異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅸ 獣の王 【9部】
<序章>
<序章>
【182nd day】
星を見た。
ダンジョンの奥底で星を見た。
先の見えない、途方のない、広大な空洞に瞬く煌めきを。
遠く遠い先にある天井には天の川。周囲には、無明の闇が広がる。
々の尖塔、四十五階層。
別名、星の階層である。
デートスポットみたいな名前で実際絶景ではあるが、そこはそれダンジョンなので危険が一杯である。
僕らのパーティは、階層のポータルを中心に周囲を探索している。
とにかく、この階層は暗い。
なんにも、本当に存在しない。
どうにも、光を吸収する特殊な空間らしく一定距離以上は明かりが広がらない。
「う~ん、何もないよね」
「何にもないな」
妹に相槌を打って注意深く探る。視界も感覚も、まるで届かない。一人でいたら気が狂いそうな場所だ。まあ、足場が悪くないのは幸いである。
こんな所に落とし穴でもあったら簡単に落ちるだろう。
「おーい、ソーヤ。ロープが限界になったぞ」
「もうか?」
「もうだ」
係のシュナは、残り少なくなったロープを僕に見せた。
パーティは一時停止。
スタート地点のポータルの傍には、杭を打ち込んでこのロープを結び付けてある。僕はバックパックの新しい杭を地面に打ち込み、そこにシュナから受け取ったロープを結び付ける。
「じゃ次?」
「俺だ」
親父さんは担いだロープを杭に結び、パーティは移動を再開する。
「ううーむ、何かアレだよな」
「アレよね」
シュナとエアがぶつくさ呟く。
ま、いいたい事は分かる。
この星の階層に到達してから、ずっとこんな感じだ。上級冒険者の証たる階層にしては、思ったよりアレである。
「何ですか二人共、アレって?」
ラナは察しが悪い。彼女は、地味な作業でも延々とやれるタイプだ。この手の文句は理解の外だろう。
「お姉ちゃん、地味なのよ」
「え? 最近の私は、前よりも肌の露出が増えて派手になったと」
「違う違う。冒険が地味なの。ホーンズにしても、白熊の大群にしても、色々と派手で危険な冒険が多かったでしょ? ここって上級冒険者の階層なのだから、どんなものかと思えば、敵も出ない中、ず~~~とロープ張って移動するだけでしょ」
親父さんが咳ばらいをしていう。
「エア姫。何か勘違いしているようだが、本来冒険とは地味なものだ。その積み重ねの結果が、華やかさで語られるだけ。何故か、このパーティはやたら派手で危険な目に合ってはいるがな。誰のせいやら」
僕のせいだよ。
「そういえば、親父さんが一人で冒険していた時ってどんな事してたんですか?」
シュナの無駄口は、僕も気になるので今回は止めない。
「俺は、地味の極致だぞ。狂階層の壁という壁を五年かけて探り、次の五年で床という床を探り終えたので、梯子を抱えて天井を探っていた。これは時間がかかったな。
一つ上の階層に戻って床も合わせて調べていたから、八年か、九年だ。探しても探しても何も見つからず、唯一怪しい壁は開く方法も破壊する方法も見つからず。自棄になって、階層のモンスターを虐殺して二年ほどダンジョンに近寄る事を禁じられた。
良い機会と見て、ホーエンスや、ジュミクラの禁書を漁って情報を得ようとしたが無駄に終わり。四年ほど腐ってから再びダンジョンに挑戦した。もちろん、壁を調べる所から繰り返しだ。どうだ地味だろ?」
『………………あ、はい』
シュナとエアがダダ引きしていた。そうだね、この人はこういう人だった。
地味というか狂気の域だが。
沈黙してパーティは歩く。カンテラの明かりは頼りなく。口数が少なくなると闇は一層濃く感じた。
所で、
「あれって何の光なんだ?」
『さあ? 何でありますかね。雪風のセンサー各種では観測外であります』
僕は小声で雪風に話しかける。
光とは、天井の星々の事だ。
プラネタリウムのように人工の明かりという訳ではあるまい。もしかして、モンスターの発光じゃないだろうな? あの星々が全て敵ならたまったものじゃない。
『次回は、飛行型の観測ドローンを持ってくるであります』
「この妙な空間。下手したらコントロール不能になるのじゃ?」
『可能性は高いでありますな』
ドローンの部品は、ミニポットに流用できる。異世界では代えの効かない貴重な物だ。無駄に扱いたくはないが、
「一応、検討しておこう」
『らじゃ』
僕は、こんな場所を延々とさまよって探索するつもりはない。しかし、慎重に行ける所は行きたい。判断の難しい所である。
「あのさぁ、お兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「今、ブツブツと雪風と話してたんだよね?」
「そうだが」
妹から変な質問。
「アタシの気のせいかな? 雪風が喋っている時、同じタイミングで上の星が点滅していたような。ちょっと何か喋って見て」
まさか。
『あめんぼ、あかいな、アイウエオ。うきもに、こえびも、およいでいる。かきのき、くりのき、カキクケコ。きつつき、こつこつ、かれけやき。ささげに、すをかけ、サシスセソ。そのうお、あさせで、さしました。たちましょ、らっぱで、タチツテト、であります』
雪風が五十音の歌を流している間、僕も天井を見ていたが、
「あれ? おかしぃーな。アタシの見間違え?」
星に変化はなかった。
三十分の推理ものじゃあるまいし。早々都合よく、ヒントが降って湧くわけないか。
「俺の分も終わりだ」
親父さんのロープも尽きた。次はリズだ。
無言でロープを結び、移動再開。
順々にロープが尽きたら、杭を打ち、結び、移動。その繰り返しだ。
そして、
「あ」
最後、僕の分が尽きて、今日の探索は終了。もう帰るしかない。
辿る糸がなくなれば、待っているのは闇の中を迷う死。
モンスターとの戦闘もなければ、売れそうな素材もない。しかし、一つ収穫はあった。闇雲に探索しても無駄という貴重な事実だ。
雪風のいう通り、ドローンを使用するか。それとも、ラナの魔法で派手に照らして見るか。
取りあえず、一旦帰還だ。
「帰ろう。点呼」
「おう」
親父さんの声。
「うい」
シュナの声。
「はーい」
エアの声。
「はい」
ラナの声。
「………………」
リズが無言で返事。
「ここだ」
誰かの声。
「ッ!?」
誰だ? 仕込み杖の刃を抜いて声に向ける。誰も………………いない。
「あなた、どうしました?」
「いや、声が」
「声?」
ラナは周囲を注意するが、不思議そうな顔をする。
「私には何も。エア、何か聞こえました?」
「何も。でも、近距離の探知ならお兄ちゃんの方が上だよ。本当に………」
妹も周囲を見る。だが、何も発見できていない。
「親父さん、何か聞こえませんか?」
「実をいうと聞こえている。いやまあ、しかしな、お前らあまり驚くなよ」
何だ、あらたまって。
「さっきから俺は、死に別れた友人の声を聞いている。四方から俺を呼んでいる。まあ気にするな、どうせ歳から来る幻聴だろう。こういう事は、ヴァルシーナの一件以来慣れた」
パーティの間に、冷たい空気が流れる。
そんなオカルト現象、早めに報告してくれ。
「そ、ソーヤ。オレ、今、昔飼っていた犬の声を聞いた」
「おお、お兄ちゃん。アタシも今、死んだお母さんの声を」
「何ですか、あなた達。落ち着きなさい。私も死んだ母の囁き声が聞こえていますが、幻聴と思い込んで無視していますよ」
「よし、皆落ち着こうか」
集団パニックだ。
「お兄ちゃん」
「何だエア?」
「え、何?」
呼ばれたと思って振り向く。視界の先には闇が広がり、本物の妹の声はその背後からした。
「うん、僕も疲れているのかな」
こう暗いと精神的におかしくなるようだ。
クスクスと、笑い声。
リズが妙に艶っぽい顔で笑みを浮かべていた。………………怖いッ!
「整列、打ち合わせ通り整列するぞ」
こういう時こそ、リーダーがしっかりしないと。
僕が先頭に立ち、僕の肩を後ろのシュナが掴む、彼の肩をエアが掴み、続いてラナ、リズ、最後に親父さんと並ぶ。
念の為、全員揃っているか確認。
リズが笑っている事以外は問題なし。いや、結構な問題な気も。
「移動するぞ」
電車ごっこのようにパーティは移動。中々、間抜けな上級冒険者の姿である。
メガネに表示したマップとロープを辿り帰路に着く。行きは良い良いというが、帰り道は確かに怖い。
止めに僕は、
何か視界の隅に“見て”しまった。
少し離れた闇の中に、少女が一人立っている。
黒髪ショートの少女である。意思が強く勝気な瞳、小柄で痩せた体。幽霊や幻にしては妙に生命力に溢れている。
更に目に付いたのは格好だ。
白のノースリーブに、デニムのホットパンツ。その上に、サイズの大きいジャケットを袖捲りして羽織っている。
このジャケット、見覚えがある。ポケットもないシンプルなデザインで、チョコレート色。ツルンとした質感の素材。僕が昔、買った奴に似ている。
そして、現代的な片杖に体重を預けていた。この少女が持っている杖も、服装も、明らかに異世界の造形ではない。
どういう事だ?
かつて異邦人が、この階層まで辿り着いて果てたのか?
それと何だろう、この妙な既視感。
知り合いか? だが、全く記憶にないぞ。
気になる。
この娘、妙に惹かれる。
『ソーヤ隊員』
「ソーヤ!」
雪風とシュナに呼ばれて我に返った。
パーティの列が、ロープから大きく離れている。
「誰か、彼女を見たか?」
指した所には闇。
闇だけがある。
『………………』
しまった。やらかした。パーティ全員が沈黙している。
「はい、交代」
「頼む」
エアにメガネを渡して位置を交代。
彼女を先頭に、シュナ、僕、ラナ、リズ、親父さんと並んで行進。
そこから入口まで何もなかった。拍子抜けするほど何もない。
だが、今日も無事で誰一人欠ける事なく帰還できた事は、大きな収穫だ。
ただ、一つだけ。
闇の中で見た少女。
外に戻っても、あれが記憶のしこりになって、しばらく付き纏っていた。
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