<第四章:復讐の心は地獄のように胸に燃え> 【04】


【04】


「エヴェッタさん、作戦は?」

「ソーヤ、メディム様は混乱しています。元に戻す手は一つ」

 その手とは?

「正気に戻るまで、痛めつけてください」

 説得とか、魔法的な手段とか、便利なアイテムとかじゃないんだ。

「では、あいつは僕に任せてください」

 最悪、手足の一本は奪う覚悟だ。

「そうですね。メンバーの不始末は、リーダーの仕事です。では、わたしは後ろの長角を」

 エヴェッタさんは、メイスの先で二つ角のホーンズを指す。

 挑戦と受け取ったのか、二つ角は特大剣を同じように指し向ける。

 女二人の間に、メディムが割って入る。

「エヴェッタ、悪いが」

「なら邪魔するな」

 僕は、いの一番に動いた。

 刀と刀が火花を散らす。

 鍔迫り合いから、力任せでメディムをホーンズから引き離した。

 エヴェッタさんが、二つ角に襲いかかる。メイスと特大剣の甲高い響き。

 彼女の邪魔はさせない。

 女の戦いを背に、更にメディムに斬りかかる。

「ふっ!」

 瞬時に三合打ち込む。全てに殺意を込めた。

 手加減できる相手ではない。

 事実として、全て軽くいなされた。火花すら散らない。刃の当たっている感触すら軽い。

 四合目、僕は空を切る。

 チン、と鯉口の鳴る音。刃を潜り、メディムは片膝をついて納刀していた。

 不味っ。

 ゾッと悪寒が走る。

 肉迫から一転、弾かれるように僕は距離を取る。

 自分が、どんな動きをしたか理解できなかった。急制動で着地した足がもつれる。目が少し回る。血がつま先に寄っていた。どうやら、軽業師じみた動きでバク転して退いたようだ。

 遅れて、左頬がパックリと開く感触。

 相変わらず、抜刀からの斬撃は一切見えない。

 再生点の治癒で塞がるが、出血までは戻らない。

 頬の血を拭い。仕切り直す。

 メディムは、もう一度納刀して居合い抜きの構え、僕は刀を振り上げ大上段に構える。

 刃圏は、彼我共に掠るギリギリの所。

「………………メディム。一つ聞くが、どうしてシュナを殺さなかった?」

「殺すまでの相手ではなかった。それだけだ。お前もこんなくだらない事に手間をかけるな。俺を置いて先に進め」

「断る」

 あんたがそうであるように、僕もあんたの都合など知った事か。

 呼吸を止め、すり足で近づく。

 こいつのいう通り、こんなくだらない事に手間はかけたくない。

 次で決める。

 共にロラの爪で作った兄弟刀。

 同じ得物でも、扱いの技術力ではメディムに到底敵わない。

「ソーヤ。お前左目が見えていないだろ」

「いや、見えるさ。いや、見えないかもな。あんたの好きなように受け取りな」

 しかも左目が霞んで、遠近感がズレている。この軽い心理戦も役に立たないだろう。

 だが戦いで最後にものをいうのは、気合と根性だ。

「おおオオォォォォォォォッッ!」

 間合いに入り、僕は裂帛の気合で刀を振り下ろす。見え見えでシンプルな動作だが、速さだけなら居合い抜きにも負けない。

 狙うのは、抜刀の始点である刀の柄頭。

 片目の距離感だが刃は柄を叩き、抜刀を押さえた。狙い通りここから――――――狙い通り?

「甘い」

 メディムは最初から、柄頭で刃を受けるつもりだった。狙い通りなのは、向こうだ。

 恐ろしいほど鋭い足払いをくらった。

 視界が横回転して床に頭から着地。追撃に鞘尻が腹を突き刺す。

「ぐ」

 痛点なのか、体重をかけられると激痛が走る。

「こんなものだ。分かったならさっさと消えろ」

「分かってねぇのは、あんただ」

 この程度の痛みには慣れた。メディムの刀の鍔と鞘を握る。今の僕は、モンスター並の力を出せる。人間の域では微動だにしない。

「お前、この光は何だ?」

 再生点は怪しく輝いていた。蹴りを放つと、メディムは刀を手放し飛び退く。

 流石の判断力。

 だがこれで得物は………………僕の刀がない。

「少々違うとは思っていたが、これは全くの別物だな」

 メディムが僕の刀を携えている。

 勝手の違いを確かめる為、軽い素振りをしていた。

「このッ」

 手癖の悪い冒険者がッ。

 慣れさせる前に倒す。

 身を低く体を撃ち出し、間合いを即詰める。

 奪った刀の居合い抜き。見たばかりの技なら真似は容易い。

「その鞘から放つ技はな。致命的な欠点がある」

 鋭さ、

 速さ、

 空間を抜く技は再現できた。しかしそれは、かすりもしない。

「反りの角度から斬撃を読める」

 僕の返す刀は致命的に遅い。

 一瞬の冷たさと溢れる熱さ。逆袈裟で胸を斬られた。神経も同時に斬られたのか、体が動かなくなり倒れる。

 奇妙なほど痛みはなく。でも、こぼれる血の量で深手なのを理解する。

「ギリギリ致命傷ではない。お前のタフさなら助かる」

「………………残念」

 初めて隙を見せたな。

「な?」

 痛みの奔流に歯を食いしばり、親父さんにタックルをかます。

 流石の冒険者の父でも、僕の急激な再生までは読めなかった。

 肩と片足を掴み、そのまま王座の壁に叩き付ける。ここまで痛め付けられたせいで、老体だとか、仲間だとか、そういう気遣いは一切消えていた。

 マウントを取った。

 刀を握る手に膝を置いて、頭部に拳を落とす。一発、一発、殺意を込めて。

 この、このッ、馬鹿親父がッ!

「おい………………」

 段々拳の速度を上げる。削岩機ばりの連打で頭部を打ちすえる。

「おい………おい」

 親父さんが何かいっているが、知った事か。

 連打の締めに、右拳を握って両手を振りお――――――

「流石にそろそろ死ぬ」

 親父さんの蹴りをくらった。吹っ飛ばされ僕は横に転がる。だが即行で立て直して、殴りかかった。容易くではないが、右拳は受け止められた。

「いや、死ねよ」

「抵抗はしない。俺の負けでいい」

「あっそう」

 まだ余裕がありそうだ。

 エヴェッタさんの戦いに少しだけ気を向けた。一進一退の激しい攻防だ。大得物同士とは思えない速度。戦いの余波で、王座が震える。巻き起こる風に肝が冷える。

「お前のおかげで目が覚めた、とでもいった方がいいか?」

「あんた、最初から正気だろ」

 だからこそ、煮えたぎるほど腹が立つ。

「笑え。所詮、俺はこんな男だ」

 おかしくない。ムカつく。

 消えた仲間を忘れられず、三十年探し続けた男の末路。新しい仲間を得ても、新しい冒険に出ても、尚過去の思い出が大事とは。

 本当に迷惑だ。

「もう一度いう。あれは、ランシールの母親でもなければ、ただ似ているだけのモンスターだ」

「アレが俺の名を呼んでもか?」

 何だと?

「あれは俺の名を呼んだ。幻聴ではない。確かに、俺の名を呼んだ」

「いいや、幻聴だ。あんたの仲間は、ランシールの母親は! 大昔にこの階層で息絶えたッ。それは名声になって生き残っている! あんたはそれを殺すつもりか!」

「知っている。ああ、そんな事知っているさ。………………しかし」

「しかしも案山子もない。あれは敵で、あんたはそれに惑わされた。今はそれを飲み込んでくれ。飲み込めないなら、リーダーとして僕はあんたを殺さなきゃならない」

 親父さんは疲れた表情を浮かべる。

 老齢というより、気の疲れだ。

「お前と戦って分かった事がある。………仲間と戦うのは………しんどいな」

「あ、そう」

 年寄のそんな言葉など、毒にも薬にもならない。

「俺が冒険者になって、三十数年。数々の若人を助け、末に『冒険者の父』と呼ばれた。謙遜していたが、多少なりとも誇りに思っていたよ。この名声をな。しかし見てみろ、この愚かな姿を」

 腹が立つ。腹が立つ。本当に腹が立つ。この階層ではこんな感情ばかりだ。

 いや、過去の仲間を選んだ親父さんへの嫉妬なのか?

「愚かじゃない。僕もきっと、失くした仲間がモンスターとして現れたら惑わされる。動きを止めるし、甘い幻聴に誘われると思う。だが、僕はリーダーだ。あんたらを上に戻す責任がある。あんたがどんな幻を見ても、今のパーティを優先してもらう。次から、必ずな」

「………………責任か」

 気の楽なものではないが、僕が背負わなくてはならないモノだ。

「本当に笑える話だ。冒険者の父と呼ばれた男には、欠片もリーダーの素質がなかったとは」

 そうだな。

 つまりは、そういう話だ。

「じゃ、そういう事で。しばらく寝ていてください」

 アゴに一発入れて、親父さんを気絶させた。

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