<第二章:プライドとの戦い> 【01】


【01】


【171st day】


 早朝も早朝。

 街は薄闇に包まれ、朝霧が濃く漂っていた。

 昨夜、あの後、パーティ全員に今日の日程を伝え、朝一で合流して街を進んでいる。一つ冒険をこなした翌日。普通は休みだが、急で仕方ない事態だ。

 問題もある。

「ぐ、む」

「大丈夫すかー?」

 親父さんの顔は蒼白である。

「………飲み過ぎた」

「程々にって、いったのに」

 確かに返事は聞いた。酒の入った返事だったけど。

 二日酔いで、親父さんのコンディションは最悪だ。

「シュナ、リズ?」

 二人の前で指を弾く。

「ん、何だ。起きてるぞ」

「シュナ、僕はこっちだ」

 よく開いていない目でシュナはラナを見ていた。僕はその隣だ。

「お前も、よく寝てないのか?」

「冒険から無事帰ったら皆で宴会するのが眷属の習わしぃ………………はっ、寝てないぞ!」

 うん、寝てたな。

「リーズー?」

 昭和の芸人のように指をパチパチ。

「………………あれ、お兄さん? え、ここどこ? うわっ! 鎧重ッ! 盾重ッ! 体怠ッ!」

 リズの無表情が、あどけない少女の物に戻る。

 久々にベルに体を返しやがった。そんなに眠いのか?

「ベル久しぶり」

「何か、お久しぶりです」

 本当に久しぶりだ。

 そして戦力大幅ダウン。いっちゃ悪いが、ベルでは今回の戦いは無理。これまで得た経験値が違い過ぎる。いつか時間に余裕が出来れば、ベルの育成する予定だが、取りあえず今回はお休みという事で。

 となると、

 ラナ、エアのエルフ姉妹が今回の勝利の鍵か。

 まあ、下手をしたらラナだけでも行けそうな気がする。しかしエアも、昨日失った自信を戻す為に積極的に戦闘に参加して欲しい。

 ま、こんな感じか。

 親父さんには、しばらく断酒させよう。女将さんにチクる案件が一つ増えた。

 して、

 冒険者組合に到着。

 丁度、朝を知らせる目覚めの鐘が鳴る。

「おっせーよ!」

 朝からキレる若者。

 アーケインとかいう英雄見習いは、目を赤くして僕らを睨み付ける。

 そいつの後ろでは、他のメンバーが毛布に包まって床で眠っていた。

「何お前、徹夜で待ってたの?」

 よく分からん几帳面さ。

「あん? ちげーよ」

「眠れないから先に来ていた」

 半目の銀髪が答える。

「ナナッシー! 黙ってろ!」

「少し眠る」

 スヤァとナナッシーは眠る。

「ソーヤ、おれもちょっと休む。出番来たら呼んでくれ」

「お、お兄さん。あたしも肉体的に限界がが」

 シュナとベルが重なるように床に倒れた。

「ソーヤ、俺は少し………うっ」

「はいはい、どーぞ」

 親父さんは早足でトイレに。

 辺りを見回すが、犬のように威嚇するアーケインと、そのパーティの姿しかない。エヴェッタさんや他の組合員の姿もない。

「お兄ちゃん。ご飯食べよ」

「ああ、そうだな」

 妹のいう通り。戦う前に軽く腹ごしらえ。

 アーケインを放置して、朝飯の準備。ブランケットを床に敷いて適当に腰を降ろす。

「あなた。はい、おにぎり。今日は頑張りましたよ。中に―――――」

 ラナから、ソフトボールサイズのおにぎりを頂く。

 中に………何か入っているのか、出来れば白いままの方がありがたいけど。

「エア、何でしたっけ?」

「肉味噌」

「そう肉味噌を入れたの。私が」

「肉味噌作ったのは、アタシだけどね」

「ほー肉味噌か。いただきます」

 防腐用の葉っぱを剝いて一口。こぼれそうになるほど肉味噌が入っていた。

 甘辛くも少し酸い絶妙な味付け。肉の味わいと玉ねぎのアクセントが米に合う。しかも、どこを食べても肉味噌が口に入る贅沢さ。

「美味っ」

 朝からガツガツおにぎりを食べる。

 美味いぞ、これ。夢中になる味付けだ。これが嫌いな男の子は中々いない。

「フッフーン」

 妹はドヤ顔で語る。

「炒めた玉ねぎと挽肉を、味噌、砂糖、ケチャップ、醤油を混ぜて煮込む。凄い簡単だけど、お兄ちゃんが作った調味料がなければ絶対に作れない。これって、アタシ達しか作れない至高のメニューよね」

「おにぎりに入れたのは、私」

「ある意味、これって集大成? あ~アタシ辿り着いちゃったかなぁ」

「おにぎりに―――――」

「うん、ラナ。君の炊いてくれたお米はいつも美味しい」

「です!」

 姉妹揃ってドヤ顔でおにぎりを食べる。

「あ、忘れる所だった。こっちはランシールとマキナが」

 エアは大きめのタンブラーを取り出す。

「マキナが作った保温用の金属水筒だって、中にランシールの作った豚汁入れて来たよ」

 思い出した。マキナが損失していた魔法瓶を改めて作ったといっていたな。

 エアはコップも取り出して豚汁を注ぐ。

「具は小さめにしておいたって」

 豚汁大好きのラナが、一番に口に。

「ふむ、悪くはないです。でも、あなたの豚汁の方が五倍美味しい」

 ラナは、おにぎり、豚汁、おにぎり、豚汁のワンツーを軽快に口にして行く。

「最初は嫌いだったのに、最近は味噌汁飲むと、落ち着いてため息が出るのよね。不思議」

 豚汁を飲んで、妹は日本人のような事を口にした。

 僕も一口。

 温かい味噌汁の風味が鼻腔を通り、豚肉の旨味と塩気が五臓六腑に染み渡る。これは良い。美味いのは間違いないが、それ以上に良い。匂いも、味も、一緒に食べる米も、全てが合わさって良い。故郷の味って大事なんだな。

 エアは良いお嫁さんになれるだろう。

 未来の女と書いて妹と読む。

 何てね。

 ………………今の僕の思考は、何もかも間違っている。

 忘れよう。というか、今後の展開について少しは危機感を持った方が良いのか? 修羅場が、こう昼ドラ的な。

 ラナとエアに、『どっちが良い?』といわれたら、それはもう………いやラナだが、何で一瞬迷ったのだ? うん、忘れよう。

 アーケインは、物珍しそうに僕らの食事風景を見ているが、僕は背中で隠す。敵にやる飯はない。ギリギリと歯軋りが聞こえるけど、知らない。

「あれ、エヴェッタはどうした?」

 組合長がやって来た。眠たそうな少年の顔付きで、相変わらず不気味な杖を携えている。

 極自然と、ラナの隣に座って僕をイラつかせた。

「組合長も飲む? 豚の入った味噌汁ならあるけど」

 珍しくエアが他人に飯を進めた。

「もらおうか。そういえばこの味噌、魔法使いの間では飲むと頭が冴えると評判だぞ」

 たぶん、どこかのエルフが吹聴したのだろう。

 組合長は、上品に味噌汁を飲むと軽いため息を漏らす。

「他に、心臓病の予防。老化防止。解毒効果。美容美白。食物の保存。減退した精根の回復。失った頭髪の再生。骨を頑丈にする。幸運を呼び込む。等々、まさに万能薬という噂だ」

 味噌は、万能ではない!

 メルムの野郎、話盛り過ぎだ。後で説教するからな。

「後、二日酔いにも効く」

 現れた親父さんは、げんなりした顔で味噌汁を催促する。

 エアから受け取り、味噌汁を飲むと少し顔色が良くなった。

「ふううぅうぅぅ生き返るな、流石万能薬」

 だからそれ、思い込みだって。

 地団駄が聞こえたので渋々振り返る。

 アーケインが『俺様の分は?』といっている気がしたので、あえて無視した。

「父上、最近深酒が過ぎるのでは? 王との付き合いとはいえ程々にしていただきたい」

 組合長が、久々にまともな事をいう。

 忘れていたが、親父さんと組合長は義理の親子関係だった。

「大丈夫だ。翌日に味噌汁を飲めば、ころりと治る」

 だから、そのヘルシーだから沢山食べても大丈夫みたいな理論やめい。そして、本当に顔色が良くなって普段通りに戻っている。

 レムリア王も食事療法したら脚気すぐ治ったし。こっちの世界の人達って、色々とおかしい気がする。体の基礎が違うのか?

「で、肝心のエヴェッタはどうした?」

 親父さんは周囲を見回すが、相変わらず誰もおらず。

「寝坊でしょうな。最近は特に酷い」

 では仕方ない。

 のんびり朝飯を食べながら、エヴェッタさんを待つ。

 組合長から味噌の情報を引き出すと、噂に尾ヒレ所か翼が生えて炎を吹くレベルだった。故郷の味が異世界で広がるのは嬉しい。だが、エルフの王にはきつく言及しないと。

 このままでは、本当に万能薬として売り出される。

 味噌は調味料であって回復アイテムではない。

 ポーション味噌味とかでるの? 勘弁してください。

「すみません!」

 エヴェッタさんの声が響く。

 いつも通りキリっとした顔付きだが、髪に寝癖が付いたままだ。

「つい寝坊を申し訳ございません」

「それじゃさっさと始めるか。集まれ」

 組合長が立ち上がり、パーティ全員を集める。まだ、半分眠っているシュナとベルに肩を貸して無理矢理立たせた。

 杖が床を叩き、組合長が宣言した。

「冒険者の神ヴィンドオブニクルの名において、シーカーブリゲイド対アーガンシア、両パーティの決闘を執り行う。勝者は、当組合員のエヴェッタを優先して雇える。武装に制限は無し、ただし相手を殺したら負け、パーティ全員の戦闘不能、もしくはこの――――――」

 組合長は懐から赤い布を六枚取り出す。

「布を奪われたら負けだ。尚、対戦人数は3対3とする。メンバーの選出は隠しても良い」

 ざっとしたルールを話、彼は銀貨を一枚取り出す。

「獣が上ならシーカーブリゲイド。反対ならアーガンシアが先にダンジョンに入る」

 コイントスが行われ、飛んだ銀貨を手の甲で受けて開く。

「アーガンシアが先だ。戦闘が行われる階層は、十階層。冒険者らしく誇りを持って戦うように、以上」

 アーケインは僕を威嚇したままポータルに入って行った。

「さて」

 メンバーはどうするか。

「シュナとベルは………」

 就寝中だ。まあ、いいや。

「僕と、エアは確実に入れるとして」

 リーダーと索敵は必須。

 後はラナか、親父さんか。

「最後はラナで」

 割と迷いなく選ぶ。

 口うるさい奴に変な評判を広げられて、親父さんの『冒険者の父』というステータスを落としたくない。この人は、いざ戦いとなったら容赦しないし、流石にアーケインが可哀そうである。

「おい、ソーヤ。油断はするなよ」

「当たり前です」

 親父さんの忠告は当たり前過ぎる。そんな油断などした事はない。いつも気を張って戦いに挑んでいる。

 今回もだ。

「じゃ、ちょっと軽く倒してきます」

 僕と姉妹は、左肩に赤い布を巻き付けてポータルに向かった。

「ソーヤ、本当に油断は」

「大丈夫ですって」

 エヴェッタさんまで、要らぬ心配を。僕を始め、エアもラナも自信一杯だ。負けるはずがない。

 光の渦に飛び込み、一瞬の無重力と眩い光が終わると、ダンジョンに到着していた。

 懐かしの十階層。

 一面灰色、石造りの迷宮である。

「よう」

 真っ正面。少し離れた所にアーケイン達はいた。ナナッシーと、カワウソ獣人も並んでいる。三人とも手首に赤い布を巻き付けていた。

 となると、あの鎧の大男は抜けたのか。得体の知れない相手だし助かるな。

「で、もう始めるのか?」

 一応、聞く。ラナとエアには、即戦闘に行けるようアイコンタクトを送った。

 不意打ちもなしとは、こいつらも戦闘に自信があるのか。

「ああん? もう、始まってんだよ」

 アーケインが指を上に向け、反応したが遅かった。

 天井に溜まった水溜まりが落ちてくる。

 滝を浴びたような重み。鼻や耳に水が入り込んで脳が混乱する。必死にもがいて、やっとの事、水から顔を出すと、全く動けなくなった。

「こうなったら、どんな冒険者も同じだぜ」

 僕の首から下は、粘質の水溶性物体に包まれている。ようはこれ、前も戦った事のあるスライムの一種だ。あの鎧の中身って、このスライムの群体か? こんな物を操る術があるのか?

 姉妹も似た様な状況で、全く動けない様子。

「で、シーカーブリゲイド。まだやんのか?」

 え、これ?

 ………………負けた?

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