<第一章:狼の集い、犬の集まり> 【02】
【02】
「でさー腹が出てから、もー陛下からヒゲから、姫様までオレに構うわけよ。一日中。どこ行くにもメイドさんが付いてくるしさぁ。何か嫌になっちゃって、マリアに頼んで逃げて来た」
レグレが急に現れた理由は、マリッジブルーみたいなものだった。
「まあ、泊めるのは構いませんが、陛下に書き置きは残してきたのでしょうね?」
流石の陛下も、数日でレムリアまで来れないだろう。いや来ないよね? 筋肉で時空間超えたりはしないよね? やりそうで怖いけど。
「もち、あんたの部下と不倫してくるって書いておいた」
「止めてください!」
洒落にならねぇよ。
僕の事じゃねぇか。
「何だよぉ、お前も敬語とか使っちゃってさぁ。同衾した仲じゃねぇかよ~。遠慮するなよぉ」
レグレは、椅子を寄せて腕に抱き着いてくる。
本気で困る。
「へぇ、お兄ちゃん他所で女作ってたんだ?」
「ソーヤ、いつの間に」
テーブルを挟んだ妹とランシールに、白い目で見られた。
「この人は、僕の知り合いの愛人さんだ」
ラナがいれば話は早いのだが、彼女は今日、女性魔法使いが集まる『魔女会議』なるものに参加して不在だ。
「そんな他人行儀な事いうなよぉ。このお腹の子だって、お前の子の可能性も?」
「ない! 欠片もない!」
不可抗力で尻や胸は触ったが、そんな事で懐妊するか!
『ふーん………』
妹とランシールの目が更に冷たく。
「ランシール、アタシお兄ちゃんの好み分かっちゃった」
「エア、実はワタシもです」
「小柄で可愛い系よね」
「ですね。エヴェッタが小さくなってから妙に熱心ですし」
「うっわ、そうだった。そこまでかぁ」
「そこまでですねぇ」
君ら、人をロリコンみたいに。
「テュテュとも良い仲だし」
「エア、テュテュとは?」
「え、ランシール知らなかったの? そういえば………あ、そうか。接点なかったか。あんた冒険が関わると妙に距離取るし。『冒険の暇亭』の店長よ。金髪の獣人」
「もしかして、猫の獣人ですか? 父が懇意にしていた女の娘が、金髪で猫獣人だった気が」
「そうよ、それ」
「今もですけど、時々知らない匂いを付けて帰って来ると思ったら、そういう事ですか」
という女の怖い勘繰りはスルーして、
「レグレさん、部屋を用意します」
「レグレでいいって堅苦しい」
「じゃレグレ、うちは城と比べたら狭くて質素だけど精一杯もてなすよ」
「あんま気使わなくていいぞ、適当でいいってば」
「では、レグレ様」
適当でいいというのに、ランシールはうやうやしく頭を下げる。
「ソーヤと、どういう関係なのか今一分かりませんが、ご滞在中はワタシに何なりとお申し付けください。お世話させていただきます」
「ホント、適当でいいよ。ランシールさん」
ランシールは、私生児であるが一応この国の王の娘だ。色々と面倒なので説明しないでおこう。国際問題に発展したら困る。
あ、
しまった。
うち客間がなかった。
誰かの部屋を開けないといけない。
妊婦だし、あまり階段の昇り降りはさせたくないので、
「エア、しばらくマリアと相部屋でいいか?」
マリアの部屋を使ってもらおう。
「良いよ。てか、あいつ基本的に自分の部屋にいないよ。アタシか、ランシールか、お姉ちゃんの部屋で寝てる。今もアタシの部屋でお昼寝中だし」
「そうなのか」
個室意味なし。
まあ、寂しがり屋さんだからな。仕方ない。
「レグレも疲れてないか? 時差ボケあるだろ、軽く休んだ方が」
「だいじょーぶ。でも腹減った。夕飯前に軽く何か食わせて」
「ランシール頼む」
最近、家庭内の食事は任せっきりである。
「困りましたね。夕飯の買い出し前なので何も」
「あ、ランシール。アレがあるじゃない。アタシが色々試しで作ったの」
「でもアレは、お酒のツマミか主菜の添え物ですけど」
「えー悪くないと思うけど」
「アレって何?」
なるほど分からん。
「ソーヤ、ピクルスです。ワタシが漬けているの見て、エアも試しに色々と」
「色々漬けたよ、鶏卵に、豆、トマト、干し魚、緑菜、人参、カレー味にしたりもした」
「いつの間に」
ちょっと食べたいな。
「なに、ピクルスって?」
レグレも興味を持ったようだ。
「酢、砂糖、香味葉、ニンニクや悪魔の爪で作った調味料で食品を漬けたものです。酸っぱく、保存も効き、疲労回復にも良いですよ」
「へぇ………食べたい。滅茶苦茶、食べたい」
妊婦に酸っぱい物というのは、都市伝説ではなかったのか。
『ソーヤさァァァぁぁぁん』
僕の背後にある地下の階段辺りに、円柱の変な物体が現れる。
『妊婦さんにお魚はダメですよ。水銀ががが』
「異世界の魚でも水銀とかあるの?」
『ありますよぉ、食物連鎖ですよぉ、生物濃縮は工業汚染とはまた別ですぉ、そーんな事も』
「はいはい」
『聞いてくださいぃィィ』
ピクルスを取りに来たランシールに伝える。
「魚は駄目だそうだ。お腹の子供に悪いらしい」
「そうなのですか、分かりました。ワタシも気を付けます」
ん? え?
それはいつ気を付けるのかな? 今じゃないよね。
よね?
「ソーヤ、そいつってトーチの子分みたいな奴?」
「子分というか、まあ子孫みたいなものだ」
レグレは、トーチと面識があるのか。
なら大丈夫だと、マキナに出るよう合図をする。
『こんにちは! マキナは、マキナ・ユニット・フルスペック。宇宙開拓用の第六世代人工知能、異世界現地改修型。戦術、戦略、偵察&お料理、家事の複合ユニットでッす!』
フルスペックって事は、修理完了したのか。
前と何が変わったのか全く分からんけど。
「何か知らないけど、世話になる」
レグレは、細かい事を気にしない女だ。
陛下の子供を宿すくらいだから、どこか似たモノがあるのだろう。
ランシールは、ピクルスの中身を小皿に並べた。
早速レグレは食べて行く。
「うーん、この黄色いのピリっとして良い。豆のやつ止まらないんだけど」
ピクルス豆を掻き込むレグレ。スプーンが止まらない。
「卵はどう?」
「ちょい待ち」
エアにいわれて卵を素手でパクり。
「ちょっと塩が欲しいけど美味い」
「マヨネーズ付けてみる?」
「何だ? マヨネーズって」
「ふっふーん、どこから来たか知らないけど、この地方発の調味料。つまり世界初よ」
エアは得意気である。
マヨネーズはレムリア発の調味料になっていた。後で怒られなきゃよいけど。
瓶入りマヨネーズをエアは取り出し、ピクルス卵に少しかける。
「ま、食べてみたら。ふっふっふーん、美味しいわよぉ」
妹は悪そうな顔である。
半信半疑のレグレは、また卵を一口で。
そして一言。
「うまっ、これうっま! 王城の料理の五倍は美味い!」
左大陸はあんまり食い物美味しくないからな。土地も痩せているし、他所からの物は保存食ばかりだし。
「何だよ、ソーヤ。すげぇ贅沢してんじゃん。どこが質素だよ!」
「そうよ、お兄ちゃん。これが質素なら、レムリア王城の食事は豚の餌よ」
「エア、流石にいい過ぎです。ソーヤのせいでコックは二人辞めましたが、豚の餌は酷い」
そうだね、ランシール。辞めたね。自信なくなったっていって。
後、辞めたコックの一人はラーメン屋になったよ。
「しかし」
美味い美味いと、レグレはガッツいて食べる。
「レグレ。夕飯入らなくなるので、程々で」
「だいじょーぶ。三人分だから、まだまだ入る」
もしゃもしゃ、ホウレン草に似たピクルスで頬を膨らませていた。
「え、三人分とは?」
飲み込み答える。
「お腹の子供、双子なんだとさ」
「な、なるほど」
こりゃ、ますますシュナに説明し辛い。
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