<追章:神々の暇> 【01】


<追章:神々の暇>


【01】


【165th day】


『ま、こんなもんだ』

「お、おお~」

 地下の工房にて。

 ゾルゾグーさんが抜き身の剣を並べる。炎に照らされたそれを見て、歓声を上げてしまった。

 まず、ザモングラスの剣を手に取る。

 前よりも重さが手に馴染む。欠けていた刃は澄んだ輝きを浮かべ、切っ先は岩でも穿てそうな鋭さ。使い込んだ癖はそのまま、柄や鍔の部品は新調されている。

『その剣、やはり良いもんだ。鍛えに含蓄がある』

 含蓄という言葉は、剣にも適用されるのか。

 次に刀を手にした。

「これは………」

 刀身は前よりも厚くなっている。しかし、重さはさほど変わらない。ぬらっとした刃に親指の爪を這わすと、爪がバターのように裂けた。

 ぞっとする切れ味だ。

『お前さんのカタナは、一度バラして一から作り直した。素材に使ったロラの爪な、成長しているぞ。“ミヤビ”とかいう美しさは欠片もなく消えたが、いらんだろ? そういう色気は』

「いえ、まあ」

 刃紋は赤黒く禍々しい。隠れもしない妖刀の輝き。血肉を食み、骨を断つ、人斬り包丁の姿。

 なんか、うん………………人が斬りたくなる。

『ソーヤさん。鞘はマキナが改良しました。新開発した洗浄・研ぎ用の混合液は、刀身に癒着して少量でも効果を発揮します。これをカートリッジ方式で使用。そして、使用終了と共に鞘から空容器が吐き出されるので、前のように音で確認しなくても大丈夫です』

 マキナから受け取った鞘に刀を納める。

 軽く鯉口を切り、抜刀するイメージを重ねた。

 いける。

 問題ない。前と差異はない。

 鞘の小尻<先端>で石畳を叩くと、一秒ほど時間を開けて、鞘の脇に付いた装置から空の容器が飛び出る。

 これで前のような緊急修理が行えるなら、革新的な早さだ。

 刀は良し。次は、

『魔剣だが………………』

 ゾルゾグーさんの声が淀む。

 嫌な予感。

『ソーヤさん。マキナが代わりに説明します。この画像をご覧ください』

 マキナが、ポットのディスプレイにアガチオンの画像を写す。日付は100日前を指していた。

 画像に並べて今のアガチオンを重ねる。

『違い。分かりますよね?』

「ああ、細くなってるな」

 明らかに、今のアガチオンは昔に比べ痩せ細っている。

『剣身の6パーセントが消滅しています。良い影響が出るとは到底思えません。下手をしたら、急に機能不全に陥るかも』

「シュナの剣を直したように、アガチオンも直せないのか?」

『材料がないのです。アガちゃんを構成しているニド化したウルツァイト窒化ホウ素。試しに、ニド化した人工ダイヤモンドをくっつけましたが、定着しませんでした』

 ウルツァイト窒化ホウ素。

 もの凄く硬いという情報しか持っていないが、貴重な物なのか?

『大昔、中央大陸の砂漠で、似た様な鉱石を見た事があった。今から採掘しに行くとして、そうさなァ。二年ほど待てるか?』

「時間が足りないです。保留でお願いします」

 ゾルゾグーさんの提案は一旦保留だ。

 二年も先の事など分からない、待てない。

「となると、アガチオンは使えないか………」

 これは相当な戦力ダウンだ。

 腕一本失くしたのと同じだ。

『そんな事はないですよ。21世紀のお手伝いロボットを舐めないでください』

「お前、お手伝いロボットなの?」

『チャララ、チャッチャラ~♪ 外装ブレードぉぉ』

 結構ギリギリな発言を急に入れて来た。

 こいつ作ったメーカーは、著作権をクリアしているのでしょうか?

『少し大きめのアガちゃんの鞘。これには、ちょっとした細工がしてあります』

 マキナは、新調したアガチオンの鞘を取り出す。

 先端の鋭い二等辺三角形で、前の鞘より二回りほど大きい。受け取って見ると、縁に金属のスリットを見つけた。

「これ何の仕掛けだ?」

『アガちゃんを鞘に納めてください。中には金属の摩耗を防ぐ薬液が入っています』

 いわれた通り鞘に納める。

 たったそれだけの動作でも、アガチオンの剣身は少し崩れた。

『鍔を鞘の部品で固定してください。パチッって音がするまでしっかりと』

 部品をはめ込むと、パチンという音が響く。

 無理矢理引き抜こうとして固定を確かめた。問題なし。

「で?」

 これで何が? 掲げるように右手で柄を、左手で鞘を持つ。

 少し重いな。それに妙なバランスを感じる。

『音声認識を搭載しています。“ブレード”と発言してください』

「ブレード?」

『あ、指危ないですよ』

 嫌な予感に、鞘を持った方の手を放す。

 ジャギンッという音と共に、鞘のスリットからブレードが生えた。カッターナイフのような薄く鋭い刃だ。

「おい、指ちょっと切れたぞ」

『そんな、かすり傷くらいなんですか男の子でしょ』

 再生点が作用して指の傷は幻のように消える。格好悪いから、グチグチはいわない。

 軽くアガチオンを振る。

 刃の仕掛けと鞘の重さで、前よりも風を裂く音が重い。

「鈍器だな、こりゃ」

 別に、ブレードはなくても良い気がする。

『戦闘時には、その状態で使用してください。現段階の摩耗は防げます。換えの刃は左右四本ずつ内蔵してあります。それと刃は脆くなると自動的に外れるので、気を付けてくださいね』

「う~ん」

 アガチオンを手放し、手をかざして中空に留める。

 手を振ると追従するが、前より鈍い。感度も低い。一応、動いてはいるけど。

「良くないな」

 前の鋭さがない。これでモンスターを殺せるのか?

『では、保管しますか?』

「そうだな………………いや、使うよ」

 道具の本懐は、使われる事にある。

 大事な言葉だ。

 倉庫に眠った状態で僕が死んだら、こいつはさぞ無念だろう。魂があるなら、心があるなら、それは汲み取らないと。

『使い潰す方を選ぶか。思ったよりも、よく分かっているな異邦人』

「ただの経験則ですが」

 僕はイゾラの言葉に従っているだけだ。

『エルフもヒムも獣人も、道具の本質を理解してねェ。道具っては人間より少しばかり長く存在するだけの物質だ。それだけの事で、人は優れた道具、ことさら武具という物を不滅の存在として崇める。おかしな話だ。たかが金属の塊如きに』

「ドワーフが、それをいっちゃって良いのですか?」

 武具に宿る魂を語り、誇りを持って仕事している人なのに。

 それを卑下と見るような言葉を。

『ドワーフだからいうのさ。他の種族が鍛鉄を“たかが”何ぞいうたら、金床に頭置いてハンマーでカチ割ってやる』

 つまりは謙遜か。

 今を低く見て、更に上を目指すって事? よく分からんが分かる気がする。現状に満足したら技術は成長しないものだ。

『後ですね。ソーヤさんの防具も作って置きました』

 マキナが広げたのは、普通の黒いシャツ。

『こちら、ただのシャツに見えますよね?』

「あ、はい」

『でも~実は違うのです』

 何、その通販みたいな切り口。

『ゾルゾグーさん』

『おう、ルミル鋼を糸状に鍛えて編み込んである。衝撃は殺せんが、切断については無類の強さを誇るだろう』

『異世界最高峰の防刃シャツです。こちら、今お買い上げになると~はい、同じ物が五着とズボンも付いて来ます。それでお値段、据え置き! 何と金貨300枚ですッ!』

「お、お~」

 取りあえず拍手。

 やっぱ通販じゃないか。

『やれやれ、何でドワーフが織物なんぞ』

『え~ゾルゾグーさんも楽しそうにしてたじゃないですかー?』

『そりゃお前、新しい技術に挑戦する事は嫌いじゃないからな』

『ふーふん、ふ~ふ~♪』

『お、おい。やめろッ』

 マキナがアームでゾルゾグーさんをツッつく。ゾルゾグーさんは、まんざらでもない様子でよそ見をした。

 円柱同士で何やってんだか。

「あ、それと。どーでも良いのですが、ハゲの刀は?」

『ああ、レムリアの刀か。それがちょっとなぁ』

 ゾルゾグーさんは、ばつの悪そうな声で背後の刀を取り出す。

 ちっ、出来ていたのか。

『見てみろ』

「はい」

 新しい刀を受け取って鞘から抜く。

「え、何これ?」

 刀身には、木目状の模様が浮いている。混ぜ合わせた油を金属に封じ込めたような、混沌を感じさせる彩り。

 日本刀独自の美しい刃紋ではない。

『ソーヤさん、折り返しを一万回やった結果………………ダマスカス鋼が出来てしまいました』

「そんな馬鹿な」

 詳しくないが、製法全く違うだろ。

『おかしいですよね。前と同じやり方なのに………ね? ゾルゾグーさん、ね?』

『お、おう』

 返事のキレが悪い。

 これ違うな。

「マキナ。ちょっとした疑問なのだが、何で一万回も折り返しを?」

『それはですね。一万の金属の層を作り、靭性を高める作用を――――――』

「いや、そこだ。それそれ」

『へ?』

「一万回も折り返したら、金属の層は………………二万層になるのでは?」

『あ』

 マキナが固まる。

 こいつめ。

『おいソーヤ。一万回も折り返したら、二万層所ではないぞ。紙を畳んでいるのと同じと考えろ。当たり前だが、一万回を折り返したら金属はグズグズになって層構造などいっている場合じゃないがな』

 ぐうの音もでない正論だ。僕もさっぱりだった。

『ソーヤさん、人は失敗から学ぶものです』

「お前、割と人類の英知の結集だろうが」

 A.Iがやっちゃいけない類のミスだぞ。

『だってー! 古い日本刀の作り方なんて、現代のA.Iが持ってるわけないじゃないですか! これでも断片的な情報集めて精一杯結合したんですよ! それに一振り目は完成したでしょ! これって、あながち間違ってないと思うんですぅー』

「なんじゃそりゃ」

 適当に作ったのかよ。それでよく最初の刀できたな。

 いや、もしかして。

「ゾルゾグーさん、もしかして最初の刀って?」

『お、おう』

 円柱が回って僕から視線を逸らす。

『流石にないなーっと思って、15回くらいで止めておいた』

『ちょっと! ゾルゾグーさん、酷いじゃないですかー!』

 やっぱりね。

 そんな適当な製法で刀が出来るわけがない。

『いや、性質の違う鉄を組み合わせて、一つにするという発想は素晴らしいぞ。おいら達ドワーフの歴史は、良い鉱物を探求する歴史だ。一つの良い鉱物に拘り過ぎて、組み合わせるという簡単な事に気付かなかった。そこは、おう。凄いなお前』

『………ふふん♪ そうですかぁ? そうでもないですけね~』

 マキナが『お前も褒めろや』と僕を突っつく。

 アームをビシリと弾く。

「でもゾルゾグーさん、こいつ根本的な大間違いを」

『ちょっとソーヤさん!』

 絶対に調子に乗らせないからな。途中下車させてやる。

『そうでもないから、そのカタナが出来た』

「え、嘘でしょ」

 改めてダマスカス鋼の刀を見る。

 普通の刀剣より重く、指で弾くと独特の響きで鳴く。鋭く、頑強な音色。良い刃物だ。

『一応、一万回折り返した』

 ゾルゾグーさん。

 うちの馬鹿のせいで、そんなお手間を。

『まあ、効率的に折り返せるように、自動的にハンマーを降ろす装置を作りましたからね』

 それは他の事に使えそうだな。

『当然、一万回折り返すと金属の強度はグズグズになった』

『ソウデスネー』

『そこでグズグズになった材料を、小型の高炉を作って入れて熱し、混ぜ、練り、出来たのがそれだ』

「でも、それって最初から――――――」

 高炉に入れて作れば済んだ話では?

『ソーヤさん、マキナの世界にこんな言葉があります。“失敗は成功の母”つまりマキナはお母さんなのです。母性あれば大体の事は許されてしまうのです』

「そんな事はない」

『マキナお前、もの凄い名言だぞ。石板に彫って保存しないと』

『しっかりマキナの名前も彫ってくださいね』

「やめろぉ!」

 全世界のエジソンファンを敵に回すな。

『あ、異世界ダマスカス鋼の余りで作ったのがこちらです』

 マキナが折り畳みナイフをよこす。

 悪夢の中で失くしたカランビットに似たナイフ。

「お、おおう」

 これは嬉しい。

 なんやかんやで使っていた最後の手が戻った。

 刃を開いて振ってみるが、前の安物の量産品とは比べ物にならない鋭さ。最後といわず常用できるレベルだ。

『………………』

「………………」

『………………』

「あ、ありがとう」

『はい、どうもです』

 何故か悔しく思ってしまう。いや、良い仕事してくれるのは嬉しいのだが。僕の複雑な心境は僕にも分からない。

『そんなこんなで、ソーヤさん』

「はい、何でしょう」

 話が変わる。

『装備品は問題なく整備、改良できたのですが、一つだけ伝えないといけない事が』

「何だ」

 また、とんでもない金額を使ったとか?

『マキナはこの世界に、技術特異点をもたらしてしまいました。これは社則に反する事で、場合によっては自主的に初期化しないといけません。だからソーヤさんに正否を問いたいのです』

「あ、うん」

 すっかり忘れていた。社長、そんな事をいっていたなぁ。

 懐かしい。

「で、何て技術だ?」

『その名は、瞬間油熱乾燥法でッす』

「瞬間、ゆねつ、え何?」

『瞬間油熱乾燥法です。瞬間油熱乾燥法なのです。はい、リピート!』

「うん、耳触りの良い言葉なのは分かったから、それが一体何なのだ?」

 さっぱり分からん。もったいぶるな。

『高温の油で水分を弾き、乾燥状態にして食料の長期保存を可能にする方法です』

「………………ん?」

『これは、異世界の食生活を一変してしまう危険な技術です。マキナは、何という物を作ってしまったのでしょう』

 といって、マキナはカップ状の物体を取り出す。

 何となく両手で受け取る。

『容器は、ニカワで固めた羊皮紙と、ダンジョン豚の皮で作りました。防水性、防熱性は抜群です。皆さんが水筒に使う理由も頷けますね。蓋も羊皮紙です。具は刻んだ干し肉だけですが、試作品なので我慢してください』

 マキナは魔法瓶も取り出す。

 お湯をカップに注ぎ、蓋の重しにスプーンフォークを置く。

 ちなみに、ゾルゾグーさんの分も用意してあった。

『三分待ちましょう』

 三分待つ。

 複雑な心境だ。日清食品が異世界に展開したら、僕らは間違いなく訴えられる。

『はい、出来ました~ご賞味あれ~』

「………………」

 ずずッ、と一口。

 旨味のあるシンプルな醤油味。それに柑橘系の匂いが鼻腔に広がる。後、何故かチーズの味も加わった。全くコシはないが妙に癖になる麺。スープを吸った干し肉は、それでも噛み応えがあって美味い。

『お醤油は、異世界の柑橘類を混ぜて乾燥させたものです。チーズも粉末にして混ぜてあります。麺は高カロリーかつ、ノンコシ麺ですが贅沢いわないでくださいね』

「うん、カップ麺だね」

『はい、カップ麺です!』

 異世界で、カップ麺を作り出してしまった。

 アーユーハングリー?

『ソーヤさん、マキナは罪作りな女です。これで異世界の食文化は一変するでしょう。争いが生まれるかもしれない。ソーヤさんは、そんなマキナを許してくれますか?』

「まあ、許す。エアとかシュナが喜びそうだし。これでダンジョン内の食事も賄えるぞ。素晴らしい発明だと思う。………パクリだけどな」

『パクリじゃありません! 影響を受けたのです! 昨今の創作物は全て先人の影響下で生まれているものですから、マキナもそのインスパイアでカップ麺を作ったのです! でも安藤百福さん、ありがとうございます! 日清食品!』

 申し訳ありがとうございます。

 これ大丈夫かな。

『それで相談なのですが、ソーヤさん。一個おいくらで売りましょうか?』

「え、売るの?」

『え、売らないのですか? 売りに出して一般流通させましょうよぅ。目指せ一億食!』

 お前は何を目指したいのだ。

「当分の間は、パーティ内だけで食べる。これ以上、権利やらで揉めたら冒険に割く時間が本当になくなるぞ」

『えーそれじゃ沢山作った試供品どうするのですか?』

「おまっ、また変な事に金と資産を。何個作ったんだ?!」

『300個くらいです』

「………………」

 ええと、ダンジョン豚の皮が水筒一つと換算して銅貨3枚。麺や油、醤油や他の材料費は、いっても銀貨1枚くらいか。設備や手間暇を入れて、それが300個とすると………金貨40枚くらいの出費か?

「お前、その金どこから出した?」

『マキナのヘソクリです。やだなーソーヤさんの冒険資産には触れていませんよ』

「ちなみに、お前のヘソクリって全額で?」

『それは秘密です♪』

 こいつ陰で相当儲けてないか?

 何か怖いぞ。

『おう。んじゃこの300個。全部とはいわんが、少しくれや』

「はい、全部とはいいませんが。好きなだけどうぞ」

 ゾルゾグーさんは、夢中でカップ麺を食べている。ちなみに、円柱の中に入れて食べているので、目の部分の内側が湯気で曇っていた。

『おいコラ。カタナは、おいらがレムリアに渡して置く』

 僕が腰に差した刀を見て、ゾルゾグーさんがいう。

「駄目ですか?」

 結構気に入ったのだが、ダマスカス刀。

 ハゲの寝室に飾るくらいなら僕が使いたい。

『駄目も何も、お前の刀は別にあるだろ。世間話のついでにレムリアに渡してくる。寄越せ』

「くっ」

 後ろ髪を引かれる思いで手放した。

 実にもったいない。良い刀なのに。

「カップ麺沢山あげるので」

『駄目だ。男ってのは剣一つに賭けてこそ栄えるもんだぞ。メディムを見てないのか?』

「それは、ソウデスネ」

 フラれて、獣人娘に慰めて貰ってなければ、参考にしたかもしれない。

 あのエピソードは聞きたくなかったなァ。

『しかし………………いや、何だ』

 ゾルゾグーさんがラーメンを食べ終え、空の容器を円柱から出す。

『魔剣を従え、剣を二つ持つか。まるでアールディだな』

「ヴィンドオブニクル、三剣のアールディですか?」

 うちのパーティに、その剣を持つ者がいる。

 僕が仕える王の愛人も関係者だ。 

 微妙に、僕と縁のある伝説である。

『かのアールディも飛ぶ魔剣を使ったという。そのアガチオンとやらが………まさかな』

「ハハッ、まさか」

 ありうる。

 笑ってごまかす。

『さて、ソーヤさん』

 マキナが改まっていう。

『こっちはもう大丈夫ですよ。ゾルゾグーさんの旅支度手伝ったら、見送って終わりです。後は、どうしますか? 明日からまた冒険の日々ですよね』

「エアもラナもランシールも用事で留守だし、マリアも向こうで忙しく帰っていない。久々に一人で、いや、ミスラニカ様に奉仕するさ」

 最近、全く構ってないので信仰度が下がりそうだ。

『そうですね。それは大事だと思います。後ですね、これどうしましょ?』

 マキナが取り出したのは、丸めた地図だ。

 少し前、偽りの吸血鬼を倒した報酬。ハゲの辿った冒険の記録。ダンジョンの攻略情報だ。

「捨てろ」

『はい、ポーイ』

 地図は、高炉の炎の中に消えた。

 貴重な情報だ。これを頼る事で、四十五階層まで楽に行けるだろう。普通の冒険者達が命を削り試行錯誤する場面を悠々と進める。

 だが、それで良いのか?

 冒険がそんな楽なもので良いのか?

 時間が少ないのは重々に承知している。

 しかし、他人の足跡を辿るだけの楽な冒険で、僕らはこの先を進めるのだろうか? 思いもしない困難に潰されるのでは? まあ、若干あのハゲに対する恨みと、それを原因とした潔癖もあるが。

「って」

 燃やすの早すぎだろ!

「おまっ、マキナ。おまっ」

 地図は灰になっていた。

『え、捨てろっていったのソーヤさんじゃないですかー』

「だけど、けれども、こう一旦止めるとか何とか、クッション的な反応が欲しかった」

『でも電子化したので、元データいりませんよね?』

 そ………………そうか。

 うん、そうだよね。君らってそういうのだもんね。

「じゃ、仕方ないな!」

『ふぇ?』

「では、ゾルゾグーさん。別れは苦手なのでこれで、機会が合えばまたお願いします」

『おう。お前も死ぬ時は、武具は使い潰してから死ねよ。こんな魔剣、他人にゃ使えん代物だ。残っても困る』

「はい」

 結局、使わなかったルミル鋼の剣を返却する。

 その後は、言葉もなくすっぱりと別れた。男同士の別れとはこういうものだ。

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