<第一章:狼の集い、犬の集まり> 【03】


【03】


 ランシールとレグレを連れて夕飯の買い出しに。

 エアは、レグレがピクルスを気に入った事に機嫌を良くして、家で更なるピクルス作り中だ。

「ソーヤ、それは何が書いてあるので?」

「ああ、これ」

 僕が見ていたメモを、ランシールは隣から覗き込む。

 日本語なので彼女には読めないものだ。

「妊婦の体に良い食事を、マキナに書いてもらった」

「ワタシ、興味があります」

「オレ、全部ピクルスでいいぞ」

 ランシールは妊婦本人より乗る気である。

「ピクルスは砂糖入ってるから、食べ過ぎは良くない。まず、緑黄色野菜か」

 メモのおすすめは、赤カブ、ホウレン草、枝豆、芽キャベツ、アスパラガス、水菜とある。

「テュテュの所に今朝の野菜があるから分けてもらおう。後、キノコ売ってる店あったかな」

 街ではキノコは、あまり食べられない。

 元々ヒューレスの森から仕入れていたらしいが、エルフとの関係が冷え込むと同時に取引も消えた。通常ルートでは販売されていない。

「ソーヤ。キノコなら、メルム様のお店で扱っています」

「いつの間に、また勝手に商品増やしたのか」

 てか、僕とザヴァ商会の店だ。

 メルムは雇われ店長に過ぎない。最初は一店員に過ぎなかったのだが、業績が良いので仕方なく格上げしてやった。

 でも、調子に乗る前に釘を刺しておかないと。

 変な商品入れて問題になったら、僕や商会の責任になるのだから。

「ソーヤ、次は? 次は何ですか?」

「次は赤身の肉だな。これもテュテュの所で良いか」

 ランシールがグイグイ来ている。

「他には?」

「全粒粉の小麦。獣人パンでいい」

「オレ、あれ嫌い」

「子供の為に我慢しろ」

 レグレの意見は無視。

「クルミも。ああこれも、メルムが前に置いていたな」

 クルミと味噌で酒のツマミを作っていた。自分達用で店に常備していたはず。

「うーむ………………」

 テュテュの所に行けば大体揃う。

 つまり、テュテュとランシールを引き合わせる事になる。

 いや、ランシールもメルムの店―――――じゃなかった。味噌&調味料店に何度か顔を見せているから、ちょっとくらい面識はあると思うのだが、僕が間に立って紹介するのは、不味いような。不味い気がする。

 何で不味いのかは分からん。

 しかし、嫌な予感がする。

 かけ合わせて、妊娠したレグレを連れて行く事も問題な気が。

「なあ、レグレ。疲れてないのか? 家で休んでいた方が」

「ない! 散々アシュタリア城で休んだ。体力は有り余っている」

 流石、ヴィンドオブニクルの子孫。妊娠中でも元気。

 色々迷っているうちに店に到着してしまった。

 近くに水路のある城壁沿い。それを細い道を挟み、『冒険の暇亭』はある。

 小さく、ひっそりとある隠れ家的な料理店だ。

 左手側には変わり種を扱う調味料店。

 右手側は、最近パンも焼きだした製麺所である。

 まず調味料を覗こうとしたら、

「ギニャァァァァァァ!」

 そんな悲鳴を聞いた。

 声の先には、テュテュが尻尾を逆立て硬直している。持っていたトレイのラーメンが落ちかけ、瑠津子さんが寸での所で受け止め――――――

「テュテュちゃん、何を………………カハッ!」

 やっぱり瑠津子さんも落とした。

 ダバーっと下にいたガンメリーにスープがかかり、

「あつぅぅぅぃいい!」

 鎧姿の小人は、悲鳴を上げてジタバタする。他のガンメリーは苦しむガンメリーを囲んで棒で突っついていた。

 平和な料理店が一瞬で悲惨な光景に。

 一体、何が原因。

「………………」

 よく見なくても。

 テュテュと瑠津子さんの視線は、レグレに向いていた。正確にはレグレのお腹にである。

「二人共、何か勘違いしているようだが、僕の子供じゃないからな」

「ソーヤ! それは酷いニャ! 男らしくないニャ!」

「ソーヤさん! 責任ッ! 責任とって! てか、浮気ですか!」

 酷い勘違いだ。

「この人はな」

 レグレと目が合う。彼女は、何か思い付いたように悪い顔を浮かべた。

 擦り寄って、僕の腕に抱き着いて囁く。

「あ・な・た」

 ヤメロォ!

「いやぁぁぁぁぁぁニャァァァァァァァ! 愛人枠が埋まったニャァァァァァ!」

「え、テュテュちゃん。愛人枠って何?!」

 勘違いが更に酷く。

「落ち着きなさい。そこの二人」

 こういう時、頼りになるのはランシールである。

「ワタシが、ソーヤの愛人です」

 そっちの主張ですか。

「じゃ、そっちの兎の人は誰ニャ?」

「テュテュ、こちらは僕の大事な友人の大事な人だ。お腹の子と僕は、何も関係はない」

「またまた~遠慮するなって」

「遠慮してない!」

 レグレは完全に遊んでいる。

 そんな僕らを、酒の肴にしているおっさんが二人。

「メルム、こんな光景を昔みたな」

「ああ、レムリア。確かに」

「あの時、余は人に好かれ過ぎた。ある意味、王となる者の先触れであったな」

「貴様に寄って来たのは、金と名声に釣られた女ばかりだろ。私は違うぞ」

「そなたは顔だけではないか。長続きした女は何人だ? 三日と持たなかったであろう」

「私の魅力に自信を失くした女が悪い」

「そなた良くも悪くも変わらぬな」

「貴様らが変わり過ぎなのだ」

 おっさんの自慢など、犬も食わない話である。

「だがレムリア、ランシールはこの男にくれてやってよいのか?」

「………許可した覚えはない」

 妙な殺気を感じる。

 さて置いて。

「あ~テュテュ、瑠津子さん、こちらはレグレ。もう一度いうが、僕の大事な友人の愛人だ」

『ふーん………』

 二人共疑惑の目である。

 何故だァー。

 背後では、ラーメンを被ったガンメリーが、イヌーフルに引きずられ店の中に消えた。

「ソーヤ、所でそのメイドさんは誰ニャ?」

「え、テュテュちゃん知らなかったの? 時々、隣のお店で買い物していたよ」

「顔と匂いは何となく気付いていたニャ」

 珍しくテュテュのガラが悪い。

「ええ、ワタシも顔と匂いには気付いていました」

 揃ってランシールも悪い顔に。

 二人共、悪そうな顔で視線をぶつけ合う。

 な、何が一体。

 瑠津子さんは、何だか恐ろしいほど冷たい目になっている。

 テュテュが一歩前に、ランシールも負けじと前に。

「テュテュ、ニャ。初めましてニャ」

「ランシールです。お初にお目にかかります」

 ガシッと握手。

 ギリッと肉の音。

 ギラッと睨み合う。

「レムリア王の一人娘と聞いて、どれほどかと思っていたニャら、思ったほどでもないニャ」

「へぇええええええええ、何が思ったほどではないので?」

「思った通りは、思った通りニャ」

 あれ、テュテュ思ったよりも力あるな。

 じゃない。え? これ修羅場?

「あなた、言葉に育ちの悪さが出ていますよ」

「はぁぁぁん? こんなもん、全部ワザとに決まってるニャ。ニャー、普通に話そうと思えばいくらでも出来るニャ」

 そだねー。

 マジ切れした時だけ口調が普通になるから、怖いのなんの。

「男に媚を売る為に、自分を曲げるのですかー?! 矮小な精神ですねー!」

「人に好かれる為に努力する事が小さいなら、あんたは人間を分かってないニャー! 世間知らずニャー! 箱庭ニャー!」

「もしかして箱入りっていいたのですかね!」

 戦が始まる。

 やばいな。

 これ止めるの僕なんだろ? おっさん二人は『やれーやれー』と酒飲んでるし、瑠津子さんコキュートスのような目で僕を見ているし、犬と小人は戦力外。

 危険だが、止めるしかない。

「ソーヤ、おい。ソーヤ」

「レグレ、すまないけど後にしてくれ」

 今はレグレに構っていられない。

「オレも後にしたいけどさ………うっ、吐きそう。トイレどこ?」

「なっ」

 レグレの顔が真っ青であった。

 ピクルスの食べ過ぎか、つわりだろうか。

「どれ、余が介抱してやろう」

「レムリアは信用ならんだろう。私が」

「貴様らは指一本触れるな」

 女性問題で信用できないツートップに任せられるか。

「店の裏にトイレがある。そこまで我慢してくれ」

 レグレに肩を貸そうとすると、軽く除けられた。

「一人で行ける」

「ニャーが案内するニャ」

 テュテュの後に続いて、レグレは店の裏に消えた。

 そういえば、店の裏といえば近衛兵の方々が待機している場所だ。

 この、日の落ちる前から飲んだくれている二人。これでも王なのだ。万が一の為、店の裏では護衛が待機している。

 トイレ前待機の近衛兵とか、色々と申し訳ない光景である。でも、流石に店の前には置けないので我慢して欲しい。

「で、ソーヤよ。本当に貴様の子供ではないのか?」

「違います」

 レムリア王のゲスの勘繰り。

 メルムは獲物を狙う目でいう。

「美しい獣人だ。それにあの銀髪。中々見ないものだぞ」

 確かに、銀髪の獣人は比較的珍しい。妙な希少価値もあるらしい。

 ん………………これ不味いか? いやいや、妊娠中とはいえレグレに万が一など。

 戦場での彼女の戦いを見た事がある。一騎当千の猛者だ。レムリア国内を探しても、彼女に敵う者など早々いない。

 いないはずだが。

「ソーヤ、信用していないわけではありませんけど。本当に、本当に?! レグレさんのお腹の子は、あなたと関係ないのですか?」

「だから、ないってば」

 またまたランシールに疑われる。

「ソーヤ、別にワタシは他所の女の子供でも面倒見るつもりですよ。何はともあれ何れラナとも出来るわけですから、乳母はするつもりでした。怒りませんから正直にいってください」

「本当に違うって」

 僕はどこまで信用ないんだ。

 そんな女遊びしてる人間じゃ。

「ソーヤさん、誠意って日本語知ってますか?」

「知っています」

 先程から同郷の女性が冷たい。

「自分はですね。常々、異世界の婚姻について疑問を感じでいました。ダメでしょ? エルフが多婚でもソーヤさんがそれに習っちゃ。愛する女性は一人でしょ! オンリーワンでしょ!」

「ほら、郷に入っては郷に従えって言葉が」

「それはそれ! これはこれ!」

 ワーオォ、話が通じない。

 変に反論するより、流しておこう。

「ラナさんの事、愛してないのですか!」

「………………愛してます」

 何この瑠津子さんの質問。

「声が小さい!」

「愛しています!」

 何で、公衆の面前で愛を叫ばないといけない。

「縁を切ったとはいえ、父親としては気持ち悪い光景だな」

「お前は究極に黙っていろ」

 メルムにだけは何もいわれたくない。

「所で、おい」

 レムリア王が珍しく冷静にツッコミを入れる。

「ちと、遅くないか?」

 レグレはともかく、テュテュまで戻ってこないのはおかしい。

 嫌な予感に冷や汗が浮かび。

 走った。

 店と店の間を潜って裏手に行く。

「なっ」

 冗談のような光景だ。レムリアとヒューレスの近衛兵が、積み重なって全員ぶっ倒れていた。

 一人の首筋に指を当てる。死んではいないが、綺麗に意識を刈り取られている。

「ぐ、ぐるしぃいいニャァ」

「大丈夫か!」

 テュテュは、エルフ二人の下敷きになっていた。雑にエルフを蹴り退かし解放する。

 その間、周囲を見回すが………………嫌な予感は的中した。

「ソーヤ、レグレさん誘拐されたニャ」

「カハッ」

 僕はシュナのように白目になった。

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