<第一章:魔鏡> 【01】


【01】


「ソーヤ、四十階層到達おめでとうございます。ひいては、わたしから提案が―――――」

「ごめん、エヴェッタさん! 妹を知らないか?!」

「え、妹さんですか? つい先ほど出て行かれましたが」

「その提案とやらは後で聞く! 今はごめん!」

 担当と別れ、逃げ出したエアを追う。

 冒険者組合を出ると、街は人でごった返していた。時刻は夕暮れ、もうすぐ夕飯時、一日の仕事が終わり夜の始まる時間。

 冒険者、商売人、職人、術師、娼婦、王族、司祭、信徒、武人、兵士、様々な職種と人種が、飯屋か酒場に繰り出し、もしくは家や宿舎に帰り、日々の糧を味わう。

 この時間忙しいのは、料理人と給仕、主婦くらいか。

「雪風、エアの場所は?」

『捉えています。自宅、外壁の上であります』

 大通りの人の波をすり抜け裏道に。

 入り組んだ路地裏を通り、自宅への最短距離を取る。

 途中、テュテュの店の前を通った。隠れ家的名店なので行列はない。店内の席は半分ほど埋まっている。でも最近、常連は増えて来た。基本的にリピーターばかりなので、そのうち席の取り合いになる可能性も。

「おい、ソーヤ」

「おい、異邦人」

 そして店の外の席では、冒険者とエルフの王が“今日も”陣取っていた。たぶん、親父さんも後で合流するのだろう。

 意外な事に、二人共他の住人や冒険者に身バレしていない。

 一応、影ながら護衛はいるらしく。時々視線を感じる。

「すいません、急ぐので」

 まだ酒は入ってないが、相手していられない。

 さっさと走り去ろうとして、

「エアの事だろ? さっき挨拶もせず通り過ぎたぞ。いいから席に着け」

 エアの父親がそういうので、渋々席に着いた。

「おおーい! ルツ君! あれを出してくれ、あれを」

 冒険者の王が人を呼ぶ。

 店から人がやって来た。鎧姿の小人をお供にした少女。同じ異邦人かつ、別の日本からやって来た瑠津子さんである。

「はーい、おじ様。丁度できましたよ」

 給仕服の瑠津子さんが、皿を持ってやって来る。

 テーブルに置かれたのは、小さな平焼きパンが六個。

「あらソーヤさん。ダンジョンはどうでした?」

「無事、四十階層に到達したよ」

「すっごーい! 後、五階層で上級冒険者じゃないですか!」

 瑠津子さんは自分の事のように喜んでくれた。

 それに妙な対抗意識を燃やしたのは、冒険者の王。

「余の時代は、今のような組合はなかったからな。冒険はもっと過酷であった」

 はいはい。

「異邦人、私が考案した飯だ。食え」

 エルフの王が皿を僕の前に寄せる。

「はあ、だから僕は急いでいるのですが」

 でも、一つ食べてしまった。

 表面はパリっと、中はモチっと、口の中に、ほのかな塩味が広がる。

「どうだ? 美味かろう。オリーブオイルを少し漬けたり、薄切りにしたベーコンを乗せると尚美味い」

「これ………」

 フォカッチャ? プレーンのピザみたいな味だ。素朴で嫌いじゃない。

「メルムさんが考案した平焼きパンです。確か、娘さんから聞いた―――――」

 咳払いして、メルムは瑠津子さんを黙らせる。彼女は愛想笑いを浮かべて店に戻って行った。

 てかメルム、またパクってないか?

「エルフパンという名前で売り出すつもりだが、問題ないな?」

「まあ………うん」

 問題しかない。イタリア人にバレても知らないからな。

 レムリア王は、フォカッチャ改めエルフパンを食べながら一言。

「では、食パンはレムリアパンとして売りに出すか」

「まて、レムリア。瑠津子は獣人族の森から来ている。しかも異邦人だ。それでレムリアパンはおかしいだろ?」

 メルムが反論して話が更に横に、

「急ぐので帰ります」

 付き合ってられないので席を立つ。

「だから待て、エアの事を聞かせてやる。どうせ聞いていないのだろう?」

 またメルムに止められる。

 今更、聞かなくちゃいけない事は………あるが。

 魔鏡の浮かべたあの姿とか。

「ソーヤ、何を見た?」

 レムリア王の質問に、メルムと王を交互に見る。

「メルムに話しても構わぬ。情報を漏らすような口の軽い男ではない」

「そういえば、貴様の髪は軽くなったな」

 メルムの場違いなツッコミに場が冷える。

 レムリア王は、メルムを無視して僕に話題を振った。

「で、ソーヤ。何を見た?」

「エアの影は―――――」

 僕まで場に乱されたら話が進まない。

「以前、商会で見た事のある長銃を持っていました。銃を見たせいかエアは萎縮してしまって、それで僕が助けに入りました」

 魔鏡には裏技がある。

 透明な壁の左下の隅に、抜け穴があるのだ。そこを通れば、仲間の戦闘に加勢できるという設計ミスのような裏技。

 エアの姿をしている敵を倒したのは、後味が悪かった。

 それ以上に後味が悪かったのは、戦闘後、泣きながら震えるエアを見た事だ。冒険中の為、私情を挟んで他のメンバーを危険に晒すような事はできなかった。

 で、ダンジョンから出ると同時に、全力でエアは逃げ出した。

 そして追う途中で王に捕まり、今に至るわけだ。

「異邦人、貴様エアに何を聞いた?」

「何って、何をですか?」

 メルムの質問はいつもこんな感じ。一言、二言、必ず足りない。

 しかも面倒くさい顔つきで僕の疑問に答える。

「戦争の事だ」

 レムリアとヒューレスが、騎士殺しを偽装する為に起こした戦争。

 その時の事は、エアに聞いた事がある。

「確か『気付いた時には、森は焼けていた。お腹を撃たれていた。人のやり取りは、姉はアタシを避けてやっていたから、詳細は分からない』こんな感じだったかと」

「なるほど、全然話していないな」

 メルムは、自分の娘の事なのに呆れた顔をする。

「まず、エアはちょっとした才能がある。貴様も気付いたかもしれんが、エルフにしては珍しく。多文化の吸収力が異常に高い」

「あ」

 確かに、単なる料理好きと思っていたが、それ以外の事も吸収力は異常だ。タブレット端末の使い方や、現代のデバイスも“何となく”で大体使いこなせている。

 エルフとは皆、多文化の吸収力が高い物と思っていたけど、ラナやマリアと比べるとエアの上達速度は異常だ。

 となると、エアが特別といわれれば納得できる。

 カレーもラーメンも、僕以上の腕前だし。

 才能があるのだから、僕が料理の腕で負けてもおかしい事じゃない。

 何か、アイデンティティ的な部分で凄いホッとした。

「少し前まで、私の森はドワーフと付き合いがあった。この剣も、私が若い時に作ってもらったドワーフ製だ」

 メルムが腰の剣を指で弾く。

 儀礼的なデザインの徹底的に肉抜きされた剣。名は確か、コールドライト。

「その付き合いで、ドワーフが作った銃の試験を頼まれたのだ。適材はエアしかいないと思った。あいつもやる気で、短期間で銃の扱いを覚えた。

 公には秘密であったが、この世界で一番の、そして最初の銃使いとなったわけだ。

 ドワーフはその情報を持ち帰り、新たな火薬を開発。そして、新火薬が原因の鉱山事故を発生させ都市は崩壊。残った銃と火薬は、レムリアが封印したが、銃の幾つかは商会に流れた。まあ、火薬がなければただの棒だ。そこは問題ない。問題があったのは――――――」

「まさか」

 察した。

「そうだ。エアの奴は、銃も火薬の作り方も学習していた。森を襲った騎士共が携えていた銃は、以前は貴様を謀って誤魔化したが、恐らくは、エアの作った物だろう」

「でも、証拠はないのでしょ?」

 確証があるならメルムの奴は“恐らく”といわない。

「ああ、ない。これは私の予想と憶測だ。妄想と片付けてもよい。それに証拠らしきものは全て消した。森を襲った連中の銃が、森の姫が作った物だと知られて見ろ。今度こそ私の一族は終わりだ」

 そうだな、エアが騎士の襲撃を扇動したと疑われる。

 姉妹揃って、森が被害を被った一因を背負っているとは。

「都合の良い事に、銃で殺された者はラウアリュナに焼かれ消し炭だ。エアが銃に関わった事も、レムリアで知る者は王と極一部の者だけ。更に、エア自体も撃たれて瀕死だった。そのまま問題なく過ぎる話だった」

「エアが死ねば、か?」

「そうだ」

「お前」

 よくも平然といえるな。

「ソーヤ、止めぬか。こやつは、こういう口なのだ。察せとはいわぬ。聞き流せ」

 レムリア王に止められた。今は仕方なく止める。

 レムリア王が僕を見てぼつりと呟く。

「魔鏡は、銃を使っていたエアを影として生み出したのだな。因果なものよ。よりにもよって今より強い己の姿が、一番否定したいものとは。………ヴァルシーナを思い出す」

 何故か娘の母親の話題を出した。

 気になるが今は後。

「で、メルム。他には?」

「これで大体全部だ」

 だそうだ。十分、エアの情報は得た。

「ま、後は貴様の説得次第だな」

 珍しくまともなメルムの発言。絶対裏はあるが、今はそんな事は気にしていられない。

「レムリア王。僕はこれで」

「ソーヤ、最後に一つ。エヴェッタから話はなかったか?」

「ありました。後で聞くつもりです」

「なら、良い。聞いてやれ」

「え? はい」

 王様に念を押される内容なのか? 

 さておき、王二人に軽く頭を下げて走り出す。家路に向かって、全速力で。

「雪風、エアは移動してないか?」

『してないであります。それと、先ほどの会話で一つ疑問を感じたであります』

「何だ?」

 走りながら雪風の疑問を聞く。

『以前、ソーヤ隊員が妹様に戦争の事を質問した時、彼女は姉が敵と交渉したような発言をしました。雪風、気になります』

「良い言葉を教えてやる。人間は色んな嘘を吐くが、一つだけ許さないといけない嘘がある」

『はい、それは何でしょう?』

「子供の嘘だ」

『一応、記憶しておきます』

 一応かよ。

 誰の言葉か忘れたが、胸に残っている言葉だ。

 家に到着して、ノックもしないまま鍵を開けて帰宅。

「ランシール、ただいまー!」

 夕飯の匂いがする。

 帰還予定が未定でも、ランシールは朝夕の飯の支度をしてくれている。

「おかえりなさい。あら、ラナはどうしたのですか?」

「それは後で、エアは上だよな?」

「はい、帰って来て挨拶もしないまま――――――」

「すまん後で!」

 迎えてくれたランシールを通り過ぎて階段を上がる。

 四階の天窓を開けて屋上に、気温は暖かくなったが風はまだ冷たい。

「エア!」

 叫んで呼ぶと、意外と近くにいた。

 背中を向け、膝を抱え落ち込んでいる。

「あによぉ」

 グスグスと涙声。

「お前なぁ、いきなり逃げるなよ。心配するだろ?」

「心配してた割には遅いんですけどー」

「そりゃ、お前の父親につかまったからな」

「あいつが今更なによぉ」

「そのあいつに大体聞いた。銃の事とか、まあ色々とな」

 一瞬振り向いたエアの顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

「お兄ちゃん。アタシの事、嫌いになった?」

「何をいってんだか、お前がやった事って銃を作って利用されただけだろ?」

「………………違う」

 違うのか。

 想像するのは容易いが、嫌なものだな。

「バカみたいな話だけどね。ドワーフが事故って、レムリアが銃を禁止して、アタシは覚えたての技術を活かす場所を奪われた。銃の腕も含めてね。

 それが凄く残念だったの。

 だから、あの騎士連中に安い報酬で雇われて、せっせと銃を作ったって事。どうせ、ヒームが戦争に使うだろうって無責任な思い込みで。アタシの作った銃を持って、連中が森に攻めて来た時には、後悔しても遅かった」

「エア、それは」

 騎士連中は、森を襲撃する為にわざわざ銃を作らせたのではない。それだと手間がかかり過ぎている。恐らくは、偶然手元にあったから使っただけ。

 エリュシオンの騎士が銃を欲した理由は不明だが、エアが利用されたのは明白だ。

「お前は、運が悪かった。それだけだ」

 色々と言葉を紡ごうとして、止めた。

 こいつは賢い。安っぽい慰めなど頭の中で何度も繰り返しただろう。

「違うよ。アタシは愚かだった。それに撃たれた時、ある意味ホッとしたのよ。これで疑われる心配が薄れるって。癒えない傷で苦しんでいる間も、ずっとそればかり考えていた。お兄ちゃんに戦争の事聞かれた時も、咄嗟にお姉ちゃんを前に出して逃げた。どう? 酷いでしょ」

「お前は愚かではないよ」

「じゃあ、何よ?」

「子供だ」

 エアの頭に手を置いて、髪をぐしゃぐしゃに掻き回す。サラサラの髪は全然癖が付かなかった。

「後、僕の妹で。料理が美味くて。冒険では頼りになる。だから愚かなんて事はない」

「えーと、それは自分の妹だから愚かではないって事?」

「そうなる」

 意味はよく分からないが、そういう事だ。

 エアはおっかなびっくり振り返る。

「お兄ちゃんはアタシの事が好き」

「え、まあ、はい。そうです」

 何故か疑問形ではない。

「お兄ちゃんは、アタシの事が好き!」

「う、うん、ご近所さんに誤解されるから、もうちょっと小さな声で」

 誰かに聞かれたら、また誤解される。

「アタシもお兄ちゃんが好き!」

「シー」

 これ絶対、ランシールに聞こえている。

「よし! お兄ちゃん! アタシ決めた!」

「何を?」

 瞬とエアの美貌が戻る。ろくな決意じゃなさそうで、嫌な予感。

「マキナに聞いたけど、お兄ちゃんって五十六層に到達するのが目的なんでしょ?」

「ああそうだよ」

 正確には、そこである物を見つけるのが目的だけど。

「だから、アタシ決めたの!」

「え、だから何?」

 テンション高くて、言葉が先走っている。

「五十六層に到達したら、お兄ちゃんと結婚する!」

 ………………おぶふッ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る