<第三章:亡霊都市ウロヴァルス> 【03】


【03】


 至る所にモンスターが潜んでいた。

 都市の中心に近づけば近づくほど、遭遇が増え戦いとなる。

 彼女の宣言通り、一通りの敵と連戦した。

 角付きである事を除けば、全て戦った事のあるモンスターだ。攻撃、防御、速度と変わりはなし。無意味に生態系の習性まで持ち、同じ戦略で攻略できる。

 問題は、角付きたるホーンズ化したモンスターの特徴。

 再生力だ。

 手足が千切れてもすぐ生え変わり、一度や二度の急所破壊などものともしない。磨り潰すか、バラバラに解体するまで死にはしない。

 とにかくタフで、首だけになっても襲って来る。

 まるで、同じ冒険者と殺し合いをしているような。そんな厄介な敵。

 これまでのモンスターを倒す労力を『1』とするなら、ホーンズは『5』だろう。体格の大きいモンスター相手では『10』や『20』の労力である。

 勝手が違うとミスが起こる。

 疲労が重なると思考は鈍る。

 ミスった後はお説教である。

 これも宣言通り、エヴェッタさんは沢山ダメ出しをした。戦闘後の合間、丁寧に丁重にグサリと来るダメ出しを。


 まずはラナ。

 彼女は、無数の触手を持つモンスターと真っ正面から殴り合い。動画で残して置きたい偉い目に合う寸前だった。

「奥様、あなたは拳の次打を意識し過ぎている。一撃で決めてください。最低でも最悪でも、一撃で敵を無力化する事。数や連打で威力を埋めるのは、軟弱な戦術です。グラッドヴェイン様の眷属には相応しくない戦い方かと」

「………………はい」

 ラナが苦渋の顔で頷く。


 次はシュナ。

 彼は、両断した羽蛇に噛まれ麻痺毒をくらった。リズの魔法で簡単に浄化できたが、ミスはミスである。

「シュナさん、あなたは格好付けすぎです。モンスターを斬った瞬間、自分に酔っていますね。それが隙を生んでいる。視界を狭くしている。大きくものを見てください。モノの見方が低いと身長も伸びませんよ」

「………………はい」

 シュナが茫然自失で頷く。

 グラッドヴェイン様は、褒めて伸ばすタイプなので眷属二人は叱られ慣れていない。


 次はエア。

「妹様、あなたの索敵能力は素晴らしいです。わたし以上か、同等か、今のまま劣化しなければ一線級の能力です。弓の腕も文句ありません。威嚇や注意を逸らす為には、大いに役に立つ」

「ふっふーん、当たり前よ」

 ドヤ顔の妹。二連続でダメ出しだったので上機嫌だ。

「ですが」

 まあ、そうなるよね。

「会話にエルフ特有の傲慢さがにじみ出ています。パーティの事を考えるのなら、身内自慢と自画自賛は少し抑えるように。平時は良くとも、疲労が溜まっている時に気遣いのない言葉は争いの火種になる」

「え………………うん」

 納得いっていないエア。しかし、僕のいいたい事をエヴェッタさんが全部いってくれた。

 他の人も褒めないとな。大事な仲間なんだし。


 リズは揉めた。

「ベルトリーチェさん。あなた本気を出してください。全力で戦ってください。出し惜しみするような相手ではないです。余力を残して死んだのでは、笑い話にもなりませんよ」

「黙れモンスター」

「おまっリズ!」

 何て事をさらりと。

「え、リズ? 登録ではベルトリーチェとなっていますが?」

「あ、エヴェッタさんこれなんですが、彼女は不幸な境遇でして、過酷な幼児体験のせいで人格が二つ存在するのですよ。これはその、性格の悪い方で」

 面倒なので登録上ではベルのままである。

 ムッとしたリズが口を開く。

「ボクは十分、こいつらを助けてやっている。それを貴様のような――――――」

 口に甘味を放り込んで黙らせた。僕秘伝の蜂蜜飴である。

 ベルもそうだったが、こいつもこいつで爆弾娘だな。今更だけど。


 親父さんが、その、可哀想だった。

 珍しく。というか初めて。この階層に来てから良いとこなしだ。

 親父さんの剣技は鋭すぎる。

 切り口が綺麗過ぎて簡単に再生される。故に、決め手を欠いていた。止めは全てエヴェッタさんか、ラナに奪われていた。

「メディム様、はっきりいわせてもらいます。楽を覚えて戦っていますね。リズさんと違って余裕がないのは理解しています。もう、お歳ですしね。

 負担の少ない戦い方を選ぶのは間違ってはいません。仕方ありませんし。

 ですが、冒険は命を削って行うもの。

 今の安酒を水で薄めて飲むような底の浅い戦い方では、あなたより若い者が先に死にますよ。もっと必死になってください。お歳なんですから、別にいつ死んでも後悔はないでしょ? 昔の鬼気迫る剣技を見せてください」

「………………………………」

 やめたげてぇ! 

 親父さんが見た事のない顔で苦しんでいるから! 歳って二回もいわなくても! 本人、結構気にしているんだからさ!

「次はソーヤですが………」

 あ、人の事心配する暇はなくなった。

「問題ないです」

「え?」

『え?』

 意外、問題なし。

 親父さん、エア、シュナ、リズまでもが疑問に声を上げた。

「攻守、索敵、サバイバル能力、全てのバランスが取れている。最悪、誰が欠けても代行として機能できますね。リーダーとしての仕事も怠っていません。少し感情的ですが、傲慢ではない。もちろん十全とはいえません。まだまだ荒はあります。けれども伸び代もある。当初のヘボヘボな姿から、想像もできない驚異的な成長速度です。このまま良い冒険者になってください」

「何かねー身内ビイキな気がするんですけどー」

 エアが文句を、

「だよなー。ソーヤだけないっておかしいよなー」

 シュナまでも、

『………………』

 親父さんとリズは無言、いや親父さんフォローしてくださいよ。

「率直な感想ですけど。別に、これとして他に感情は」

 エヴェッタさんは、悪びれる事もなく素である。

「あなた」

 妬かれたラナに手を握られた。

 いやいや、僕とエヴェッタさんは流石にないから。

 担当と冒険者。

 保護者と子供。

 庇護者と無能。

 そんな関係だ。

 異世界に来た時から、ずっと変わりのない関係。どちらかが死んでも終わらない関連だ。


「さて、一通りのモンスターと戦いましたね」

 大通りは、モンスターの死骸で溢れていた。戦闘後の反省会が終わり、待機から小休止に移行する。パーティは疲れ果てていた。

 この階層で戦闘を開始して、まだ二時間も経過していない。

 普段の敵なら半日ぶっ通しで戦えるのに、手強い。そして、汗一つかいていないエヴェッタさんが凄まじい。僕らの倍は戦っているはずなのに。

「エヴェッタ、この階層の敵は他にどんなモノが?」

 親父さんの質問に、エヴェッタさんは目を鋭くして聞き返す。

「メディム様。これまで倒したモンスターには、どんな特徴がありましたか?」

「それは角があって、再生能力が異常で他に………」

 親父さんは死骸を眺め、ハッと気付く。

「人型がいない」

「その通り。わたしと同型のホーンズとは遭遇していません。では、ここで質問です。冒険者がモンスターと戦う上で、絶対的に有利な点とは何でしょうか? はい、シュナさん」

「え、おれ? ええと、えーと」

 シュナが僕にヘルプの視線を送って来る。

 よし、自分で考えろ。

「剣技? あ、武器を使う」

「惜しいですね。もっと広義的に一言で。はい、妹様」

「モンスターと人間に差なんてないよ。有利不利は、時の運と風の流れ。あるがままの世の理に、なすがままの人の理屈があるだけ」

 狩人らしい深い事をいう妹である。

「それは一つの真理ですが、今の質問の答えではありません。メディム様は………知ってそうなので無視して」

「おい」

 親父さんの抗議も無視して、ラナに。

「奥様、ありますか?」

「ありすぎて全て答える為には二日はかかります」

「魔法使いらしいお言葉です。素晴らしい。では、ソーヤ」

 リズは華麗にスルーされて僕に、

「知恵ですか?」

「はい、その通り」

「一般的なモンスターは習性で動いています。冒険者は知恵で動くものです。知恵で動かず、浅はかな欲望に動かされる者は、ここまで生き残れません。さて………前置きは長くなりましたが、人型ホーンズの話です」

 エヴェッタさんが、何かを察知する。

 彼女の先導で大通りから路地裏に入った。上には偽物の空と雲まで浮かぶ。それを見て、何か、覚えのある既視感が頭をよぎる。

 記憶との関連付けはまだ。

 でも、どこかで体験した事のある悪意。

「皆さん。ここで停止してください。もっと端に寄って」

 指示を受け、壁に背を預けできるだけ小さくなる。ちゃっかりエアが抱き着いてきて、ラナの怒りを買っていた。

 エヴェッタさんは大通りを指す。

 皆、静かに視線を向けると、冒険者の一団が通り過ぎて行った。

 索敵1人。軽装2人。重装1人。魔法使い1人。

 極普通の冒険者のパーティに見えたが、

「連中は知恵を使います。冒険者の装備も、技術も、魔法も、全て奪って扱います」

 全員にエヴェッタさんと似た角が生えていた。

 彼女と違うのは一本角という事と、異様なほどフレンドリーな笑顔を浮かべていた事。

 異様だ。

「あれが」

「はい、人型のホーンズですね。ああやって、冒険者の正面から近づき襲い掛かります」

 悪質な。

 確かに同じ冒険者の姿なら油断はするが、愛想笑いまで覚えているとは。

「この階層は、必ず冒険者組合員を雇って降りないといけません。どんな手練れの冒険者でも隙を突かれ犠牲が出る。冒険者の王とて犠牲を出していますし」

「確かに」

 これまで未知の敵と戦って来たが、今階層の敵は悪質な初見殺しが多い。エヴェッタさんがいなかったら被害が出ていただろう。

「冒険者の犠牲は人型のホーンズを強くします。それこそ際限なく。今はまだ、レムリアの冒険者組合で抑えが出来ていますが、今後何が起こってもおかしくはない。危険な階層なのです」

「エヴェッタさん、疑問が一つ」

「はい何でしょう?」

 前から思っていた事を訪ねてみる。

「モンスターや、人型のホーンズは、ポータルを通れるのですか?」

「良い質問です。しかし、長くなるので休憩を先にしましょう。近くに安全な拠点があります」

「ですね」

 ヘトヘトのシュナに右肩を貸す。

 左肩を姉妹が取り合いして取っ組み合う。彼女らは、まだまだ元気である。

 リズは半分眠っている。これは不味いな、またベルに交代するかもしれない。

 親父さんも額に汗を浮かべていた。年長者のプライドらしく露骨な疲れ顔は見せない。

 静かに移動して、ギャストルフォが残した拠点に向かった。

 入り組んだ路地裏は、時々探索するレムリアの路地裏そのもの。一体どんな技術で、ここまで似せる事が出来るのだろう。

『ソーヤ隊員。この画像をご覧ください』

「ん?」

 雪風がメガネに画像を載せる。

 先程の人型ホーンズの画像。その一人の剣がアップで表示された。

『これは、先日戦ったアーケインなる者の剣です。念の為に付着させたトレーサーの反応もありますから、間違いありません』

「どういう事だ?」

 あいつらは、この階層に潜っていないはずだ。エヴェッタさん曰く、他の組合員を雇う事で揉めて待機中らしい。彼女もいった通り、この階層は組合員を雇わないと潜る事は出来ない。

 それに今現在、この階層にいるパーティは僕らだけだ。

『不明です。トレーサーの反応も急に現れたので、もしかしたら機能障害かもしれません』

 この不確定な情報をエヴェッタさんに伝えるか否か。

「ここです。………おかしいですね、人の気配が」

 迷っていると拠点に到着した。

 半地下にある建物。締め切った扉の片隅に、ギャストルフォの紋章が描かれている。

「エヴェッタ、拠点の位置はホーンズにバレないのか?」

「この紋章は奴らに見えません。再生点の魔法を受けた冒険者にしか、見えないはずです」

 親父さんの疑問に、エヴェッタさんは少し考えながら答えた。

 彼女は、僕らに戦闘準備をを指示すると、武器を構えて扉を開く。

「いよぉ、やっぱりお前らか」

 そこにはアーケインがいた。

「アーケイン様。何を?」

 エヴェッタさんは、武器を構えて聞く。

 様子がおかしい。

 アーケインは、剣も楯も、鎧すら着込んでいなかった。

 着の身着のまま、頭から血を流し座り込んでいる。

 何故ここにいるかはさて置き、僕はパーティに周囲を警戒するよう指示。皆疲れてはいるが、動きに鈍りはない。

 一度戦った相手だ。警戒して損はない。

 まずエヴェッタさんは拠点に入り、僕も後に続く。他の皆は外に待機。

 念の為に天井をチェックしたが、スライムはいなかった。こいつの仲間も見えない。

「アーケイン様、お答えください。返答がないなら、まず無力化してからの―――――」

『ソーヤ隊員、ポータル反応が』

「お兄ちゃん! 何か仕掛けが!」

 雪風と、外の妹から警告。

「ナナッシーとカキュアが人質になってさ。生き残ったら、何でも補償してやるよ」

 自暴自棄なアーケインの口調。

 戦慄が走る。

「転移トラップです! 散開してください!」

 エヴェッタさんの判断は間違っていなかった。だが、僕らがこの一帯に侵入した時点で逃げようがなかった。

 僕は咄嗟に、雪風をエアに向かって放り投げる。

 罠は、まず外の皆から転移させた。足元に発生したポータルに落ちるように消える。

 完全に個別ではなく。近くに居た者同士がセットで光に沈む。

 ラナとリズ。

 シュナと親父さん。

 エアは一人だが、雪風が共に。

「アーケイン!」

 怒声に刀を抜くが、エヴェッタさんに抱き止められ、光に落ちる。

 悪りぃな、と疲れた声が響く。


 落ちた先で待っていたのは、地獄だった。

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