<第一章:魔鏡> 【02】


【02】


 妹の下がった機嫌は元に、いや元より上がった。

 でも今の状況に、僕の理解は追い付いていません。

 冒険が終わったら、え? 妹と結婚するの? これどういうフラグなんでしょうかね。僕、近々死ぬの? それとラナに何ていえばよいのだ。

「エア、もう大丈夫なの?」

「うん! だいじょーぶ、ブフフ」

 一階に戻ると、ラナは帰っていた。

 エアは上機嫌で笑いを漏らす。

「いきなり一人で帰るのは止めなさい。皆の迷惑になります」

「うん、次から気を付ける!」

「………あなた、エアがこんなに素直になるとは、何かしました?」

「まだだ!」

「そうよ、これからだよ!」

「はい?」

 ラナの言葉に食い気味でツッコんでしまった。

 エアも続くので更に怪しく。

「あ、すまん。そういえば、担当のエヴェッタさんに用事があったんだ」

 取りあえず、一時撤退。一人で整理する必要がある。

 今ラナと何か話したら、色々とゲロってしまいそう。事実は整理しても変わらないが、伝え方で印象が変わる事もある。

「ソーヤ、夕飯は先に食べても良いでしょうか? エアもラナも、冒険終わりで疲れているでしょうから」

 逃げようとする僕に、ランシールがいう。

「ああ、それで頼む。二人共、今日はお疲れ様」

 振り向いて答えると、ランシールは姉妹から見えない角度で、ニコニコと笑って僕の胸を指でグリグリした。

 ま、まさか、全部聞かれていた?

「では、いってらっしゃいませ」

「あなた、冒険終わりで大変でしょうけど。頑張ってください」

「お兄ちゃん、いってらー」

 姉妹とランシールの笑顔に見送られ、僕は家から逃げ出した。

 叫びたい衝動を抑えて全力ダッシュ。

「お、戻って来た」

 また、テュテュの店の前でメルムに見つかり、

「全部お前のせいじゃー!」

 八つ当たりした。

「貴様、何をいっているのだ」

「まあ、ソーヤ。落ち着け」

 ハゲに座るように促され着席。

 僕は髪のある頭を抱える。

「何だ? エアの説得に失敗したのか? 私には関係ない事だろう」

「成功したよ! 滅茶苦茶機嫌良くなったさ!」

「それでは………ああさては、求婚でもされたか?」

「なっ!」

 父親にズバリと当てられ固まる。

「やれやれ、あいつは本当に子供だな。まあ女なんてものは、気分が落ち込んでいる時に優しい言葉をかけられたら簡単に落ちるものだ」

「おい、メルム。良いのか? ラウアリュナ姫に続き、エア姫までも異邦人の嫁で」

 それはそうだ。このハゲ、たまには良い事をいう。

「子供の世迷い事だ。時間が過ぎれば、こんな男はすぐ飽きる」

「ソーヤ、気を付けろよ。こやつはエアを使って、そなたの技術や知識をしゃぶり尽くすつもりだ。用済みになったら捨てられるぞ」

 いやいや、エアはそんな事はしない。

 それに僕が持っているのは、安っぽいお料理知識くらい。エアがそれを学習しきったとしても僕に飽きるくらいで………………ん、飽きる? あれ結果的にそれで良いのか?

「ちっ」

 メルムの舌打ちが図星なのを表した。

「しかし、レムリアよ。貴様もランシールを異邦人に宛がっているだろう。私と何が違うのだ」

「ランシールは、余がやれといった事ではない。一度やれといったが断りおった。しかも、断った後で自ら進んでソーヤの元に行った。女とは、分からんものよ」

 女遊びの多い王がいうと深く聞こえる。

 レムリア王は、僕を見向き明るい調子でいう。

「でだ。ソーヤどうだ? ランシールは手放せ。代わりに、カロロという獣人の娘を紹介してやろう」

「あんたそれ、思いっきりレムリアの密偵じゃねぇかッ」

「………フ」

 フ、じゃねぇよ。お前ら揃って何を狙ってるの?

「ところで異邦人よ。貴様は、パンは焼けないのか? エアに教えるつもりはないのか?」

「僕は、出来て獣人パンくらいだ」

「使えない異邦人だな。なら仕方ない、レムリアどちらが先に行く? 冒険の輩だったよしみで、選ばせてやる」

「ほほう、エルフの王よ。先を譲るという事は、余に勝ちを譲るという事だぞ。良いのか?」

「勝ちを譲る? おかしな事をいうな。私は狙った女を逃した事はないぞ」

「あるだろ。余が記憶しているだけでも結構な数だ」

「違うな。私が、その女に飽いただけだ」

「落とせない女がいる度に、それをいっているだけであろう」

「………………」

 何その負けを認めないなら、負けじゃないみたいな子供理論。

 微笑ましいわ。

「ま、先を譲るというなら譲られようぞ。エルフの王に冒険者の王の手管を見せて進ぜよう。おお~い、ルツ君!」

 自信満々で、ハゲが瑠津子さんを呼び出す。

 お前ら、完全に瑠津子さん狙いか。確かにパンは美味いが。マジで泣かせるような事したら、揃ってスタッブするぞ。

「ハーイ、ぶぶ漬けどすえー」

 ガンメリーがお茶漬けを二杯持って来る。

 店内は満席だった。当然、テュテュや瑠津子さんは忙しく働いている最中。六体ほどに増えたガンメリー達も忙しく仕事中。

「何だこれは、頼んでおらんぞ」

「日本の魔界、キョウトのデントー食でありんスー」

 三角巾を付けたガンメリーは、お茶漬けを置くと去っていった。

 丼ぶりには魚人産のお米、その上に漬物らしい白い野菜と根菜が山盛りで置かれ、お茶らしき液体に浸されている。

 てか、僕が食べたい。

 それと、ぶぶ漬けで帰れというのは、フィクションじゃなかったっけ? 

「野菜ばかりではないか、余は野菜はあまり。むう、何ぞ生臭いぞ」

 ぶつくさ文句をいって、ハゲはお茶漬けをスプーンですくって食べる。すくって食べる。時々、ボリボリという音が響いた。

「この白い粒野菜。私の商店でも扱っているが結構な値段なのだぞ」

 メルムも、ずずっとお茶漬けを食べ出す。今、一つ解せない言葉を聞いた。私の商店? お前ただの売り子だろ。

 僕もお腹減って来た。何か落ち着いたから家に帰ろうかな。色々、忘れてる気がするけど。

「あ、ソーヤこんな所に」

「あ、エヴェッタさん。すみません」

 その忘れてた理由が自分から来てくれた。

「おお、エヴェッタ。今日は仕事上がりか?」

「はい、レムリア王。本日もご機嫌麗しゅう」

「そのような挨拶は良い。たまには同席しなさい」

「では失礼します」

 合流したエヴェッタさんが僕の隣に着く。何か、ハゲが妙に優しい声音で気持ち悪い。

 間を置かずテュテュが注文を取りに来た。

「エヴェッタ、いらっしゃいニャ。今日は何にしますかニャ?」

「店長、今日は………………カレーチャーハンと、ショーユーラーメン、両方とも特盛で。野菜も食べたい気分なので今日おすすめ盛り合わせを。ところで、お魚の件はどうでしょう? ソーヤ」

 話題を振られたので答える。

「もうちょい待ってください。知り合いの魚人さんが使用している水路、まだ通れないらしくて」

 レムリアは暖かくなったが、まだ海に面した部分に冷気が残っている。その影響でゲトさんが移動に使用している地下水路は、一部流れが急で使用できないらしい。

 本当に、後少しの期間だが。

「お魚料理、食べたかったのですが仕方ありません。店長、飲み物は牛乳を」

「はい、ご注文いつもどうもニャー」

 注文を受けたテュテュは、僕を一瞥すると耳にキスして店に引っ込んだ。

 一瞬の事で隙を突かれてしまった。

『ほぉ~』

 と、王二人が声を上げる。

「な、何ですか? 挨拶みたいものですよ」

 いつもの事だ。改まって反応される事ではない。

「貴様、獣人が耳に口付けする意味分かっていないだろ?」

「は?」

 メルムに、そんな事をいわれてもピンと来ない。

 そういえば、前にランシールにも耳チューされた。かなり濃厚に。思い出すと体が震える。

「ハッハッハッ、余は安心したがな」

 何故かレムリア王は安心している。時々あるが、あんたらで納得しないでくれないか?

「そんな事より、ソーヤ。わたしから話があります」

「はい、そうでしたね。すみません」

 大事な担当さんと会話する。

「四十階層到達おめでとうございます。残り五階層の踏破で、あなたは上級冒険者となります。最速で中級冒険者になったパーティ。ひいては上級冒険者にも。と、なるように、わたしからお願いがあります」

「はい、何でしょう」

 エヴェッタさんのお願いとは、食い物関係以外なら珍しい。

「わたしを雇ってください」

 四十五階層までの情報は持っている。ただ、情報だけでは簡単に行かない事も知っている。

 助っ人を考えていた所だから、渡りに船の提案だ。

「待て、エヴェッタ」

 良い提案だが、レムリア王に止められる。

「レムリア王。ソーヤはラーメンの一件で、わたしを雇えるだけの翔光符を手に入れました。問題ありません」

 確かに、ラーメンの一件で炎教の司祭様が特別ボーナスをくれた。

 何と翔光符、700枚。丁度エヴェッタさんを雇える数だ。

「いや、問題あるぞエヴェッタ。そなたは今、他のパーティから依頼を受けているはずだ。それはどうするというのだ?」

「決まっています。ソーヤが勝ち取ります」

「………………え?」

 勝ち、え? 何故に?

「ソーヤ。レムリア王がいう通り、わたしは今、他のパーティから雇われる寸前です。なので、彼らと勝負をして打ち負かし。わたしを勝ち取ってください。良いですね?」

「あ、はい」

 彼女に真摯な目で見られたので、つい即答してしまった。

 早急と思う間もなく。

 大した覚悟もなく他のパーティとの勝負を了承してしまった。

 

 こういうのを、後悔先に立たずという。

 それに気付いたのは、もう少し後の話である。

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