<第五章:魔笛> 【02】
【02】
【174th day】
丸一日過ぎて、やっと落ち着いた。
昨日は色々とあった。
アバドンの問題。
ヴァルシーナさんの事。
エヴェッタさんの事。
親父さんと、レムリア王の事。
今日は、マスターの酒場に集まって今後の冒険の相談である。
外に漏らせない危険な話題も多いので、二階の個室を借りている。テーブルには、必要以上の酒と料理が並んでいた。マスターの上級冒険者祝いなのだが、うちのパーティは舌が肥えているので、酒はともかく料理はあんまり進んでいない。
「しかし、お兄ちゃんの担当が、ランシールの妹だったとはねぇ」
エアが、エールを不味そうに飲みながら一言。
彼女は上級冒険者になったついでに、父親から略式の成人の儀式を受けた。晴れて大人の仲間入りをしたのである。
「俺の想像を超えている。ホーンズ化したとはいえ、ヴァルシーナは、ヴァルシーナだが、それに手を出してあまつさえ子供までとは………レムリア、あいつアホか? それとも王になるような男はみんなアホなのか?」
顔を腫らした親父さんは、三杯目のエールを飲み干す。顔の怪我の原因は、昨日レムリア王と喧嘩をしたからだ。
いい歳したおっさんのガチの殴り合い。城の衛兵が、誰も止めないから理由を聞くと。
『我々は、外敵を倒す為にいるので。身内の喧嘩は業務外です』
だそうな。
最終的に、二人仲良くクロスカウンターで幕を閉じた。
「それより驚いたのは、ポータルの仕組みと、あの階層の危機管理です」
ラナが葡萄酒の二杯目を飲み干し、話に入る。
「認証がなければ、モンスターは地上に転移できませんが、あの階層の冒険者が元になったホーンズは、ポータルを利用して地上に戻れる。それが街の風景で勘違いしているだけとは、組合の監視があるとはいえ、そんな危うい仕掛けとは思いませんでした」
「あのさぁ………」
シュナは、不味そうな顔でチーズを食べて質問する。
「あの角付き、ホーンズ化だっけ? あれになる条件って何だっけ?」
「あんた組合長の説明聞いてなかったの?」
エアに怒られるシュナ。
「聞いてたけどよー。気付いたら階層攻略が終わって、すぐ組合長の長い説明だろ? ムボーの王とか、アバドンとか、ホーンズの説明まで、頭に入ってこなかった」
ちなみに。
親父さんがシュナを気絶させ、“一時的に”パーティを裏切ったのは僕と妹だけの秘密だ。
『一回だけは許す』
と、念を押した。
親父さんも年下からアレコレ責められるのは辛いだろう。だから、警告だけで許してやる。被害もギリなかったわけだし。僕と戦った時も本気じゃなかったわけだし。
まあ、メンバーの不始末を許すのもリーダーの仕事だ。
「仕方ないな~アタシが説明してあげるわよ」
エアが自慢気に説明する。
「ホーンズ化する条件わね。まず、再生点の魔法がかかっている。あの階層で致命傷を負う。並外れて生存意欲が強い。ええと、何とか魔力が高い? それと………もう一個あったような?」
しっかりしているようで、抜けているのは妹の可愛い所だ。
そして、姉がしっかり意見を補正してくれた。
「エア、心深内魔力です。種族や生物の枠に当てはまらない純個人が持つ魔力。苛酷な環境、特異な体験、それにより生まれる精神構造などが原因で発生する特殊魔力ですね。私や、フレイ、それに―――――」
ラナが僕を見る。
「あなたも高い」
意外な。
現在、頭に魔法使いのトンガリ帽子は被っているが、これはただのファッションだ。それに、下は吸血鬼っぽいマントと洋装。得物は刀という、総じてよく分からない格好である。
「え、それじゃお兄ちゃんも魔法使いになれるの?」
「素養はあると思います。ただ、才能を引き出すのに長い時間が必要かと。普通のやり方では、下の下にしかなりませんし」
「それじゃダメかもねーお兄ちゃん時間にうるさいし」
確かに。今から魔法使いの勉強をする時間はないだろう。
ラナが続ける。
「もう一つは、人間とホーンズの交配です。性別はどちらでも構いません。ホーンズを孕むか、孕ませるか、これで生まれてくる子供はホーンズになるそうです。ホーンズ同士の交配では、子供は生まれないようですけど」
さらっというが、聞いてる僕は複雑な心境だ。
似たような心境のベルが声を上げた。
「あの、ナナッシーという方がそうでしょうか? でも、何故襲われていたのでしょう?」
「ベルさん良い質問です」
エヴェッタさんのようにラナが答える。彼女は組合長に色々と聞いていた。組合長も熱心に答えていた。
「人との交配で生まれるホーンズは、ダンジョン内のモノと似て非なる存在です。力や再生能力は、ホーンズそのものですが、人格も人間とさして変わりませんし、理性も保っている。
特徴的なのは、交配では繁殖する事ができない事です。生物として行き止まりの存在。魔法で創造した生物によく現れる特徴ですね。つまり、ダンジョン内のホーンズからすれば、外敵もしくは、ただの人間と同じ存在と認識しているかと」
そういえば、あの階層のホーンズ化したモンスター。あれは、組合長が作った物らしい。同伴した組合員の強さをアピールする為と、ホーンズ化した冒険者達への“遊び”だそうな。
「えーっと、お姉ちゃん。つまりは、アタシ達がホーンズになる可能性は?」
「亡霊都市にいなければゼロです。安心してください」
「ラナさんがいうと、スゲー安心した」
シュナもほっと胸を撫で下ろす。
「なによーアタシの説明じゃ安心できないっていうの?」
「そうでもないけどよー」
大人なシュナは、エアに噛み付かれていた。
「所で、ベル。いつまでベルなの?」
「ちょっとエアちゃん、それはひどいよ。リズは力使い果たして眠っているから、あたしは当分あたしです」
「それじゃ服買いに行かない? たまにシュナやリズとも行くんだけど、こいつら反応薄いからつまんないのよ」
「ゆく! 絶対ゆく!」
ベルはノリノリである。
小袋から金貨を十枚ほど掴んで、テーブル下からエアに渡す。
「じゃオレ行かなくてもいいよな?」
シュナは、諦めた感じの笑顔を浮かべる。
「駄目。荷物持ち欲しいから、シュナは絶対参加」
「はい、シュナちゃん参加けってーい」
「やっぱ、そうなるかぁ」
シュナ………女の買い物に付き合わされて大変だろう。後でお小遣いあげるから、美味しい物でも食べなさい。
「さて――――――」
僕は、立ち上がりパーティの面々を見回す。
「皆、ご苦労様。色々とあったが、結果的に誰一人欠ける事なく階層を踏破できた。四十五階層に到達。つまりは、上級冒険者の仲間入りだ。
無貌の王の話を聞いただろう。
その後のエヴェッタさんの言葉も。
リーダーとして、皆に聞きたい。今後の冒険についてだ。
前に話した通り、僕の目的は五十六階層に到達する事、そこである物を探し、見つけ、得る、もしくは行う。だが、無貌の王がいったように、世界には危機が満ちているらしい。それをどうにかできるのは、僕ら冒険者次第だと。さて、だが僕の担当はこういった。
一つの冒険者がそんな事に気を使うなど、馬鹿な話だと。
自由に生きるのが冒険者だと。
囚われて生きるな、と。
ならば、僕らには二つの道がある。
一つは、【アバドン】を倒す為、世界を救うという立派なお題目を掲げて進む道だ。
一つは、今まで通り。自由で、気ままに、各々の欲望と理想を掲げて生きる自由な冒険だ。
どちらかを選んでくれ。今、ここで」
一人目の返事は早かった。
「オレは今まで通りに自由を選ぶ」
シュナが杯を掲げた。
流石、斬り込み担当。返事も速い。
「アタシも同じく」
「お兄さん! あたしも、あたしも!」
エアとベルが、かしましく杯を掲げる。
「私は、どんな道でもあなたと共に」
ラナは杯を掲げた。
親父さんは、少し迷っていた。
彼には【アバドン】を倒したい理由がある。過去のパーティが倒せなかった敵。そして、あれを倒せばヴァルシーナさんを自由にできる可能性もある。
だがそれは、今までレムリアに現れた上級冒険者が、誰も成しえなかった事。
五十六階層の未知を探しているのに、更に別の未知を探すなど。僕の時間では到底足りない。
冒険者は自由だ。
そう、皆が大っぴらに掲げているお題目。自由だからこそ、ここで別の道を行く事も僕は止めないし咎めない。
「あ………………すまん。昨日の件で寝不足でな。少し寝ていた。前にいったよな、俺は。この老体を好きに使って、五十六階層までの敷物にしろと」
一回裏切ったけどね。
と、僕が疑惑の目を向けると親父さんは目を逸らした。
「冒険者らしい自由な道を、ヴァルシーナの娘のいう通りに、だ」
親父さんも杯を掲げる。
意見は揃った。
では、僕も杯を掲げた。
「僕らを導いてくれた。エヴェッタさんに!」
全員で、苦い酒を一気に飲み干す。
「そしてこれは、無貌の王に!」
空になった杯は床に叩き付けた。
「僕らは、自由の道を行く!」
彼女の遺言通り、進む事を選んだ。
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