<第一章:魔鏡>
<第一章:魔鏡>
三十九階層まで、問題なく進む。
問題はここからだ。
五階層毎に存在するポータル。その前の階層には、必ず番人が存在する。いや、番『人』というのは、言葉のあや。もしくはバベルの意訳なのか?
僕らのパーティの前には、一本道が続く。引き続き氷の回廊だ。
遠くに下りの階段らしき物も見えた。
あれだけ行列を作っていた白熊達も、この階層に降ると同時に退散した。今、安全を確認してカワウソ達も開放した所。
エアが一匹飼いたいとダダをこねたが、ダンジョンのモンスターの飼育は、街に影響を及ぼす可能性もあるので止めさせた。外にうろついているのは、審査が通ればオーケーらしい。正直、その辺りの仕事は組合に聞かないと分からない。面倒なのは確かだが。
可愛いので気持ちは分かる。でも、家にはラーズとミスラニカ様というペット枠がいるので、それで我慢して欲しい。
「さて」
この階層の番人は、『魔鏡』と呼ばれている。
王の情報によると、回廊には透明な壁があって、密集隊形で進むと絶対に通れないらしい。だが、ある程度距離を開けて一人で進むと、見えない壁に閉じ込められる。
そして、番人が現れ、それを倒す事でここを通過できる。
敵の数は、丁度パーティの人数分だ。
ありがたい事に、王の情報には裏技まで明記されていた。
「まず、僕が行く」
珍しく僕はパーティの先頭に立つ。
「え? マジ」
「マジだ。次はお前な、シュナ」
「それじゃ最初から、おれでいいだろ?」
「説明し辛い敵だから、まず僕が戦う。後、マジで危ないと思ったらシュナの判断で―――――」
シュナに耳打ちして裏技を教えた。
他のメンバーにも教えようと思ったが、それだと戦いの緊張感を失う。緊張感が欠けた戦いは、経験が薄味になる。
貴重な経験こそ冒険者に取って最大の栄養だ。ここ乗り越えても冒険は続くのだから、必要な体験だろう。後々何の役に立つか分からないものだし。
「まあ、了解」
シュナは解せない顔で了解してくれた。
「頼むぞ」
「頼まれた」
僕は小走りでパーティの前を走り、回廊に閉じ込められた。現れたガラスのように透明な壁が、僕とパーティを隔てる。
ラナとエアの声が聞こえた気がした。
親父さんが壁を斬りつけようとして、シュナに止められている。
大丈夫だ、とパーティに視線を送る。
次に見たのは、妙に濃くなった自分の影。別の意思を持ったそれは、正面まで移動して人間の輪郭を作り出す。
這い出て来たのは、犬っぽい癖毛の凡庸な男だ。
特徴が掴み辛く、似顔絵を描いて貼り付けても、素通りしてしまうような無個性。その分、メガネとポンチョで何とか印象付けをしている。
AKを下げていた。恐らく、懐にはガバメントを忍ばせている。
僕だ。
この異世界に来た頃の、過去の自分。
今の僕は、トップハットを被り、古い冒険者装束に、流血を吸ったマント。得物は魔剣に妖刀、名もなき名剣。
同じなのはメガネ型デバイスくらいで、他は何もかも違う。
つまりこの“番人”とは、“魔鏡”とは、己の過去を乗り越える事だ。
“影”と目が合った。
「アガチオンッ」
いきなり発砲音が響く。指先を捉えて反応できた。
影の放つAKの弾丸を、魔剣を回転させて弾く。
魔剣を保護している鞘は50口径以下なら問題なく弾ける設計。念の為の対弾性が、こんな形で役に立つとはマキナを褒めないといけない。
きっかり30発を数え、弾き終え、攻撃に入る前。わずかな予感めいた確信で、一瞬だけ魔剣から顔を出す。
31発目を誘発させて弾いた。
やはり余分に一発装填していた。やろうと考えた事はあったが、こんな所で目の当たりにするとは。こいつは過去の僕だが、最適化されている可能性だ。
AKのマガジンが落ちる。
マグチェンジは素早い。
それでも、彼我6メートルいう距離は近すぎる間合い。
瞬時に距離を詰め、妖刀の一閃で左腕を落とした。返す刃はガバメントを断つに終わる。
避けられた。
拳銃を犠牲に影は肉薄する。その右腕にはカランビット、僕も同じように左手でカランビットを握る。
かぎ爪状の刃が噛み合い。一瞬の交差を得て、僕の刃は影の首を裂いた。
残念だが、こっちの刃は物が違う。
そも、どれだけ最適化されようが、現代基準の膂力では今の僕は止められるはずがない。
肉深く刃が潜り、頸動脈を断つ。
己が本当に致命傷を負ったような幻視。しかし幻は幻。僕は僕で、これは敵だ。カランビットのリングを小指で引っ掛け、妖刀を両手で構える。
致命傷でも、影は闘志を失わない。
吹き出る首の血を片手で押さえ、幽鬼のようにふらつき近づく。
そうだな。
僕はそういう奴だ。
影の首をはねる。駄目押しで心臓を一突き。そのまま、パーティの反対側の壁に串刺しにする。
「こんなもんか」
よくもまあ、これで生き残れたものだ。本当に運がよかった。
影から刀を抜き、血を掃い鞘に収める。
鯉口が鳴ると。丁度、影は消えた。
「あなた大丈夫ですか?!」
ラナは、また敬語に戻っていた。
「問題ない」
影が消えると透明な壁も解けるようだ。
パーティは、一つ階段に近づく。
「ええと皆、今回の番人は見た感じの敵だ。次は誰がやる?」
「私がやる、です」
言い直して、ちょっとおかしな言葉になるラナ。
「ラナさん次はおれ」
シュナを無視してラナが進む。
「いや何でもないっス」
同門であり、ラナはシュナの妹弟子に当たるはずだが、何故かシュナの方が腰は低い。
ラナが、先ほどの僕と同じように透明な壁に閉じ込められる。
現れたのは、やはり一昔前のラナ。
白いローブ姿。杖に体重を預けて腰が少し曲がっている。オドオドした自信のない顔つき。被虐心がそそられる不安そうな表情。
そんな影の姿に、ラナが大きな不快感を表した。
背中越しだが、表情が透けて見える。
一転して、狂気を孕んだ顔つきで影が魔法の詠唱を始める。
声は聞こえない。音は壁に阻まれている。だが、壁が震えるほどの衝撃は感じた。
一撃だった。
氷の地面を破砕してラナが跳ぶ。素の拳が、影の腹部に突き刺さる。ラナは僕と同じように影を反対側の壁に叩き付けた。
影は血を吐き消える。ラナは、一撃で何もかも終わらせた。
壁が開き、パーティはまた一つ階段に近づく。
「………………不愉快!」
ラナが吼える。
そっか、昔の自分が嫌いなのか。あれはあれで僕は好きなんだが。
「じゃ次」
シュナに行かせようと思ったら、
「面白そうだ。俺がやる」
親父さんが前に出る。『えー』っというシュナの顔。
止める間もなく親父さんは壁に阻まれる。順番を守らないパーティメンバー達だ。
現れた親父さんの影は、驚くほど若くシュナくらいの年頃。今ほど使い込まれていない革鎧に、変哲のない丸盾と見た事のない曲刀を持っていた。前に持っていたロングソードではない。何かの加護を受けた曲刀。そんな物まで再現するのか。
黒髪は短く刈り込まれヒゲもない。
そして、左目に眼帯を着けていなかった。
『え?』
僕とシュナは同時に声を上げる。
斬りかかる影。
一瞬、微かな銀光の閃きが見えた。
親父さんが僕らの方に向くと、背後の影は斜めにズレて消える。血の一滴すらこぼれない密やかな斬撃。しかも、抜刀の予備動作すら見えなかった。
故に戦慄するほど恐ろしい。
こんな技、避けようがない。相手は痛みすらなく死ぬだろう。
「まあまあだな」
何が『まあまあ』なのか知らないけど、シュナが唖然と固まっている。こりゃ次は無理だな。
パーティは進み。
「………………」
無言で、次はリズが前に出る。
出て来たのは、全く知らないメイド姿の女性。シュナに視線を送るが、首を振って『知らない』と返事。
もしかして、これが本当のリズの姿か? 聖リリディアスと名乗った女にしては、貧相で凡庸な、どこにでも居そうな女。まるで………僕のような。
リズは、剣の一刺しで無抵抗のメイドを殺す。それで終わりだ。戦いですらなかった。
妙な空気が流れ、無言でパーティは進む。
後、二つ超えると階段である。
「次は誰が行く?」
「じゃ、おれ」
ようやくシュナ。
勇んで前に出る少年剣士の背中を見守る。
対峙する影は、出会ったばかりの頃のシュナ。髪は今ほど長くもなく、引き抜く長剣に赤い模様はない。
剣戟が始まる。
一種のアートのような剣と剣のかち合い。
小手先の技に始まり、段々と大振りかつ力技に、やがて剣風は嵐のような激しさを巻き起こす。散る火花、刹那に幾重もの刃が舞う。
魅入ったせいか異常に長い時間、剣の舞を見ていた気がする。
ただ終わりは、割とあっけなく。
スタミナ切れで膝を突いた影を、シュナが突き刺し終わらせる。
「どーだー」
パチパチと僕は拍手。釣られてラナも拍手。
「よし! おれ強くなってる!」
いやいや、前からずっと強いと思うけどね。周りが人外過ぎて成長を感じる暇がなかったのかな? ともあれ、自信が付いたのは良い事だ。増長しない程度でお願いしたいけど。
最後は、
「じゃエア」
「あの、お兄ちゃん。これって一人じゃないと駄目なの?」
意外な反応。
いつもなら自信満々の妹が、臆して苦笑いを浮かべている。
「出来るなら一人だ。体調悪いのか? それなら日を改めて」
「いや! 体は………問題ないけど」
女性特有の日かと思ったが、下手な勘繰りだった。
「これって、昔の自分と戦うって事だよね?」
「そうだな。親父さんの時は異常に若くて驚いたが、今以外の“全盛期”を魔鏡が捉えて“影”を生み出すのだろう」
僕のAKや親父さんの曲刀のように、今存在していない物まで再現して。
つまり魔鏡とは、冒険者の記憶。
そして、これまでの成長がなければ進めない番人。
「ごめん負けちゃうかも」
「またまた、冗談を」
弓は現代技術で造り出したコンパウンドボウ。それに不可視化できるロラの外套もある。
過去のエアを知らないが、今のエアが負ける要素はないだろう。
こいつは、索敵にしても戦闘の補助にしても良くやっている。身内の色眼鏡を抜きにしても、優れた冒険者である。
やけに小さく見えた妹の背中を見守り、彼女が対峙した影を見て。
僕は、攻略情報の裏技を使って妹に加勢した。
結果的に勝てたし、階層は踏破できた。誰一人の犠牲もなく四十階層に到達した。
ただ、妹の自信を大きく損なってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます