<第一章:狼の集い、犬の集まり>


<第一章:狼の集い、犬の集まり>


【185th day】


「相手するのは一人ずつ。それ以外は好きにしていい。それを守らないのなら、僕もお前らに容赦はしない。具体例を出すと。昔、三人がかりで襲って来た冒険者を鎖で繋いで、大通りを引き回した事がある。あの時、僕はまだ未熟だった。しかし上級冒険者となった今なら、アレ以上の事が出来る。実験台になりたい奴から、決まりを破るといい」

『オオオオオオオオオォォォォォォォォォ!』

 雄叫びが響く。

 軽く脅して見たものの、血気盛んな冒険者には逆効果だった。

 しかし、いちいち場当たり的に相手していたのでは、生活と冒険に支障が出る。僕の手加減も限界になる。

 非があるにしろ無いにせよ、冒険者という人材が怪我をしてダンジョンに潜る者が減れば、国の収益が減る。

 最初は微々たるものでも、悪い流れになる可能性もある。

 そういう訳で企画されたのが、


「第一回、異邦人討伐大会。受付はこちらです。ただ今、30人待ちですヨー。三列になって並んでくださいネー」


 冒険者組合の事務の方々が、慣れた様子で手続きしている。

 僕は、『商品席』という複雑な名前の椅子に座って、行列を遠巻きに眺めていた。

 ここは、グラッドヴェイン様の宿舎の一角である。

 そもそも、この企画は僕の担当が発端であり、彼女の付き合いで事務のお姉さん方もレンタルできた。


「説明させていただきます。まず、新米・初級・中級の冒険者に別れ勝ち抜き戦をしていただきます。最後に残った各階級の冒険者が、異邦人に挑戦する権利を得ます」


「本日の参加費は銅貨5枚。尚、参加賞は、ヒューレスの森エア姫考案の小物入れとなっています。こちら大変人気の商品であり、ザヴァ商会で販売していますが予約待ちの状態。今しかありませんよ~」


「え?」

 知らない間に参加賞が付けられていた。しかも、エアが考案した小物入れだ。

 あれは組合から支給される小物入れと違い。中に細かい仕切りが付けられて、道具を取り出しやすいと評判である。

 というか、評判が良過ぎて需要と供給が追い付いていない。 

 小物入れ一つに行列が出来るとは、エルフブランドのお陰かな?


「尚、各階級の代表になった冒険者には、ザヴァ商会より系列店で使える金貨10枚分の金符と、『冒険の暇亭』で使える無料食券50食分が与えられます」

『オオオオオオッォォォォォォx!』


 歓声が轟く。

 知らない間に景品が豪華に。これ商会が一枚噛んでるな。目ざとい連中だ。


「ソーヤ」

「あ、エヴェッタちゃん」

「“ちゃん”は、やめなしゃい」

 最近小さくなった僕の担当が傍に。

 僕は自分の膝を叩いて『おいでおいで』するが無視された。

「よんじゅうご階層は、どうでしたか?」

 一応、周囲を確認。

 人影なし、聞き耳もなし。

「暗くて何にもなかったです。後、幻覚を見ました。疲れているのだと思います」

「どんなモノでした?」

 何となくエヴェッタちゃんを見つめる。姿、形、空気、ダンジョンで見た少女の要素は欠片もない。他の事務のお姉さんや、妻、妹、行列に並ぶ異世界の女性も同じく。

 つまり、やはり、あれは、

「僕が元いた世界の娘かと」

「あの、ほちの階層はでち―――――ですはね」

 エヴェッタちゃんが舌ったらずを直しながら、たどたどしく説明してくれる。

 以下、僕が噛み砕いて聞いた内容。

 あの星の階層では、失くした者の幻を見聞きするそうだ。

 かつて、名誉欲に憑りつかれた冒険者が、恐ろしい数の死人を出して、あの階層に辿り着いた事がある。人を人とも思わない、財と暴力で他人を縛り付けた陰惨な冒険だった。

 星の階層で彼を待っていたのは、これまで積み重ねた死者の姿。

 男は発狂して、闇の中に消えた。

 そして、二度と地上に戻る事はなかったそうだ。

 僕のパーティで失った者とはアーヴィンの事だが、彼はダンジョン外で亡くなった事にしているから、冒険の犠牲というより。名誉の為、成し遂げて死んだ事になる。

 誰も彼の声を聞いていない事から、僕が説明した通りパーティの皆は受け取っているようだ。

 他に失った者といえば、まあ皆が聞いた通り身内か。

 ラナとエアは母親。親父さんは昔の友。

 シュナは犬だったか、可愛い奴め。

 ん………………おかしいな。

 尚更分からない。僕が見た娘は本当に誰なのだ? 僕は天涯孤独で、木の股から生まれて来たようなもんだぞ。身内なんていない。

 ギリギリ覚えているのが、クソみたいに口論ばかりしていた両親の事。とっくに死んでいるけど、あんなもん身内と思いたくもない。

 本当に誰なのだ?

 初恋の相手とか?

 おかしいな、僕の初恋の相手は金髪で三つ編みだったはず。背もあそこまで小さくなかった。

 そもそも二次元だった。

 分からん。

 さっぱりだ。

 さっぱりなのに苛立ちが湧く。

「ソーヤ、どうしました? だいじょーぶですか?」

「いえちょっと、記憶に混乱が」

 エヴェッタちゃんに額を触られる。

「熱は、ないですね」

 子供になっても保護者面するので、愛おしくてたまらない。


『お触り禁止ですよー!』


 事務のお姉さん達に一斉に注意された。いいじゃないか、抱きしめて膝の上に乗せるくらい。最近また、前のような関係に戻りつつあるのに。

 結局の所、

 階層で見た謎の少女は謎のままである。考えても分からないのだから、諦めるしかない。

 すると、冒険者達のトーナメントが開始された。

 そんなものに興味はないので、僕は事務のお姉さん方への奉仕活動に。

 ただ今の時間は、お昼少し前。

「ソーヤ、来たニャ」

 丁度、『冒険の暇亭』から店長自らが来た。

 金髪猫耳の獣人で、昔のナース服のような給仕服を着こんでいる。最近、露出少な目のテュテュである。

「お疲れ様。悪いな、出前頼んで」

「問題ないニャ。ザヴァ商店の若旦那も、出前やりたいから協力してお金出してくれたニャ」

 あいつ、やっぱり事業拡大狙ってるのか。

 キャパシティオーバーで、店の負担にならなきゃいいが。

「ソーヤ、おいしい匂いがします」

 エヴェッタちゃんは、グイグイと僕の袖を引っ張る。

 匂いに釣られ、事務のお姉さん達も寄って来た。

 テュテュは、取っ手の付いた大きい金属の容器を二つ持っている。これは、保温用の容器であり、一時間くらいはスープを熱々に保てる品。

 テュテュから、アルコールの染み込んだ布をもらい消毒。昼食の準備にかかる。

 まず容器を分離した。

 容器は重箱のように三段構造になっており、一番上はパン、次がソーセージ、最後がソースとなっている。

 パンは、瑠津子さん作成のコッペパンだ。フワフワでモチモチ。しかもボリューミー。

 パンと一緒に入っているトングを使い。

 真ん中の開いたコッペパンにソーセージを挟む。

 このソーセージは、エアが獣人の森の知り合いと、こだわり抜いて作り出した逸品。ソーセージ用に食べやすくする為、全体に切り込みを入れて軽く油で揚げ、外はパリっと中はジューシーに仕上がっている。

 最後はソース。

 このソースは、僕とテュテュが悩みに悩み、研鑽を重ね、泣く泣く色んな候補を捨てて、何とか三種類に厳選した物だ。

 てかこれ、出前用のホットドッグである。

「エヴェッタちゃん、ソースは三種類あるけど。どれが良い? この黒っぽいソースは、挽肉と豆を長時間煮込んだ物にピリ辛い調味料を混ぜた物。肉の上に肉という豪華なソースだよ。

 この黄色の奴は、キャベツ、人参、リーキを煮込んだ物に、マスタードという酢っぱ辛いソースを混ぜ合わせた物。お好みでケチャップをかけても美味しいよ。

 この赤いのは、チーズとトマトソースだね。匂いの少ないエルフニンニクをオリーブオイルで丹念に炒めて、その上に粗越ししたトマトを追加して混ぜ合わせた。仕上げに、炒めた玉ねぎとチーズを入れているよ。子供でも食べやすいから、おすすめ」

「うーん」

 エヴェッタちゃんが可愛らしく首をかしげる。

『うーん』

 と、お姉さん方も悩む。

「とりあえず、全部!」

「はーい」

 ふふ、エヴェッタちゃん。その行動は予想していた。だから、どのソースにも胸の大きくなる食品を入れておいたのだ!

 ホットドッグを三種作り、エヴェッタちゃんに渡す。

 彼女は、小さい手で三本を一生懸命に抱えて、三本交互に一口ずつ食べる。

「ソーヤ、これおいしい!」

「いえいえ、お粗末様です」

 笑顔が眩しいなぁ。前のクールな感じも好きだったけど。

 エヴェッタちゃんは、頬一杯にホットドッグをむさぼり………あ、咽た。

 お茶を入れて渡した。

 容器の脇には、水筒とコップも備え付けてある。

「んぐ、んぐ」

 一気飲みである。

「芋と牛乳を合わせたお茶です。甘いでしょ?」

「あまーい!」

 気に入ったようだ。

 この甘い芋。魔王様の地下栽培の芋だったりする。味は、はっきりいってサツマイモである。

「ソーヤ、我も全部だ」

 グラッドヴェイン様がしれっと混ざっていた。一応、敷地を借りている手前。断る理由はないが、しまったな。

 彼女の後ろに、続々と眷属が行列を作っていた。

 ここの人ら食う方だけど、足りるか?

「ソーヤ、安心するニャ」

「テュテュ、大丈夫なのか?」

「こうなると思っていたから、あらかじめ応援呼んであるニャ」

「流石、店長」

「そうでもないニャー」

 とりあえず、グラッドヴェイン様に三種類ホットドッグを渡す。

 戦いの神は、豪快にかぶりつき一言。

「うましッ。しかも片手で食べられるとは、戦闘食向きだな」

 冒険者用で、ボリュームのあるホットドッグを一本三口ほどで平らげる。

「ソーヤ、黄色いソースをもう一本。次はケチャップなるものをタップリで」

「………はい」

 ペロッと食べ尽くして、四本目の注文。

 エヴェッタちゃんが対抗意識を剝き出しにして、ホットドッグを急いで食う。そして、また咽てグラッドヴェイン様に拭いてもらっていた。

 何か良い光景だ。

 でも母様。そろそろ退いてくれないと列が進みません。

「む、いかんな。ほら、エヴェッタ。あっちで食べるぞ」

 母様は四本目を受け取ると、エヴェッタちゃんを小脇に抱えて列を離れる。

「その黄色いソースのやつを! ケチャップ、タップリで!」

「はい」

 次の眷属の方が、食い気味で迫って来た。

 僕は、飢えた野獣相手に給仕をこなす。隣のテュテュは、事務のお姉さん方相手に着々と給仕をこなす。

 うむ、どう見ても足りない。

 ざっと見、30人分は足りない。飢えた眷属相手に飯がないという状況は、想像したくないな。

 てか、あんたら他に昼飯あるだろ。

 そっちいけよ。

 僕が不安にしていると、割と早く応援が到着した。

「久々に来たな。相変わらず、汗臭い所だ」

「余も久々に来たな。相変わらず、女っ気のない所だ」

 エルフの王と、冒険者の王だった。

 この二人の近衛兵の方々が、ホットドッグの容器を抱えている。

「メルムと、レムリアではないか。珍しい」

 エヴェッタちゃんを小脇に抱えたまま、グラッドヴェイン様が二人に向く。

「お久しぶりです。グラッドヴェイン様。相変わらず、お美しい」

「世辞は良いレムリア」

「………………」

 エルフの王は、しれっと逃げようとした。

「またぬか、勝手に逃げ出した元眷属よ。ちょっと話がある故、裏に来い」

「………………」

 メルムは見た事のない苦そうな顔を浮かべた。正直、ザマァと思う。

「後、レムリア。貴様の女性関係の噂をよく耳にする。一緒に裏に来い」

「………………」

 よし行け。

 いって怒られて来い。

 王二人は戦いの神に連れられ宿舎の裏に。近衛兵は残って、その一人が僕に寄って来た。

「ソーヤ殿」

「あ、すみません衛兵長」

 衛兵長は、小柄で犬耳の獣人である。見た目は弱そうだが、とんでもなく強いらしい。

 衛兵長に荷物持ちさせるとは、酷い王だ。

 彼は容器を置くと、習って他の近衛兵も容器を下に。

「おい、異邦人」

 棘のある声で僕を呼ぶのは、エルフの近衛兵だった。

 エルフらしい美形で長髪、儀礼的な美しい鎧に身を包んでいる。武装はエルフには珍しく剣と細盾。噂では一角の剣士らしい。

 彼と僕は、微妙に複雑な関係である。彼は妻と妹の兄で、ようは義理の兄である。

『黒いやつだ』

 何故か、衛兵長と義兄は声を揃える。

「?」

 何のこっちゃと疑問符を浮かべて、ホットドッグのソースだと気付く。

「あ、ああ、はい。すぐ作ります」

『待て、やはり赤い方で』

 また二人の声が揃う。

 見つめ合う獣人とエルフ。険悪なのは明白。

「貴様が譲れ、獣人」

「貴様に命令される筋合いはない、エルフ」

 火花が散り、


『順番守れ!』 


 と、グラッドヴェイン様の眷属に怒鳴られ解散した。

 二人は列の最後尾に。他の近衛兵も後に続く。

 気を取り直してホットドッグ作り。

 何だろうか、この上級冒険者になっても飯作りをしている状況は。僕らしいといえは僕らしいけれども。

 少し離れた所では、トーナメント戦が開始されていた。

 それを眺めながら、皆はホットドッグを食べる。

 お腹が減ったのか、集中できずグダグダの戦いが多い。

 全員にホットドッグが行き渡った所で、テュテュとソースの残りを確認。

「うーん、意外ニャ。黒ソースが一番人気だったニャ」

「うん、意外だ」

 黒が一番最初に全部なくなり、黄色が次、余ったのが赤ソース。赤は改良かな?

「タマネギが駄目だったのか?」

「ええ、これ美味しいと思うニャ」

「僕も好きだが………環境か?」

「あ、それ絶対あるニャ。戦ってる傍だと刺激物が欲しくなるニャ。赤ソースは見た目に反して味がまろやか過ぎニャ」

「辛くないのも入れておかないとな。子供だって食べるわけだし」

「とりあえずこのままにするニャ。次は、炎教の子供達に食べさせて感想聞いてくるニャ」

「頼むぞ。食べる人の意見は大事だからな」

「分かってるニャ。後片付けはニャーがするから、ソーヤも食べるニャ」

「悪いな。頼む」

 テュテュに耳にキスされた。最近よくされる挨拶である。

 後片付けを任せ、僕は赤ソースのホットドッグと、牛乳芋茶を片手に椅子に戻る。

「いただきます」

 ひとりごちて食す。

 かぶりつくと、ソーセージのほど良く熱々な肉汁が口の中で弾ける。肉の邪魔をしないパンは懐かしいコッペパンだ。フワフワでありながら、表面はサクッとした歯ごたえ。

 僕は、この二つだけで割と満足である。

 しかし、金をもらうような商品は素朴さだけでは売れない。華やかさが必要だ。

 で、その華やかさのソースは、

「うーん」

 美味しいと思う。そりゃ厳選したソースの一つだから、不味いわけがない。

 トマトの酸味はチーズと合わさり旨味に。ニンニクの風味も良いし、追加でいれたタマネギも良い。強いて不満をいえば、まろやか過ぎる事か?

「―――――おい」

 やっぱり刺激欲しいか。苦手な人もいるから、自重したいけど。

「おい!」

 誰かに呼ばれ、はっと声の方に向く。

「ソーヤ! それオレの分は残ってるのか?」

「ないぞ。また、次回な」

「なー!」

 絶叫しながら、シュナは対戦相手をぶっ飛ばした。

 ん? 対戦相手?

「全く。王になっても、きかん坊二人だ」

 グラッドヴェイン様が、エヴェッタちゃんをおんぶして戻って来る。

「あの母様」

「ん? 食えぬのなら、半分食べてやろうか?」

 いや、ホットドッグはあげませんよ。あなたも食べますね。

「そうじゃなくて、何故にシュナが戦っているので?」

「我の権限で中級冒険者の枠に入れた。そこで負けるようなら、まだ上級冒険者の域ではない。そなたと戦う者の手間も省けよう。そもそもリーダーが負けたのでは、パーティ全体の問題になるぞ。何か間違っているか?」

「いえ、お気遣いありがとうございます」

 確かに、リーダーの不名誉はパーティ全体の不名誉だ。

 もうここに、幼児誘拐未遂という不名誉を背負った男がいるが、それはそれ、これはこれ。

 でも、気がかりが一つ。

「あの、母様。シュナが順当に勝ち上がったとして、そうなると僕はシュナと戦うので?」

「そうなるな。何か問題でも?」

「え、いや、問題って」

 問題、あるような。

 

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