<第四章:復讐の心は地獄のように胸に燃え> 【01】


【01】


 ホーンズの居城は、僕の想像通りレムリアの居城と同じ位置にあった。

 位置だけでなく、古くてかび臭く頑強な外観も同じ。

 唯一違うのは、掲げられたバナーだ。

 朽ちかけて見難いが、樹を背にした本を持った乙女? が描かれている。僕の脳内には該当する知識はない。もしや、ベリアーレのバナーか?

『如何にも、ベリアーレのバナーである』

 僕の肩に立つ糸人形が答える。

 大きさ10㎝ほどの麻糸で作られた人形。不思議な力で直立して、かの魔法使いの言葉を伝達している。

 組合長も似たような魔法を使っていたが、あれよりコンパクトかつ音声もクリアだ。

『ベリアーレは民による選定で王を決めていた。王が変わればバナーも変わる。この旗は、ベリアーレ最後の王。ラーズ・エイラ・ムル・ウルフェリアのバナーだ』

 え………………ラーズ? 

 うちのゴーレムと同じ名前だぞ。そういえば、元々はギャストルフォの末裔であるフレイが召喚して付けた名前。この階層と因果関係があるのか?

『乙女の名は、ラーズが語らなかった故、由来は知れぬ。背にした樹は、今は亡き水奉神樹。またの名を、水明のミドラース。乙女の手にした本については諸説あるが、異邦より来た魔本との説が濃い』

「ご高説ありがたいが、準備は?」

『そなた待ちであるぞ』

「なら始めてくれ」

 糸人形が僕の襟首に隠れる。

「おい、嘘だろ」

 街の反対側で雷雲が発生した。一瞬に、広大に、都市半分飲み込むほどの規模で。

 同時に落雷による絨毯爆撃が始まる。

 激しい光と破裂音、雷に撃たれた建物が豆腐のように砕け散る。あまりの衝撃に、遠く離れた僕の所まで重低音が響く。

 滅茶苦茶だ。

 ほぼ一瞬で街半分を壊滅させたぞ。まるで気象変動兵器。色々な魔法は見てきたつもりだが、ここまでモノとは。

 ラナやフレイが可愛く見えるレベルだ。

 流石、大魔術師といいたいが、

「仲間の場所は分かってないのだぞ?! 巻き込んだらどうするんだ!」

『いっておくが陽動であるぞ? 見た目は派手だが建造物の上部しか破壊できぬ。それに自然現象を再現するなど、本来の魔法では初歩の初歩。下の下である。本当に破壊だけを望むなら、階層全てを破壊する事は容易い。問題はそれで――――――』

 問題ないようなら安心しておく。老人の話は長いので、事を進めた。

 居城からホーンズの集団が出て来る。

 七組のパーティ。人数は、ざっと数えて40人近く。集団は魔法の破壊箇所に向かって急いて駆けて行く。通り過ぎるのを待って、僕は別の角に隠れたアーケインにペンライトを向ける。

 ライトを点滅させて合図を送った。

 打ち合わせでは、出来るだけ弱々しく、惨めったらしく、残ったホーンズが警戒しないよう頼んだ。実際、弱った方が良いと思い腹に思いっ切り膝を入れた。

 本当にダメージが残っているらしく。弱々しい足取りで彼は居城に向かう。

「ガルヴィング、用意を」

『少し待て接敵した。………ほう』

「“ほう”じゃねーよ。早くしないと………」

 まあ、別に良いか?

 襟首の人形越しに、剣戟の音が聞こえる。剣二本、いや三本の剣戟。ガルヴィングの奴、剣なんて持っていたのか?

『あんな間抜けな冒険者といえど、我の仲間の血縁だ。殺すわけには行かぬ、よし起動させたぞ』

「了解」

 自然と舌打ちしてしまう。起動したのは、僕らを分断した転移トラップ。

 仕掛けの触媒は、石畳の下に仕込まれた小さいコインのような金属。ミスラニカ金貨と似たような物。

 これをガルヴィングに仕掛け直させて、アーケインに持たせた。

 そして今、ガルヴィングによって転移が発動し。

「おお、あんな高さから」

 亡霊都市上部、80メートルくらいの高さから“アーケインごと”あいつの周囲にいたホーンズが落ちてくる。

 助けるといった手前、でも助ける必要あるか?

『生かしておくと後々便利であるぞ。英雄見習いといえば、そこそこの家柄である。そなたに行った事を脅しに金銭や財産。一族恒久的な脅しの口止め料金を、うむ殺害される可能性もあるか』

「さいですか、アガチオン~」

 僕の声はやる気なしだが、魔剣は疾く飛ぶ。

 ギェー! と鳴くアーケインの腹を横殴りに引っ掛けて助けた。

 ギュエ! っと一際大きい声。大分雑で痛そうな助け方。下手したら内臓を吐き出すレベルである。愛用の魔剣は、僕の心を大変よく理解している。

 不意打ちは成功した。

 ホーンズ達が、続々と落下して体液や骨を散らす。

「ひい、ふう、みい」

 落下したホーンズは、全部15体。中々の収穫。

 しかも全部、手足が折れて行動不能。

 撒き餌が、仕掛けを用意して戻って来るとは思っていなかったようだ。実に傲慢で人間らしい怠慢である。

 メイスの綱を引く。槌頭が唸りを上げて回転を始めた。

 赤く光る角は、残り五本。

「ふッ!」

 近くに転がるホーンズを磨り潰した。上半身そのものがなくなる。

 ホーンズが痛みと、仲間の死に鳴く。こいつらの言語は異質で全く聞き取れない。異邦人にも効いた翻訳魔法が機能しないとは、言語のように聞こえる鳴き声の類なのか。

 非常に、不愉快だ。

 だから、なるべく一撃一殺で倒す。

 再生前に八体を潰す。

 再生途中を五体。

 再生が間に合い襲って来る一体を城に向かって打ち上げ、最後の一体を回転力の弱まったメイスで叩き潰し、床に擦りつけ引き延ばす。

「お………………お前、お前は、何なんだ?」

「冒険者だ」

 何故か震えているアーケイン。

 知った事ではない。

「僕は今から城に侵入する。邪魔だから他所に行ってくれ」

「ふざけるな! オレの仲間が!」

 面倒なので、アーケインの腹をメイスで小突く。軽く打ったつもりだが、サッカーボールのように飛んで転がった。

 あ、死んだ? ちっ、少し動いている。大丈夫そうだな。

「お前の仲間も僕が助けてやる。………生きていたならな」

 独り言ちる。

 上着のポケットを確認。角の一本が、もう半分ほど消失して消耗していた。

 15体で角半分。今の一方的な戦いでダメージなしで、半分。

 メイスを振るって分かった事がある。

 この大得物。攻撃するだけで体のどこかを痛める。スタミナの消費も半端ない。一振りする度、再生点を消費する。不用意に使えば全身の筋肉が痛む。それが余計に再生点の消費を促す。

 しかも、角を使用しているせいか普段の再生と違い激痛が走る。

 痛みと血。生と死。血と泥に塗れた戦い。

 ああ、何だ。別に、

『そなた“いつも通り”とは、大概であるな』

「楽な戦いなんて一度もなかったからな」

 襟首から、人形が首を出す気配。

「陽動は問題ないのか?」

『ないである。こちらに来たホーンズは粗方無力化した。後は、先ほどから――――――これはまあ、良いだろ』

 無視して進む。

 城の真っ正面から乗り込んだ。

 降りた跳ね橋を通り、開けっ放しの狭い城門を潜る。何度か忍び込んだ事もある勝手知ったる城だ。

 ガルヴィングの陽動と、アーケインのトラップに巻き込まれ人影はない。が、奥から集団の気配が近づく。重装備のガチャガチャした音。重たらしい武器の響き。

 天井は高いが、この城の玄関は狭い。

 十畳、18平方メートル程度。城というより大きな民家程度の広さ。

 しかも通路からは死角になっており、柱などの遮蔽物がないと来ている。待ち伏せには格好の場所。

 先に展開していれば、であるが。

 アガチオンを壁に突き刺し、駆けて、足場にして跳ぶ。タイミングはバッチリだった。

 曲がり角からの出会い頭。先頭の重装備二体を脳天から叩き潰す。

 大盾も鎧も、圧倒的な重量の前には紙みたいなもの。槌頭を回転させ続くパーティを巻き込んだ。通路に逃げようとしても遅い。

 突き出すだけで、ミンチに出来る。

 七体を屠り。返り血を浴び。

「アガチオン」

 魔剣を呼び寄せ盾に。思っていたよりも早い。

 通路の先。隊列を組んでクロスボウを構える一団が見えた。

 号令手もなしに一斉発射。

「阻め」

 AKの7.62mm弾を防ぐ魔剣の鞘だ。クロスボウのボルト如きでは、かすり傷も付かない。

 魔剣を回転させ防ぎつつ、メイスを引きずり走る。

 むせ返るほど血の臭い。不思議と、生物らしい臓物の糞尿臭はしない。そういえば、これだけミンチにしてバラ撒いているのに、胃の内容物が見当たらない。

 エヴェッタさんは良く食べるのに、こいつらは飲まず食わずでも生きれるのか?

『ホーンズは、基本飲食なしで無限に生きる不死性を持っている。ダンジョンの中であればな』

「外に出れば?」

『普通の人と同じである』

 なるほど、こいつらは完全にエヴェッタさんと違う。微かにこびりついていた迷いは完全に消えた。

 裂帛の気合でメイスを振るう。一振りで、クロスボウの一団を磨り潰した。

 弱い。手応えがない。

 囮だ。

 通路脇に潜んでいた密偵風のホーンズに襲われる。

 二本のナイフで右肩と肘を切り裂かれた。筋を切断され、僕はメイスを床に落とす。更に伏兵がいた。背後と正面に一体ずつ、槍を持ったホーンズ。

 左手で密偵の顔面を掴んだ。ナイフを振り上げるが構わず、振り回す。肉の鈍器で迫る槍を弾き、後方のホーンズに投げつけた。

「アガチオン!」

 魔剣が、折り重なったホーンズを串刺しに。

 刀を抜こうとするが遅い。正面のホーンズにロングソードで胸を貫かれた。冷たい刃が肺に入り込み抉る。

 口に溢れた血を飲み込み、ホーンズの体を抱きしめた。細い女の体だ。渾身の力を込めると背骨はへし折れた。だが、すぐ再生し暴れ抵抗する。

 鼻先にホーンズの角があった。

 思い立って即行動に移す。大口を開けて角を噛み砕く。

「ギャァァァァァァァァ!」

 耳をつんざく奇声が上がる。解放するとホーンズは床を転がり回る。胸から引き抜いたロングソードで首をはねた。

「うっ………ガハッ、ガハッッ」

 自分の血で咽た。吐血しながらメイスを拾い上げ、魔剣に止められた二体の頭を潰す。

 警戒するが、ひとまず敵影と気配はなし。

 熱い。

 腕が、胸が、焼けるように熱い。重傷を、再生点が、いやホーンズの角が癒す。吐くような痛みだ。ここが敵地でなく。僕がもう少し女々しかったら、泣き叫んでいただろう。

『分かっているだろうが、増援であるぞ』

「分かってるさ」

 足音は捉えていた。

 血反吐を吐き捨て、敵の増援を睨み付ける。

 団体だった。30以上はいる。

 そりゃここは敵の本拠地だ。陽動しようが、不意を打とうが、居る者は居るか。

 角は残り二本。

 これで――――――いや、今から沢山来る。

 簡単な事じゃないか。こいつらを殺す端から、角を再生点で取り込めば良い。そうすれば僕は無限に戦える。永遠と生死を繰り返せる。命を食らう化け物のように。

「ハハッ」

 まるでここは、地獄の底だ。

 でも仕方ないよな。お前らがいけないのだ。僕の大事な女を傷付けた。彼女の最後の冒険を邪魔した。許せない事だ。これを許したら、僕は僕を殺してしまう。

 残らず復讐してやる。

 目に入る数多を倒す。

 手の届く全てを殺す。

 那由他の命を食らってやる。


「来いッ! ホーンズッッ!」


 本当に今日は、地獄のような復讐日和だ。

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