<第一章:冒険の暇-いとま-> 【11】
【11】
僕の仕事は終わった。
後の事は、瑠津子さんと司祭様にお任せ。アフターケアの必要はないだろう。
必要な物があれば、司祭様が手配するだろうし。ザヴァ商会にも話を聞くよう頼んである。瑠津子さんの対人恐怖症も、テュテュが間に入れば円滑に進むだろう。
という事で。
僕は、お役御免。
だから、一人の人間として炊き出しに並ぶ。
「あ、お兄ちゃん! ここ開いてるよ! ここ!」
炎教の広い食堂に行くと、人の群れの中から妹が手を上げる。軽く手を振り返して近づく。
長いテーブルの端っこの席に、エルフの姉妹とランシールが座っていた。
僕は一番端の席に座る。隣にはラナが、その隣にエア、更に隣にランシール。
「あなた、お疲れ様です。疲れていませんか?」
「大丈夫だ。でも帰ったら昼まで寝る」
心配された。眠さが顔に出ていたか。
「ソーヤ。箸持ってきましたが、使いますか?」
「あ、うん。使う」
ランシールに箸を渡された。三人共、箸を持参している。そして、髪型をポニーテールで統一して完全にラーメンを食べる体勢だ。
「お兄ちゃん。大変ッッ楽しみにしている本物のラーメン。期待を裏切るような物なら、もの凄い悪戯するわよ」
「エア。怒りますよ?」
妹の提案に姉は怒るが、僕は悪戯について興味があります。
………きっと徹夜のせいだ。
「エア。ソーヤが食べ物で、ワタシ達の期待を裏切った事がありますか?」
「洗剤食べさせられた時は、裏切られたと思ったけどね」
それまだいうか。
「おい、メルム! ここ開いているぞ!」
人の群れから親父さんが出て来た。
彼は、僕の正面の席に座る。続いて、ラナの前に彼の父が座り、エアの前にはこの国の王様が座る。
『………………』
僕と女性陣は一斉に黙った。
父親二人と冒険者の父は、そんな事は気にも留めず、手前勝手に喋り出す。
「しかし、久々だな。ここに三人で来たのは」
親父さんの息は酒臭い。
「建国前だから、もう三十年以上前になるのか」
過去を懐かしむ王様も酒臭い。
「そんな昔の事か?」
エルフの王すらも酒臭い。
「お三方、もしかして飲んでました?」
『おう』
僕の質問に、仲良く声を揃えて答えた。
あまりの酒臭さに女性陣が顔をしかめた。僕も徹夜の体調なのでキツイ。
「まあ、聞けソーヤ」
親父さんが上機嫌でメルムの肩を抱く。
「エルフの王が、下々の俺達の為に馳走を作ってくれてな」
「余を下々に入れるな」
レムリア王を無視して親父さんは続ける。
「いやぁ~これが中々美味い代物でな。お前にも食べさせてやりたかったなぁ」
「へぇ~どんな料理ですか?」
味噌使った料理でも思い付いたのかな?
興味があります。
「トマトとチーズ、それにエルフ秘伝の調味料を加えた料理だ。野菜をたんまりと入れてな。鍋ごとテーブルに置く豪快な料理だったな」
こいつパクった!
しかも丸パクリで自分の手柄に!
「レムリアなんぞ、パンで掬いながら食べていた。実に卑しい」
「メディム、いい加減にせよ」
親父さんは妙に上機嫌だ。普段の渋い感じが奥に引っ込んでいる。
「しかしなぁ、アルマの奴が残した調味料とは。感慨深い味だったー」
親父さんにそれをいわれると、水を注せない。
「お兄ちゃん………」
「エア、うん、取りあえず黙っておこうか」
僕とエアは、ハシビロコウのような目でメルムを見る。
あ、目を逸らした。
「ぶぅうー」
妹が不満そうに口を鳴らす。ラナとランシールは『?』としていた。
「それでお前、ラーメンにもアルマの調味料を使ったそうだな。これは是が非でも食べないといけない。そう思い徹夜で飲み明かして、ここに来たのだ」
飲み明かす理由はさっぱり分からないが、親父さんが楽しそうだから黙っておこう。思い出って大切ですからね。と、メルムを細い目つきで見つめ続ける。
ザワッと人の声が波のように響く。
見ると、反対側のテーブルからラーメンが並べられていた。
巫女さん達は打ち合わせ通り、急がず、安全に、丁寧に動く。その中には、瑠津子さんと、テュテュ、司祭様も混ざっている。
初めての料理にどよめきが広がる。
「レムリア」
「うむ」
親父さんが王にアイコンタクトを送った。
「余の王命でラーメンを先に運ぶよう――――――」
「父上、止めてください」
大人気ない王命は、娘が止めた。
「仕方ない。獣人の小娘くらい私が一睨みで誘惑して―――――」
「あんた、それやったらブッ飛ばすわよ」
エルフの王は、娘に怒られた。
もう一人の娘は、ソワソワして落ち着かない様子。テーブルの下で手を握ってやると強めに握り返して来た。
「おーい。こっち早めで頼む!」
「親父さん! 順番です!」
冒険者の父は、僕が代理で怒った。駆け出しの冒険者も見ているのに、完全に酒残ってるな。後で女将さんにチクってやる。
反対側の席では、司祭様の祈りを聞いた者からラーメンを口にしていた。小さな歓声に、心の中でガッツポーズをとる。
おっさん三名は、背伸びしてラーメンを眺めていた。プレイリードッグか、あんたら。
「そういえば、ソーヤ」
「………………はい」
レムリア王に呼ばれ、表情をワザと強張らせる。
「あの食パンというパンを毎朝食べるつもりだ。用意せよ」
「お断りします。僕は作れません」
イースト菌を貰えば作れるが、あんたは重曹入りフワフワパンでも食べておけ。ま、あのフワフワは子供騙しのフワフワだがな。
食パンのフワフワは、最早十八禁だ。パンだけに斤だがな!
「………………」
いかん、絶対寝不足だこれ。
「あの父上、ソーヤは冒険者です。冒険と関係のない事であまり拘束しないでください。度が過ぎると冒険者の王の名が穢れますよ」
ランシールが、やんわりと凄い迫力で援護してくれた。
「前から気になっていたが」
親父さんが無精ヒゲを撫でながら一言。
「ソーヤ、お前ランシールとはどうなんだ?」
「ぶっ」
急な話題に噴き出してしまった。ラーメンを食べる前でよかった。
「メディム様。まだです」
「ごふ、ごふっ」
ランシールは平静に答える。ラナに背中をさすられた。ただ、エアと揃って白い目である。
うんほら、これは………………すみません。
「俺がいう事じゃないが、冒険者なんて明日も分からん職業だ。女を後悔させるなよ」
親父さん。良い言葉に聞こえるが、
妻と妹が傍にいるんだぞ!
「ソーヤ、ワタシはいつで―――――フギャ!」
「黙ってなさい」
ラナは、ランシールの尻尾を掴む。根本をグリグリされるとランシールは声も出せず身悶えた。
彼女の弱点を発見。これは強いぞ。
王はスルーして話題を戻す。
「なら仕方ない。パンの件は、余が直々に頼むとするか………確かルツとかいったな」
「ほう、それがあのパンを作った者の名か」
ヒームの王とエルフの王は、獲物を狙う眼光になる。
「メルム。そなた何を考えている?」
「あのパンは美味かった。それに、たまには街の者と遊ぶのも良いと思ってな」
逃げて。瑠津子さん、超逃げて。
というか、先手打とう。
(ランシール、ランシール)
椅子を引いて、引き続きグリグリされているランシールに、こそっと話しかける。
(な、なんですか?)
(あそこでラーメンを運んでいる。髪がふっくらモサっとしている人が、王様達が求めている冒険者だ。友達なんで適当に保護してあげて、王様とか苦手みたいだし)
(分かりました。あのスカートを履いた少年を父上から守れば良いのですね)
複雑な間違いだよ。
ベルよりボーイッシュだけど、女の子だよ。
「はい、お待たせニャー」
などとしていると、テュテュと巫女さん達がラーメンを運んでくる。
「お、おお~」
エアは目を輝かせた。
「この匂い。………もしや」
何故か、メルムが一番大きく反応した。
「あら、三人揃うなんて久しぶりね。悪巧みかしら?」
司祭様が、親父さん達の前にラーメンを並べた。
炎教の司祭はホントよく働く。この徹夜で酒飲んでる馬鹿共に説教して欲しい。
「………あんたも老けたな。昔は美しかったのに」
「あなたは子供のままねぇ」
メルムの失礼極まりない言葉は軽く流された。
僕ら全員分のラーメンが並んだ。軽くチェックするが見た目は問題ない。スープは湯気を上げているし、麺の状態も素晴らしい。具は全部平等に配置されていた。
「それでは皆様」
司祭様が火の入ったカンテラを掲げ、祈りの言葉を囁く。
「炎の加護は、地上の万人に降り注ぎますわ。今日の糧を明日生きる望みに、明日生きる望みを、いつしか滅ぶまでの情熱に。人は死するまで、生きる為に生きるのです。迷うなら体を動かしなさい。動けなくなったのなら、己の内側と語り合いなさい。炎は、あなた達の胸の中にあります。では………………召し上がりなさい」
ガタッっと三馬鹿―――――じゃなかった。王二人と冒険者の父が動く。
司祭様は次のテーブルに、親父さん達はスプーンフォークでスープを口にする。
「このスープ、やはりトトの味だなッ」
メルムのテンションがビックリするくらい高い。
「おお確かにそうだ。思い出すなぁ。飲み明かした朝は、彼女の店で必ずこのスープを飲んだ」
レムリア王は、懐かしさに顔をほころばせた。
「うむ、確かに美味い。そして、懐かしい。美味い」
親父さんも目を細ませてスープを飲む。
だが、次にとんでもない事を口にした。
「所で、俺は昔から疑問に思っていた事があるのだが。テュテュの父親は、お前らのどっちだ?」
『ハァ?!』
僕とエアは同時に声を上げた。
ちょ、ラーメン所じゃない話題は止めてください。
「どうだろうな。鼻の形は私に似ているが」
「どうだろうな。目元は余に似ている気が」
王二人が、テュテュを遠目に眺めながら首を傾げて声を揃えた。
『正直、分からん』
こいつら、DNA検査して責任取らせてやろうか。
「だがメディムよ。お前も可能性はあるだろ?」
レムリア王の言葉に親父さんが顔をしかめる。
ちょ、親父さん?! 女性については一途な人間だと思っていたのに。
「俺は………違うだろ」
「余が知らぬと思っているのか? ヴァルシーナを余に盗られて刀傷沙汰起こした後、しばらくトトの所に転がり込んでいただろ。何もなかったわけではあるまい」
「あるには、あるが………………お前、一回だけだぞ?」
あるのか。
男三人が、女性陣にゴミのように見られている。巻き込まれたくないから、そっちに入らないようにしよう。
てか、おっさん共の昔話に付き合ってられない。
『いただきます』
僕、ラナ、エア、ランシールは同時に手を合わせて、ラーメンに箸を付けた。
ずるっと一口。
うむ、試食で作った物と変わらない味だ。
スープは、濃厚かつクリーミーで塩味&旨味の調和が取れている。まさしく良い塩梅な味。辛味噌を少し溶いて食べると、辛味がアクセントになりスープを違った味わいに染める。
太めの縮れ麺は、シコシコかつ噛み応えも喉越しも良い。
打ち合わせ通り固く茹でて置いて、スープの熱で食べる時にはベストな歯応えになっていた。
文句なし。どこに出しても恥ずかしくない味だ。
ずッ、ずず、ずずずッ。
エアが、思いっ切り麺をすすって注目を浴びている。
見かねたメルムがエアにいう。
「おいエア。何故そんな細枝で飯を食べているのか疑問だが、それよりもその品のない食べ方はエルフとして、いや女として嫁の貰い手が」
「ハァ~分かってないよね、あんたは。でも仕方ないか~」
エアは心底馬鹿にした様子で父親を見た。
「ラーメンの麺はね。生きているの。刻一刻とスープを吸って形を変えているの。その一瞬、一瞬、命が開く瞬間を逃さず食べる。これが出来ないと本当の味なんて分からないわ。フッ、エルフの王といっても分からないよねぇ。仕方ないか~」
エアは、父親にそっくりな顔で見下しながらラーメンを食べる。
何でこう楽しい食事で進まないのか。
ずずッ、ず、ず。
と、僕、ラナ、ランシールもエアほどではないが音を立ててすすった。
それを見た親父さんも麺をすする。
「ん? こっちの方が美味いな」
そんな彼を見た他の冒険者も、真似をして麺をすすった。
食堂の所々で『ずずー』という音。顔をしかめる人もいたが、そんな人もラーメンを食べる事に集中して音を忘れる。
早々と完食したのは、やはりエアだった。
丼ぶりを両手で掲げ、スープを一滴残らず飲み干す。
こっちの人から見れば下品な食べ方かもしれないが、素晴らしい食べっぷりである。これで客が取れそうだ。ちゃっかり動画で保存する。
「し、しまった」
エアがテーブルを拳で叩いた。空になった丼ぶりが跳ねる。
「どうした?」
僕が気付かない不味い部分があったか?
「あの、スパイスの玉」
「辛味噌か?」
「それ! しまったァ………アタシとした事が、辛さにつられて先に全部溶いて食べちゃった。元のスープをもっと味わってから飲み干すべきだったのに、不覚!」
そして、じーっと僕のラーメンを見る妹。
「ええと、食べるか?」
「あなた、良いのですか?」
ラナに心配されたが、
「試食で沢山食べた。エアにあげるよ」
今日はもう寝るだけだし。
「お兄ちゃんがそういうなら、食べて上げます」
「はい、ありがとうございます」
妹に丼ぶりを差し出すと、一瞬の隙を突かれた。
「それじゃ俺は、この濃い味付けの野菜を。これだけで酒のツマミになるな」
親父さんが、メンマ代わりの野菜をスプーンフォークで刺す。
「しかし、これ便利なスプーンだ。フォークが付いているとはな。考えて見れば簡単な事だが、思い付かなかった」
感心しながら人参をもしゃもしゃ。
「では余は肉を。豚肉がこんな味付けになるとは、感心感心」
レムリア王はチャーシューを。
「私は、そうだな」
「あ゛?」
自分の父親には強いエアである。
彼女は、完全にブロックしながらラーメンを食べる。二杯目なのに勢いは変わらず。
ラナとランシールは、落ち着いてマイペースにラーメンをすすっていた。
「メディム。余にもっと肉を献上せよ」
「では王よ。野菜を全て寄越せ」
「そこの下賤なヒーム二人。私に辛味噌を献上しろ。元はエルフの物だぞ?」
三人のおっさんは、仲良くラーメンを別けていた。
周囲を見回すと、冒険者に職人や商人、その日暮らしの獣人や、流れ者の傭兵、少年少女に老若男女。
全員がラーメンを食べていた。
子供用は辛味噌を少な目にしているが、他は皆同じ物を平等に食べている。
昨日は豆のスープと堅いパン。でも、今日はラーメンだ。
少し何ともいえない気持ちが湧く。
「あなた、大変美味しいです」
「うん、ありがとう」
君にそういって貰えるのが一番嬉しいよ。なんて台詞、人前では口にできないか。
「妻として誇らしいです。これだけの人が夢中になれる食べ物を作れるなんて、普通の人にはできない仕事です」
「………………ありがとう」
今、一瞬。ここの家族と、ラーメン屋をして余生を過ごす自分が見えた。
僕、冒険者なのに………なんか、それも良いかと思ってしまった。
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