<第五章:魔笛> 【03】
【03】
【180th day】
寂しさというものは、忙しい日々の間では影に潜み。隙を見せた時、急に襲って来る。
アーヴィンが死んだ時も、本格的にダメージを受けたのは49日が過ぎてからだ。
あの時は、深夜の草原を夜が明けるまで歩き続け、気絶して気付いたらキャンプ地だった。
彼が死んだのはダンジョンだというのに、何故に草原をさまよっていたのか。
よく分からないが、今もよく分からなく、何故か、深夜の草原を歩いていた。
目的地はない。
月は雲に隠れ、星も見えない。今宵は闇夜である。
深海のような暗闇の中を、ぼんやりとした明かりを頼りに進む。
どこか落ち着いた気持ちになれた。
僕って実は、魚人の血が流れているのでは?
この時間、街はどんちゃん騒ぎだ。安酒で気が紛れるなら試したいが、上級冒険者になりマスターの酒場ですら特別扱いになった。
否応なしに周囲の視線を集める事に。
まだパーティメンバーといる時なら良いが、一人になると面倒この上ない。昨日も、腕試しに襲って来る冒険者を三回も撃退した。
僕の恰好も悪い。魔法使いのトンガリ帽子に、古い冒険装束、黒い外套、メガネに異国の刀という組み合わせは、目ざとい冒険者にはすぐ見つかる。
変装しようと思ったが、
『コソコソするなど、上級冒険者らしくない。堂々としろ』
と、マスターにいわれたので渋々この格好のまま。
てか、相手を殺せないし、大怪我もダメだし、倒した後に金銭も装備も奪えない。
本当に面倒なだけ。
他の上級冒険者が、あまり姿を現さないのもこんな理由からなのか?
上手いやり方を考えないと。
下手打つとまた敵が増える。
冒険者同士の争いは、もうこりごりだ。でも、アーケインの賠償は、そのうちガッツリ取らないと。
「で、雪風」
『何でありますか?』
答える雪風を掲げて周囲を照らす。
ぬばたまの闇と、海藻のように揺れる草原、360度似たような深海風景。
「ここどこだ?」
完全に迷った。
『旧キャンプ地から北。廃棄ダンジョン付近であります』
「僕は何でこんな所に?」
『さあ? 夢遊病の一種でしょうか? 帰宅したら、マキナのメンタルケアをおすすめします』
「あれさ、正確なものなのか?」
時々、マキナの定期健診を受けているが、何一つ問題ないと出ている。
それが逆にあやしい。
『さあ? ミスラニカ様曰く。『人の心を推し量るなど、神すら不可能な事』だ、そうです。『大丈夫』といわれて気分が楽になれたのなら、病は気からともいいますし、それで良いのでは?』
「何か、身も蓋もないな」
相変わらずのいい加減さ。
馬鹿らしくなった。帰るか。
「雪風、街の場所をマーカーして―――――」
『ジ………ジ…ザ………………ザ』
ミニポットにノイズが走る。壊れたラジオのみたいな音だ。
「雪風、どうした?」
『ジ………ザー………………ツツーツー』
「おいおい」
故障か? こんな闇の中でガイドが壊れるとは。でも明かりは点いているし、ポットの接触不良や、スピーカーの問題ではなさそうだ。それなら、メガネにメッセージの一つでも来る。
これ、水溶脳の問題だとしたら、どうにもできないぞ。
最悪、初期化だ。
「まいったな」
とりあえず、マキナに診せないと。いや、その前に帰らないと。
見回すが、星も月も見えない夜だ。方角が分からない。
携帯用のコンパスを探していると、
「?」
歌が聞こえた。
一瞬連想したのは、人魚の歌。海原で船員を虜にする魔性の音色。僕も騙されたのか、ただの好奇心か、歌の主に足を向ける。
念の為、左目を閉じて気配を探った。無貌の王にもらったこの力。左目の視力が戻った今でも問題なく使えている。
50メートル先。脳裏に浮かぶのは、煙の塊に似た気配の幻影。
一つ、人にしては巨大な気配。
悪意はなさそうだ。
足音は、消し過ぎても警戒されるだろう。なるべく大きな音を立てて歩く。
暗闇のせいで距離感が曖昧だ。
50メートルと思ったが、倍は歩いた気がした。
僕の接近を感じてか、歌は止む。
「あ、すみません」
何か謝った。
ミニポットの明かりに照らされたのは、瓦礫に腰かけた小柄の女性だった。
くすんだ長い金髪は、癖が強くボリューミーなのでミノ虫みたいに見える。化粧っ気が少なく。恰好も黒いローブ姿と地味。寝不足なのか目の下にはクマが浮いていた。
失礼な意見だが。鼻梁が整っているので、化粧すれば文字通り化けそうだ。
「え、うそん!」
キャンとした声で女性に驚かれる。
あれ、この甲高いアニメボイス。どこかで聞いた事が。
「もしかして、ゴルムレイス様?」
「え、はい」
魔王様だった。
「その、今の姿は?」
あの(姿だけは)威厳のある魔王様が、こんな貧相系女子とは。
異世界には不思議が一杯だ。
「これは生前の姿ですわ。今日のように月が隠れた夜は、わたしのような闇の者が最も力を出せる時で。その影響で体が戻ってしまって、あんまり好きな姿ではないのですけど」
「いえ、まあまあ可愛いと思います」
「………………まあまあ」
すみません。
女性の容姿については、目が肥えてしまって。
「申し訳ない。綺麗な歌が聞こえたのでつい。お邪魔でしたね」
お辞儀して背を向ける。
何となくの方角は分かった。街まで歩いて帰れるだろう。
「もしよかったら! ………ちょっと」
「へ?」
呼び止められたので一時停止して、振り向いた。
「ちょっと、お話しませんか?」
魔王様が瓦礫の隣を開けて、ペシペシ叩く。
まあ、女性にそんな事をいわれたら聞かない理由はない。元々、無意味で無為にさまよっていたのだから時間もある。
「では、お言葉に甘えて」
魔王様の隣に座った。
すると、微妙に距離を取られる。何か傷付くな。
「ご、ご趣味は何ですか?」
魔王様に、お見合いの席みたいな質問をされた。
「料理を少々。といっても、下手の横好きで一人暮らしの男子が片手間に出来る程度です」
「その割には、マキナが嫉妬していましたけど」
「まあそれは、たまたまです。たまたま」
あいつ根に持ってるのか。
「………………」
「………………」
急に無言になる。
わ、話題がない。
「そういえば魔王様」「そういえばソーヤさん」
同時に口を開いてしまう。
「いえ、魔王様からどうぞ」
「いえいえ、ソーヤさんからで」
譲り合い微妙な空気に。
僕らは中学生カップルの初デートか。
「ソーヤさんの、ご職業は?」
「冒険者を少々」
「は、はい。そうですね。そういう事ではなくて。わたしも魔王を少々やっていますが、その前は冒険者で、更にその前は、薬剤調合専門の魔術師をやっていましたわ。最初は、他所のお店の一角を借りてやっていたのですが、割と評判になりまして。独立の話を持ちかけてきたエルフの方がいて、そのうち材料なんかも一緒に捕りにダンジョンに潜り、それで冒険者のパーティを組んで。………当然命なんかも預け合った仲で、いやぁ、わたし勘違いしちゃったんですよね。命の危機感と、恋心のドキドキ感を。結婚して離脱したパーティの二方にも忠告はされましたわ。『あのエルフは止めておけ。利害関係しか頭にない』って。ハハハ、わたし全然聞く耳なかったです。完全にお熱でした。彼のいわれるまま、薬剤のレシピを売り、冒険の財産根こそぎ使い。禁術の類に手を出して森の土壌を変えて………………騙されたって気付いた時には、手遅れでした。言葉一つもなく。急に森から締め出され、顔を見る事もできずサヨウナラ。冒険者として稼ごうにも、エルフに加担した事で悪評が広がり過ぎて。とうとう一日のパンすら手に入らなくなり、悪いのは世の中だと勘違いして。あ、でも時の王は本当にろくでもない王様でしたので。ゴブリンの家族をさらって奴隷冒険者なんて愚劣な制度を作っていましたから。ええと、それで、つい自棄になって王殺しを」
魔王様が、物凄い早口で自虐的な自分史を語る。
「それは、大変ですね」
エルフの身内がいる身としては耳が痛い。
大体エルフが悪い気もする。
「正直、一番大変だったのは王殺しの後でしたわ。吹っ飛ばした街をこっそり直して、ゴブリンを解放して、ゴブリンに衛生観念を教えて、識字率を100%にしたり、ダンジョンでやれる農耕を開発したり、道具の扱いや作成は、元々ゴブリンの得意分野でしたから問題なく。安定した生活圏を作るのに、十年かかりました。
そして、本当に信頼のおける仲間達と、本当の冒険をしましたわ。
どこまでも続く未知と異常。禁域ダンジョンの開拓は楽しかったのですけど。元々体は丈夫ではなかったから、三十路前にわたしの寿命が来てしまって。人間でないとはいえ、あんな多くの者に惜しまれて悲しまれたのは、生まれて初めてでした。
生きていて良かったな~と思った途端。急に死にたくなくなったので、気力で体を持たせて魂を固定する方法を開発しました。容姿は酷くなりましたけど………………まあ、元からこの通り。あんまり見れたものじゃありませんし」
「そんな事はないですよ。頑張って磨けば、光ると思います」
割と本心だ。
というか、僕は地味系女性がタイプだった。今はラナ一筋だけどね。
「ソーヤさんって、発言までエルフに似てきていませんか?」
「そんな馬鹿な」
一瞬、メルムの野郎の顔が浮かんで嫌になる。
異世界に来て、否応なしにコミュニケーション能力はついたけど。あんな呼吸をするように女を口説くエルフの域には、たどり着きたくもない。
「あの所で、ソーヤさん。その帽子は? いつから魔法使いに?」
細く小さい指が僕の帽子を指す。
「これ、無貌の王からもらった帽子です。それに、こっちの仕込み杖も」
杖も一応携えている。
柄側の無駄な素材を削って、色も黒く塗り英国紳士風のT字ステッキに改造した。仕込まれた刃は直刃で、抜刀するには刀と違った修練が必要だ。単純な破壊力、靭性、強度は魔刀に劣るけれども、薄いサーベルのような鋭さがある。
骨を断つのは難しいが、肉を裂き、柔い急所を貫く事に特化した刃。
これまた不思議な鋼材で作られているらしく。マキナでは解析不可能。詳しくは、ドワーフさん待ちだ。
対人用の。まあ、ファッションアイテムかな。
「無貌の王ぅう?」
魔王様は、首を傾げて変な声を出した。
「無貌の王って、ベリアーレより更に前の前の時代から、々の尖塔にいるという幻の? 三大魔術師の師ともいわれている?」
「らしいですね」
「創作じゃなくて実在していたんだ。驚き」
魔王様は、面白い顔で驚いていた。
「それとですね。魔王様にいうのもおかしな話ですが」
魔王様にアバドンの事を話す。
冒険者が無関係な人間に冒険の内容を語るのは、固く禁じられている事だが、相手は魔王様だ。治外法権だ。というか、ある意味。この人も世界の脅威なのか?
魔王様は『へぇーほぇーふひえー』と、中々面白いリアクションで聞いてくれる。
仲間以外に冒険を語るのは、初めてで新鮮な行為だ。
ついつい僕も熱が入って語ってしまう。
時間を少し戻して階層攻略の話から。離れ離れになったパーティ。ホーンズとの死闘や、親父さんの裏切り、ヴァルシーナさんの正体。魔笛。ダンジョンで戦い続ける冒険者達。
誇張は、まあ少しだけ。
僕はストレートに勝ち進んだとか、そんな感じの内容。
………こうやって歴史は歪んで行くのか。
「とまあ、偽ガルヴィングの正体が、実は無貌の王で」
「凄い! ねぇもっと聞かせて!」
「え、もっと?」
魔王様に両手を掴まれた。
冷た―――くない。生きた温かい手だ。
「え~それじゃですね。ロラというモンスターと、それを長年追っていた冒険者の話を」
親父さんとロラの話。
愚直で、冒険者の父と呼ばれた男の物語。
それが終わったら、諸王の大地に召喚された話。
焼けた王国の、生き残った王様の物語。
次は蜂蜜と小さい甲冑の妖精。それに子供達との約束の誓い。
出会った人達と力を合わせ、竜と戦った祭り。ラナの拳が唸った物語。
冬の逸話。
竜を救い竜が統べた国のなれの果てを見た。竜の夢が生んだ雪の居城に乗り込んだ。
吸血鬼の婦人。
妄執に駆られた獣頭の男、英雄の影として生きた騎士の物語。
息抜きのような骨休めの話。
炎教でラーメンを作り、レムリアでラーメンブームを生み出した事。
最後に。
初期のパーティで、名声を求める為に竜亀を倒した事に始まり、些細な喧嘩から決闘に繋がり、仲が直り、新しい冒険に出て。
そして、初めて仲間を失った。愚かな男の物語。
失くした友の為、そういえば聞こえは良い。
僕は、あの英雄が許せなかった。
あれは、それだけの。ただの復讐だ。
『………………』
語り終えて、また無言になる。
喉が渇いた。長く喋り過ぎて口の中がカラカラする。
「ある程度は、マキナから聞きましたが。やはり本人から聞くと違いますわ。こう刺激が? 現実感が? このピリピリする感じ。昔を思い出します。また、々の尖塔に潜って見たいなぁ」
「コソっと潜って見ては?」
変装すればいけるいける。
仮面でも被れば、骨は隠せるだろうし。
「う~ん。考えておきますわ」
本当に実行して、バレたら、パニックになりそうな気も。
「さて、ソーヤさん」
魔王様は立ち上がり、尻の埃を叩く。
遠い空から薄い明かりが見えていた。濃い夜の気配も終わりに近づきつつある。
「前にいったように。人の身でありながら、魔王と関するのは危険が伴います。だから綺麗さっぱり、あなた個人と会うのは………………今日みたいな夜は、これっきりにしましょう」
二回目のこれっきりとは、何ぞや。
「また寝れない時に、こうやって話を聞いてくれませんか? 暇と時間が合えば良いので」
割と本気で、気が紛れるのだけど。
こういうのは、マスターや親父さんにするべきなのだろうが、マスターはあのハゲの身内だし、親父さんとはガチで喧嘩した後なのと、一応リーダーな手前がある。
年下のメンバーや、身内に愚痴や盛った話をするのもはばかられるし。
エヴェッタさん亡き今、気軽に冒険の話を出来る相手が欲しい。
「えぇ? わたし魔王なんですけど。いけませんわ。でも、ど~してもというなら。後、一回。………………やっぱり後三回だけ聞いてあげます」
割とあっさり要望は通る。
何故だろう。
魔王様が、ギャンブル依存症の彼氏にお金をあげる姿が見えた。この人、男を駄目にするタイプの女性か?
「ソーヤさん。夜に散歩していた理由は、今回の冒険が理由で?」
「はい、実はまあ。付き添ってくれた担当が亡くなりまして」
受け入れたはずなのに、まだ現実感はない。
「担当って、確かホーンズの?」
「ええ、美人でクールでスレンダーで恰好良くて、美人で」
「美人、二回もいわなくてよいですわ」
ちょっと打ち解けた感じで魔王様がツッコミを入れてくれた。
でもこの人、次会う時は緊張から入って来るのだろうな。小動物系だし。離れるとすぐ警戒されそう。
「変な話ですが。ソーヤさん、そのホーンズの方。もし生き返らせる方法があるとして、あなたは、どんな犠牲を以てしてもそれを叶えたいですか?」
「生き返らせる?!」
驚きに声を上げる。
魔王様は、ラーズを作り直した人だ。同じように彼女も、
「待ってください」
いいや、これは違う。
違うな。
「魔王様、彼女は精一杯生きて戦って死にました。人は死んだら、そこで終わりの生き物です。それを変えるってのは、ちょっと意地悪な質問では?」
非常識な魔法でも、できない事はある。
死者の蘇生がその最たるもの。ラナに念を押していわれた事だ。
だから、命を大事にしろと。
「はい、そうですわ。たまには魔王らしい質問をしようかと思い。ごめんなさいね」
魔王なのを忘れていた。
これはこれで、人の域にいない人なのだ。
「でももし、僕が『叶えたい』といったら?」
「あなたと、その人の記憶を全て奪って叶えて差し上げますわ。禁術である蘇生魔術には、触媒として相互の『絆』が必要になる。これは、決して戻らない呪い。不相応な奇跡に対する神の呪いですね」
「怖っ」
あくどい対価だ。
「それでも、完全な形にはなりません。出来て、わたしのような骨の化け物」
魔王様が、闇に差す朝の光に触れると、小さい手は骨に戻った。
彼女の人間でいる時間が終わろうとしている。
「好いた相手も忘れ。醜い姿でさまようとは、悲しい事でしょうね。禁忌とは、そういうものです。ゆめゆめ忘れぬように」
「忠告、胸に刻みます」
「でも、あれ?」
「何か?」
また首を傾げる魔王様。
「魂が見えませんね。その担当の方」
「魂?」
そんなスピリチュアルな事まで分かるのか、この魔王様。
「命とは、大きな流転に飲まれるまで、親しき者に寄り添うのです。ソーヤさんが、のめり込む人なら傍に見えると思ったのですけど。いえ、これはわたしが節穴なだけかも。今日は沢山話して疲れましたし」
夜明けの気配がした。
魔王様の姿は、半分ほど骨に戻っている。
「では、さようなら。………………ええと、また時間が合えば、月も星もない夜に」
「ええ、また会いましょう」
魔王様は闇に紛れ、完全に姿を消した。
眩い光が見えた。
『ソーヤ隊員。機器の接続障害により、一時的な機能停止状態でありました。何かお変わりは?』
「いや、ないよ」
同時に雪風も目覚める。
もうすぐ新しい朝が来る。
今日に希望はあるのか、別の絶望が来るのか。
とりあえず。
眠い。
帰って眠ろう。
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