<第三章:亡霊都市ウロヴァルス> 【01】


【01】


「もう一度、いってもらって良いですか?」

 聞き違いかもしれないので。

「ですから、わたし寿命です。ホーンズとしては最長齢ですし、正直いつ死んでもおかしくない体でしたが、ここ五日辺りで急激に衰え始めて。後一度は、限界まで戦えると思いますけど、その後は………死ぬでしょうね」

 頭が真っ白になった。

「ちょ、ちょ、ちょ」

 しどろもどろだ。言葉が出ない。

「安心してください。ソーヤの担当は、組合長がやってくれるそうです。引継ぎはもう済ませてありますし問題ありませんよ」

 違うそうじゃない。

「寿命を延ばす方法は?」

「ありません。ダンジョン外に出たモンスターが、ここまで長く生きられただけでも奇跡です。命を助けてくださったヴァルシーナ様には感謝しています。モンスターと人の魂が還る場所が同じなら、直接お礼もいえるのですが」

「待ってください。戦わなければ?」

「寿命は多少伸びます。でも、わたしの希望になりますけど冒険者として生命を受けた身としては、最後は冒険の中で死にたいですね」

 それは何となく分かる理屈だが。こういきなり寿命といわれても、僕としては本気で困る。

「ソーヤ、あなたが身内に優しいのは知っています。そういう感情を、わたしに抱いてくれているのは大変嬉しくも思います。だからこそ間違ってはいけない事が一つ。わたしは人間ではありませんよ。人間に従うよう調教されたモンスターです。あの、ナナッシーという恥知らずと全く同じの人外です」

「同じって」

 いや違うだろ。あんな鎖の外れた狂犬と、この人は。

「ここをよく見てください」

 エヴェッタさんが椅子ごと僕の方に近づいて、二本ある角の右側を見せる。

「ホーンズは、角を痛めつけられると全身に激痛が走り動けなくなります。だから、切り落として所有者が角を持つのです。わたしの場合、冒険の功績とレムリア王の好意により、改めてくっつけてもらいましたが」

 ほらほら、と更に近づくエヴェッタさん。右の角には接合した跡が見えた。それより、長い銀髪が手の甲に触れてドキリとした。感じた事のない静かな匂いがする。 

「アーケイン様も、信頼の証にナナッシーには自身の角を持たせていました。それで制御できていないのは愚行ですが、彼らなりの仲間意識なのでしょう」

「エヴェッタさん、僕がいいたいのは」

「分かっています。分かっていますよ」

 彼女に両手を握られる。

「長いようで短いような、それでもあなたの担当でしたから。分かっているつもりです。そして二度も、あなたに仲間を失う悲しみを背負って欲しくない」

「エヴェッタさん。僕の仲間は、そんなにやわじゃない」

 僕も強くなった。

 アーヴィンのような事は二度と。

「なら、これはわたしの我がままです。冒険者として生を受けた以上、冒険者として死にたい。一人ベッドの上でメソメソして死ぬのは嫌なのです。酷い話ですね。でも、あなたが断ってもわたしは一人戦って死ぬ。人知れず、ダンジョンのどこかで。無暗に、無意味に。もし幸運にも誰かに見守ってもらえるなら、それはあなたが良い。この命に使い道があるのなら、あなたの為が良い。これは、ただそれだけの話です」

「それだけの、か」

 できるだけ力強く。彼女の手を握り返す。ここまで成長した証として。

 覚悟を決めた人間に、哀れみは向けるのは愚かな事だ。

 僕はこれまで、この異世界で、色んな決意を秘めた人間と出会って来た。そして強い決意には全て敬意を払ってきた。

 これは、人として極当たり前の礼儀だ。

「なら仕方ない。仕方ないのか」

 受け入れがたく。

 しかし、飲み込む。

「エヴェッタさん、あなたの戦い。必ず見届けます。最後の瞬間まで勇ましく、誇り高く、冒険者というモノを僕に見せてください」

「お任せあれ。冒険者の先輩として、恥じる事のない姿をお見せしましょう」

 僕と彼女が知り合ってから、172日。

 だが、十年来の親友のように抱擁を交わす。

 思えばこの人は、異世界で得た最初の味方だった。沢山世話になった。沢山飯を奢った。多くの苦楽を共にした。僕の冒険の功績を、彼女は自分の事のように喜んでくれた。

 アーヴィンの時のような唐突な別れではない。

 予定され、宣言された別れ。

 でも、悲しい事には変わりない。

 涙は堪えた。彼女にだけは無様な姿を見られたくない。彼女もきっと同じだろうから。

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