<第三章:亡霊都市ウロヴァルス>


<第三章:亡霊都市ウロヴァルス>


【172nd day】


 壮絶な姉妹喧嘩から一晩明け。

 僕は地下室で歯を磨きながら、昨夜の事を色々振り返った。


 結婚相手に、もう一度求婚するほどテンションの上がったラナであったが、

『でも、お姉ちゃん。今まで散々イチャイチャしてたのは、魔法のせいにした自分の欲望って事でしょ? 恥ずかしくないの? このスケベエルフ!』

『ヒャァァァッー!』

 妹の指摘に、ラナは僕に抱き着いたまま叫んで顔を覆う。

 確かに、ラナは割とエロいと思う。だが、世の男性の十割はエロい女性が好きだと思う。浮気とかしない限り。

『で、お姉ちゃん。そろそろ離れないの?』

『え、離れませんよ? 夫婦が一緒にイチャイチャする事に何の問題が? 私達、夫婦ですから』

『二回いわなくて良いから、それと何で急に夫婦を強調するの? 今更じゃ』

『大切な事実ですから何度でもいいます。私達は、夫婦です! 愛し合ってます!』

 恥ずかしいので、お外では絶対いわないでください。

『ねー? あなた、ねー?』

 ねーって。

 はいはい、と答えると。

『なんかムカつくなー!』

 妹がキレた。

 しかしラナは余裕である。

『よいのですよ、エア。私の夫を好きになっても、第二夫人の座を狙っても、まあ全て、私の後になりますけどね。この人の初めては、全て私が貰った後になりますが! だって私達は夫婦ですから!』

『キーッ!』

 そんな感じで、また姉妹喧嘩が再開した。

 あまりにも長く続きすぎて途中から記憶がない。ただ今朝目覚めると、一階の居間で姉妹仲良く寄り添い眠っていた。

 雨降って地固まるという奴か、もしくは嵐の前のインターバルか。

 ラナは、エアが第二夫人でも良いと思っているのだろうか?

 前にエルフは多婚が普通と聞いたけど。てか、マリアが第二夫人と宣言していたが、そっちでまたモメないか?

 うむ、駄目だ。

 考えても仕方ない。後はなるようになれだ。女性経験の少ない僕が、考えて分かる事じゃない。これは責任放棄ではない。単純にどうしようもないだけだ。

 洗浄と身支度に、精一杯の美化作業と施し、一階に戻る。

 姉妹は、まだスヤァと夢の世界。

 ランシールは、当たり前のようにキッチンで朝食を作っている。最近、見慣れた姿だ。短期間でホント上達した。お料理対決したら普通に負けそうである。

「ソーヤ、味見してください」

「ほい」

 彼女の得意料理であるポトフの味見をする。軽く鍋を見るが、大きい豚のバラ肉とキャベツ、玉ねぎ、芋がゴロっと入っていた。

 取り皿に移したスープを味見。

「ん」

 肉と野菜の旨味に、ちょっとしたアクセントが。

「これは醤油と………何だろ。変わった風味が」

「塩コウジという調味料です。ヒューレス様に味噌の原材料をいただき、お米と合わせてマキナとこっそり作っていました。これに漬けた野菜や、お肉が美味しくて、父やミスラニカ様も大変気に入っていますよ。しかも健康に良いとは、素晴らしい調味料です」

「ほ、ほう」

 塩コウジって何? 一昔前に流行った事は知っているけど。味噌と米で作れる物なの?

「お口に合いませんでしたか?」

「いえ、美味しかったです」

「それはよかった」

 思わず敬語になってしまった。

 いかん、もう和食では完全に負けている気がする。他の手段で挽回せねば、って何で僕は対抗意識を持っているのやら。

「あの、ワタシからいった手前。黙っていようとも思いましたが、やはりどうしても伝えたい事があります」

「ん、どうした?」

 今更、遠慮する仲でもないのに。

 何だろうか。

「冒険の事です。ソーヤは、四十階層に到達しました。そこは、父が二人目のパーティメンバーを失った階層です」

「二人目………」

 冒険者の王は、ダンジョンで二人の仲間を失っている。

 一人目が、ラナの叔母であるアルマ・ラウア・ヒューレス。

 二人目が、ランシールの母であるヴァルシーナ。

「国の紋章や、旗印<バナー>に使われている狐と牡牛。狐は母の事、そして牡牛はその母と戦い相打ちになったホーンズの事。あなたの担当であるエヴェッタの母体になった悪冠のモンスターです」

「なっ?! え?」

 驚いた。

 二人が絡む姿はあまり見なかったが、エヴェッタさんとランシールは姉妹同然に育って来たと親父さんから聞いた事がある。

「ああ別に、エヴェッタに対して、憎しみや怒りはありませんよ。家族を今更憎悪するなど無理な事です」

「それは、そうか」

 安心と共に複雑な気分になる。

「母が亡くなった事を受け、四十階層では冒険者組合から人材を雇い同行させるのが通例です。その役目を、今回エヴェッタが請け負うと聞いて心配に」

「心配とは?」

「三日前、城で会った時に。こう、感覚的な意見で申し訳ありません。少し、らしからぬ気負いを感じたもので。そもエリュシオンの英雄見習いとソーヤを争わせてまで、雇用を優先させる理由も思い当たりませんし。………………ごめんなさい。上手くいえません。ただ、エヴェッタを少し気遣って欲しいという事を、どこかで心に止めてくれれば。何だか、すみません。いざ口にしてみれば変な話で」

「いや、分かったよ」

 獣人特有の勘だろう。正直いえば、僕もエヴェッタさんの対応には解せない所がある。

 何故、急ぐ必要があるのか。『戦う』リスクと『待つ』リスクなら。冒険者なら『待つ』方を選ぶのが定石なのに。

 冒険者の先輩でもある、彼女らしからぬ選択だ。

 戦って分かった事だが、そこまでアーケインは悪い奴ではない。あいつの仲間は暴走しがちでも、リーダーとしての仕事は………あ、やっぱ、ラナを傷付けた時点でゼロ点だ。

 あいつは嫌な奴だ。エヴェッタさんが嫌がるのもよく分かる。

 ようは、僕の方が格上だから選んでくれた、という事にしておこう。

 もし、そうでないなら、

「ランシール。朝飯を食べたら、エヴェッタさんに会って来る。冒険の打ち合わせをしないと。ついでに聞いて見るよ。命を預けあうのだ。隠し事はなしにしないと」

「ですね。お願いします」

「了解」

「ご飯~」

 と妹が目覚める。

「今朝は何でしょう? お米は?」

 続いてその姉も。

「帰ったぞ~」

 タイミング良く。褐色エルフが地下から現れた。

「おう、マリアお帰り」

「うむ、帰ったのだ。ソーヤ、これお土産」

 ロリエルフが抱えていたのは、布に包まれた肉だった。いつも食べている豚肉とは違う。筋張った感じの赤い新鮮な肉。

「ダインスレイフが狩りで捕った鹿じゃ。アシュタリアでは珍しい獲物らしくてな。肝は、妊娠中のレグレにやったが、他の肉はソーヤにくれてやるとな」

 うちの姉妹は鹿の神様を信仰しているのだけど、教義的に食べても問題ないのか?

「え、お兄ちゃん。それ鹿肉? シチューにする? それとも味噌鍋?」

「エア、鹿肉で肉味噌作りましょう」

「でき、なくはないと思うけど。味染みるかな? まあ、やってみる」

「え、君ら食べるの?」

 姉妹は食べる気満々だった。

「え? あなたこんな立派なお肉を捨てるつもりなのですか?」

「そうよ、お兄ちゃん。こういうのお兄ちゃんの国の言葉で『モッタイナーイ』っていうんでしょ?」

「いうけど、ほらエズス様が」

 鹿の姿ですけど。

「あなた、エズス様は鹿の姿をしていますが、この鹿ではありません」

「そうよ、お兄ちゃん。失礼だよ」

「なんか、すみません」

 僕が悪いのか? エズス様すみません。

「塩コウジで漬けて良いですか? 臭みが取れて、肉も柔らかくなるそうなので」

「塩なに? ランシールいつの間に新しい調味料を? ちょっとアタシに食べさせなさいよ」

「ランシール。味見なら私が」

「妾が持って来た肉だぞー! もっと褒めよ!」

「よしよし」

 僕はマリアの頭を撫でてやった。

 姉妹は、ランシールから、塩コウジの胡散臭い効能を興味深く聞いている。絶対、マキナが吹き込んだ知識だろう。

 和食に魔法のような効果はありません。何事もバランスが大事。

 そういえば、A.Iが二体ともいない。

「ランシール。マキナと雪風は?」

「朝食の下ごしらえを手伝った後、地下へ。水路の探検と、キノコが沢山とか歌っていました」

「なんじゃそりゃ」

 水路ってどこの? それに地下に椎茸でも生えているのか? 冒険の支障にならないなら好きにして良いが、大丈夫かな。

 特にマキナは、趣味の調子が良いと本業を忘れるからな。困ったものだ。誰に似たのやらって、まさか僕?

「おなかヘったー! 妾おなかへったッー!」

 マリアが騒ぐので、鹿肉は一旦置いて朝食に。

 本日のメニューは、塩コウジと醤油が隠し味のポトフ、焼きおにぎり。それと、塩コウジで漬けた野菜と卵の炒め物。

 美味しいのだが、異世界感がない。

 異世界らしい食べ物、そろそろ捕獲しないと。別に和食でも良いけどさ。

 ミスラニカ様も合流して、朝食はいつも通り賑やかに。

 この賑やかさに慣れてしまって、いざ一人になった時を考えると不安になる。そんな事がないよう毎日を生きているつもりだけど。別れは、いつか来るものだから。

 僕の性分なのか、楽しい時に悲しい事も同時に考えてしまう。

 こういう感情は面に出していないはずだ。変に察知されると要らぬ心配をかけてしまう。

 どうせ彼女達の思い出になるなら、一日でも楽しい記憶にしたいものだ。

「あ、お兄ちゃん。今エロい事考えたでしょ?」

「違う」

 それは本当に要らぬ心配だ。



 朝食を済ませ。

 一人冒険者組合に行く途中、いつものテュテュの店でエヴェッタさんを見つけた。

『あ』

 と、声を合わせ。

 組合まで行くのが面倒なので、ここで打ち合わせをする事に。

 気心の知った相手である。予定の作成はサクサクと進む。

 冒険は明日から。

 最前衛にエヴェッタさんを置く。

 期間は二日間。

 その時間で彼女は必ず、僕らのパーティを四十五階層まで導くと約束してくれた。

 固い決意を感じる。合わせて、必死さも。

「エヴェッタさん。これは、親父さんが僕によくいう言葉なんですが『迷ったら戻れ、無事帰れば何度でも挑戦できる』って教訓です。

 僕らは確かに最速でダンジョンを踏破していますが、結構慎重で、駄目と思った時はさっさと帰っています。今回も、正直一度の挑戦で四十五階層まで行かなくても」

「ソーヤ。確かにメディム様のいう通りです。急ぐ冒険は危険ですね。でも今回だけは、わたしの我がままを聞いてくれませんか? 決して悪いようにはしません。それにあなた方が、危険と分かったら必ず帰還させます。“次”に雇える人材も用意してあります」

 嫌な事を聞いてしまった。

「エヴェッタさん。次って、それじゃまるで今回の冒険で」

「ああ、すみません。わたしったら、てっきり伝えたものかと早とちりでした」

 急いでいる理由を察してしまった。

 僕は、こんな所ばかり勘が良い。

「わたしは、もうすぐ寿命なのです」

 悪い勘ばかり、本当によく当たる。

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