<終章>


<終章>


 眠ろうとベッドに入り五分、ランシールに叩き起こされた。

 冒険者組合から呼び出しがあり至急来るように、という事だ。

 半分眠った状態で、ランシールに引きずられ早朝の街を移動する。途中、何人かの冒険者に襲撃され、手加減なしで倒してしまった。

 僕は、メタルスライムか?

 残念だが、簡単に名声や経験値はやらないぞ。

 寝不足の不機嫌さと容赦のなさが伝わったのか、組合に到着するまでの襲撃は二回で済んだ。

「ソーヤ、シャキッとしてください。ワタシは外で待っていますから。眠いのなら、目覚めるように接吻しましょうか?」

「やめてくれー」

 早朝組の冒険者で割と人が多く、ただでさえランシールといるだけで目立つのに、また変な勘違いされる。

 それと別の所が起きるぅ。

 適当に手を振り別れた。組合に入ると冒険者の視線が更に厚くなる。好奇心と敵意、疑念と悪意、それにわずかな羨望。

 残念だが、組合内で血を流すと当事者は重い罰をくらう。それを犯して無事な実力者なら、そもそも僕なんかは狙わない。

 最速で上級冒険者になったパーティ。そのリーダー。

 異邦人で、異邦の知識で、商人紛いの真似をして小金を稼いでいる男。

 エルフの姫を妻にして、その妹とも関係を噂される。王の私生児とも良い仲であり、冒険者の父をパーティに加え、将来有望な剣士と神媒の巫女も仲間に持つ。

 それに、名を残して死んでいった竜鱗の騎士もいた。

 どうせ運と金とペテンだけで伸し上がって、実力などないだろう、という考えは仕方ない。僕だって、僕のような奴が傍にいたら疑いを持つ。

 しかし、向かって来るなら上級冒険者らしく節度を持って叩き潰す。

 下位の冒険者には絶対に負けない。

 そうしなければ、他の上級冒険者に示しがつかない。他の人間が必死になって手に入れた“格”だ。この伝統は、僕が台無しにして良いものではない。

「どけ」

 睨み返し、通行に邪魔な獣人を退かした。

 そいつのパーティだろうか? 慌てて五人ほどが道を開ける。流れで10、20と人の波が開く。

 丁度受付まで、綺麗な道が出来た。

 モーゼの気分で悠然と歩かせてもらう。

 受付の椅子に座り、近くの組合人に目配せ。

 担当を待つ。

 新しい担当だ。

「………………はあ」

 どうせ組合長なんだろ。憂鬱だなぁ。あいつ、僕の事嫌いだし。絶対エヴェッタさんのように親身になってくれない。業務も適当になる。やだなぁ。

「はあ」

「何だ? 失礼な。人の顔を見るなり」

「別に」

 やっぱり組合長が現れた。背に小さな羽が生えた肌白い少年である。

 彼は椅子に座らず、僕を見下したままいう。

「そんなに嫌か? いっておくがエヴェッタから頼まれたから仕方なく引き受けてやったのだぞ。こっちもやる気はない」

「じゃ止めれば?」

「じゃ止めてやる」

 組合長は去って行った。

「あれ?」

 終わり?

 え、新しい担当どうするのさ。

「おーい」

 仕方ないので折れて手を振る。

 組合長は、小さい銀髪の子供と話していた。ダボっとツーサイズほど大きい事務服で。横顔が、前に見た幼女ランシールに似ている。

 まあ、気のせいだろう。眠いし疲れているのだ。

「という事だ。自分でやれ。それでも書類読むくらいは問題ないだろ?」

「―――――!?――――!!」

 組合長は幼女に怒られていた。

 やっぱり、こんな光景前にも見たぞ。

「やくそくが! やくそくがちがう!」

 ポカポカ叩かれる組合長。

 いや、割と痛そうだ。あの幼女良いパンチを持っている。左で世界狙えそう。

「面倒だ。自分でやれ」

 組合長は幼女を背後から担ぎ上げると、こっちに運んでくる。

「はにゃせー!」

 舌足らずの可愛い声。

 組合長に無理矢理、椅子に置かれて僕と面向かう。

 幼女は何故か、両腕で顔を隠した。

「おら、ソーヤ。担当だ」

「え、流石に無理でしょ?」

 七歳か八歳くらいだぞ。仕事できないだろ。こんな子供を働かせるとは、冒険者組合の業務体制は大丈夫か?

「む、むりじゃないよぉ」

 幼女はそういうが無理そうだ。

 でも、組合長よりは良いか。冒険の役には立たなそうだが、妨害はされなさそうだし。何より見ていて可愛い。微笑ましい。

 てか、顔をしっかり見たい。

 将来有望なら、おっといかん。どっかのハゲみたいな思考に。源氏物語とか考えていないからな。僕はペドじゃない。ロリコンじゃない。ちょっとだけ、可愛いものが好きなだけだ。

「お嬢ちゃん。名前は?」

 ニッコリ笑い聞くと、

「そーや、きもちわるい」

 気持ち悪がられた。

 結構ショック。

 子供には、そこそこ懐かれる方だと思っていただけに。

「お前、子供には妙に愛想良いのは、そういう趣味があるのか? 気持ち悪い」

 組合長にも気持ち悪がられるが、別に気にしない。どうでもいい。

「ええと、お嬢ちゃん。お近づきの印に」

 蜂蜜飴を取り出して、幼女に差し出す。甘い物が嫌いな子供などいないはず。

「おしごとちゅーは、たべものは口にしません」

 プイっとそっぽ向かれた。だが、素早い動きで飴をポケットに入れる。

 ちゃっかりしてらっしゃる。

「エヴェッタ。仕事中に食べるなよ」

「たべません」

「我慢しろよ」

「たべません。ちょっと、かじるだけ」

「我慢できてないぞ」

 我慢できず、幼女は袋紙を剝いて飴をかじっていた。カリカリカリカリッ、とリスみたいだ。ちょっと所か、割とマジ食いである。というか、飴の食べ方じゃないけど。

「………………………………ん?」

 眠たくて幻聴が聞こえた。

「組合長、今なんて?」

「我慢できてないぞ、だ」

「そこじゃないし! 察しろよ!」

「何でお前、急にキレてるのだ」

 寝不足だ! 頭が全然回らねぇ!

「この可愛らしいお嬢ちゃんの名前は?!」

「エヴェッタだ。他に何が見える?」

 飴をかじる姿をよく見ると、エヴェッタちゃんの額には、故エヴェッタさんと同じ個所に角があった。

 無貌の王の仮面と似た、右斜めに生えた一本角。

 エヴェッタさんの物と比べると十分の一程度のサイズであるが、しっかりしたホーンズの角がある。

 つまり、これは………………どういう事だ?!

「ハッ!」

 今、脳が処理できなくて一瞬気絶した。

 睡眠時間って大事だ。

「おい、エヴェッタ。自分で説明しろ。というか、説明してなかったのか?」

「せつめーしました。じゅみょーって、せつめーしたよ」

 したよ、って可愛いなぁ。こんな可愛い子がエヴェッタさんのはずがない。

「じゃあ何で、こいつは混乱の極みの顔をしている?」

「さあー?」

 エヴェッタちゃんが首をかしげる。

 なるほど分からん。

「もしかしてソーヤ。お前、根本的に誤解していないか?」

「は? へ?」

 目が回る。

 これ喜んで良いの? ぬか喜びなの?

「エヴェッタがいった寿命は、冒険者組合員としての寿命。人間とホーンズでは寿命の意味合いも違って来る。といっても、事務方の仕事はできるから【冒険者のように活動する組合員】としての寿命だな」

「お、おう」

 どうしよう何も頭に入ってこない。

「それで勘違いしているが、周期の関係でエヴェッタはこの姿だ」

 何だって。

 いやいやいやいや、おかしいぞ。

「でも組合長。死亡確認したじゃないか」

 亡霊都市を踏破した後、冷たくなった彼女の体を組合長に預けた。脈もなかったし、心臓も動いていなかった。瞳孔の反応もなかった。

 僕も確認したが、確実に死んでいた。

「ホーンズは、周期的に死と転生を繰り返す生き物だ。エヴェッタは、珍しい個体な上。ダンジョンのホーンズと違い周期の開きが長い。それに前に成体になってから五年も経過している。その前は四年ほどで周期に突入したのに。最長活動時間を更新してしまった」

 うむ、やっぱり分からん。

 でも質問だ。

「それじゃ、このエヴェッタちゃんは、待てばエヴェッタさんになるので? 同じ人なので?」

「そうだ。一年、もしくは半年くらい待てば、前のエヴェッタになるだろう。記憶も粗方残っているはずだ」

 うそん。

 グタグタしている脳みそを動かして、エヴェッタさんの発言を思い出す。

『ホーンズとしては最長齢ですし、正直いつ死んでもおかしくない体でしたが』

 これってつまり、最長齢とは成体でいる時間の事で、ホーンズはそもそも定期的に死んで蘇える生き物って事か? 確かにダンジョン内のホーンズにも、そんな生態は見られたが。

「エヴェッタの奴は『もう役に立てない手前、顔を見せるのが恥ずかしい』という理由で、こっちに仕事を押し付けて来た。ま、お前が嫌なら受ける必要はないよな」

「はい!」

 僕は元気に返事をする。寝不足で変なテンションだ。

 では、

「エヴェッタちゃん」

「は、はい」

「どうして、しっかり説明してくれなかったのですか。僕はあなたが死んだと思って本気でショック受けて深夜徘徊とかしていたのですよ? ちょっとした病人ですよ」

「ごめ、ごめんなさーい」

 しょげて可愛そうなので、これ以上の追及はなしとします!

「じゃ、組合長。僕の担当はこのままで」

「後で文句いうなよ」

「こんな可愛い子に文句はない。だが、分からない事があったら組合長に聞きに行く。質問攻めにする。どこまでも追って行くからな」

「面倒な」

「仕事だろ。我慢しろよ」

「面倒だ」

 この職務怠慢野郎め。

 こんな奴はさておき、

「エヴェッタちゃん。こっちおいで」

 僕は自分の膝の上を叩いた。

「えー」

 えー、いわれた。

「飴、まだ沢山あるよ~」

「じゅるり」

 小さくなって更に食べ物で釣りやすくなったな。あ、疑問が一つ。

「組合長、早速聞きたい事が」

「何だよ、面倒な冒険者」

「エヴェッタちゃんは、誰が世話をしているので?」

「ああん? こんなナリだけど、自分の事は自分で出来るぞ。今までもそうやって来たわけだし問題ない」

「ある!」

 問題ありだ! こんな小さい子を放っておくとは、しかもこんな危険が危ない異世界で。

「なるほど、よく分かった。僕が育てる」

『は?』

 組合長と、エヴェッタちゃんが同時に声を上げた。

「僕が育てて一人前のレディにする。食事の栄養状態やバランスも考慮して、胸も大きく育てる! 性格も愛想よくして社交的に育て上げる! 小さいうちから習い事も沢山させて、食べるだけじゃなくて作る方も教える! どうだ組合長! 文句ないだろ!」

「文句しかねぇよ。何お前、さらっと組合員を家に取り込もうしているんだ。癒着業務を疑われるだろ」

「それはそれ、これはこれだ。という事で、エヴェッタちゃん。家に来なさい」

「へ? へ?」

 エヴェッタちゃんの手を取る。よし、新しい娘を手に入れた。

「そるー、この人こわいー」

「おーい、誰かー? 上級冒険者様に組合員がさらわれそうだ。集まってくれー」

 組合長の一言で、ズラっと集まり僕を囲む冒険者組合員。

 そうか仕方ないな。

 時には譲れない事もある。


「邪魔をするなら!」


 僕は、組合員の数の暴力でボコボコにされた。

 四方八方から手加減なしである。

 自宅で目覚めると、続いては女性陣のお説教が待っていた。

 止めが、王からのお達し。


『シーカーブリゲイド・リーダー。異邦のソーヤ。冒険者組合員エヴェッタを攫おうとした罪により、冒険者組合への奉仕処分を下す。尚、冒険の功績を鑑みて、日程は10日とする』


 上級冒険者になったというのに、全く酷い話だ。


<終わり>

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