<第三章:亡霊都市ウロヴァルス> 【02】


【02】


【173rd day】


 四十階層。

 そのダンジョンとは思えない広大な空間には、都市が丸々収まっていた。

 外壁の代わりに、石壁で囲まれた街。景観はレムリアに似ていて、路地裏を覗くとダンジョンである事を忘れてしまう。

 空のように高い天井には、太陽のような偽の明かり。

 心地よい春の風が吹き。

 耳を澄ますと、遠くに人の活気が聞こえる。

 まるで亡霊の囁きのように。

 500年前。レムリアの土地には、ベリアーレという国があった。

 竜の国が大陸に存在していた時代。今よりも発達した文明と、今尚レムリアに残る設備を作り上げた。ドワーフが一目置く技術者を有した国。

 僕の自宅の地下には、彼らの技の粋が残り、広がっている。


『我々は獣に滅ぼされるのではない。自らの愚かさで滅びるのだ』


 そんな言葉を残し、突如滅びた国。

「この都市ウロヴァルスは、かつて存在していたベリアーレの姿だそうです。どういった技術で、この階層に移植されたのかは不明ですが、々の尖塔の記録や、この階層に残る遺留物を調べた結果。まず間違いないそうです」

 エヴェッタさんの説明を聞いて、隣のシュナのケツを叩いた。

「いって!」

「おいシュナ。見とれてヘマするなよ」

「し、しねーよ! ソーヤ、お前だって見とれてただろ?!」

「当たり前だろ! だが戦闘力は変わらんぞ! むしろ上がるわ!」

「いや、おれも、そんな裸くらいで剣の腕は鈍らないけどよォ」

 ぶつくさ文句いうシュナの視線先。

 そこには、エヴェッタさんの桃尻があった。スレンダーな体系に反して、お尻は少しムチっとしていて女性的で素晴らしい。

 何といいますか。

 彼女の冒険装束は、極小の黒いマイクロビキニと、背中と腰しか隠れていない短いマント。足と脛に鎧を着けているが、他は防御力皆無である。

 実は、別におかしな恰好ではない。

 異世界の前衛を務める女性は大体露出が多い。下手な鎧を着込むより、動きやすさ優先する傾向が強い事と。グラッドヴェイン様を代表格として、世に名を残す女戦士の多くが、露出多めという歴史があるからだ。

 素晴らしい伝統である。

 つまり、時々ビキニアーマーのパンツ部分が見えるラナなど厚着の方である。もっと脱いでも良い。リズは、まあ鎧は元々アーヴィンの物だし関係なし。

 ザ・女戦士の格好であるエヴェッタさんの尻を、シュナと一緒にガン見していると、女性陣から白い目で見られてしまった。

 伝統を眺めているだけなのに。

 しかしまあ、エヴェッタさんの担いでいる得物は、僕とシュナの好色な目が冷める代物。

 ひし形の巨大なメイス。

 小柄な人間なら、一撃で跡形もなく潰せるサイズ。当然、重量はとんでもないだろう。恐ろしいのはそれだけではない。槌頭の全体に、おろし金のような凹凸が作られている。

 一つ分からないのが、このメイスには金属製の綱が巻き付いていた。

 投げて、引き寄せるにしては長さが足りない。

 振り回したり、絞め殺したりするのだろうか? 一般的な武器でない為、謎である。

「この階層は、あなた達が以前踏破した大白骨の階層と似た構造です」

 好奇な視線を無視して、エヴェッタさんは説明を続ける。

 現在。

 彼女を先頭に、レムリアでいうダンジョンに続く目抜き通りを進んでいる。ただ、この亡霊都市には、レムリアと決定的に違う所があった。

 々の尖塔が存在しない事だ。

「四十階層から、四十五階層までの、明確な階層の区切りは存在しません」

「どこかに大穴でも開いていて吹き抜け構造にでも?」

 尻ばかり見ていても始まらないので、質問した。

「いえ、都市の番人を討伐すると、四十五階層までのポータルが出現するのです」

「ああ、狂宴のアレと同じですか」

 狂宴の魔術師ワーグレアス。

 あの、ふざけたゆるキャラまた出てこないだろうな? あいつ自身は別にどうでも良いのだが、あれをボコボコにするラナが前に夢に出た。

 深い意味のある夢じゃないといいけど。

「番人を出現させる方法は少し―――――――」

 エヴェッタさんは、ハンドサインでパーティ全体に止まるよう指示。

 パーティの陣形は、エヴェッタさんを正面に。その背後に僕とシュナが並ぶ。

 それに続いて、リズとラナの防御と火力コンビ。

 背後の警戒はエア。防御は親父さん任せ。

 臨時加入であるが、今回はエヴェッタさんがリーダーのようなもの。

 パーティの皆には従うよう命令を出した。皆素直に了解してくれたけど、一つだけ伝えていない事がある。

 エヴェッタさんの寿命の事だ。

 パーティメンバーは、親父さん以外、実力にムラっ気はあるものの冒険者として玄人のレベル。変な気遣いで動きが鈍るわけではない。これは僕の我がままである。

 エヴェッタさんの最後の冒険を、つまらない気遣いや同情で汚したくない。

「一体、正面から来ます。後方にも一体」

 エヴェッタさんの索敵通り、雪風も敵接近のアラートを鳴らす。

 地鳴りと共に、路地裏から這い出てくる巨大な影。

 前後から同時、パーティを挟む形。

 敵は、懐かしのダンジョン豚。ただ、過去に遭遇した個体と違う特徴を持っている。

 額部分に角が生えていた。エヴェッタさんや、ナナッシーと同じような角を。

「正面はお任せを」

 前の豚は、エヴェッタさんが。

「後ろは俺が殺る。エア姫、目を射抜けるか?」

「余裕よ」

 後ろの豚は、親父さんとエアが。

 大きさと凶暴性は変わらず、涎と鳴き声をまき散らし巨大な豚が駆けてくる。

 強くなった僕らでも、これを正面から相手するのは骨だ。フェイントや、囮で、背後を突くのが定石である。

 が、

 エヴェッタさんは真っ正面を行く。

 軽く肩を回しながら、メイスの重量を感じさせない踊るようなステップで体を弾ませ。

 霞むような速度で駆けた。

 豚との距離は一瞬でゼロに。

 空気の爆ぜる音。肉が破裂して骨が粉砕される音。残ったのは、低い体勢でメイスを振り上げたエヴェッタさんの姿。

 4メートルあるダンジョン豚は、バラバラになりながら遠くに飛んで行く。

 ホームランだ。

 前は片付いた。視線を背後に向ける。

 丁度、エアがコンパウンドボウで矢を放つ所。同時に放たれた二矢が、吸い込まれるようにダンジョン豚の目を射抜く。

 悲鳴を上げ、バランスを崩し転がる巨体は、親父さんの前に転がった。

 短い吐息の刹那。

 抜刀の閃きが豚の頭を両断する。

 刀が鞘に収まると、どろりと豚の脳がこぼれ落ちる。

 断末魔すらない密やかな一撃。あれでは死んだ事すら気付かないだろう。

 流石親父さん、お見事。

 エヴェッタさんも流石だ。単純な膂力だけなら、アシュタリア陛下と同じか。もしくは以上。人知を超えるレベルである。

 戦闘後の索敵。

 他に敵影なし。雪風からの情報も、

『ソーヤ隊員』

「ん?」

 いや、何かあるようだ。

『メディム様が討伐したモンスターを調べてください。妙な反応が』

「了解だ。親父さ―――――」

 声をかけようとしたら、メイスを振り上げたエヴェッタさんが見えた。

 一瞬、親父さんに襲いかかるのかと錯覚してしまう。

 当たり前だが違う。

 メイスはぐちゃりと豚の死骸に――――――いや、立ち上がろうとした豚に落とされる。

「メディム様。わたしが、あなたに教えるなど不思議な事ですが、これは」

 彼女はメイスの綱を引く。それが何の為にあるのか理解した。

 メイスは、槌頭が回る構造らしく。綱を引くことでドリルのような高速回転を行う。

 めり込んだ状態で回転が起これば、

「急所を粉々にしないと再生します」

 豚の半分はミンチと化し、磨り潰された。返り血と返り肉がエヴェッタさんを汚す。

 汚れた彼女を見て、親父さんは複雑な表情を浮かべる。

「お前に教えられるとは、妙な気分だ」

 年下に教わるのは親父さんでもショックなのだろう。

 僕は、二つ名の意味を目の当たりにして別のショックを受けていた。

 マントで軽く血を拭って、エヴェッタさんは先頭に立つ。何事もなく、次の戦いに備えて。

 荒廃と凄惨。

 これが、いわゆる前時代の冒険者の姿か。この時代を知っている人間からしたら、今の冒険者は生ぬるくも見えるだろう。

「この階層の敵は全て“角付き”です。あの角は、モンスターに取っての再生点。生半可な攻撃ではすぐ再生してしまう。小奇麗に急所を突いた斬ったでは、簡単に蘇生される。原型を留めない破壊か、脳か心臓を抉り出し、磨り潰す事をお勧めします」

「エヴェッタさん。敵の種類は?」

 あの豚だけでも厄介だが、他にいると更に困る。

「死霊の類を抜いた。これまでの階層で出会った敵、全てです」

「え、全て?」

「はい、全てです」

 嘘だろ。

 オールスターかつ強化済みとか、何だこの階層。ラストダンジョンか?

「そう忘れる所でした。不注意で建物には侵入しないように。中で何が巣くっているのか分かったものではありません。なるべく刺激しないようお願いします」

 蜂は勘弁して欲しいな。

 うちの姉妹は蜂蜜見るとおかしくなるし。

「安全な拠点には、先人がこういう印をしてあります。緊急の避難場所に利用してくださいね」

 建物の一つをエヴェッタさんがメイスで指す。

 締め切られた扉には、歪んだV字の模様が記されている。見た事のあるデザインだ。

「あなた、これギャストルフォの」

「だね」

 君が消してくれた勇者の印である。

「流石奥様、聡明ですね。まさしくギャストルフォの勇者の紋章。この階層の拠点は、全てかの勇者達が発見した物です」

「は、はあ」

 フレイを思い出したのか、ウンザリ顔をするラナ。気持ちは分かります。

「所でエヴェッタさん。これからの予定は?」

「はい、このまま一通りの敵と戦いパーティの様子見を続けます。ダメ出しは沢山するので覚悟してください。それが済んだら、壁面の拠点に移動して夜を待ちます」

「夜………」

 ダンジョン内で夜があるとは。この偽物の太陽は沈むのか。

 進もうとして、エヴェッタさんは立ち止まり僕らを見向く。

「すみません、挨拶を忘れていました」

 彼女は返り血の付いたまま、レアな笑顔を浮かべた。


「ようこそ冒険者の方々。ホーンズの巣、亡霊都市ウロヴァルスへ」


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