<第一章:狼の集い、犬の集まり> 【01】


【01】


 ホットドッグ片手に戦闘観戦。

「これは良い。うん、良いぞ」

「そうだな。手軽かつ美味い。中々腹にも溜まる。訓練の合間の軽食としてもいける」

「お前らこの飲料にも注目しろ。これは疲労に効く甘さだ。体を酷使した後の甘い物は、肉の根幹を癒す。しかも、液状で飲みやすい。つまり吸収しやすいという事だ。これのあるなしで、翌日の疲れは恐ろしく違って来るぞ」

『ほ~』

 グラッドヴェイン様の眷属達が感心して頷き。

 揃って僕を凝視する。

 おい、その催促視線やめろ。

「わ、分かりました。また持ってきますよ」

 ほっほっほー、とガン付けから破顔一笑。

「ついでに前食べた角煮も頼む。思ったのだが、あの角煮をこのパンに挟んでも美味いのではないか?」

「俺は、うどんだ。我が神のうどんも美味いが、貴様が打った本場のうどんも食べてみたい」

「では、ラーメンも作れ。最近、近場の屋台に美味いラーメン屋があるのだが、何でも貴様から習ったそうではないか。何故に我らに試食させない!」

「へぇへぇ」

 適当に返事しておいた。

 ここの武人共は妙にグルメだ。食い意地が張っているだけかもしれないが。

 と、

 歓声が上がり、視線の先では勝者が木剣を掲げていた。

 ………………悪い予感が的中したよ。

 彼は一旦奥に引っ込み、闘技場は無人になる。他の対戦者が現れる様子もない。

 という事は、

「ソーヤ! ソーヤ! 出番ですよ!」

 エヴェッタちゃんがピョンピョン跳ねて僕を呼ぶ。ホットドッグの最後の一口を頬張り、甘い飲料で一緒に飲み干す。

 さて戦いますか。

「がんばってくださいね! 負けないでくださいね!」

「まあ、大丈夫だと思います」

 一応、上級冒険者だ。

 エヴェッタちゃんに刀と仕込み杖を渡して、代わりの木剣を手に取る。素振りして具合を確かめた。

 軽いが骨の折れる硬さ。破損した時、ささくれが出来ないように幾つかの木片を接着して作ってある。

 しかし、当たり所が悪ければ死ぬ。

 死を傍に置かなければ、人は鍛えられない。それが、ヴェルスヴェインの思想だ。

 闘技場の真ん中に立ち、対戦相手を待つ。

「まず、最初の対戦相手はっ、んぐ、もむ………ん、ん」

 事務のお姉さんは、ホットドッグを食べながらアナウンスをしてくれる。肌の黒い犬系の獣人である。何か複雑な光景だ。

「ええと、新米冒険者代表のメテスヌースのアリャンジャさん。どうぞー」

 手を伸ばすと、

『………………』

 そこには誰もいなかった。

「あれ? ちょっと誰かー? アリャン何とかさん連れてきてー!」

 しばらくガヤガヤと人のざわめきが響き。

 大凡、五分後。

「お待たせしましたー!」

 事務のお姉さんに引きずられ、ヘトヘトの冒険者が現れる。

 ヒームの男だ。歳は僕より五つほど上だろうか。革製の鎧に背中には丸盾、腰にはロングソード。標準的な冒険者の剣士。

 酷い状態なので、お姉さんに質問。

「あの、これは?」

「予選で体力使い果たして、奥で気絶していました。ちょっと待ってくださいね」

 お姉さん三人がかりで冒険者を立たせ、装備を奪い、代わりの木剣を握らせる。

「はい、では始め!」

 お姉さん達が離れると同時、冒険者は陸に上がったタコのようにグンニャリと倒れる。

 起き上がって来る様子はない。

「勝負あり! 異邦人ソーヤ!」

『………………』

 観客及び僕も無言だが、一人目は倒せた。

 いや、何もしてないけど。

「はい次はですね~んぐっく」

 相変わらず、ホットドッグを頬張りながら適当な司会進行。

「ケチャップもいいけど、ソーヤさんこの黄色ソースに入ってるマスタードとかいうのは、お店で売りに出さないのですか?」

「確か、『冒険の暇亭』の隣にある調味料の専門店で限定的に販売しています。数はそんなに多くないですよ。ほとんど黄色ソースに回してあるので」

「なるほどォ、これ終わったら即行で買い占めてくる~」

「買い占めは止めてください」

 また転売目的で行列ができる。ただ、メルムが店番だとその辺りの奴らに売らないので問題ないか。ないのかなぁ?

「おい、まだか!」

 お姉さんと僕が話していると、半ギレの獣人に怒鳴られる。

「あ、はーい。獣人族の森のオグ―――――」

「名乗りは不要! 俺がこいつを倒せば自然と名は轟く!」

 いきなり襲って来た。

 2メートルある巨体がドシドシ足音を鳴らして迫る。獣人は毛むくじゃらで、左頬に爪痕があり、手足は熊のように太い。その実、熊の獣人なのかもしれない。

「あの武器は木剣を」

「オオオオオォォォォォォォ!」

 お姉さんを無視して獣人は両手斧を振り上げた。当たったら真っ二つになる威力だ。が、見え見え過ぎる。半分寝ていても避けられぞ。

 適当にカウンターしようと構え、

「聞けよ」

 ドスの効いた声に戦慄した。

 お姉さんの裏拳が、獣人の顔面に炸裂。巨体が三回転して壁に叩き付けられる。グラッドヴェイン様の眷属は避けたが、注意不足の冒険者が四人ほど巻き込まれた。

「生きてるー?」

「生きてるよー」

 ホットドッグのお姉さんが尋ねると、獣人の傍に寄ったお姉さんはそう答える。

 見落とす者は多いが、冒険者を管理する人間が冒険者より弱いはずがない。数が揃えば上級冒険者でも倒せるのだ。

「そかー」

 チッ、と傍から舌打ちが聞こえた。聞き流しておこう。

 二回不戦勝が続き、三戦目。

「はーい、次は。アゾリッドのシュナちゃんです。何と同じパーティ内での対戦となります~」

 ぶうううぅぅぅぅぅ、と凄いブーイングがした。

 大体はシュナに負けた連中だ。

「はいはい、負けた雑魚共は黙りましょうねー」

 お姉さんが睨み付けると黙った。

 あんな一撃を見せられた後では、黙るしかないな。

「おう、ソーヤ。何かこんな事になったな」

「そうだなー」

 シュナが木剣を弄りながら呟く。

「前に、オレとアーヴィンの決闘を止めた事あったろ?」

「あったなぁ」

 随分昔の事に感じる。

「お前がリーダーの手前、オレもメンバーだし。遠慮していたけど実はさ」

「なあ、シュナ」

「何だ?」

 やばい流れだったので話を逸らす。

「ここは一丁僕を立てて」

「分かってる。全力で戦ってやる」

 完全にやる気だった。

「始めェ!」

 お姉さんが合図を出し、問答無用で戦いに。

 シュナは真っ向から斬りかかって来る。らしい真っ直ぐな太刀筋。避けようとするが、予想の三倍速くて受けに回る。

 木剣と木剣がぶつかり軋み合う。

 咄嗟に腕を添えていなかったら一撃で折られていた。

 そこから、連撃が繰り出される。

 鋭く、速く、重い、質実剛健な剣技だ。

 シンプル故に最速で、読んで避けようにも体が追い付かない。

 不味いぞ、これ。

 いきなり防戦一方でなす術がない。

 このままでは木剣は簡単に折られる。素手になったら更に分が悪くなる。後悔しても遅いが、初手でカウンターしなければいけなかった。

 こうも不利では賭けるしかない。分の悪い賭けは苦手だが。

「ッく」

 上段斬りをワザと受けた。

 当然、木剣は簡単に折れる。威力が半分死んだ斬撃を肩で受け止め、前蹴りを放った。

 不格好なキックだが、正中線を狙い避けるのは難しい。

 難しいというのが、僕の感想だ。

 避けられた。

 シュナは飛び上がり、僕の伸びきった足の上に膝を曲げて立っていた。

 牛若丸か、こいつは。

「たわッ」

 木剣の突きをのけ反って避ける。

 生まれて二回目のバク転という動作をした。思っていたより勢いが強く、踵で着地してバランスを崩しかけた。離れた場所に、トンガリ帽子が脱げて落ちる。

 シュナは毛筋の先も隙を逃さない。

 逃さない故に、そこだけは読めた。

 喉の前で合掌。

 手の平を滑る木の摩擦熱。異世界に来て、散々剣を振るったお陰で手の皮は厚くなった。

 がっちり木剣を止める。

「ちっ」

 シュナの舌打ち。

 僕も馬鹿じゃない。これは簡単に離さないぞ。

「さて、シュナよ」

「何だよ」

 周囲に聞こえないようヒソヒソ話。

「リーダーの僕に、敬意を払って勝ちを譲らないか?」

「バカいうなよ。敬意を払って全力でぶっ倒してやる」

 ですよねー。

 木剣止めた所までは良いけど、ここから素手でシュナを無力化できる自信はない。前のアーヴィンとシュナのように、泥試合になって二人共怪我したら嫌だし。

 ううむ、どうするか、どうすべきか。

「あ」

 何だ。

 すげぇ簡単な事じゃないか。

「シュナ」

「だから何だよ」

 また、こそっと相談。

「適当な所で隙を見せるから、いい感じに痛そうで痛くない一撃を頼む」

「は?」

「だから勝ちを譲るって」

 失念していた。

 つい周囲の熱に浮かされて無駄に戦ってしまった。

 こんな所の勝ち負けなど正直どうでもよい。僕はこういう奴だ。てか、パーティメンバーとの勝ち負けとなれば更にどうでもよい。いくらでも譲る。

「ソーヤ、マジでいってんの?」

「当たり前だろ。お前の勝ちで良いって」

 と、

 風が鳴り、シュナの後ろ回し蹴りが飛んでくる。

「なっ!」

 ギリギリで避けた。まともに受けていたら下アゴが砕けていた。

「お、おい! シュナ!」

「不愉快だ………お前といて、今までで一番不愉快だッッ!」

 シュナはプルプルと震えている。木剣を握る手に血管と筋肉が浮いている。

 これ僕、不味った? そんなに喧嘩の勝ち負けって大事なのか? 怒らせたのは確かだが、根底の所が理解できない。

 僕、喧嘩するような友達いなかったしなぁ。

「シュナ、何か悪かったけ――――――うぇおわ!」

 木剣の突きが迫る。

 また紙一重で避けられた。当たっていたら眼球が潰れる一突きだ。

「おまっ、それはないだろ!」

「うるさい! 一回死ね!」

 ヒステリックにシュナが叫んで木剣を振るう。しかも全部に殺意が乗っている。中には本気で避けないと致命傷になる一撃も。

 更の更に不利な防戦に。

 完全にミスった。

 何故か周囲から歓声が響く。

 大抵は眷属のシュナへの応援だが、中には僕に対する罵詈雑言も混じっていた。

 これはもう、シュナを無傷で倒す事など考えない方がいい。

 僕も本気で立ち向かうしかない。

 何でこうなった? こんな馬鹿なイベントの為に、また冒険の時間が削られるのか。

「シュナ、悪く思うなよ」

「それが! ソーヤ! その思い上がりがッ!」

 僕には、少年の心は理解しがたい。

 拳を構え切り替えた時、

「あ、もう始まってるではないか」

「何だ、遅かったな」

「そなたが果物など買っているからだぞ」

「いやぁ、あっちには売ってない物だし。最近、酸っぱい物に目がなくてさ」

 騒がしい歓声の中で、知り合いの声を拾う。

 視界の端に人影が二つ。

 一人は褐色のエルフだ。

 フードを被っているが、一緒に暮らしているので何を被っても判別できる。

 もう一人は、白い肌が際立つ銀髪の獣人。

 幼女のエルフよりは背は高いが、小柄な部類。顔も童顔である。ゆるふわなショートボブに、頭頂部には兎の耳。キューティな短い尻尾も見える。

 前に会った時は、獣人らしく寒い地域でも露出多めだったが、今は灰色のワンピースと上にジャケットを羽織って落ち着いた格好だ。

 そして、そのお腹は―――――――

「はっ? 師匠?!」

 そう、兎の獣人はシュナの剣技の師。彼が大事にしている剣の元主。

 優美のレグレだった。

「し………………がっ」

 感動の再会だが、シュナは白目になった。

 そのレグレは、お腹が丸っと膨らんでいる。

 つまりは、妊娠中である。

 僕は、幼気な少年の心が砕ける瞬間を見た。

 年上で、可愛くて、エロくて、強くて、憧れていて、剣を託されて、そんな女性と再会した時、その女性のお腹に他人の子供がいたらどう思うだろう?

 そんな経験はないが、たぶん大体の少年はシュナのように真っ白になるだろう。

「うん、シュナ」

 パーティのリーダーとして、楽にしてあげたい。

 拳を組んだ両腕を振り上げて、

「寝ておけ」

 シュナの頭部に落とし、気絶させた。


 勝った。

 だが、切ない勝利だ。

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