは、さぞかし不愉快に見えるだろう。
「子持ちか、貴様」
答えず舌打ちするレグレ。
「腹の子もまた銀毛であるなら、揃うて飼ってやる。そうでないなら、新しく産んでもらうぞ」
「ソーヤ。だ、そうだ」
レグレは、怒りを通り越して飽きれている。
こいつもまた、妄執か。
中身は知ったこっちゃないが、犬の餌にもならないのは確か。
「僕らが参上したのは、あんたに補償を求める為だ」
「銀を、今一度本物の銀を。ルミルの血を口にすれば、それは全ての病を癒す万能の薬となる。この病で膨らんだ体も、再び冒険の栄光を築くに―――――――」
ブツブツと男は妄言を吐く。僕の話など聞いちゃいない。てか、年取った冒険者にロクなのいねぇな。
「で? ソーヤ、で?!」
レグレに脇腹を殴られた。
はいはい、分かってますよ。
遺恨は残さない。といっても殺すまでもない。この醜態を世間に晒せばアヴァラックの名は地に落ちるだろう。
虚像の名声を持った過去の産物。
その実は、ただの肉と脂の塊だ。
金で動く連中もいるだろうが、そんな連中は別の金でも動く。十分に先手は打てる。
「僕らと大通りまで来てもらおうか」
あそこが一番人目につく。
丁度、壁に金ピカの鎖も吊るされている。
「何をいっているのだ、貴様ら。おい出番だ。働いてもらうぞ」
男の声に応え、隣部屋から少女が現れた。
「薄い血の偽物とはいえ、角付きであるが故に力は本物だ。貴様らを拘束して従わせるのは造作もない」
呼ばれたのは、小柄で銀髪ショートの――――――
『あ』
知ってる顔だった。
僕は、ナナッシーと目を合わせると同時に声を上げる。
「何ソーヤ、知り合い?」
「まあ、色々と」
見習い英雄の補償は保留中である。
まだタイミングではないという判断だ。それに、貸しは貸しのまま残すのが良い場合もある。今がまさにそれ。
「ナナッシー。お前とアヴァラックは、どういう関係だ?」
僕が聞くと、ナナッシーはスラスラ答える。
「初期の雇用主」
「じゃ今は?」
「買い取ったアーケインが主」
「義理立てする理由は?」
「金と一応の恩」
「ここで僕と戦うなら、アーケインに払えきれない補償を求めるが」
「それは困る」
「じゃ、どうする?」
「アヴァラック様、お世話になりました」
ペコリと頭を下げてナナッシーは部屋を出て行く。
簡潔な奴だ。感情が薄く理性がない分、話だけは早い。
「ヴァルシーナ!」
「アヴァラック様、今はナナッシーです。最後まで間違えていましたね」
ナナッシーはクールに去って行った。
ランシールの母親は、どんだけ人気があったのやら。
「さて、落胆のアヴァラック。散歩しようか」
僕はやる事をやった。
後味の良い行いではないが、甘さだけでここまで来たわけじゃない。それに僕の悪行は冒険者を引き回す所から始まっている。
相手が誰であろうと、それは変わりない。
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