<第二章:プライドとの戦い> 【04】
【04】
「それで、これは一体?」
ランシールの疑問と同時に、右から飛んで来た拳を受け止める。続いて左からの肘も腕でブロックした。
「これは、まあ姉妹喧嘩だね」
これはエアが目覚めてからも続き、冒険者組合、街中、自宅の食卓とステージが移動している。僕という中立地帯を間に置いて何とか、いやそれでも酷い状況だ。
正直、そろそろ再生点の限界です。文字通り身が持たない。
「お姉ちゃんが悪いんでしょ!」
「エア! うるさい!」
「何よそれ! 逆ギレ!」
「うるさいッ!」
また拳が飛び交う愉快な姉妹喧嘩が始まる。
エアはテクい打撃を使い着実に僕の体にダメージを刻んでいる。そして、ラナの一発一発は骨に響く痛みだ。
「ところで、夕飯はどうします? 麺にしますか? お米にしますか? パンでも良いですよ? ルツさんから新作をいただきました」
「ランシール、麺よ!」
とエア。
「ランシール、ご飯です!」
とラナ。
ぐわし、と姉妹が力比べの腕組みをする。
威嚇の為、僕の鼻先まで二人の顔が近づいた。めっちゃ良い匂いがする。
「お姉ちゃん、そんなにお米ばっかりで飽きないのッ? 夜中、自分でも炊いておにぎり食べてるよね?!」
「あなたこそ、毎日毎日カレーラーメン、ラーメンカレーと飽きませんッ? 夜中にカップラーメン食べているのはあなたでしょ?!」
そう僕は気付かなかった。
こんな修羅場る展開など、いつ起こってもおかしくなかった事を。
そして、荒れる姉妹に反し、ランシールがニコニコの笑顔なのが気になる。あの笑顔は裏で何か考えている笑顔だ。
これも忘れていたが、ランシールには冒険者の王の血が流れているわけだ。
あの、したたかな血が。
嵐の予感がする………………これは荒れる! 本格的になる前に、どこかに逃げるべきか?
でも、この状態の姉妹を放置したら、どんな事になるやら。普段仲が良かった分、溜まっていた不満が爆発している状態だし。最悪、グラウンドゼロか?
「ランシール。夕飯は、焼きそばとチャーハンで、合わせて何か汁物と野菜を」
「は~い♪」
間をとった僕の注文を受け。ランシールはキッチンに。スカートの端から尻尾を翻し、鼻歌混じりで調理を開始した。
「しゅううううう」
と唸るラナ。
「シャー!」
と牙を剝くエア。
微妙に動物っぽい型を取る。エルフの喧嘩殺法とは、形意拳なのだろうか。
「やっかましいの~なんじゃこれは?」
「ミスラニカ様ッ」
我が神の救済が来た。
珍しく少女の姿で、地下の階段を上がって来る。
「ひゃん!」
何故にか、ランシールの尻を叩いた。
「そのニヤケ面は止めい。気持ち悪い。飯が不味くなるわ」
「え、すみません」
謝るランシール。どんな顔だったのやら。
「で、なんじゃこりゃ?」
「ええと、姉妹が喧嘩しまして」
「よし、ソーヤ。お主が悪い! 謝れ!」
一発で罪人に仕立て上げられた。
「すみません」
「よし、解決じゃ」
とは行かない。
「いっておきますけどねェ。アタシは、お兄ちゃん、お姉ちゃん、双方の為に別れろっていっているの。このまま結婚生活していたら、最後は二人共不幸になるよ。お兄ちゃんの冒険の為、五十六階層踏破するまで黙っていようと思ったけど、このまま好きな人が騙され続けるなんて、アタシ我慢できない」
エアは、ラナを刺し殺すような目で睨みつける。
「私からも一つ、一つだけ」
ラナは、昔に戻ったかのように小さくなった。
「エア。それを話すなら、私はあなたと姉妹の縁を切ります。パーティからも抜けさせてもらいます。実家には帰れませんので、どこか遠い所に旅立ちます」
「ちょ、ラナ!」
いきなり何を。
パーティ抜けるだけでなく。旅に出るとか。
「ッ………………わ、分かった。アタシ、それでもいうから」
「なら………お好きに」
席を立ち逃げようとするラナ、の腰に抱き着いて僕は彼女をタッチダウンした。
「ちょっと待てラナ!」
「離してください!」
「絶対に離さないからな! 事情を説明しろ! 僕を置いて行くな!」
「アレを聞いたら、あなただって幻滅します!」
「だから聞いてもない事を!」
次は夫婦で口喧嘩である。
頼むから説明不足はこりごりだ。
「ラウアリュナよ。そなたもソーヤの事を少しは信用してやれ。どうせ逃げるなら、全部話してからでも遅くないであろう」
流石、我が神。良い事をおっしゃる。
「あなた離して!」
だが僕の嫁は聞いていない。ジタバタと暴れてどうしようもないので、
「ひゃっ!」
背後から大人しくなるまで胸を揉む事にした。
「ちょ、あなた! こ、こんな時、ひっ」
準備運動で全体を軽くこね回した後、下着代わりのビキニアーマー越しに胸の中心点を責める。直接的に触れるのではなく、輪の左右、上下を擦り、円を描く。
「や、やめっ、皆が見ているのにっ、こんな! あ、あ!」
徐々に丸を小さくして行くと、アーマー越しでも硬く膨らんだモノを感じた。
それをノックして弾き、高速で擦ると、
「っ………っぅ」
ラナは大人しくなった。
ふぅ。
「何やっとるんじゃ」
ポカリとミスラニカ様に後頭部を叩かれる。すみません、何か楽しくて。
ともあれ、無力化できた。しばらく逃げ出す事はできないだろう。
「で、エア。何だっけ?」
「え、嘘。こんな状況で告白するの?」
ごもっともである。
「君らの姉妹喧嘩は、もう一秒も見たくない。だからさっさと頼む」
「じゃいうけど―――――」
ラナを脅していた割りに、口の滑りは悪い。
「お兄ちゃんがレムリアの馬鹿王子と喧嘩して怪我した時」
懐かしい。
僕が油断して偶然負けたアレだな。たぶん。
「お兄ちゃんを治療した後、お姉ちゃんは『自分』と『お兄ちゃん』に魅了の魔法をかけたの」
「え?」
ちょっと処理できない感じの情報が。
魅了の魔法って、あのチャーム的な状態異常? 確かに惚れていたけど。
「アタシは反対したんだけどね。お姉ちゃんは、自分も惚れた方が事は進展しやすい。他所から見ても信用しあっているように見えるから、って」
「つまり、僕がラナに寄せた好意は?」
「そうよ。ぜーんぶウソ。無理矢理押し付けられたモノ。偽物の感情よ。真っ当じゃないよね。でも、お姉ちゃんを許してあげて。あの時、アタシ達が頼れるのはお兄ちゃんしかいなかった。そして、絶対に裏切らないという信用が欲しかった。他種族が、アタシ達エルフを裏切らないという保証が欲しかったの」
足元が崩れるような感覚………………にはならない。
こういう話にデジャヴを感じたからだ。どこかで、前に、
「あっ!」
思い出した。魔王様とゴブリンさんとの会話だ。
『それはあなたの性癖です。何でも呪いのせいにしないでください』
あ、いや、もうちょっと前の記憶だった気も。
『これ、かかってなくないかー?』
これだ。
「僕は、あれだ。手甲の呪いは効いてなかった。というと、ラナの魔法も?」
「お兄ちゃん、手甲の呪いって何?」
エアも知らなかったのか。
「ラナ、君は何か、ラナ?」
胸を揉んで押し倒したラナは、両手で顔を覆って泣いている。押し殺しているが声が漏れていた。後、涙も指の間からこぼれている。
なんか、僕がレイプしたみたいで後味が悪い。
「ら、ラナ?」
「うっ、うっくっ、っつうう」
我慢できずむせび泣いていた。こりゃ話せる状態じゃない。
ラナが泣き、エアも落ち込み、ランシールは、口笛混じり尻尾フリフリで昼食を作っている。
僕は、これどうしたらよいのやら。
「なあソーヤよ。妾が良い事を教えてやろう」
「はい」
見かねた神様の救いの手。
「魅了という魔法はな。いうなれば女が男にかける呪いじゃ。世に名を残す美女は、自然とこれが扱える。人を惹き付けるエルフの美貌も、呪いといえよう」
「つまり?」
もう何となく分かったけど、確証が欲しい。
「ラウアリュナよ。その魅了の魔法は、大分昔に妾の力で無効化したぞ。後、そなたが自分でかけた魅了も同じように無効化した。つまり、その愛情は自前じゃ。やれやれ、忘れん坊の信徒を持つと大変じゃな。おまけに教えてやるが、ソーヤはそなたにベタ惚れじゃぞ。もちろん、自前の感情でな」
それを伝えると、ミスラニカ様はクールに去り。ランシールの隣に行ってつまみ食いを始める。
今日は止めません。存分にお食べてください。
「という事だ。ラナ」
「へ? ウソ?」
というのはエアの反応。
ラナは、涙目で僕をジーっと見た後、
「私はッ」
ガバッと全力で抱き着いて来た。
今までで一番強い抱擁である。
「私は! あなたが好き! あなたも私が好き?!」
「うん、好き好き」
でなきゃ命を賭けようとは思わない。何度も抱こうと思わない。
「私はあなたが大好きッッ!」
「やったぜ」
両想いでした。本物の感情を、偽物と勘違いしていたレンアイでした。
しかし紆余曲折、艱難辛苦を乗り越え、ここに固い絆が約束された。
病める時も、殺める時も、健やかなる時も、喜びの時も、悲しみも、富も貧しさも、愛も痛みも、全てを分かち合い。
僕は、君を愛し、君を敬い、君を慰め、君を助け、この命ある限り、君に尽くす。
「あなた! 結婚しましょう!」
うん。
「もうしているから」
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