<追章:神々の暇> 【02】


 時刻は昼前の微妙な時間。飯の支度をしようにも、まだ少し早い。

 地下から家に戻り、


「なっ」

 コタツに居る者に仰天した。

 一匹はうちの神様。灰色の長毛(だが神なので抜け毛なし)金瞳の猫。腹を出して上半身をコタツから出している。

 もう一匹はメスのライオンだ。

 コタツから半身を出して、猫のようにくつろいでいる。

 異世界にもライオンがいたのか、いやこの街に、いやいや何で僕の家に?

「ソーヤ。やっと戻ったか、ドワーフと長々何を話しておったのじゃ?」

 と、うちの神様。

「冒険者がドワーフと話す事など、古くから武具についてと決まっておろう」

 と、知らないライオン。

 あれ、聞いた事のある声だ。もしかして、

「グラッドヴェイン様?」

「そうだ。ああそうか、この姿は初めて見るか」

 ライオン姿のグラッドヴェイン様がコタツから出て背伸び。

「我は人の姿の方が覚えのあるものでな。この姿も、たまには良いものだ」

 光が弾けて、いつものグラッドヴェイン様に戻る。

 アマゾネス。ザ・女戦士といった姿。波打った長い金髪に健康的な小麦色の肌。凛々しく精悍な顔つき。強い意思の宿った瞳。

 ハイレグの衣装に見事な腹筋が浮かぶ。手足の筋肉もしなやかながら太くたくましい。今日も少し寒いのでマントを肩に羽織り、業物の大剣を腰に下げていた。

 女性ながらも威風堂々とした体格。流石、武の神、戦いの神である。

「珍しいですね。うちに何か?」

 ラナは今日も、宿舎で訓練中。だから呼ばれれば行ったのに。

「うむ、今日はちとな」

「?」

 グラッドヴェイン様は口を閉ざす。

 光が弾け、ミスラニカ様も人の姿を取る。

 背中の大きく空いた黒いドレス姿の美女。艶に濡れた長い黒髪に、小生意気そうな可愛らしい顔つき。細く華奢な肢体、そして何故か裸足。

 戦神と比べるとこぢんまりとした神様。見た目は、和風の吸血鬼といった感じだ。

「こやつ、ラーメンが食いたいそうじゃ」

「え、ラーメン?」

 それなら、わざわざ僕の所来なくても他所の店で食べれるだろうに。

「うむ、我の恥ずかしい話になるが。宿舎の傍の飯屋がラーメンを作り、これが評判になってな。我も興味が湧いたので、眷属を連れて行ったら店主が恐縮してしまって。それでどうにも味付けを失敗したらしく、家族揃って頭を下げられた。そんな中で食う飯だ。最早、味など覚えておらん」

 そりゃ気の毒に。

 飯屋の人達が。

「当たり前じゃ、厳つい男集団に先頭は戦神と来ている。そりゃ料理の腕も震えるであろう。ちょっとは、普通に暮らす者の身にもならぬか」

「ぬ、ぬう」

 グラッドヴェイン様が唸る。

 ミスラニカ様が僕の傍にやって来て耳打ちをした。

(ソーヤ、あやつにラーメンを馳走してやれ。ただし妾にはアレを出すのじゃ、アレを)

(え、はい)

 可愛いが悪そうな顔を浮かべる。

「グラッドヴェイン様、ラーメン作りますが何か希望は?」

「炎教で出しているラーメンを頼む。流石に、神が人の炊き出しに並ぶ訳にはいかぬからな」

「了解です。それならスープがあるので、すぐ出来ますよ」

 二神をコタツに戻して、僕はキッチンに。

 作り置きのラーメンスープを温め直し、鍋に水を張って火にかける。

 具はどうしようかと考え、やはりグラッドヴェイン様に出すならと、チャーシューの塊を取り出し、贅沢にスライスして行く。

 壺から合わせ味噌を取り出し丼ぶりに。香味油をひと垂らし、酢も少々。

 それとミスラニカ様分は、小さめの丼ぶりに、味噌の他に醤油とニンニクベースのタレを追加。バラしたチャーシューと、フライにした玉ねぎ、魚の干物を乾燥させた粉末を追加。

 次は、リーキを薄切りにして塩で揉んで放置。

 沸騰したお湯にたっぷりの生麺を投入。

 砂時計で時間を計測。

 温まったスープを丼ぶりに入れて、味見しながら調味料を入れてつつ調整。辛味噌の壺を取り出して、麺を待つ。

 あ、そうだ。

「ミスラニカ様~お酒はどうしますか?」

「程よく高いやつじゃ」

「了解です」

 戸棚を開いてお酒を選ぶ。酒の味も、趣向も分からないから、家にある酒には値段のラベルを貼り付けてある。

 ミスラニカ様のいう程よい高さは、銀貨5枚くらいか。

 てか、金貨クラスの酒瓶の中身が結構減っている。誰だ飲んでるの。

 グラス二つと銀貨6枚の酒瓶を持って、コタツのテーブルに置く。

「ソーヤ、酒は遠慮したい。すまぬな」

「それじゃ妾が客の分も飲もう」

 意外にも、グラッドヴェイン様はお酒を飲まれないようだ。強そうに見えるけど。

 それではと、代わりの物を持って来てグラスに注ぐ。

「グラッドヴェイン様、甘いものですがお試しを」

「これは?」

「異世界の飲み物です。酒精は入っていません」

 薄めたドクターペッパーである。

「妾、それ嫌いじゃ」

「炭酸が嫌いなんですよね? エールよりもワイン派だし」

「どうにもパチパチするのは好かぬ」

 子供っぽい意見だが、しっかり酒は飲む神だ。

「お、我は嫌いではないぞ」

 グラッドヴェイン様は一気飲みして、更に手酌で注ぐ。

 鍋の沸騰する音でキッチンに戻った。

 砂時計が丁度落ちきる時間。麺は固めに、ザルで掬って湯切りして、グラッドヴェイン様の分はスープに沈めて箸で麺を解す。その上に隙間なくチャーシューを並べ、中心には辛味噌をポツンと。

 ミスラニカ様の麺は水に晒して締め、水切りした後に別の丼ぶりに。

 刻んだリーキを水で洗って上に置き。サイドメニューとして煮卵を別皿に。

「よし」

 完成である。

「お待たせしました~」

「遅いぞ、ソーヤ」

「いや、早いだろ」

 急かす我が神と、そうでもないという戦神。

 コタツの上にラーメンを置く。

「まず、グラッドヴェイン様のラーメン。チャーシュー麺です。その肉の下に麺とスープがあります。辛味噌はお好みで溶かしながら食べてくださいね」

「ううむ、ソーヤ」

 あれ、グラッドヴェイン様。何か困っている。

 思ってたのと違う反応だ。

「食事は肉ばかりでは駄目だぞ。野菜と穀物、肉、スープと、バランス良くだな」

「………………はい」

 その通りです。

 戦神だから肉出しときゃ良いって安直な考えでした。

「仕方ないの~。妾が少し肉を食べてやる」

 悪行の神が、チャーシューを三枚奪い自分のスープに漬ける。

「それはそれで我としては複雑なのだが、ん? おい、ミスラニカよ。お前のラーメンは何だ?」

「フッフッフッ、これは何かと? 街に住む者は、まだ誰も食べていない新しいラーメンじゃ」

 したり顔の我が神。

「新しいラーメン、とな。いや、ラーメンは十分に新しいが」

「クックックッ、まだまだじゃの。この“つけ麺”は、ラーメンの進歩形態。いわば、妾は貴様の未来を食べているのじゃ」

 そんな事ないけどね。

 ミスラニカ様、猫舌で熱いスープ飲めないから、つけ麺にしただけだ。

「見ておれ。まず、こう麺をすくい」

 ミスラニカ様は、慣れない手つきで箸を使い麺を摘まむと、スープにどちゃりと入れて、器に口を近づけ、ちまちま食べ出す。

 可愛らしい。

 うちの神様のラーメンの食べ方、超可愛い。うちの神様、超可愛い。

「所でソーヤよ。何故にミスラニカは棒切れで食事を?」

「箸という。僕の国で使われてるスプーンとフォークの代用品です」

「我もそれで食べる。貸すが良い」

「あ、はい。お待ちを」

 スプーンフォークを置いて、席を立って、箸を取りさっさと戻る。

「どうぞ。母様」

「うむ。その前にソーヤよ、ちと使って見せい」

「え? はい」

 一応、一般的な箸の持ち方をして、ミスラニカ様のチャーシューを一枚頂く。モキュりと口に運ぶと、甘辛い味がとろけて昇天しそうになった。

「ソーヤ! 貴様!」

「僕も小腹が空いて」

「次、妾から肉を盗ったら眠っている時に凄い悪戯するぞ!」

 むしろしてください。

「うむ、どれ」

 グラッドヴェイン様は僕から箸を奪うと、何てことなくラーメンを食べ出す。

「お、この肉。前にそなたが作った角煮に似ているな。こんな肉なら沢山あっても良かったか」

 次に、ちゅるちゅる麺をすする。

「え、母様。箸の使い方をどこで?」

「今そなたを見て覚えた。これは、指先の訓練に良いな。我が宿舎でも使おう」

 異世界で箸がデビューしてしまった。

「それで、ラーメンの味はどうでしょうか?」

「うむ、美味い。そなたの作った飯で不味かった試しはない。ラナやエアは、基本的にその話ばかりだ」

 姉妹は他所じゃ腹ペコキャラなのかな?

「ソーヤ、卵はちゃんと半熟だろうな?」

 ミスラニカ様が煮卵を箸で刺す。

「もちろん半熟です」

「うむ、良きかな、かな」

 ミスラニカ様は半熟卵をチマチマ齧り、黄身をちゅう~と吸う。

 うちの神様は半熟卵が大好きである。完全に子供の味覚だ。

「ランシールの奴は、固いのが好きだからな。ツマミ食いするといつも固い。固いのは良くないぞ。このトロリとした黄身の何たる豊潤な事か」

 うちの神様は色々と微笑ましい。背後から抱きしめて頬擦りしたい。犯罪者に見えるのでやらないが。グッと堪えるが。

「ほう、これがエアのいっていた二足鳥の卵か」

「あ、母様もゲテモノと感じますか?」

「いや、そんな事はないぞ。左大陸に居た時は、焼いて問題ない物は人間以外なんでも食べた。大体、二足鳥を食べないのは中央の慣習であるぞ。右大陸に元々あるものではない」

「へぇー」

 知らなかった。それじゃ輸入された慣習で、皆はニワトリをゲテモノ扱いしていたのか。

 母様は半熟卵を箸で摘まむと、一個を丸々口に入れた。

「おお、これは美味い。黄身が大卵よりも濃厚で味も染みている。うちの眷属共にやろうものなら取り合いの喧嘩になるな」

「それじゃ今度沢山作って持っていきます」

 醤油がある今、簡単な物だし。

 母様は順調にラーメンを食べる。お世辞ではなく本当に美味いようで安心した。

 ミスラニカ様は、たどたどしくもラーメンを食べ続けている。箸の扱いが下手なので仕方ない。時々、口元を拭いてあげる。

 何か母性が芽生えそう。

「鳥といえば」

 母様がチャーシューを豪快に喰らってから、僕に一言。

「その二足鳥を食わぬ慣習だが、中央の姉妹神が流したものでな。ええと、名前は、ほら、そなたも契約している」

 悩む母様に、ミスラニカ様がトスをする。

「借金のアレかの?」

「そう借金姉妹だ!」

 母様が『それだ!』と箸を指す。

「あの業突く張りの神々め。商売というより、金貸しと取り立ての神であろう」

「もしかしなくても、ミネバ姉妹神の事ですか?」

「お、そんな名前だったか」

 母様は、どうでも良さそうに頷く。

 夜梟のグラヴィウス様を初め、ミネバ姉妹神は二足歩行の鳥が多い。というか、根本的な事なのだが、何故に神様は動物の姿を?

 聞こうと思ったら、

「ん?」

 ドン、ドン、ドン。

 家の扉が激しくノックされる。いや、ノックというより蹴ってる音だ。

 ラーメンを食べる二神を置いて、僕は来客を迎えた。

「はーい」

 ガチャリと鉄扉を開けると、踊り子さんがいた。

 浅黒い肌に長く美しい黒髪。はっきりとした目鼻立ちと黒曜石のような瞳。エルフのような細く引き締まった身体は、扇情的な踊り子の衣装をまとっていた。

 エキゾチックな中東風の衣装だ。下着は煌びやかな宝石に彩られ、薄絹のスカートからは、すらりとした肢体が見える。

 まだ外は寒いので、何というかミスマッチ甚だしい。

「すみません、たぶん間違ってますよ」

 扉を閉めた。

 きっと近所の誰かが誕生会に呼んで、間違ってここに来たのだろう。

「ちょっとッー! 開けなさいよ! 開けなーさぁぁぁいぃぃィィ!」

 踊り子さんが激しく扉を蹴る。

 何か怖いな。誰だよ。

「ん? 誰ぞ」

「何か変な人が外に」

 母様に心配されてしまった。

「あー、ソーヤ。開けてやるのじゃ」

「え、知り合いですか?」

 ミスラニカ様の関係者か? うちの神様、友達いたのか。

「お主の知り合いじゃ」

「え?」

 あんな人知らないけど。まあ、開けてみるか。

 再び扉を開けると、

「ふぬッ!」

 踊り子さんから腹パンをいただいた。

「いっつう~」

 人を殴り慣れてないようだ。手首をグニャッとしたみたいで逆に痛がっている。

「あの、どちら様で?」

「ハア?! あんたブッ飛ばすわよ!」

 殴った後にそれをいうか。

「あの、今神様が来客していて。騒ぐなら外で」

「だ・か・ら! あたしだって神でしょ! しかもあんたの! 眷属のくせに神の顔も分からないの! 不敬よ!」

「え、誰?」

 まるで分からない。

 踊り子の神様と契約した記憶はない。

「グラヴィウス! 夜梟のグラヴィウスよ!」

「え………………は?」

 いわれても飲み込めない。

 あのフクロウが、踊り子さんとは。

「あんたさぁ! 何、他の神と仲良くしてんの? あたしを呼びなさいよ! おかしいでしょ! しかも、そこの田舎出身の蛮神?!」

 踊り子さん(グラヴィウス)が、母様を指す。

 母様は一瞥すると、無視してラーメンを食べる。

「聞いてたわよ! 悪口いってたでしょ! しかも、あたしの眷属の前で!」

「さあ、ソーヤ。我はそんな事をいったか?」

 借金姉妹というワードがあった気がしたけど、

「いえ、何も。踊り子さんの気のせいでは?」

「踊り子っていうなァァァ! あんた契約もしていない蛮神と、あたしどっちが大事なの?!」

 何その『家族と私、どっちが大事なの?』みたいな言葉。

 すげー困る。

「りょ、両方大事ですよ。それに母様は、妻と契約している神ですし」

「ま、一番大事なのは妾だろうがな」

 ミスラニカ様がチクりと刺す。揉めそうなので黙っていてください。

「るぅうううう」

 フクロウ姿の神なのに、犬のように唸るグラヴィウス様。

 大変不機嫌なご様子。さて、これはどうするか。

「あ、グラヴィウス様もラーメン食べますか?」

 食品を献上して、好感度という信仰心を上げよう。

「らーめんん? その、蛮神と端神が食べてる貧相な食べ物を、あたしにぃ?」

「美味いぞ。借金神には、味の良し悪しは分からんか」

「また借金っていった!」

 ここで宗教戦争は止めてください。

「ちょっとソーヤ。あたしに食べさせるのなら、こいつらよりも良い物にしなさい! うんと高くて、凄いやつよ! 高いやつ!」

「た、高いやつですか。ラーメンの値段って、一食銅貨9枚以下に収めるようレシピにも記していますし。高いといっても、母様が食べたチャーシュー麺が一番高価ですよ」

 レムリアの豚肉は安いので、盛り沢山のチャーシュー麺でも材料費は銅貨4枚にも届かない。販売するなら銅貨6~8枚くらいかな?

「ふぎゃー!」

 フクロウっぽい威嚇で怒られた。

 背後に回られ首を絞められる。

「信仰心! 信仰心がないのよ! 契約切るわよ! いいの!」

「それは困ります」

 全然力がないから、自主的に揺れてあげた。

 でも、契約切られるのは困る。なんやかんやで助かっているし、何よりもザヴァ商会と縁が切れる可能性がある。

 どうしようか。

 しかし、妹よりも胸がないな。背中には、宝石のゴツゴツした感触しかない。そのせいで冷静に考えが巡る。

「あ、グラヴィウス様。高いラーメンありました。すみません」

「遅いのよ! このバカ! グズ!」

「………グラヴィウス様。性格、普段と全然違いますね」

「こっちが素よ。あんなもんワザとよ。我~っとかいってバッカじゃないの」

 母様が白い目で見ている。

「それじゃラーメン取って来るので、離してください」

「イヤよ! あたしが離れたら影で悪口いうつもりでしょ!」

 ガバリとグラヴィウス様がおぶさって来た。

 両手は首に、足は腰に、仕方ないのでそのまま地下に降りてカップ麺を回収。

 マキナやゾルゾグーさんは、もう別の出口から外に行った後だった。

 ホント、見られなくて良かった。

 キッチンに戻りお湯を沸かし、カップ麺にお湯を入れてコタツの上に。

 そこでやっと、グラヴィウス様が離れてくれた。

「この家具も貧乏くっさいわね。ちょっとー田舎の蛮神。太い足どかしなさいよー」

 コタツに入ろうとして、母様に文句をいう。

「………………」

 母様は無言でグラヴィウス様を蹴る。

「ちょ、痛っ痛い! ソーヤこいつ蹴った!」

「まあまあ、グラヴィウス様。これは皆で足を寄せ合う寝具なんで」

「ぶううううう」

 フクロウなのに子豚みたいな声をあげる。

 渋々、少しだけコタツに足を入れた。今まで良くあんな感じを通せたな。マリアよりアレな性格だぞ。

 エキゾチックなのは見せかけか?

「む、ソーヤ」

 ミスラニカ様は、カップ麺に目を止める。つけ麺に夢中で目に入っていなかったようだ。

「何だそれは、お主が異邦から持って来たラーメンとも違うではないか」

「こっちの材料で作りました。まあ、色々とあって一個………金貨1枚の価値はあるかと」

 あくまでも無理矢理値段を付けるなら、という話でだ。

「フフフン、たかが小さい食事に金貨1枚もかける。これぞ神への捧げものよ。あんた達みたいに貧乏そうな食事を―――――」

「ミスラニカ、ちょっとそのスープに麺を漬けさせてくれ」

「えー、良いがチャーシューもう一枚寄越すのじゃ」

「致し方ない」

「………………聞いてよぉ」

 グラヴィウス様が、ちょっと可愛そうになる。

 しらないもん! 見たいな感じで、カップ麺の蓋を開けて、スプーンフォークを挿し、

「ッヅあチャ!」

 熱さで驚き、近くのコップを奪い飲み干す。

 あんたも猫舌か。

「ちょっとソーヤ! 何よこれ何よ! 熱いなら熱いっていいなさいよ!」

「見た感じで分かりませんか?」

 熱そうな湯気が出ているのだけど。

「分かるわよ。驚いただけよ! はふ、フーフー」

 麺を、いっしょうけんめいフーフーしている。

 チビっとおっかなびっくり麺を食べた。その後、スープもチビリと一口。

「ふ、ふ~ん。やるじゃない。まあまあ、美味しいわよ。まあまあね。調子に乗るんじゃないわよ」

「はい、どうも」

 グラヴィウス様は、ミスラニカ様よりたどたどしくラーメンを食べる。

 ジーっと母様がそれを見ていた。僕はこそっと耳打ち。

(母様、お土産で渡しますから)

(うむ、頼むぞ)

 グラヴィウス様に耳を引っ張られた。

「あによぉ、またあたしぃに隠れちぇ」

 何か、呂律が回ってない。

「妾の酒を一気飲みしたせいかの?」

「これ、そんな強い酒じゃ」

「また眷属減っちゃったよぉぉ」

 泣き上戸入っている。何があったのやら。

 グラヴィウス様は、カップ麺をそっちのけでミスラニカ様の酒を瓶から直で飲む。

「ほっんと、今の中央はダメにょ。理屈がじぇじぇんつうよーしにゃい。ショーバイあがっにゃりよ」

 中央大陸の、彼女の眷属に何かあったのかな?

「ふう、うむ。ソーヤ。大変美味い飯であった」

 母様は、綺麗にスープも飲み干し。丼ぶりを空にする。口の締めに煮卵をもう一つ。

「次はエアがいっていた―――――」

 と、また鉄扉が鳴る。

「ん、先に良いぞ」

「では失礼して」

 母様を一旦保留して、また扉の所に。

 小さく控え目なノックだ。

「はい、どなた様で?」

 また踊り子さんがいた。

 今度は白い肌の女性。長い赤髪で地味な顔つきだが、ラナと同じくらいの胸である。肢体は細いわけでもなく太いわけでもない。丁度良い普通な感じ。親近感の湧く良い普通さだ。

 初めて会ったのに、緊張も距離感もない気がする。十年来の友達のような気も。

 普通、神というのは近寄りがたい者なのに。

 ん? 何故に僕は神と感じた?

「ソーヤ様。ごめんなさい、うちの姉がお邪魔していませんか?」

「もしかして、メルトヴィウス様?」

 商会仲間の神だ。

「あら~分かりましたか?」

「ええ、何となく」

 ニュアンス的なもので。

 てか二度目なんで。

「前々から思っていましたの。あなたと私は“合う”と。心が、魂が、こう深い部分が繋がっているような。運命という気も?」

「え、はあ」

 神様にそういわれたら悪い気はしない。

 なんせその昔、街中の神から契約を断られたからな。

「そこで、どうでしょう。私とも契約をするというのは? ミネバ姉妹神から二神も契約するとは滅多にない事ですのよ。大富豪が金貨や財宝を積んでも叶わない栄誉。それに今なら、お姉様にはいえない特典もお付けします」

 特典と聞くと弱いのが日本人である。

「詳細を教えて貰えますか?」

「ふふ、静かな場所に行って、二人っきりで、しっと――――――」

 メルトヴィウス様の目が怪しく輝くと、

「ふひゃん!」

 彼女は、下から現れたミスラニカ様に乳を揉みしだかれ嬌声を上げた。

「ソーヤ、後学の為に教えてやろう。こういう手合いの女を床に入れると、干からびるまで吸い尽されるぞ。用心するのじゃ」

「は、はい」

 特典ってそういうのか。

 余計に気になる。

「ひ、ひゃん! あ、あのどなたか知りませんが、お姉様を回収しに来たのは本当ですから!」

「こやつは妾が適当に相手して置く。まあ、飯でも作ってやるのじゃ」

「了解です」

 新たな来神の為、キッチンに行く。

 またラーメンというのも芸がない。人数も増えたし、鍋で良いか。

 ラーメン用の野菜スープに、異世界の乾燥椎茸を入れて出汁に。少し萎びたキャベツで、豚バラを挟みながら鍋に詰める。シンプルだが、蓋をして火にかけた。

 神様方の様子をチラ見すると、ワイワイと何か談笑している。

 神様同士でも仲が良いのは見ていて微笑ましい。

 しかしまあ、女性ばかりで華やかだ。

 混ぜて貰いたい。挟まれたい。

 鍋の火の通りを待っていると、

「ソーヤ、また客じゃ」

「はーい」

 またまた扉がノックされる。

 ガチャリと開けると、立っていたのはエルフの男性。ラナが前に着ていた白いローブ姿で、もちろんエルフなので美形だが、何というかヤヤ美形なエルフである。

 失礼な表現でいうと、パッとしないエルフだ。

「やあ、婿殿」

「もしかして、エズス様?」

「そうだ」

 妻の神様だった。

「何やら婿殿の傍で神が集まっている様子。ぼくも参加したくてな。ほら土産を持って来た」

 背負っていた籠を渡される。

 中には、山菜とキノコが沢山。

「これは、すみません。どうぞ中に、すぐご飯用意しますから」

「いや、すまんな。お邪魔するよ」

 エズス様を、女神でごちゃっとしているコタツに案内する。

「ちょっとーそこのエルフぅー。お酒注ぎなさいよぉ」

「まあ、エルフの方。確か森の寝所守りでしたわね。エルフ達は森でどんな床技を? 実に気になりますわ」

 大丈夫だろうか。特にミネバ姉妹神の二人。

 さておき、鍋の様子を見に行く。

 せっかくなので、キノコも山菜も追加した。

「御仁、これもどうか?」

「ああ、トマトか。悪いなラーズ、チーズも入れるか」

 植木鉢で寝ていたゴーレムが立派なトマトをくれた。僕の拳よりも大きいサイズが六個も。

 こんなの地下菜園で育ってたっけ? ん、いやそれより。

「何であるか?」

「おまっ、普通に喋ってる」

 ラーズが普通に喋っていた。そういえば、様子がいつもと違う。頭部に大きな芽が生えていた。まるで、お侍のチョンマゲみたいに。

「もしかしなくても、ウカゾール様?」

 パーティメンバーが契約している神様だ。

 元々、日本のお侍さんらしい。

「うむ、そうだ。何やら懐かしい匂いを感じてな。馳走になっても良いか?」

「もちろん」

「かたじけない」

 味噌と醤油で、召喚してしまったのかな?

 ラーズの体のウカゾール様は、ポテポテと歩いてコタツに入って行った。

 エズス様が、ミネバ姉妹に揉みくちゃにされている。深くツッコむと宗教戦争になりかねないのでスルーする。僕は、何も見ていない。

 鍋にトマトとチーズを追加して見守っていると、

「ソーヤ。少し良いか」

「はい、ツマミの追加ですか?」

 母様がキッチンに来た。

「前にエアがいっていた物を食べたくてな。確か“うどん”とかいう物だ。難しくないなら頼めるか?」

「うどんですか………」

 出来なくはないが、鍋を見ながらだと手間だな。

「妾が作り方を教えてやる。自分で作るが良い」

「おおう。それは良いな」

 ミスラニカ様もやって来て提案をする。

 母様は快く引き受けた。我が神は、いつの間にうどんの作り方を覚えたのだ? いつも眠っているけど、実は僕らの料理風景をしっかり見ていたのか?

 ミスラニカ様は、小麦粉と水と塩と麺棒を取り出し、作業台で手早く混ぜ合わせて行く。

 僕の神様は、やる時はやる神だ。やらない時はずっと寝ているが。つまり、そっちは任せて良いだろう。

 鍋が煮立って来たので、火から離して味噌を投入。良い塩梅まで調整して追加して行き。

 鍋は完成した。

 鍋掴みを着けてコタツまで持って行く。取り皿と、スプーンフォークを並べて完成。

「異世界ごった煮鍋です。好きに食べてください」

「おお~これが、我が子達の作ったミソという物の料理か」

 エズス様が歓声を上げた。

「味噌に鍋か、何もかも懐かしい」

 ウカゾール様はしんみりした声を上げた。体がゴーレムなので表情はよく分からない。というか、その体で食べても大丈夫なのか?

「また貧乏くにゃい。ソーヤ、あんにゃの料理は全体的に貧乏くりゃい!」

「はいはい、お姉様。文句があるなら食べないで良いですよ」

 出来上がったグラヴィウス様を放置して、メルトヴィウス様は他の神に鍋を取り別ける。この神、飲み会で率先して動くタイプか。出来る。

「婿殿、婿殿、ちょっと隣に来なさい」

「え、何ですか?」

 エズス様に呼ばれたので、コタツの隣にお邪魔する。

「それで、どうなのかな。ラウアリュナとは? あれは奥手な上に自信がない故、森では男っ気がゼロだった。エルフの曇った目では醜女でも、ヒムから見れば十分な美女であろう」

「どうといわれても、それなりにとしか」

 あなたは親戚の叔父さんか。

「“それなりに”か、いやぁ良かった。婿殿も奥手そうに見えた故、よもや“まだ”と思ってな。これから何があるにせよ、女盛りが何もないのでは可哀想だ」

 こ、困る話題だ。

「エルフー、お酒切れたわよ~」

「はっはっはっ、ほどほどにしないと格に毒ですぞ」

 エズス様が、グラヴィウス様にまたお酒を注ぐ。

 何か、本当にすみません。僕の契約した神が。

「さあ、ソーヤ様も食べましょ」

 メルトヴィウス様が、僕の分も皿に別けて置いてくれる。

 別の意味ですみません。

「はいどうぞ、ド田舎の矮小な神様も」

「うむ、すまんな下女」

 一瞬、殺気が流れた気がしたけど。メルトヴィウス様は、ウカゾール様にもお皿を回し。丁度全員分に別けられた。

 まだまだ、鍋には具はあるが取りあえず、

『いただきます』

 僕とウカゾール様は手を合わせ、鍋を食べようとする。

『………………』

 借金姉妹とエルフの寝所守りに見つめられ、僕は箸を止めた。

 ウカゾール様は気にせる鍋をガツガツ食べる。

「婿殿、それはどの神に祈りを捧げているのだ?」

「え?」

「そんにゃの、あたちよねェ」

 グラヴィウス様がしなだれかかってくる。邪魔である。後、酒臭い。

「ソーヤ様。もしかして私に?」

「違います」

 メルトヴィウス様、ほとんど関係ないやん。

 見かねたウカゾール様が、一旦食べるのを止めて他の神々にいう。

「これは祈りではない。感謝だ。血肉を別けてくれた動物、植物、それを仕留めた者、育てた者、料理した者、皿によそってくれた者。口に運ばれるまでに関わった全てに感謝している。神などと、うそぶいても出来ぬ事は出来ぬ。であるから、常に謙虚に、感謝して生きるのだ」

『ほー』

 異世界の神々が声をあげて、

『変な考えだ』

 と、揃えた。

「やはりか………」

 ウカゾール様は、諦め口調で鍋を搔き込む。

 エズス様も、鍋を食べながらウカゾール様にいう。

「小さき神よ。それはおかしいぞ。感謝をするなら、大元である神にするべきだ」

「しかしそれでは、下で働く者への配慮がないだろう」

「地を這う虫を見ても人は進まぬ。上を見るからこそ文明は進み繁栄するのだ」

「それで、その繁栄とやらは今もあるのか? 長耳の人よ」

 ちょっときな臭い話題に。

「繁栄と衰退は月の満ち欠け、我らの種族はまた栄華を誇る」

「傲慢であるからエルフは衰退している。生者必滅、盛者必衰であるが、愚かさを捨てられぬ者に再びの繁栄はない」

「小さき神よ………我が種族を愚かといったか?」

 空気が悪くなる。

 ちなみに、こんなピリついた空気でも二人共、食事をする速度は変わらず。ガツガツと鍋を食べている。

 味分かっているの? 感想欲しいのですが。

「まあまあ~エルフってそんな所もありますよねぇ~」

 メルトヴィウス様が割って入ってくれた。

 助かる。宴会の席では必ずいて欲しい存在だ。

「あまり調子に乗るなよ、借金女神」

 しかしエズス様は、人が変わったように返す。

「貴様らが残した負債を払う為、どれだけの年月と人間が犠牲になった? こちらが下手<したて>に出れば、元は下女風情が馴れ馴れしい真似を」

 落ち着いてください! 和やかなエルフに戻ってください!

 だがメルトヴィウス様はそんな言葉も気にせず、

「………………ねぇ今なんていった? 借金女神? 元が下女?」

 気にしているようだ。

「大体、寝所守りって。つまりは発情した長耳の交配見守ってたって事でしょ? この覗き神」

「………………ほぉ」

「ふ、フフフ」

 最悪だ。

「やれやれ」

 と、ウカゾール様は他人のフリ。

「ZZZ、ZZ」

 グラヴィウス様は僕の膝に上半身を置いて眠っていた。そのせいで逃げられない。

 ピリついた空気の中、メルトヴィウス様とエズス様は、喧嘩のように鍋を食べ出す。それにウカゾール様も加わるので、鍋の具はあっという間に無くなった。

 僕の取り分は、さらっとメルトヴィウス様に奪われた。

『………………』

 いかん。

 今、食い物が切れたら宗教戦争が再開する。

「ソーヤよ。うどん出来たぞ」

「母様!」

 あなた最高か!

 ベストなタイミングで、締めのうどんが来た。

「ほほう。これがエアのいっていた“うどん”というやつか」

 ナイスな事に、エズス様の興味が移る。妹の自慢癖が役に立った。

「うどんか、それも懐かしいな」

 ウカゾール様も興味に続く。

「………………」

 メルトヴィウス様は、未だピリピリしていた。

 この人、一度怒らせると長引くタイプか。

「これを鍋に入れるのだな」

 母様が、茹で立てのうどんを鍋の残りに投入。

「ミスラニカ、良いぞ」

「うむ」

 ミスラニカ様が、湯気の立った熱々の鍋を持って来る。その中のスープを鍋に入れて、生卵を六個割ってかき混ぜ、醤油を追加、チビリと味見。

「うむうむ、こんなものじゃ」

 悪行の神と、武の神の合作。締めのうどんが出来た。

 険悪だった神々の顔が綻ぶ。

「ハッ、何ここ? どこ? あたし何をしてるの? ちょっとソーヤ、馴れ馴れしいわよ。神にこんなベタベタと弁えなさい」

 グラヴィウス様も起きた。

 僕も、美味そうな匂いに腹が減る。

 鍋は全然食べられなかったから、せめてこれを――――――


 コンコン、とノックの音がした。


 僕は固まった。

 また来客ならぬ、来神か?

「お先にどうぞ」

 うどんを食べる神々を置いて、コタツを出る。

「は~い、どちら様ですか?」

 扉を開けた。

 見知らぬ、少女がいた。ボロ布を頭から被っていて顔は見えない。晒された手足は、水死体のような白い肌。直視しようとすると、目が霞み輪郭が曖昧になる。

 誰だ? 

「すみません。あの」

 まるで心当たりがない。

 彼女の青白い唇が、

 僕の、

 名、を。



 気が付くと、


 コタツの傍で、ミスラニカ様の膝に頭を乗せて横になっていた。

 眠っていたようだ。

「あれ、他の神は?」

「帰ったぞ。あやつら、揃いも揃って遠慮なしに土産を漁って行った」

 部屋の隅のラーズは、芽が取れて元の状態に戻っていた。

 コタツには、神様達の残り香が少し。

 食器や鍋は綺麗に片付けられている。誰か洗って帰ったのかな?

「ミスラニカ様、今何時ですか?」

「もうすぐ昼じゃ」

「え?」

 まだ昼前なのか? 神様達と、かなり長い時間過ごしていた気がするけど。

「しかし、お主も変な神に囲まれる男よな」

「………それは」

「あ゛?」

「いえ何でもないです」

 あなたも含め、と口を滑らせそうになる。

「夜の街でホーンズの娘と途方に暮れていた奴が、こんな賑やかに神が集まるとは」

「それはそうですが、最初に僕を見つけてくれたのは、あなたですよ」

 手を伸ばして、ミスラニカ様の頬に触れる。

 すると、彼女は首を下げて唇を近づけて来た。

 いやこれは、そんなつもりじゃなかったのだが、別に嫌ってわけでもないけど。僕は、自分の神とまでそんな関係を。

「本当に、妾が最初だと思うか?」

 期待した唇は通り過ぎて、耳元に。

 そんな事を囁く。

「どういう事ですか?」

「いずれ分かる。時がくれば、いずれな」

 唇は離れたが、体が離れる様子はない。僕は体勢を変えて、ミスラニカ様の腿に顔を埋めて細腰に両手を回す。

 無性に甘えたくなった。

「お主は、妾には過ぎた信徒かもな」

「冗談ですよね?」

「冗談じゃ」

 髪を撫でられ、起きたばかりなのに、まどろみに落ちそうになる。

 このまま目覚めない夢を見たい。

 目を閉じると闇の中、微かな記憶が蘇る。

 ゴーゴーとうるさい風の音。何もない無明の闇。広大な空間に蠢く―――――――


 僕の記憶はそこまでだ。


 後は、温かく、心地良い闇が広がり、意識はそこに溶けた。

 また思い出せる日を待つ為に。


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