<第一章:冒険の暇-いとま-> 【12】
【12】
【不明】
ラーメンの件から数十日後、ようやく事が落ち着いてきた。
結果だけをいうと、ラーメンに王印は押されなかった。
理由として、まず味のバラつき。
元祖である炎教のラーメンに続き、テュテュや巫女さん達が色んなラーメンを派生させた。
そこで問題になったのが、
『どの味に王印を押すか?』
である。
一番の候補は、炎教の豚骨炎味噌ラーメンだが、炎教は全大陸に幅広く布教されている。その宗教のメニューが、レムリアで王印を押されると権利問題でややこしい事になるのだ。
合わせて他所の炎教との不平等、差異。
そこから揉め事に発展する可能性も沢山。
僕が代表として、豚骨炎味噌ラーメンを推す事を商会長や司祭様に薦められたが、本当に面倒なので断った。
そんな事をしたら、毎日毎日ラーメンの相談を受けなければならない。弟子志願が殺到する。
そんな暇はない。
くどい様だが僕は冒険者だ。ラーメン作りは本業ではない。
という訳で、ラーメンに王印は押されなかったが、話題になったおかげか、レムリア国内にあっという間に広がった。
商会長が先走って、設備投資し過ぎた事も原因だったりする。
あと僕が、麺の使用料金を『1年間、金貨1枚』とした事も一因かも。
昔の日本人がこんな事をいっていました。
『みんなで楽しめば良いんだよ』
って。
僕は、そこまで他人を信用していないし、奉仕しようとは思わないが、恨みを買わない程度の儲けとしては妥当な金額だと思う。
商人連中から大反対されたけど黙殺した。
それとテュテュの店も、やっぱりラーメン屋になった。
製麺所と食品店に挟まれた、こぢんまりとした店である。
両隣はザヴァ商会が建てた物だ。
食品店は、ブランド化したエルフ味噌を始め、ここでしか手に入らない変わった調味料、高級食材各種を取り揃えている。
小さい店で立地は良くないが、短い間で知る人ぞ知る店になった。
気まぐれで、メルムの奴が売り子として店に立つのだが、その日の売り上げは必ず三倍以上に伸びて僕やローンウェルを困惑させた。
そんなにイケメンが良いのか、世間は。
当のメルムは、客に手を出したらブッ飛ばすと娘に念を押されていた。
製麺所は、炎教の巫女さん達を従業員として雇っている。
炎教は清貧を売りにしているが、悲しいかな金の嫌いな人間は少ない。そこを突かれ、僕がラーメン作りを教えた巫女さんの一人が中央商人と揉めた。
ノウハウだけを奪われ、料金未払いという詐欺行為である。
とりあえず、その商会は潰して取り込み。次がないように、巫女さん達が安心して働ける場所を提供する為、製麺所を作った。
ここの麺はレムリア中のラーメン屋に卸され、一番流通している麺となる。
ローンウェルと商会長が、続々と製麺所の増築を計画中だが、作り過ぎて頓挫しそうだ。僕が心配する事ではないか。
まあ実は、麺が余ったらある計画を始動するつもりだ。
それはさておき、
そんな二店舗に挟まれたテュテュのラーメン屋だが………………はっきりいって流行っていない。
ラーメンが流行り過ぎたのが原因だ。
悲しいかな。ヒームの料理人と獣人の料理人が、同じような物を作ったら、大多数はヒームの物を食べる。
美味しい物は誰が作っても美味しいが、口にするまでは偏見が優先される。
しかも、テュテュは娼館で働いている女だ。
食欲の湧く噂は流れない。
といっても、儲かっていないかというと実はそんな事はない。
彼女の働いている娼館と酒場が、彼女のスープを買い取っているからだ。
ちなみに、テュテュの豚骨味噌ラーメンは銅貨三枚で販売している。
それが酒場では銅貨八枚。
娼館では銀貨一枚で販売される。
その味が気に入った人間に、誰かがこそっというのだ。
『そのラーメンを。もっと美味しく、安く食べられる場所がありますよ』
と。
店の客足はジワ伸び中である。
たまに酔っ払いの三人組が店を陣取って、他の客やテュテュを困らせるが、それを除けば隠れ名店になる日も近いだろう。
そして、暖かくなったある日。
新メニューの打ち合わせの為、テュテュの店に行くと。
店先のテーブルで、エヴェッタさんが空の丼ぶりを重ねていた。今日はまだ三杯か。これは開店から続く見慣れた光景だが、問題はその下。
「え、何だこいつ?」
彼女の椅子の傍に、灰色の大型犬が伏せて眠っている。
薄汚れた小汚い犬。
「ああ、ソーヤ。こんにちは」
「こんにちは、エヴェッタさん」
「ソーヤが来る日なので、小腹を空かせてあります。新メニューの試食はお任せください」
「あ、はい。お願いします」
三杯食べて小腹が空くとは、
「はーい、エヴェッタ。カレー豚骨ラーメン特盛り、ブロックチャーシュー盛り盛り、野菜マシマシ、辛味スパイス多め、ニンニク入り、お待たせニャ」
四杯目だった。
テュテュが丁度ラーメンを運んでくる。
彼女は、髪をまとめてコック帽に入れて、メイドのような調理服姿である。尻尾もスカートに隠して露出少な目。
普段、肌を露わにしている娘が着込むと、それはそれでイヤらしく見えてしまうのは、僕の心が穢れているだけか。
エヴェッタさんは豪快にラーメンを食べる。
先週作ったカレーラーメンには、モヤシが大量に盛られ、その上には酒場のマスター考案のブロックチャーシューが、これまた大量に積まれている。
何だろう、この魔改造。
ラーメンといって良いのか?
そのツッコミは後にして、
「テュテュ。この犬は何だ? 駄目だぞ、飲食店なんだから動物は」
「ああ、ソーヤ。その犬バーフル様ニャ」
「は?」
いわれて見ると似ていなくはないが。
え、いや犬だよ?
「今朝、店に来たら強盗を半殺しにしていたニャ。お礼に残飯あげたら居着いてしまったニャ。だから、バーフル様ニャ」
「なっ、強盗って?! 無事か!」
「無事ニャ。だからワンコに、バーフル様と名付けたニャ」
「あ、バーフル様っていう名前か」
一瞬、本人と勘違いしてしまった。
こんな姿になってもテュテュの元に戻って来るなど、あいつにそんな美談は似合わない。
「良しテュテュ。捨ててこい」
「ニャー!」
「駄目だ。こんな小汚い犬。お客様の食欲が失せる」
エヴェッタさんは気にせずラーメンを搔き込んでいるが、それは無視。
「きちんと洗うニャ。帽子も被せるし、服も着せるニャ!」
「そういう問題じゃなくてな」
テュテュがうるさかったのか、バーフル様(犬)は店の隅に移動して寝そべる。
「ほら、テュテュ。番犬としても使えないだろ」
イヌーフル様は、右前脚を浮かせて歩いていた。外傷が見当たらないから、骨か筋がやられているのだろう。
もう一度、番犬に使えるとは思わない。
「ソーヤ。その犬、普通の犬ではないですね。恐らくはモンスターの類です。邪魔なら屠殺所に運びましょうか?」
「あ、お願いしても良いですか? ラーメン一杯おまけしますから」
エヴェッタさんの提案に乗る。モンスターと聞いては余計に置いておけない。
防犯に付いては改めて考えよう。この店も微妙に儲かりだしているし、また狙われるかもしれない。
「ソーヤ! 駄目ニャ! 絶対、飼うニャ!」
「えー」
テュテュに突っぱねられた。でも、飲食店にペットは駄目だって。
それと、何かこの犬ムカつくんだよな。
顔が、佇まいが、雰囲気が、空気感が。全てが。
本当にバーフルと関係ないよな?
「ソーヤ、店長がここまでいうのです。飼育を許しては? 検疫と消毒は、わたしがやりますよ。問題ないなら、冒険者組合の飼育許可の首輪を付けます」
「エヴェッタ、流石ニャ! 今日はニャーの奢りニャ!」
「フフッ、チャーシュー麺をください。肉は盛り盛りで」
「はいニャ!」
テュテュは注文を受けて厨房に、しめたものとエヴェッタさんは笑う。
職権乱用だ。
イヌーフルを見つめると、面倒くさそうな視線が返って来た。
「お前………………店汚したりすんじゃねぇぞ」
バフ、と小さい返事。
やっぱり、なーんか気に入らない。
気に食わない。
「ソーヤ、ほら早く新メニューの試作を」
「はいはい」
エヴェッタさんに急かされ僕も厨房に。
広い厨房は、客席の倍は人が入る。火元、水回りは、マキナに作らせて現代の文明水準に近いレベルに。ラーメン屋なのに大きいオーブンもあるし、地下では自家製味噌も作っている。
各種調理器具は、レムリア一といっても過言ではない。
持って来た食材を置いて、立て掛けたエプロンを着けて手を洗う。
「ソーヤ、今日はどんな新メニュー作るニャ?」
麺を茹でているテュテュが、背中で話しかけてくる。
「ようやく手に入った食材を使う。大陸南部の魚人が水田で作った野菜で、何でも連中は白い物を神への供物として捧げる習慣があってな。ラナが、連中を拳で征して取引の契約を得た」
3メートル近い魚人と真っ正面から殴り合う妻は、神のように見えた。
「それじゃ、また新しい食材がレムリアに並ぶニャ?」
「ラーメン並みに売れれば、あるいは」
「ソーヤならできる。自信持つニャ」
「売るのはお前なんだぞ?」
「なら、余計に自信持つニャ」
嬉しそうなテュテュの声。
そういわれたのなら自信を持つしかない。
「まあ、作り方はラーメンより簡単だから、麺見ながらでも聞いてくれ。まずな―――――」
僕は冒険者だ。
それでも、たまに料理人の真似事をする。素人に毛が生えた程度の腕だが、色んな人に望まれてやる事だから、間違いではないのだと思う。
僕は、ダンジョンに潜る為に異世界に来た。
しかし、振り返ると真っ直ぐな道なんて一つもない。曲がりくねり過ぎて、グルグルと回っている気もする。寄り道ばかり、脇道ばかり。
けれども進んでいる。
いつしか終わる道筋も見えて来た。
時間も、多少だが余裕はある。
そんな時間を、拙い自分の自信を満たす為に使っても神様は怒らない。
こんな進んでは止まる冒険が、僕に合った冒険なのだ。
「ソーヤさーん、手伝いに来ましたよー」
「きたよー」
「きたー」
瑠津子さんとガンメリーがやって来た。
「お兄ちゃん! 新しいカレー粉作ってきたよ! これで新しいカレーラーメン作って!」
「あなた、手伝いに来ました」
寄り道して、ちょっと遅れた姉妹も来る。
彼女達の後ろには他のパーティメンバーも。
「ソーヤ、腹減ったぁ。何でもいいから飯、飯、はやーく」
シュナがテーブルに着いて騒ぐ。
「ソーヤ、俺はツマミと酔い覚ましの酒だ」
二日酔いらしい親父さんが頭を押さえていう。
「………………」
リズは無言でシュナの隣に着いた。
騒がしい客と、気まぐれで増える店員。
冒険の合間に、冒険者が集まる店。
この店の名前は、
冒険の
<おわり>
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