<第二章:プライドとの戦い> 【03】


【03】


「納得できるかァ!」

 叫ぶアーケインを無視して、ラナを拘束しているスライムを一刺し。

 水に還し、ラナの傷を見る。

「あなた大丈夫だから」

「いや、もしかして痕が残って」

 びしょ濡れのラナの鎖骨を舐めるように見つめ、隅々まで触る。実際、舐めるのは我慢した。

 しかし、何故に女性は濡れると色っぽく見えるのか学会で説明して欲しい。

「だから、本当に大丈夫」

 続いてお腹も、冷えると良くないから下腹の方までさすり、さすり。

「そういうのは後にしましょう」

「そだねー」

 よし、傷は残っていない。

「おかしいだろ! 冒険者組合の人間が横槍を入れて、その隙に勝ちを奪うとは?!」

「アーケイン様。一つだけ、いわせていただきます」

 エヴェッタさんは、まだナナッシーの頭を掴んで拘束している。ナナッシーの方は、アーケインの命令に従い無抵抗でブラーンとされるがまま。

 シュールな光景である。

「まず、不意打ちについては卑怯といいません。3対3という組合長の意図に気付かなかったソーヤが悪い。油断して隙をつかれたソーヤが悪い。格下相手とダラけきっていたソーヤが悪い。ですが、拘束した時点で勝ちは決定していました。それをいたぶるなど、冒険者の所業ではありません」

 ソーヤソーヤ、いわれると変な気持ちになる。

「だ、だが、現にこいつはブロブの拘束を解いて」

「あれは、やけっぱちの賭け勝負です。あなた方が奥様を傷付けなければ、彼は負けを認めて勝負はついていたでしょう」

「ぐ、ぐぐ」

 確かにいいかけたが、エアを逃した時点で勝負は不透明になった。僕らが負ける勝負ではなかったはず。

 しかしまあ、

「エヴェッタさん。僕も納得行かない」

 うん納得できない。

「え、ソーヤそれは?」

「改めてリーダー同士の決闘を申し込む」

 アーケインの目が輝く。まだ勝てるチャンスがあると思ったのだろう。

「ラナ、預かってくれ」

 アガチオンとザモングラスの剣をラナに渡す。

「エア頼む。刃には触れるなよ、恐ろしい切れ味だ」

 腰の刀を抜いて、抜き身でエアに預けた。

「よし来い。お前は武器ありで構わないぞ」

「ふざっけるな!」

 アーケインは剣を鞘ごと落とし盾も捨てる。まだ鎧があるからイーブンとはいえない。十分ではあるが。

「一本勝負、戦闘不能になったら負け。殺したら負けだ。良いな?」

「望む所だ!」

 吼えるアーケイン。割と雄々しい姿だ。

 視線をカチ合わせ、パーティの皆から少し離れる。

「お兄ちゃん! ボコボコにして!」

「あなた! ギタギタにして!」

 姉妹の声援は、どことなく物騒だ。

「フッ、俺様はな。素手でもいけるんだよ!」

 アーケインは、中々様になっているボクシングスタイルで迫る。

 だが僕は、

「別に、素手同士の戦いとは一言もいってないけどな」

 刀の鞘を引き抜いてフルスイングした。

 ちなみにこれ、マキナが作ったチタン製である。色々と仕掛けを付けたが軽く丈夫で、当たると痛い。

「ぼふッ!」

 顔面をホームラン。

 が、アーケインはゴロで倒れ転がり、意識を失った。

「よし勝った」

 なのに歓声はない。

 周囲が静まり返る。

「お兄ちゃん、それ何か違う」

「あなた………………いえ、何も」

 姉妹にドン引きされた。

「え、でも僕は素手でやるとは」

「でもね、お兄ちゃん。そこは色々と読まないと」

「あなた………………………………別に何も」

 姉妹にチベットスナギツネのような白い目で見られる。

「まあ、勝ちは勝ちです。これで、わたしはシーカーブリゲイドに雇われる事に。よろしいですね、アーガンシアの方々?」

 元々白い表情のエヴェッタさんが話を進めた。

「理解した。アーケインが目覚めたら伝えておく」

 エヴェッタさんが拘束を解くと、ナナッシーは普通に歩いてアーケインの隣で寝そべる。

 よく分からない二人だ。

 終わったし、僕らはさっさと帰る事に。

「あなた、私達はお風呂に行きます」

「そうだね、お姉ちゃん。濡れたし服も乾かしたい」

 姉妹が先にポータルに入り、お風呂場のある二階層に。

 僕も続こうとしたら、

「ソーヤ、あなたは優しいですね」

「え?」

 エヴェッタさんに意外な事をいわれた。

「正攻法で戦って負けたのでは、アーケイン様も言い訳がつかない。ですが、あえて卑怯な手を使う事で彼の精神に逃げ場所をあげた。素晴らしい気遣いです」

「え? 違うよ」

「へ?」

 大分、的が外れた意見だ。

「僕はただ、手が痛いのも嫌だから鞘を使っただけ」

 殴った手の方が痛い、なんて言葉もある。実際、痛い。

 だから鞘を使った。

「………………今日はお疲れ様です。明日、時間が開いたら受付に顔を出してください。冒険の打ち合わせをしましょう」

 話を変えられてしまった。

 エヴェッタさんに、親父さん達に勝利した事と、解散してよい事の言付けを頼む。

 僕も、スライムのせいでびしょ濡れなので、二階層のお風呂場で体を温める事に。それと服と装備品のクリーニングも頼む。

 これ、冒険者なら無料のサービスである。

 待っていた姉妹と合流して、お風呂場の組合員に空いている浴槽を借りた。

 姉妹は、両隣の浴槽を借りる。

 クリーニングの為、預ける装備のリストと写しを見比べ、問題ない事を確認したら、預けて割符をもらった。

 組合員も慣れているので、僕が服を脱ぐ時はカーテンをさっと締めてくれる。スパーンと服を脱いで籠に入れて、カーテンの下から受け渡し。

 いざ浴槽に。

 陶器の冷たさに耐えて、紐を引いて上のパイプからお湯を出す。独特の匂いがする薬効湯を浴びて、一息。

「あふぅぅうううう」

 肩まで体をお湯に沈めた。

 お湯の熱が染みて筋肉がほぐれる。戦いの緊張と激しい感情が流れ落ちて、魂がろ過されるような気持ち。

 お風呂のある異世界でホント良かった。

 よくある中世ファンタジーが舞台のゲームって、お風呂どうしているのやら。

 しかし、

 結果的に無事だから良かったものの。今日は、ラナに傷を負わせてしまった。

 程度でいえば軽傷で、訓練中の彼女の怪我の方がよっぽどハードではあるが、僕の判断ミスで負わせた怪我というのが許せない。

 油断、特に侮りは今後厳禁だな。

『どんな小者でも人を傷付ける事はできる』

 この言葉を噛み締めて行こう。

 次は、自分を抑えられないし。どんな野郎でも八つ裂きにしてしまうだろう。それこそ誇りを穢してでも。

 と、

 視界の隅でカーテンが捲れる。テッテッテッ、と素足が石畳を走る音。

 鼻先を桃尻が掠め、水飛沫が上がった。

「んぅぅううん」

 彼女は、両手を伸ばして背伸びをすると、僕の胸に背中を預けて来る。

 濡れた髪が頬に触れる。

 自然と腹に手を回した。

「あなた、だから大丈夫だって」

 もう一度お腹をさすりさすり。

 程よい腹筋である。硬すぎず、柔らかすぎず、大口開けて甘噛みしたくなる腹筋だ。

「いや、念の為に」

 続いて鎖骨も、触感だけでなく視覚も使う。

 奥さん、良いラインしてますねぇ。

 水に浮かぶ二つの半球は後の楽しみで、鎖骨周りと肩を指圧しながらニュウ念にチェックした。時々手が滑って、半球の領土侵犯してしまったが笑って許してくれるだろう。

「ふう」

 満足。じゃない問題なし。

「気がすみました?」

「かなり」

 考えて見たら、鎖骨という魅惑のパーツにノータッチだった。僕も男の子だからね。そりゃ先に目が眩むモノが二つもありますから仕方ないかと。

「んっ、ん」

 ラナが咳払いして肩を回す。

「?」

 何故か、まだ触って欲しそうに見えた。

「傷はないですけど、不思議な痛みが………ああこんな時に、ええと、こう良い感じで触れてくれる殿方がいればなぁー」

 いや、僕しかいないやん。

 あ、これはもしかして。

「こってますなぁ」

 ラナの肩を揉む。密着状態なので、そんなに力は入れられないがラナはご機嫌だ。

 浴槽の縁に彼女の両足が乗る。今動かれると色々と………いえ。

「なるほど♪ あなた、私一つ覚えました。世の女性はこうやって甘えるのね」

「う、うん。ソダネー」

 今更だ。

 そういえば僕らは、色々な手順や感情をぶん投げて結婚したのだった。思い返せば、ラナもよく僕のような男と結婚したものだ。

 今となっては一緒にお風呂に入る仲だが、キャンプ地時代の毎日は緊張の連続だった。

 指先でも触れたら、犯罪者を見るような目で拒絶されるのではと。

 壊れ物のように扱ってきた。

 こんな可愛くて綺麗なエルフに拒絶されたら、僕は一年くらい落ち込む自信がある。

 もう昔の事だけども

「ところであなた。一つ聞きたい事が」

「何だい?」

 何でも答えるぞ。肩の次はどこを揉むのだ?

「こう、私の腰に当たる」

「うん、ラナ。それは聞かないでくれ。僕にも事情がある」

 ナイーブな生理現象を言語化しないでください。

「いえ、私も嫌ではないですよ。でも、あなたは周りに人がいる方が興奮するのかと疑問に」

「それはない」

 できれば二人っきりで、しっとりいきたい。

「なるほど安心しました。声は、頑張れば普段より抑える事が」

 ちょっと奥さん。何をいいだすの?

 そんな僕のツッコミが通じたのか、隣のカーテンが開く。

「お邪魔しまーす」

 エアが素っ裸で侵入してきた。

「なっ、エア! 何ですか?! はしたない!」

「体はきちんと洗ったから。ほら冷めちゃう、入れて入れて」

「なっ、おい」

 ラナの前に体を沈めて陣取る。さ、流石に三人は大きめの浴槽でも狭い。ラナとぎゅうぎゅうに密着して生理的に不味い。

「エア! 戻りなさい! 嫁入り前の身で、夫以外の前で素肌を晒すなど!」

 ラナのお怒りはごもっともである。

 ただ、

「えーでも、もう七回は、お姉ちゃんの目盗んでお兄ちゃんとお風呂入ってたし」

 ファー! 秘密っていっていたのにー?!

「あ・な・た?」

 ゆっくり振り向くラナの顔は、素敵な笑顔だった。

 それが逆に、今までで一番怖い。

「ラナ、説明を聞いてくれ」

「お姉ちゃん、それより先にアタシの話を聞いて」

 僕の言い訳を差し置いて、姉妹の戦いが始まる。

「アタシ、お兄ちゃんが好きだから結婚する。冒険が終わったらお姉ちゃん、離婚して」

『なっ!』

 妹のとんでも発言に、僕とラナは揃って声を上げた。

「エア、お前なんて事を!」

 流石にこれは、叱らないといけない。

「そうですエア! 何で私が離婚など!」

「でもお姉ちゃん。自分とお兄ちゃんに、魅了の――――――」

 視界がひっくり返った。

 投げ出され石畳の上に着地すると、上から蓋のように浴槽が落ちてくる。

 溺れるように水を浴びて暗闇に閉じ込められた。

 そこからやっと這い出すと、目の前では、姉妹が全裸でキャットファイトを繰り広げている。

「黙りなさい!」

「黙らない! 嫌だったんでしょ! 最初から嫌だったんでしょ! だったらアタシが代わってあげるよ! アタシは自分の感情で好きになったんだからッ!」

「それ以上いうなら! 例え妹でも口を縫い合わします!」

「簡単にできるとッ!」

 初めて見た激しい姉妹喧嘩だ。

 一昔前なら、ラナが組み倒されて終わっていただろう。しかし、今の鍛え上げた彼女はエアの腕力では押さえられない。

 だが、エアも驚くべき技を見せた。

 力では敵わないと判断すると、素早く蛇のようにラナの背後をとる。姉に尻もちをつかせ、そこから蜘蛛のような関節技で締め上げた。

 踏ん張れないよう両足を開かせ、右手は首、左手は肩に回る。

 思い出した。

 エアの奴、格闘技の動画を熱心に見ていた。まさか、それだけでこんな技を!

「ぐっ、く」

 弾む胸、苦しむラナ。

「お姉ちゃん。シュナに何度も実験したけど、この技から逃げる事はできないから。このまま落とさせてもらうね」

「うっ」

 エアの腕が更にラナを締め付ける。

 おい、シュナ。後で事情聴くからな。じゃない、

「エア、いい加減にしろ!」

 叫んで止めに入るが、

「あ、あなた。待ってください」

 ラナが、ノンノンと指を振る。全裸の姉妹喧嘩じゃなければ、頼もしい姿なのだが。

「エア、な、中々の技です。姉として、褒め、ます。でも――――――」

 ラナの姿が一瞬で消えた。

 というか、すまない。あまりにも、おっぴろげなので目を閉じてしまった。

 目を開くと。

 ラナはエアを、全く同じ技で締め上げている。

 ………………妹の全部が見えてしまった。

「なっ、う、嘘ッ!」

 エアが驚いても遅い。逃れようにもラナの腕力には敵わない。

 僕が思い出したのは、姉妹仲良く格闘技の動画を見る姿だ。手の内は、読まれていたのか。それと、ラナは誰を練習台にしたのかな? 僕、気になるのだが。

「く、く、そ………………」

 パタンとエアは気絶した。最後の抵抗は虚しかった。

 ぐったりした妹を担ぎ上げ、姉は一言。

「エア、あなたの強さには一つ足りないものがあります。それは………筋肉です」

 今の、微々っとむっちりしたラナが好きなんだがなぁ。

 ともあれ決着はついた。

 てか君らの裸のせいで、今日の記憶が全て上書きされたよ。

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