<第一章:狼の集い、犬の集まり> 【04】
【04】
「おい! 目を覚ませ! どこのどんな奴だった! 特徴は! 人数は! 目的はッ!」
義兄を往復ビンタしながら訊ねる。しかし、彼は唸るだけで意識は戻らない。放り捨てて、衛兵長の胸倉を掴んだ。
「起きろ! 起きて説明しろ!」
ブンブン振るが、彼もまた気絶したまま。
近衛隊長二人がこの有り様とは。相手は手練れに違いない。しかもレグレまで無力化して誘拐するとは。
まさか陛下クラスの奴が、この街に潜んでいるのか?
想像して冷たい汗が背筋を伝う。
ここでレグレに何かあったら、後々レムリアは諸王の軍勢に滅ぼされる。
「雪風、レグレの位置は分かるな!」
『ソーヤ隊員、レグレ様にはトレースを付着させていません。追跡不可能であります』
「何で?!」
『何でって、命令なかったであります』
「だって、あのレグレが誘拐されるとか思わないじゃん」
『じゃん、て。ソーヤ隊員落ち着くであります。追跡手段は他にありますよ』
「それは?」
何だ。
あるなら早く早く。
「ソーヤ、またそのカンテラ喋ってるニャ? ホント、変わってるニャー」
不思議そうに、テュテュは雪風を突っつく。
『テュテュ様、愛犬を借りたいであります』
「バーフル様を? 良いニャ。バーフル様~ちょっと来るニャー」
呼ばれ、灰色の大型犬が現れる。
前足で店の裏口を開け、鼻先でしっかり閉めた。
暇さえあればテュテュがグルーミングしているので、長い毛並みはツヤツヤである。狼のような顔つき。鋭い目。長い牙。長い尻尾。
僕は、この犬が大っ嫌いである。
魂の根幹がこいつを嫌っている。
同じ名前の大馬鹿野郎のせいで酷い目にあったからだ。
『お犬様、この匂いを追うであります』
雪風のポットが開き、アームが布切れを取り出す。
バーフルは、テュテュの方を向いて意見を求めた。
「お願いニャ。夕飯は、ちょっと良い残飯上げるニャ」
「バフ」
頷くと、鼻先が雪風の布切れを嗅ぎだす。
「なあ、雪風。いつの間にレグレの匂いを?」
『体液の一部から健康状態を調べる為、採取していました』
「そりゃよかった」
ついでにトレース剤も付けてくれよ。
「バフ」
バーフルが駆けだし、僕は後を追う。
細い路地裏を縫うように走り、角に消える尻尾の後に続く。
鐘が聞こえた。
空は茜色に染まる。
地は無明に闇に染まる。
街の奥の奥。
薄暗い所に潜るように進む。
犬の爪音と自らの乱れる呼気が響いた。ネズミのように低身になって、更に速く、速くと駆ける。バーフルの奴、嫌がらせか? 角を曲がる時、妙なフェイントを入れてくる。しかも一切振り向かず、全力で走っている。
まあいい、付き合ってやる。
トンガリ帽子を片手で押さえ、纏う風を厚くする。
意識を集中して、感覚を細く鋭く伸ばす。
バーフルの挙動を把握すれば、左右どちらに曲がるかくらい余裕で読める。
右、左と素直に曲がり。
右のフェイントを入れて、左。
右と思わせて右。
これくらい余裕だ。動物の挙動は人間よりも速いが素直な分、読みやすい。
コースを読めれば、単純な速度で敵わなくてもコーナーで差を埋められる。
馬鹿みたいにムキになって、バーフルと追っかけっこした。
途中、熱くなりすぎて目的を忘れかける。
そんな馬鹿な散歩を繰り広げていると、
「あ」
っという間に到着。
そこは奇しくも。昔、僕が爆破した事のある倉庫街の一角。
「バフ」
バーフルは、一つの倉庫の前で匂いを嗅ぎ念入りに確かめている。
「バフ」
もう一度鳴き『ここだ。バーカ』と、僕を後ろ足で蹴って去って行った。
駄犬め。
いつか何か仕返ししてやる。
バーフルの恨みはともかく、今はレグレだ。
目を閉じ暗闇を作って意識を広げた。ガス状の気配が脳裏に映る。
二つの気配を抱えた大きな存在が一つ。
その周りに、小さい気配が動き回っていた。小さくて、曖昧で、動いているから数が捉え辛い。
敵意はない気がする。
が念の為、仕込み杖をいつでも抜けるように構えて、
「………………よし」
やっぱ面倒になり壁を切断して倉庫に突入した。
体当たりで木片と埃を払い。一回転して片膝を突く。仕込み杖の刃を収め、次の抜刀で敵の全てを斬る態勢に。
敵は、
「ソーヤお前、何してんの?」
レグレを攫ったであろう敵は、子供だった。
獣人の子供が六人。
「あ、王様だぁ」
その中に、見た事のある獣人の幼女もいた。確か太っちょの子供とよく一緒にいる子で、
「ミキュだっけ? え、何してるの?」
「おしごとー」
お仕事って、
「何かさ、オレをここに連れて来たら金もらえるんだって」
「金?」
レグレは子供の小遣い稼ぎに付き合って、ここに来たのか?
「あ、そういや。いけ好かないエルフが、こんな可愛い子達を邪険に追い払おうとしたから腹立ってさ。ぶっ飛ばしちゃった。後、周囲の奴らも何か襲って来たからついでに。たぶん、死んでないよな?」
「あんたがやったのかぁ」
そりゃ強いとは思っていたが、不意を突いたとはいえ近衛兵全滅させるとは。しかも身重の体だぞ。
「おいおい、何で穴開いてんだ?」
「知らねぇよ、ガキがやったのか?」
と、粗野な声が響く。
ガラが悪そうな冒険者が現れる。剣士と魔法使いの二人組の男。
「げ、げぇ! 何で異邦人がこんな場所に!」
「おい! ガキ共! 何てもん連れてきてんだ!」
二人組は僕の顔を見ると悲鳴を上げた。
どこかで会ったかな? 記憶に残っていない。残らないなら、その程度の相手だろう。そもそも僕は、男の顔すぐ忘れるし。
「つれてきたよーお金ちょーだい」
ミキュが前に出て両手を差し出す。他の子供達も同じように手を出す。
「ああん、金ぇ。そんな約束したか?」
「さあ? 覚えてねぇなぁ」
ゲラゲラと男達は笑う。
悲鳴上げたり笑ったり、忙しい奴らだ。
「えーやくそくしたよぉ。つれてきたら、お金くれるってしたよー」
『したー』
と、子供達は揃っていい。男達の傍に寄る。
「うるせぇ! 邪魔だ邪魔!」
鞘の付いたロングソードを振るって、剣士風の男は子供達を散らす。『キャー』と悲鳴を上げて、彼女達は倉庫の隅に逃げる。
打って変わって、魔法使い風の男は腰を低くして僕に擦り寄って来た。
「異邦人の旦那ァ。どうです、金貨5枚で見ないフリしてもらえませんかねェ?」
「お前ら、そこの銀髪の妊婦をどうするつもりだ?」
雑魚を斬り殺すのは簡単だが、こういうのは裏を取って元を消さないと後が絶たない。
悪質な場合は特にだ。
「いえ、銀髪の獣人に目のない方がいましてねェ。そういや旦那は、一匹傍に置いているわけだァ。そんな腹ボテ、アッシらに譲ってもらえませんかねェ?」
僕も我慢強くなったものだ。
こういう輩は、音速でぶっ飛ばしていたのに我慢しているとは。
「そうだな。まず、子供に金を払え」
「へ?」
「金だ。約束通り金を払え」
「いえいえ、こんな小汚いガキに金なんて」
「じゃ僕に払え」
埒が明かないので、建設的に話を進める。
「へ? へェ、すぐに!」
「金貨6枚な」
「え、それはちょっと………」
「お前らが、いくら貰うか聞かないでやる」
こんな安銭じゃあるまい。
「そ、それなら、仕方ありませんねェ」
男は渋々金貨を取り出す。受け取って、子供達を呼び寄せた。
「一人、金貨一枚ずつな」
「王様、金貨はよくないんだよぉ」
「良くない?」
ミキュを始め、他の子供達も頷く。
「金貨もってると殺されてとられるのー」
「………………そうか」
子供から“殺される”という言葉を聞くのは堪える。慣れて忘れかけていたが、ここは異世界だ。日本のような治安と理性を求めるのは土台無理な話か。
「じゃあ一人。銅貨3枚ずつでいいか?」
「ホント! そんなにくれるの!」
僕は何ともいえない顔で、財布から銅貨を取り出し子供に配った。
「気を付けて帰るんだぞ。寄り道するなよ」
『はーい!』
手を振って子供達を帰す。
隣を見るとレグレも手を振っている。何か、母親の顔だった。
「じゃ旦那ァ。その女を」
「お前らの雇い主と、その背後関係を全て話せ。それに、お前らのような仕事を請け負う、もしくは請け負った事のある冒険者を、知り得る限り全て吐け」
「じょ、冗談をいっちゃいけませんぜ。そんな事をしたら、アッシらの生活が」
「獣人の奴隷を取ろうとした時点で、お前ら終わってるぞ」
レムリアじゃ奴隷は御法度だ。
良くて財産没収と追放。没収されるような財産がなければ、死で償う事に。
「奴隷って、旦那勘違いしてません? 獣人なんぞ、いくらでも飼えますぜ。金や食い物で釣ればいい。それで駄目なら薬や魔法で調教すりゃいい。レムリアの奴隷禁止制など飾りみたいなもんでさァ」
「ソーヤ、分かってないなぁ」
レグレが一歩前に。
我慢の限界のようだ。体に良くないので任せよう。
「こういう脳の腐った馬鹿は、痛みがないと理解しない」
「ああん? おい獣人。必要なのはてめぇの体で、腹のガキじゃ―――――」
威嚇した剣士風の男は、地面から発射された。
レグレのアッパーが男の顎を捉えた、のだと思う。
正直、僕もはっきり見えたわけじゃない。
はっきり見えているのは、男の体が倉庫の高い天井に突き刺さっている事。ギャグ漫画のような光景である。
実際見ると笑えないけど。
「は?」
残った男は状況を理解できていない。僕も、こんな芸当できる人はグラッドヴェイン様くらいしか知らない。
もしかしたら、ラナもいけるかも。
「レグレ、君も分かってないな」
確かに素晴らしい腕力だ。でも、強すぎるが故に恐怖がない。
指で弾いて、金貨を一枚男に投げつけた。
ペタンと上手く額に貼り付く。それが落ちるより前に仕込み杖を抜く。
三流の冒険者には閃きも見えないだろう。
刃を鞘に収め一言。
「もう一度いう。雇い主をいえ、それに仕事仲間も吐け」
「へッ」
男は、額の金貨が真っ二つな事に気付く。
「お、出来た。今のは偶然だ。次は鼻を裂くかもな。その次は額、最後は頭だ。後、五回分。僕の“練習”に付き合うか?」
「ひっ」
男の指には血が付着していた。
………………しまった。
本当にしくじって額を斬ってしまったようだ。
まだまだ、親父さんのようにはいかないモノだ。あの人は、空中に放り投げた貨幣を綺麗に切断する。
気を取り直して、もう一度金貨を投げる。
次は男の目に貼り付く。仕込み杖を構え、
「話す! 話すから!」
割と簡単に、男は全て話した。
「で、そいつ誰さ?」
全部話した男を、レグレはご褒美のようにぶん殴る。
人間が横回転で吹っ飛ぶ様を初めて見た。落ちても勢いは止まらず、床を転がって倉庫の奥に消える。
格闘ゲームで見たような光景だ。
「僕は知らない。上級冒険者は秘密主義だし、把握してるのは組合くらいだろう」
最悪な事に、この二人組の胴元は上級冒険者だそうな。
しかし、名を聞いてもピンと来ない。
というか、他の上級冒険者の名前など普通は知らないのだ。下手をすると、今一番知名度が高いのは僕になる。
「仕方ない。じゃ直接乗り込んで潰そう」
「は?」
「大丈夫、問題ない」
「え、冗談?」
何をいっているのだ。この妊婦は。
「大丈夫だって、上級冒険者がどんなのか知らないけど。こんな三下使ってる時点で、たかが知れている。夕飯までに片付けるさ」
「………………嘘だろ」
「行くぞ。来ないならオレ一人でやるけど」
「いや、付き合うけど」
僕はレグレと、上級冒険者を狩りに出る事になった。
しかも、夕飯までに片付けるそうだ。
本当にやりそうである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます