<第二章:プライドとの戦い>


<第二章:プライドとの戦い>


 そのパーティの名を『アーガンシア』という。

 中央大陸の古い言葉で、『誇り』そして『傲慢』という意味だそうな。

 若いリーダーを持った新進気鋭のパーティで、僕らに続いて最速で中級冒険者になったパーティである。

 しかも、二日という僅差で。

 時々、名前を聞いた事はあった。ただ僕は、他のパーティに興味がないので<それと、一度関わって相手パーティが全滅した事もあったので>関わり合いになる事も、時々凄い目で睨まれても基本スルーしてきた。

 そんなパーティの前に、僕は、エヴェッタさんを連れ立って参上する。

 場所は、最近ご無沙汰の国営酒場。隅の席に彼らはいた。

「すまない。リーダーはどなたか?」

 そういえば、僕はリーダーの名前も性別も知らない。

 エヴェッタさんは知っているだろうが、冒険者組合の人間が、他の冒険者の個人情報を漏らすのは禁止事項だ。結構、ガバガバの禁止事項であるが。

 ざっと目の前にいるパーティを見回す。

 まず目に付いたのは、色々と縁のある銀髪ショートの少女。山刀二本が目立つ、偵察、探索<シーカー>系統の身軽な軽装である。スレンダーで可愛らしい顔つきだが、表情が能面みたいだ。僕が警戒されているだけかもしれない。

 次に、短い獣耳が付いた獣人。爬虫類系のような太めの尻尾。ぺったりとした濃淡の茶髪で、彼女もショート。獣人恒例の下着のような着衣。顔は、最近見たカワウソに似ている。

 カワウソの獣人とかいるのか? 杖を携えている事から、魔法使い系統だろう。

 一番目立つのは、全身鎧姿の巨躯だ。

 隙間なく鎧に包まれて、種族や性別すら分からない。しかも、武器らしい武器を持っていない。鎧の手甲は硬そうだが、それでモンスターを殺れるのか? 謎だ。

 おまけで、その鎧に隠れて見えなかった痩身の少年。

 年齢は、たぶんシュナとタメ。

 鎧にマント姿、盾に剣と騎士っぽい装備。馬子にも衣裳な雰囲気。金髪を短く刈り込んだ生意気そうな顔付き。

 前にぶっ倒した魔剣使いを彷彿とさせる。

 まとめると、索敵担当の銀髪少女が一人、魔法使いの獣人が一人、謎の鎧姿が一人、騎士風のガキが一人、の四人パーティが『アーガンシア』というパーティだ。

「貴様! シーカーブリゲイドだな! オレ達に一体何のようだ! ええッおオオッ!」

 詰め寄って来た威勢のよいガキは無視して、

「すまん、リーダーは誰か?」

 もう一度同じ質問。

 銀髪少女が僕に噛みついているガキを指差す。

「あ~君が? リーダーか?」

「リーダーだッ!」

 うるさいなぁ声が。

「今日は、ちょっとしたお願いがあって参上した」

「何だと、この野郎」

 ぶっ飛ばしたいが、僕は大人なので我慢。

「こちらにいるエヴェッタ嬢。君らのパーティに雇われたそうだが、先を譲って欲しい」

「ふざけるな! 先に雇ったのはオレらの方だ!」

「いえ違います」

 と、エヴェッタさん。

「書類は、ほぼ同時に申請されました。双方に権利があるかと」

「な、貴様またペテンを働いただろ!」

 ちなみにペテンを働いたのはエヴェッタさんで、こいつらの書類が出すと同時に、僕の執筆を真似て書類を偽造したそうだ。

 担当の特権というか、何でそんな事をしたのやら。

「いや、少年。“また”とはどういう事だ?」

 当たってはいるが、“また”ペテンといわれては聞かざる得ない。

「まず、エルフの美姫を二人もパーティに入れた事だ! 何でも、他のエルフを弓で脅して仲間に入れたそうじゃないか!」

「それは違う。同じエルフのパーティにラナが騙されたので、僕は助けただけ。弓で脅したのは、ただの仕返しだ」

「じゃ、竜亀ミドランガ退治だ!」

 懐かしい名前が出た。あの亀の素材、値段がつき過ぎて、まだ売れてないのだ。

「ありゃパーティの総合力だ。直せたが、貴重な武器を一つ犠牲にしている」

「いいや信じられないね!」

「それじゃもう」

 何を話しても無駄だろう。

「そうなるとだな」

 何がそうなるか知らないが、

「“竜甲斬り”や“竜鱗”も嘘という事になるな?」

「は?」

 カチンと来た。

 僕の事を、とやかくいうのは問題ない。だが、パーティの文句となると話は別だ。僕個人の感情的な問題もあるが、メンバーを馬鹿にされてヘラヘラ笑っているようでは、リーダーなど出来はしない。

 こいつが口にしたのは冒険者の禁句だぞ。

「特に、“竜鱗”は怪しいな。なんせエリュシオンを追放された罪人の一族だ。罪状は何だったっけ? ええと、エルフの色目に引っかかったんだっけな? ああ、もしかして貴様の所にいるエルフはそういう使い方――――――」

 ガキの足を払う。

「うがっ!」

 すると、テーブルに後頭部をぶつけて笑える形ですっ転んだ。

 刀を抜こうとしてエヴェッタさんに止められる。

「ソーヤ、気持ちは分かりますが、今は話を」

「止めないでもらえますか? こいつは、アーヴィンと妻と妹の三者を揃って愚弄した。斬るに値する理由だ」

 話は手足を落とした後でも出来る。むしろ、こういう輩にはそっちの方が早い。

「てめぇ!」

「さっさとかかって来い」


「「「おい! お前らッッッ!」」」

 

 マスターの怒号が響いて、頭がクラッとした。

「喧嘩するなら刃物はナシだ! 素手でやれ!」

 しょうがない。

 苦手だが素手でぶっ飛ばすか。向こうもやる気だし。

「ソーヤ、は・な・し・を」

「いだだだだ」

 めぎっとエヴェッタさんに握られた右腕が悲鳴を上げる。

 これ、従わないと潰されるやつだ。

「とんだ挨拶になったが、『アーガンシア』のパーティメンバーとリーダー。君らクソッタレに、エヴェッタさんを賭けて勝負を挑む。臆病風に吹かれて街から逃げ出すなら、受けなくてもよい」

「きっきっ、貴様ッ!」

 ガキが吠える。

 だが僕の視線は、こいつより背後に向かう。

 マスターも、僕ではなく最初から銀髪少女の方を睨み付けていた。彼女の両手には抜き身の山刀が握られていた。しかも、マスターから威嚇されても収める様子はない。

 この店でマスターに従わない奴は初めて見た。

 度胸があるのか、頭がおかしいのか。

「………いいだろう! その勝負受けてやる! メタメタにしてやるからな! 貴様のペテンを暴いて、二度と冒険を出来なくしてやる!」

「明日の早朝、冒険者組合に集合だ。その時、組合長が勝負方法を明かす」

 まあ、当初の目的は果たした。

「い、いいかッ、貴様のペテンを暴いて!」

「二回もいうな。それと、後ろの保護者に刃物を引くよういえ。でないと、マスターにぶっ飛ばされて勝負所ではなくなるぞ」

 そこでようやく、ガキは銀髪少女が戦闘態勢な事に気付く。

「おいナナッシー。刃物をさげろ!」

「分かった」

 ナナッシーと呼ばれた銀髪が刃物をしまう。ガキが命令するまで、本気の殺意を僕にぶつけていた。てか、ナナッシーって変な名前だな。

 マスターは、僕を一瞥してカウンターに戻って行った。

「待て、おい!」

 帰ろうとした僕を、ガキが引き止めた。もう話す事などないが。

「親父さんを、どうやって仲間に入れた?」

「あん?」

 何でそれを、こいつにいわなきゃならない。

「オレは一度断られているんだぞ! それを何で貴様は!」

 そういう事か。

 ………仕方ない答えるか。

「僕は、彼と因縁のある敵を倒すのに協力した」

 ロラの事は、世間的にはあまり知られていない。正体不明の敵だったし、犠牲者の数だけをいえば少ない方だ。口外できない情報も多く、こいつが知らないのも不思議ではない。

「僕は、相当なリスクを負った。下手をすれば僕の命だけではなく、妻の命も失われた。親父さんがそれに恩を感じて、パーティに入るのは不思議ではない」

「違うね」

 違わなくねぇよ。面倒くさいなぁ。

「ああ後、たまたま貴重な材料が手に入ったから、それで剣を作って親父さんに渡した」

「あ、あの人はッ! そんな、物で釣られるような人じゃねぇよ!」

「冒険者ってのは、そもそも現金な生き物だ。如何に冒険者の父とはいえ同じく冒険者。気持ち悪い美化をするな。十分俗物だよ、あの人は」

 それに親父さんが本当に恩だけで、僕の冒険に付き合っているとでも? 違うな。

「他に理由があるなら、自分の命に挑戦しているだけだ。男らしい手前勝手な理由だよ」

「ち、ちがっ」

「僕のパーティメンバーの事だ。少なくとも他人よりは理解している」

「………………」

 やっと黙った。

 やれやれ、正論を並べるのは疲れる。

「まだあるぞ!」

「まだあるの?」

 流石に付き合いきれなくなって来た。

「てゅ、テュテュちゃんが娼館から居なくなった事だ!」

「へ?」

 意外な人物の名前が。

「やっと、やっと、鎖金貨を手に入れたのに、よりにもよってこの機会でいなくなるとは! 聞けば、ちまたで流行っているラーメンを作る為に辞めたそうで、しかも貴様がそのラーメンを作ったと聞く! 完全に貴様のせいだッッ!」

 完全に逆恨みだろ。

 しかし、テュテュのやつ娼館を辞めていたのか。知らなかったな。知らされても困るけど。

「よく聞け、シーカーブリゲイド。いつかは冒険の名声で叩き潰してやろうと思っていたが、貴様から勝負を挑んでくるなら丁度いい。この、エリュシオン代行英雄であるアーケイン様が」

 おい、冗談。

 今なんていった?

「待って」

 ナナッシーとやらが、手を上げる。

「代行英雄“見習い”そこ間違えないで、肩書を間違えるのはいけない事」

「だ、代行英雄見習いアーケインが、貴様らを潰す!」

 代行かつ見習いとは、これもう分からんね。

「はいはい、じゃ明日な」

「こ、この!」

 これ以上、相手するのも馬鹿らしいのでさっさと帰る。

 カワウソの獣人は始終アワアワしていた。

 鎧の巨躯は微動だにせず。

 銀髪は、抑えてはいるが静かな殺意が漏れている。

 僕がいうのも何だが、変なパーティだ。

 鎧に妙な気配を感じたが、何だろう。思い出せない。

 アーケインの滑稽な威嚇を背中に受け、エヴェッタさんと酒場の外に出た。

「うーん、売り言葉に買い言葉で勝負を挑んでしまった」

「それが何か?」

 彼女は首を傾げるが、

「順番でエヴェッタさんを雇えば、それで済んだ話だと思いまして」

「それで済まないので、色々と手を回したのですが?」

「え、どういう事ですか?」

「あのアーケインなる代行英雄見習いは、レムリア王の足跡を辿り、かつ王以上の冒険をして、次代の冒険者の王になるつもりだそうです。その一環として、わたしを雇いたかったとか」

「ん………はあ?」

 次代の冒険者の王。

 別に珍しくもない目標だ。一国一城の主に憧れる冒険者は数多い。王の足跡を辿る事も決して珍しい事ではない。ある意味、僕もやっている事だし。

「でもやはり、エヴェッタさんを交代で雇っても、別に」

 問題ない事だ。

 すると、エヴェッタさんは無表情で頭を抱えていた。いや、相当悩んでいる無表情か。

「こういう事は苦手ですね。本当は、勝負が決着するまでいわないつもりでしたが………だから聞かないでもらえますか?」

「えー」

 これ後々面倒になるパターンだ。

「わたしの一生のお願いです」

「まあ、それじゃ聞きますけど」

 女性にそこまでいわれたら聞き入れるけど。

 大事な担当さんだし、信用しているし、僕の不利益になるような事は………………まあ、彼女の思い違いとかではない限り、無いと断言できるし。

「大丈夫です。安心してください。あなたは勝ちますよ。だってあなたは、わたしが担当した最初で最後の冒険者ですから、胸を張って自信を持つのです」

 その言葉に自信は持てるけど、別の不安を感じてしまう。

 だが、いつにも増して元気そうなエヴェッタさんに、疑問は口に出来なかった。


 だから、切り替えた。


 明日は勝ち、そして彼女を雇い、共に冒険に出るのだと。

 不安や疑問は、その後解消しよう。

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