<第四章:復讐の心は地獄のように胸に燃え> 【03】
【03】
『あの娘、何であるか?』
「はあ?」
糸人形が肩に立ち、大魔術師様の出歯亀質問を伝達する。
「年下のパーティメンバーだよ。妹みたいなものだ」
どうせ隠しても盗まれそうなので素直に答える。
『そなたの女性関係ではなく。血の事だ』
「血?」
そういえば昔、酒場のマスターが何かいっていたな。
すっかり忘れていたが、確か。
『神媒の巫女とな』
「それだ」
階段を上がりメイスを回収する。
不思議と体の調子は良い。さっきまでの倦怠感や疲れも嘘のようだ。
もしかしてベルのおかげか?
『お陰であるぞ』
「そうなのか」
ベルにそんな力が。
『あの娘、相当な血筋である。名は分からぬが神の近親者だ。不貞の子か、隠し子か、調略の末逃げたのか。ともあれ、冒険者をやるような人材ではないぞ。
そなたも実感した通り、近くに寄るだけで乱れた魔素を整調する。いや、彼女が望めば簡単な奇跡が起こる。降って湧いたように願いが叶う。不思議なのは、そんな者が傍にいるのに、虜になっていない理由だ。そなた、そんなに妻とやらに操を立てているのか?』
「操は立て………………」
立てているが、
『なるほど、エルフの法で婚姻したのか。過去、多婚の行く末を見た事がある。財産分与はしっかりと文章に残しておくのだぞ。ここまで来た冒険者なら、多少なりとも財は持っているはずだ。でないと………………揉めるぞ』
「はい、気を付けます」
何故か凄い迫力だったので素直に従う。
ラナに5で、エア・マリアに2、2、ランシールに1? は流石に可哀想なので。ラナを4にして、他三人は2という感じで………マキナと雪風はどうしよう。あいつら、仮に僕が死んだとして、その後どうするのだろうか。
『エーアイとな。不思議な物が………ふむ、覗けぬな』
「当たり前だ」
本当に知られたくない事は、盗聴されないようだ。
大魔術師様に現代の知識など渡せるか。どんな技術特異点になるのやら。
『シンギュラリティとは、中々面白い概念だ。魔法の術式大系も同じであるな』
「さておき」
無駄話は終わり。
メイスは、担ぐだけなら問題なくなった。これもベルのおかげだろうか?
深く息を吸って、もう一度戒める。
何があっても冷静さを失わない。
何を見ても、
何と対峙しても、
何であろうとも自分を失くさない。
ラナを探しに行く。
一階の敵は僕が全滅させた。二階からも何体か降りてくるのを見た。室内全てを探すのは流石に事だ。しかし、端から全て探索して行くしか方法が。
『我が感覚野を一つ貸してやっただろう。使うのだ』
「はい?」
また、この大魔術師様はわけわからん事を。
『左目の視力を一時的に失っているだろ? だから、我が遠見の力を一つ貸してやった』
「聞いてないぞ」
『伝えたぞ。思念で』
「いやいや、届いていない」
てか爺と心が通じ合うとか、どんな罰ゲームだよ。
『先ほどやったではないか。てっきり、通じたものと』
「先ほど、ああ」
目を閉じて脳裏に周囲の空間を浮かべる。
『感覚野とは、己の認識力次第でどこまでも広がる。しかし、あまり遠くを見過ぎるな魅入られるぞ。人が見通す先とは、常に闇の奥底なのだ。深淵には甘く誘う恐ろしい者が潜む』
「ちょっと黙ってくれ」
僕は、理屈の前に実践するタイプだ。ゲームも説明書読まないでやる。
己の暗闇の中、意識を凝らし感覚を広げる。
幾つか、ぼんやりとした輪郭が浮かぶ。
二階の一室に一つ。いや、消えそうな『弱々しい気配』が一つある。二つだ。
三階、謁見の間、王座に二つ。その入り口付近に一つ。
地下に………………ん? 何だこれは。無数に光る。
『やめい』
引き込まれそうになり、ガルヴィングに髪を抜かれて戻された。
「今のは、何だ?」
失念していた。ここがレムリアと似ているなら、当然地下もある。その地下に、異常な数の気配を感じた。密集して、ひしめき合う生物の気配。千? いや何十万と。
「まさか、全部ホーンズか?」
『そうである。だが今は、そなたの仲間を救出する事が優先ではないのか?』
「そうだが」
隠してるな明らかに。
『うむ、隠しているぞ。しかし、それ所でないのも事実』
「そうだな」
保留だ。
切り替えて一旦忘れる。
まず、二階に行く。他に気配を感じないという事は、この城のホーンズは粗方僕が殺したのだろう。地下の敵もそうやって。
無理だろうな。
「ガルヴィング。僕は何体倒した?」
今聞く事ではない。けれども気が紛れる。
『66体である。個人でここまでホーンズを討伐したのは、そなたとレムリアくらいだ』
「あのハゲが?」
腹黒好色ハゲ親父のイメージが強いけど、やはり冒険者としては強かったのか。
『禿げ頭とな。精悍でフサフサな若者であったが………時の流れとは残酷であるな』
「今はツルツルだ」
『ワーグレアスも最終的にツルツルになっていたな。骨のツルツルであったが』
大魔術師様とのくだらない会話で気は紛れた。
音を消し、気配のする部屋の前に立つ。
二つの気配は、一つが完全に消えつつある。
冷静に。冷静に。
何を見ても、冷静に。
メイスを振り上げ、壁を破壊して部屋に飛び込む。
メイスを手放し、刀を抜いた。片方は確実に敵だ。一撃で決め――――――
「あなた無事でしたか、よかった」
事は終わっていた。
「君こそ、無事みたいだな」
ラナがいた。
両手首を手錠で繋がれ、ベル達と同じく全裸である。白い肌に浮く返り血が、やけに艶めかしく見える。
ベッドの上には、彼女に組み敷かれたホーンズがいた。
その下半身は、敵とはいえ同じ男として痛々しいので直視できない。まだ死んではいないが、首が、何回も凄い力で回され、骨や皮がぐてんぐてんになっている。
「私は床で、あなた以外の男に負けませんよ。それと、グラッドヴェイン様に最初に教わったのが、こういう時の技です。
武門は男社会ですから、寝食を共にすると女性にやましい感情を抱いて、恥ずべき行動をする者も少なくない。そういう時、女性の武人としては、後に続かないよう見せしめとして“しっかり”と対応するのが常だと」
「なるほど」
しっかり対応されたホーンズに、僕は止めを刺す。
「どうです! 今回は一人で切り抜けましたよ!」
「うん」
格好良くラナを助ける感じを思い浮かべていたり、いえ無事なのは本当に嬉しいけど。さくりと一人で切り抜けられると少し寂しさもある。不謹慎だが。
テンションの高いラナは続ける。
「先の冒険者との戦いでは不覚を取りましたけど、今回はしっかり一人で切り抜けました。どうです?! 褒めるに値する活躍かと!」
刀を捨てて、ラナを抱きしめた。
胸に顔を埋めて跪く。敵地を忘れる柔らかさだ。
「あれ、どうかしました?」
「無事で良かった」
色々と最悪の展開を思い浮かべては、考えないようにしていた。
そのどれも、かすりもしないで気が抜けてしまった。
「あなた、心配してくれるのは嬉しい。でも、まだ成すべき事があるのでしょう? 他の皆様は? 冒険の状況は?」
「そうだな」
ここは修羅の巷だ。女と肌を重ねる暇はない。パーティ全員で帰る為、全力で戦わないと。
刀を拾い上げ、ラナの手錠を切る。
ラナはカーテンを千切ると体に巻き付け、死んだホーンズの槍を装備した。
「地下にベル様が、後ナニガッシーとかいうホーンズと、獣人も」
「ああ、知ってる。先に地下に寄って来た。ベルは解放して、ナナッシーを護衛につけて脱出させた。ラナ、すまないが城の外に」
「はい、外に出てベル様と合流します。私は傍にいない方が、あなたは強いでしょ?」
「そんな事は」
素直に従ってくれるのは嬉しい。
でも、それはそれで。
「初めて私を助けてくれた時、アーヴィン様が亡くなった時、その後の獣の戦いの時、私をロラから救ってくれた時、左大陸に一人で跳ばされた時、白鱗公の時は危なかったですが、それを抜いても、ネオミアの危険な仕事も、全て一人で片付けてきた」
「………それは」
帰る場所があったからだ。
帰ろうとする意志があったから挫けないで戦えた。
「そして今は、城のホーンズを一人で倒した。『どうやって』何て下手な勘繰りはしません。それを伝えたいと思ったら、話して、私何でも聞くから。でも大事なのは、私はあなたを信用しているという事。待っているという事。何があっても、で………よ。ですわよ………わ?」
良い言葉なのに最後の方、敬語になっていい直してしまった。
これはこれで彼女らしい。
「ラナ、いつか必ず。片が付いたら全てを話す。約束だ」
僕は小指を立てて彼女に差し出す。
「………………」
しばらく眺めた後、ラナは僕の小指を口に入れた。舌がねっとりと絡み付いて、まだ見ぬ彼女の技巧の奥深さを感じた。
ちゅぽんと指を口から引き出す。
「これに何の意味が?」
「帰ったら教える」
ソダヨネー。
指切りの習慣ないもんねー。
砕いた壁から廊下に出て、目を閉じて感覚を広げる。
一階に敵影はない。
城の外、城門付近に、アーケインを介抱しているナナッシーと、ベルの気配。
「ラナ、城の外にベル達がいる。走って行ったら間に合う。合流したら安全な所に身を隠してくれ。後で迎えに行く」
「待ってるわ」
ラナと一度抱き合い。さっぱりと別行動に。
メイスを担ぎ直す。
彼女の背中を見守って、上に行く。
似たような構造の続く城が、ダンジョンのように思える。
三つの気配は変わらず。一つが離れ、二つが傍に。争っている形跡はない。
城の地図を頭に広げて、気配の位置を合わせる。
王座に気配が二つあり、外に一つある。王と王女に、護衛か?
『あれがそなたの伴侶か。胸の大きいエルフとは珍しい』
大魔術師様のくだらない会話は無視だ。
『その昔。我は、胸の大きさと女魔法使いの魔力は比例すると発表した事がある』
確かに。
僕が今まで合って来た女魔法使いは皆グラマーだ。………ベルは、まあ将来に期待だけど。
あ、いかん。
『しかしこれは、ローオーメンの眷属から大不評でな。『そんな事を発表したら胸の大きい子ばかりに仕事が行くでしょ!』と、歴史から抹消された。悲しい理論の一つである』
「本当にちょっと黙ってくれ」
後で詳しく聞くから。
できれば文章にまとめてくれ。
『緊張状態を緩和するには、くだらない冗談が一番であるぞ。まあ、そなたの緊張している部分は我としてはギュエ』
糸人形を握り潰して、ポケットに入れた。
気配に近づく。廊下の次の角を曲がれば視界に入る。
足音は静かに、研ぎ澄まし、だが加速させる。一気に間合いを詰め、一息で磨り潰す。
身を低く燕の滑空のように。
角を曲がり、敵を見据え、
「シュナ?!」
そこにいたのは、敵ではなかった。
静音を忘れて急いで駆ける。シュナは壁を背に、床に座っていた。近くには彼の長剣が転がっている。
確認するが傷らしい傷はない。気絶しているだけだ。再生点も、さほど減っていない。
どういう事だ。奥にいるのは………………まさか?
迷ったのは一瞬。
長剣を持ち主の腕に戻して、王座の扉をメイスでブチ開ける。
何度か、王と謁見する為に訪れた事のある場所。
獣の首級を見せる為。
バーフルのクソッタレと、ふざけた奸計に付き合わされた時。
他にも合った気がしたが、その二つの印象が強すぎて忘れた。
玉座は空席だ。
しかし、肘掛けに女のホーンズが腰かけている。二つ角のロングホーンズ。傍に立つのは、
「親父さん、あんた何してんだ?」
「遅かったな」
冒険者の父だった。
「すぐに答えろ。何をしている? 外のシュナはあんたが? その女から離れろ」
「矢継ぎ早に質問をするな。まあ、答えられるのは、こいつが『ヴァルシーナ』という事だ」
「違う。そいつはホーンズだ。ランシールの母親ではない。あんたが逃した女ではない。モンスターだ。エヴェッタさんを傷付けた敵だぞッ!」
感じた事のない怒りで声が震えた。
「そのエヴェッタもホーンズだろうが!」
「知った事か!」
怒声を怒声で返し合う。
「メディム。あんたは化かされている。リーダーとして命令する。今すぐそのモンスターから離れろ」
「ソーヤ。それでお前は、ヴァルシーナをどうする?」
「こいつで磨り潰す。いや、もしくはこいつで両断する」
右手のメイスを振るう。
左手には抜き放った刀。
「退け、といっても無駄か。お前はそういう奴だな」
二人は姉弟のように、家族のように、伴侶のように見つめ合い。
親父さんは刀を抜く。
一歩前に、
二歩前に、
彼の背後では、心底愉快そうに声なく笑うホーンズがいる。
僕がそいつに殺意を向けると、親父さんは倍の殺意を僕に向ける。
「良いのか、冒険者の父。血迷ってパーティのリーダーに殺される最後で、その名前は泣かないのか?!」
「俺は一度も、その名を誇りに思った事はない」
そうか。
仕方ない。
仕方ないな。こいつが他の冒険者を斬る前に僕が殺す。そうするしかない。
「やはり、こうなってしまいましたか」
メイスが急に微動だにしなくなる。
それは、本来の持ち主が手にしていたからだ。
「エヴェッタさん!?」
僕の担当がいた。
顔色は良くない。けれども傷を再生させて、己の足でしっかりと立っている。
「ソーヤ、少し遅れましたが冒険を再開しましょう」
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