<第四章:復讐の心は地獄のように胸に燃え> 【02】


【02】


 貫き。

 穿ち。

 抉り。

 壊し。

 切断する。

 破断する。

 叩き潰す。

 磨り潰す。

 修羅のように。

 羅刹のように。

 怪物のように。

 魔物のように。

 慈悲などないケダモノの如く。敵を殺し、命を食らう。今の僕とダンジョンのモンスターは、何がどう違うのか?

 背後には数え切れない血と骨と肉。

 この手を濡らすのは、自分の血なのか、敵の血なのか。

 僕には、何も分からない。

 動く物は全て止めた。

 迫り来る物は殺し尽くした。

「クッ」

 ザモングラスの剣が、死体に食い込んで抜けない。無理矢理引き抜こうとすると、柄が砕け、刃だけが残る。

 駄目だ回収できない。今は捨て置く。

「アガチオン………」

 転がった魔剣は応えない。

 手をかざしてもピクリともしない。担ぐ体力の余裕もない。

 血と脂に塗れた刀の状態を見る。

 刀身に亀裂が走り、覗くロラの爪が蠢いて血を吸っていた。鞘に納めて混合液に浸す。最後のカードリッジが鞘から飛び出る。

 刀は異常な切れ味を魅せていた。だが、このままホーンズの血を吸い続けるとどんな影響が出るのやら。

「クソ」

 直したばかりの得物が二つもダメに、またゾルゾグーさんに修理を頼まないと。

 もったいない。どうにも物持ちが悪い戦い方だ。

『ふむ、ルミルを思い出す戦いぶりである』

「ああ、そう」

 ガルヴィングが襟首辺りでうるさい。

『とても穏やかな獣人であったが、仲間が傷付くと豹変して悪魔のように戦った。その度に武器を壊すものでな。ドゥインの奴が、毎回資金繰りに頭を悩ませておった』

 うるさい。

 鬱陶しい。

 血肉を払いメイスを担ぐ。流石、ホーンズ用の武器だ。頑丈でまだまだ使える。

 死体の一つから、形の良かった角をモギ取り口に咥えた。全身を痛みが駆け抜ける。神経が、おろし金で擦られる痛みと全身を満たす熱。

 再生点の容器は、ずっと怪しく輝いたまま。

 内ポケットには、いつの間にかホーンズの角がジャラジャラとあった。

「ガルヴィング。僕は何体殺した?」

『その質問の意味はあるのか?』

「いや………………ない」

 モンスターを何体倒そうが、無意味な事だ。

 そう、こいつらを何体倒そうが無意味。

『こちらも片付いた。我も合流する。所で、二人組の剣士に襲撃されたのだが、そなたの仲間か?』

「特徴は?」

『刀持ちの眼帯を着けた壮年の男。長剣を背負った長髪の少女』

「間違いなく僕の仲間だ。傷付けていないよな?」

 返答次第では、ルミルと同じ事をする。

『我は魔法使いとはいえ、古参の冒険者である。剣の捌き方は分かるぞ』

「さいですか」

 流石ですね。大魔術師様。

『彼らには、そなたの場所を教えた。いずれ合流するであろう』

「………ありがとうございます」

 素直に礼をいう。

 しかし安心した半面、嫌な予感が一つ。

 捕らえられているのが、ラナか、リズか、エアか。もしくは全員なのか。

 下手な想像をして怒りが湧く。沸騰する。今、体は普通の状態ではない。これで脳まで沸騰したのでは、致命的な失敗をする。

 冷静に。

 冷静になれ。

 深呼吸して息を止める。ゆっくりと息を吐き、また深呼吸。

 これを落ち着くまで繰り返す。

 血生臭さを再び感じ、少しばかり落ち着きを実感した。

「捕らえられた仲間の位置は分かるか?」

『恐らく地下であろうな』

「牢か」

 何度か出たり入ったりした所だ。

 重い足を引きずり移動を再開する。敵の姿はない。どうやら、本当に周囲の敵は殺し尽くしたようだ。

 問題は、城という物には大抵上に強敵が住む。あの大きな二本角のホーンズも現れていない。下手をしたら、あれ以上のホーンズがいる可能性も。

 それに階層の番人も。

 まだまだ戦闘は続く、不確定要素も多く、先が見えない。実に冒険らしい。

『異邦人よ。一つ聞きたい事がある』

「何だよ。勝手に人の思考を盗んでいる癖に」

『いや、そなたが表層に浮かべた知識しか盗めぬよ。聞きたいのは、契約している神の事だ。名を隠しているな。ミスラニカとは、本来の御名ではない。隠された。否………それだけではないな。もっと奥に――――――』

 ブツっと急に音声が切れた。

「おい………おい、ガルヴィング?」

 サポートが切れるのは困る。

『ガッ――――ザザッ――――ジージィ―――――テストテスト、聞こえるか?』

「聞こえる。何だ?」

 電波障害か?

『禁句だったな。そなたとの交信を侵食されかけた。この話は無しにしよう』

 なんのこっちゃ。

 身にならない会話のおかげで、落ち着きを取り戻した。

 地下の牢に向かう。

 警戒は緩めない。

 五体は満足で、戦闘のダメージも残っていない。

 ただ、ホーンズの角を利用した後遺症か。猛烈な倦怠感に襲われた。横になったらすぐにも眠れそうな疲労感。気力で体を奮い立たせ、足を動かす。

 容器の怪しい輝きは治まったが、あの光が目蓋の裏に張り付く。

 妙に何故か、恋しく思う。

 怪しい赤い光が。

「おい、ガルヴィング。あの角」

『後遺症であるか? あるぞ。異常奔流した魔素で、無理矢理に体を治しているのだ。普通の人間なら発狂するか、良くても呆けて自我を失う』

「おい!」

 ふざけるな、聞いてないぞ。

 恐ろしく危険な物じゃないか。

『安心せよ。そなたは耐性を持っている。異邦人の体質故か、契約した神の加護故か、それとも我の理解できぬ真理があるのか、非常に興味深い』

「あんたの好奇心に付き合っている暇は――――――」

 軽い目眩に襲われ、壁に体重を預ける。

 眼底にジワっとした痛み。目を開くと、左目が何も見えない。

「クソ、こんな時に」

 ダメージのぶり返しか? 接近戦で距離感を失うとは。

『安心せよ。一時的なものだ。再生点を使いすぎると、わずかな時間視力を失う。これは恐らく。神を否定して作り上げた法魔が、結局は神の如く信仰された皮肉であろう』

「わっかんねーよ」

 重い体を引きずって地下の階段を降る。

 片目が見えない代わりに妙な探知感覚を得た。ぼんやりと脳に気配が映る。

 下に、数は5。

 いや、4か? 妙な揺らぎを感じる。

 狭い通路の為、メイスを階段に放置して刀の柄に手を置く。足音は完全に消せた。ネズミの足音で静かに駆ける。

 嫌な臭いが漂う。

 血と臓物、糞と尿、色んなモノの腐ったすえた匂い。

 動物の悪臭だ。

 長い階段の先から、“何か”が“誰か”を責め立てる声と音。

 上では殺戮のどんちゃん騒ぎがあったのに、地下には届かなかったようだ。

 階段の終わり、十段ほどを跳んで音無しで着地。

 即動けるよう体を脱力させる。

 まず目に付いたのは、ナナッシーだった。丸太に手足を鎖で繋がれ、背後から男性体のホーンズに腰を振られている。

 注意深く辺りを見回すが、敵は一人だけ。

 これがナナッシーでよかった。自分のパーティメンバーだったら、冷静でいられない。

 牢の扉は開いたまま。

 けれども、牢の格子を切って最短距離で間を詰めたのは。

 僕もまあ、それなりに怒りを感じているという事だ。

「おい」

 完全に不意を突く。

 背中からホーンズの心臓、肺、下腹部を同時に突く。

「ギ」

 うるさく鳴く前に、三枚おろしにした。ほぼ同時に切った格子が散らばり音を鳴らす。

「お兄さん!」

「ベル無事か!」

 隣の牢には、ベルが繋がれていた。まずはそっちだ。また格子を切って侵入した。鎖を切ろうと思ったが、下手をすればベルの肌を傷付ける。

「これ」

 飛んできたものを受け取った。鍵束である。

 それを投げたナナッシーは、もう手足の拘束を解いて四肢を自由にしていた。右手の鎖は、自らの力で千切ったようだ。そんな力があるのに、何で好きにさせていたのやら。

「あの、できれば見ないでくれませんか?」

「無理だ」

 ベルも全裸だった。

「よし」

「いやいや、どこ見て“よし”っていっているんですか!」

 リーダーとして確認させてもらったが、乱暴はされていない。お兄さん安心です。

 ベルの拘束を解くと、またもタイミング良く衣服が投げ寄こされる。

 ナナッシーは、もう着替えてフル装備になっていた。牢の隅には、冒険者から奪った装備品の山がある。

 そこに、見慣れた手甲と白い戦闘装束、ビキニアーマーも。

「ベル、他の皆は?」

「獣人の方は奥に………………お兄さん、ラナさんは上に連れていかれましたが、会いませんでしたか?」

「まだだ」

 ナナッシーは奥に行き、自分のパーティメンバーの様子を見に行く。

 ここの牢はレムリアと違い、奥が見通せないほど深い。よく見れば、牢全てに何かしらの骨が散らばっていた。

「ベル、状況の説明を頼む」

 ラナの事は気になる。だが、少しでも情報を得ないと。

「あたしとラナさんは、転移した先で敵に囲まれて。奮闘したのですが、リズが急に引っ込んじゃって、それであたしが足を引っ張り、捕まっちゃいました。申し訳ないです」

「エアは知らないか?」

「分からないです」

「なるほど、シュナと親父さんが外にいる。無事で―――――おいナナッシー」

 チビホーンズを呼び止める。

 こいつ、新しい返り血を浴びて戻ってきたぞ。

「異邦人、アーケインは無事?」

「その血は誰の物だ?」

「カキュア。いたぶられて、もう助からないから楽にした」

 仲間の獣人の血か。そりゃ正しいけど。

 ………駄目だ。こいつらのパーティの問題だ。後味悪いが、僕には関係ない。

「え、そんな」

 青ざめたベルを慰めようとし、血塗れの手でそんな事はできないと止める。

「ナナッシー、アーケインは城の外で寝てる。無事だ」

 たぶん。

「僕からお前に頼みがある」

「分かった。その娘を護衛して安全な場所に移動する」

 やけに物分かりが良い。

「借りは必ず返す。アーケインがいつもいっている。助かった。ありがとうございました」

 気持ち悪いくらい素直だ。

 気持ち悪い。

「ベル。信用できないかもしれないが、こいつと逃げてくれ」

「はい、ごめんなさい。全然役に立たなくて」

 ベルの手は震えていた。

 僕の方こそすまない。こんな怖い目に合わせて。

「異邦人、お前はどうする?」

 ナナッシーは愚問吐く。

「他の仲間を助ける。ついでにホーンズを皆殺しにしてくる」

「あの、本当にお兄さんですよね?」

 ベルの質問はごもっともだ。

 今の僕は、酷い姿だと思う。

「角は見えるか?」

 髪を搔き上げて額をさらす。また生えているかも。確認したくても自分では分からないのだ。

「いえ何も」

「良かった。なら僕はまだ人間だ」

 ベルは、ナナッシーからロングソードを受け取る。今の彼女には扱いが難しい得物。これは、アーヴィンの形見だ。

「ベル、一つ頼まれてくれるか?」

「何ですか? 出来る事なら何でもしますよ!」

 無力感に負けない気丈な娘である。

 だからこそ、こんな事を頼める。

「僕がもし、一人で戻って、ホーンズと同じ角を持っていて、尚且つ正気を失っていたら、その剣で殺してくれ」

 酷な頼みだ。

 でも、ここまで戒めれば僕は角など生やさない。自分を手放さない。仮にラナがどんな目に合っていたとしても、この願いがあれば正気を保てる。

 僕は一人の人間である前に、リーダーなのだ。他人の人生を背負っている。責任を持って生きているメンバーを上に戻さないといけない。狂うなら、その後で良い。

 ベルのおかげで、それを思い出せた。

 僕は人間だ。人間であろうとする限り、獣じゃない。

「はい、分かりました」

 迷いのない返事である。

 流石、僕のパーティメンバー。

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