<第四章:復讐の心は地獄のように胸に燃え>
<第四章:復讐の心は地獄のように胸に燃え>
「………………ここは?」
「まだ寝ていてください」
起きようとするエヴェッタさんの肩を掴み、ベッドに押さえつけた。弱った体で無茶をされても困るから、強めの力で無理矢理に。
微妙に抵抗されたが、納得してくれる。
「では、お言葉に甘えて。安全という事で良いのでしょうか?」
「良いですよ」
ここは宿の一室。全体的に傷んで朽ちかけの廃墟の有り様。ギャストルフォの拠点ではないが、ガルヴィング曰く安全らしい。
「あの後、一体何が?」
「連中、内輪揉めを始めて、その隙にエヴェッタさんを担いで逃げました」
「内輪揉め、ですか。確かにホーンズの動きにおかしな所がありました。その影響かもしれません。捕らえた冒険者を罠に使うなど、初めての事です」
僕は初めて、エヴェッタさんに嘘を吐いた。
これは、ガルヴィングの協力条件の一つだ。
時間は少し戻り、戦闘後の話。
「人の真贋は肩書ではない行動ぞ、若者よ」
「あの、おいくつですか?」
本物なら、千年は昔の人間になる。
「はて、いくつだったかの? 自慢にならない年齢ではあるな」
こいつ、ボケてないだろうな?
「ワーグレアスのように呆けて忘れる事が出来たなら、ロブや我の人生は、もう少し楽であったものだろうに」
「あの」
ちょくちょく心読まれてないか?
「若者よ、根は単純であるが奥底に………」
女の裸が見たい。
女の裸が見たい。
女の裸が見たい。
「これこれ、欲望を全面に出して心を隠すな」
「いや、心読まれるとか気持ち悪くて」
「といっても我が読めるのは表層だけだ。若者が巨乳好きのようでいて、実際の所、触らせてくれる胸であれば全て愛すと決意しているような。意外と幼―――――」
「おい」
人の性癖を読むな、大魔術師様。
「さて戦利品を選定するかの」
話を逸らす形で、ガルヴィングはホーンズの死体を漁る。杖の先で腑分けして、ある物を僕の足元に次々と弾き飛ばす。
それは、ホーンズの角だった。
色サイズはまちまちであるが、基本的な形状は同じ。ゆるく反った笛に出来そうな角。一般的な生物の角と違い。人工物のような直線を捩じって創られた角。
単品だけを改めて見ると、まるで々の尖塔をミニチュアにしたような角だ。
このダンジョンの全貌は分からないが、あくまで感覚的な意味で。
「正解であるぞ、若者よ。この角は、々の尖塔そのものといってよい」
「は?」
「過去、我はこれの培養を試した事がある。ミテラに焼き尽くされなかったら、さぞかし大きく成長しただろう。あれは実に残念な結果だ」
「成長って、この角が?」
それじゃまるで――――――
「人体に寄生する菌類か? 言いえて妙である。ただし、この数え切れないほどの文明を丸々内包するダンジョンに育つには、我とて手段も、方法も、仕組みも思い浮かばない。それは果たして、この世界全てで足りるモノなのか? 世界の外から持ってくる膨大な魔素が必要なのか? そも、々の尖塔は何処から創られたモノなのか? 人知が届き得る奇跡なのか? 我が永遠の命題の一つである」
僕は、角の一つを手に取った。ツルンとした手触りは翔光石と似ている。しかし、指で弾いても発熱現象は起こらない。
大した物には見えないが、大した物なのだろうな。
「大した物ではない。それを成長させる方法は大した物であるが」
「そうですか」
話が早くて良いですね。単純に、今必要な事を知りたい。
「我が神否の法魔。再生点ウロヴァルスの強化に使える」
再生点ウロヴァルス?
再生点は、確か………ティウロス・メア・リヴァイウスでは?
「リヴァイウスとな。ほう、ティウロス・メア、ティウロスメア。『探究の真理を隠す故、この奇跡を曲がりなりにも唱える』か。組合も回りくどい言葉を食むな」
「何の事ですか?」
魔法使いさっぱり分からん。
「そなたも使える魔法。イゾラ・ロメア・ワイルドハント。ほほう、これは中々面白い。うむ、このロメアとは、魔法の製作者を意味する。メイドイン・ジャパンと同じであるな」
「は、はあ」
何か知識吸収されてないか?
「さて置こう。………………砕け散っていない角は、ふむ五本か。つまり五回分、そなたは死を乗り越える事ができる。といっても、生体を離れた角は加工せんと一日しか持たぬ。仲間を救出するのなら早く使うのだ」
そうだ。
戦いの後とはいえ、一瞬でも仲間を忘れていた事に総毛立つ。
「手助けありがとうございます! 僕はこれで!」
角を上着のポケットにしまい。急いで得物を回収、エヴェッタさんを抱き上げ。メイスは引きずるとして、安全な拠点に彼女を隠さないと。
「まてまて、待たぬか」
「すみません。お礼は後日で良いですか? というか生き延びたらで」
走り出そうとして、
「これ」
杖で膝の裏側を突かれ、こけた。
「いっだ!」
エヴェッタさんを落としかけたぞ。
「だから待たぬか。この只の魔法使いが、更に手助けしてやろう」
「え、申し訳ないです」
後、信用できない。何か胡散臭いし。
「冒険者らしく交換条件を出そう。ならば信用できよう?」
「条件次第では」
内容によるけど。
「よろしい。実に現金で冒険者であるな。条件は二つ。そなたには、ホーンズの居城に乗り込み。我が秘宝【魔笛】の奪還を頼みたい」
「魔笛、とは?」
「古いホーンズの角で作った呪具である。それさえ取り戻せば、階層内の安全は約束しよう」
怪しい。
「そなたの仲間達は、ホーンズの居城に捕らえられている」
「なっ!」
驚きに声を上げてしまう。
「奴らの捜索が続いている為、全員ではないようだが」
「無事なんでしょうか?!」
嫌な想像が脳裏によぎる。先の戦いでホーンズの悪質さは体感できた。
それが捕らえた人間に何をするのか………………吐き気のする事案だろう。
「そこまでは分からぬ。しかし、ついでと魔笛を回収するよう頼むぞ」
「はい」
まあ、タイミングが合えば。ついで程度に覚えておく。
「そこは仕方ないか。我も冒険の仲間は大事である。あれは何者にも代えがたい関係だ。何百年過ぎようが濃く脳にこびりついて離れぬ」
うむ、仲間は大事だ。家族で仲間なら倍大事。
それと、この魔法使いやっぱり信用できない。
「そしてもう一つ、我の存在を隠せ」
「隠す?」
怪しさが頂点に達した。
「陽動の為、少し派手な魔法を用いる。我とてしばらく動けぬ故な。そなたが我を信用していないように、我もそなたを信用はしていない。情報が複数に漏れれば、我の脅威も上がるのだ」
正論だ。
だが、詐欺師ほど聞こえの良い正論を唱える。
「だが、若者よ。他に手段はあるのか?」
「ないですね」
ホーンズに仲間が捕らえられているのなら、助けるしかない。何をしても、何を頼っても、何を利用しても。一刻も早く。
「ガルヴィング様、僕からも一つ提案が」
「“様”は良いぞ。敬愛なき敬称は、ただの嫌味である」
「ではガルヴィング。魔法を一つお願いします」
後はエヴェッタさんを安全な場所に隠し、今に至る。
「エヴェッタさん、僕は今から仲間の救出に行きます。あなたには協力を頼みたいが、その体では無理だ」
慰めにしては厳しい言葉。
が、こうでもいわないと彼女は這ってでも付いてくる。
「いえ、遅れるかもしれませんが合流します」
「それは………」
休ませる前に彼女の体を調べた。
再生しつつあるが、脚はズタズタ。脊椎をやられ、立ち上がる事もできないだろう。
「ソーヤ、もう少し近くに」
「え?」
手招きされたので近くに寄る。
「帽子とメガネはどうしましたか?」
「ああ、どうにも落としたようで」
落下中、トップハットとメガネを落としたようだ。おかげで雪風と連絡が取れない。
「目をつぶって」
「え………………はい」
髪を撫でられ、心地よさに目を閉じた。衣擦れの音が妙にドキドキする。エヴェッタさんの体温と吐息を額で感じ、
「痛いですよ」
痛い? という言葉に疑問を感じた。
ゴリッ、と頭蓋骨が鳴る。
「ぎゃ――――――――」
全身を駆け抜ける激痛にもんどり打つ。
潜伏中という事を思い出して、ギリギリ自分の口を塞ぐ事が出来た。だが痛みは治まらず、血が出るまで腕を噛みしめる。男のプライドで何とか悲鳴に耐えた。死ぬような痛み。いいや、さっきの死にかけた痛みより激しい。神経という神経を針で突かれるような痛み。
とうとう脳が処理できなくなり、僕は気絶した。
………………………………気が付くと、エヴェッタさんは何かを食べている。食欲があるのは良い事だが。
「やはり、普段良い物を食べていると違いますね」
カリカリ、飴を砕いて食べるような音。
「一体何が?」
僕を襲った痛みはなんだ?
「ソーヤ、血はすぐ止まります。これで押さえて」
布を渡され、促されるまま自分の額に当てる。右眉の上辺りにごっそりとした“何か”の喪失感。じゅくりとした液体の感触。
「あなたに生えていた角を食べました。これで初期のホーンズ化は防げるはずです。良かった」
「嘘だろ」
僕は角が生えていたのか? 自分では一切気付かなかった。鏡も見たはずなのに認識からズレていたのか?
「うわっ」
もう少しで、あいつらと同じになっていた。
そう思うと背筋が凍る。
「あなたは冒険者の禁忌に踏み込み、戻ってきた。わたしが、いえ組合長が、いつか全てを話してくれるでしょう。でも今は、仲間を救う為に動きなさい。わたしも回復次第すぐ追いつきます」
僕の角で彼女の体が治るのなら本望だが、ホーンズとは何なのだ?
「判断を鈍らせる疑問は、今は捨てなさい。あなたの事です。仲間を助ける手段や、作戦はあるのでしょ?」
「あります。安心してください、エヴェッタさん」
今一信用できない魔法使い頼みだが。
「はい、安心します。それと、ごめんなさい。頼りない担当で」
「そんな事はないです。あなたがいなかったら僕は死んでいた」
「………………ごめんなさい」
彼女が何故、深く詫びたのか。僕には分からない。
帽子とメガネは失ったが、他の装備は十分だ。魔剣、魔刀、名剣、隠し手のカランビット後――――――
「ではちょっと、連中の居城に乗り込んで仲間を救出してきます。エヴェッタさん、これ借りますね」
「どうぞ、でも一点物なので必ず返し………いえ、取りに行きます」
彼女のメイスを担ぐ。
重さで床が軋み、体に軽い痛みが走る。上着の内ポケットを覗くと、角が怪しく輝いていた。真意や、真理など知った事か。冒険者らしく利用できるものは何でも使う。それだけだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。ご武運を」
と、勇んで乗り込む前に一つ寄る所が。
その拠点の入り口を蹴破ると、自殺しそうな顔の英雄見習いがいた。
まあ、多少の恥は持っているようだ。それだけでも、前に会った英雄様よりマシか。
「お前、生き延びたら何でもするっていったよな?」
「お、おう」
すくみながらも、そう答える。なら良し。
「やってもらいたい事がある」
僕は、連中のように人を食った笑みを浮かべた。
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