<第一章:冒険の暇-いとま-> 【08】


【08】


『ソーヤ隊員。起きてください。見張りが減りました』

「ん?」

 いつの間にか眠っていた。

 静かな闇に、吐き出す呼気が白く漂う。頬に触れる冷気は刺すようで、だがエアと密着している部分は甘く温かい。

「エア、起きろ」

 目を閉じた妹に呼びかけると、

「起きてるよ。寝てたのはお兄ちゃんでしょ」

 綺麗な青い目がパッチリと開く。

「様子見て来る。ここにいて」

 エアは僕にトップハットを被せると、静かに消えた。

 体をほぐしながら彼女を待つ。浸みた温もりは、すぐ寒さで消えた。

「雪風、何時間眠っていた?」

『五時間であります』

「豪快に昼寝したな」

『最近、夜はあまり眠れていないのですか?』

「………そ、そんな事はないヨー」

 プライベートな質問なので割愛させてもらう。

 エアが戻って来た。

「行けるよ」

「分かった」

 腰を上げて妹とまた密着。外套で透明化して、姉妹の実家に近づく。

 見張りは二人に減っていた。

(で、どうする?)

 住居の入り口は一つだけのようだ。

 その前に陣取られていては、背後を取れても侵入できない。

(少し待ってね。仕掛けを用意したから)

 エアのいう通り待つ事、一分。

 小波のような騒めきが聞こえ、その方向から煙が上がる。

(お前、何したの?)

(軽く火を点けた)

 大丈夫なのか、それ。

(ほら、お兄ちゃん。行くよ)

 残った見張りもボヤ騒ぎの方に移動する。効果的だが、火の被害にあった故郷でやる事ではないぞ。

 ここで議論しても仕方ないので、エアにくっついて移動開始。

 小走りに根の上を駆け、距離がある場所はエアが先攻して跳ぶ。僕も後を追って跳び、エアの外套に包まり姿を消す。

 目的の住居に取りつき周囲を沿って歩く。足跡を残さないように入り口まで到達して、静かに扉を開いた。

 思ったよりも簡単に侵入できた。

 木造りの温かみがある家だ。思ったよりも狭く。小さめのテーブルや椅子が可愛らしい。背の高いエルフには不便な家具だろうに、何か意味があるのか。

「エア、たぶん地下だと思うが階段は?」

「こっちよ」

 外套の透明化は解いた。家が狭くて二人くっついていたのでは、急な動きができない。

 エアの後に続き、こぢんまりとしたキッチンに行く。持ち家と同じような配置で階段があった。降って行くと、ある種の匂いを感じた。

「アタシ、この匂いが嫌いで一度しか降りなかったけど。まさか、あいつが」

「いや、もう間違いないぞ」

 アルコールのような発酵した匂いが漂う。こっちの世界じゃ馴染みのない香りだ。

 地下は上より暖かく。板張りの床の所々に赤翔石が埋められて、鈍い赤色に輝いている。

 そして、無数の樽が並んでいた。

 ワイン倉のように見えるが匂いは味噌そのもの。

「雪風」

『臭気から成分を解析、間違いなく味噌です』

 雪風を掲げて明かりを上げる。

 明かりが続く限り樽は並んでいた。

「凄い量だな」

「うっわ、嘘でしょ。こんなにあったの」

 エアも驚いている。

「雪風、全部で何樽ある?」

『センサー範囲外まで味噌樽が続いています。不明であります』

 たぶん、十年、二十年で作れる量じゃない。姉妹の叔母であるアルマさんが消息を絶って三十年数年。その間も欠かさず作り続けない限り、これほどの量には。

 意外だ。

 自分の娘を簡単に切り捨てた奴が、妹の仕事を延々とやっていたなんて。兄妹以上の感情があったのではないのかと邪推してしまう。

「それでお兄ちゃん。どれを盗むの?」

「そこだよな。雪風、旨味の違いなんかセンサーで分かるか?」

『機能外であります。正確な味覚センサーはマキナにしか搭載されていません』

 となると、適当に選ぶしかない。

 問題は、自炊に毛が生えた程度の僕に、異世界で作られた味噌の良し悪しが分かるかどうかだ。瑠津子さん連れてくれば良かったか。

「参ったな」

 手近な物の蓋を開けて見るが、さっぱり分からん。白い味噌で熟成期間が短いという事は何となく分かる。

 むしろ家で使っている物より良い物に見えた。

「お兄ちゃん、分からないの?」

「店で売ってる物を、全幅に信頼していたからなぁ」

 樽に“料亭の味”とか書いてあったら即行で奪うのだが、実はマルコメとかどこかに………………書いてあるわけがなかった。

「入り口側の物は日が浅い。奥に行けば行くほど古くなる。最奥はアルマが作った物で、中は傷んで処分したが失敗例として形だけ残してある。それと、大半は菌床だな」

『………………』

 僕とエアは絶句した。

 この家の主、メルム・ラウア・ヒューレスが普通に居た。僕らを一瞥すると、味噌樽を混ぜる作業を再開する。

 全く気付かなかった。ボロい作業着姿なので余計に誰か分からない。

「お前ら遅いぞ。人がわざわざ、森の入り口で少しだけ待ってやったのに」

「は?」

 メルムの言葉に疑問符を浮かべる。何故、僕らが来る事を知っているのだ。

「炎教にいた小汚い小娘から聞いた。ミソとかいう。大豆や、麦から作った発酵食品が必要なのだな?」

「え、はあ、まあ」

 入れ違いになったのか。

 そういえば、司祭様がヒューレスの森の誰かと会っていたが、まさかこいつの事か。

「くれてやるが、こちらにも条件がある」

「………聞きましょう」

 嫌な予感。

「これの美味い食い方を教えろ」

「………………は?」

「本当に腹の立つ男だな」

 メルムは不愉快そうに顔を歪める。

 基本的に、この男に良い顔で見られた事はない。

「いやいや、素人目だと結構な味噌だと思うが、あんた味が分からないで作っていたのか?」

「混ぜた時の形状や手応え、匂い。色。気温。それが分かれば味を確かめなくても問題はない。後はアルマの資料通りに管理しているだけだ。それにな、昔メディムやレムリアに食わせてやった事があるが、あいつらの歪んだ顔は今思い出しても腹が立つ」

 そういう凝り固まった意識があるから、新しい挑戦ができないんだよ。

「お兄ちゃん。こいつ気絶させて適当に奪おう。二人がかりなら殺れる」

「コラコラ」

 背後に抱き着いた妹が物騒な事を口走る。

「エア。久々に会う父親に向かってそれは何だ?」

「けっ」

 見えないが、たぶんソッポを向いた妹。

 仕方ない事だ。この父親は娘を一度捨てたのだ。今更何をいっても戯言だ。

 ただ、それをいいだしたら殴り合うしかない。ので、一旦脇に置こう。今は味噌だ味噌。

「味噌を使った料理なら、まあ簡単な物なら」

「不味かったなら、これはやらんぞ」

「あんたの愛人が作った豆のうっすいスープに比べたら、お兄ちゃんの料理は王宮のご馳走よ! どれだけ美味しいと思ってるの舐めないでよね!」

「味見はするぞ。当たり前だろ」

「そういう事をいっているんじゃないの!」

 いつになく妹がヒートアップする。

 このままでは不味いので間に入った。

「あんたが気に入るかどうか知らないが、取りあえず作っては見る。文句は食べた後で頼む」

「よし、どれを使う?」

「それじゃ………………」

 良し悪しが分からないのなら、両方使うか。

「この白い状態の新しい物と、赤黒くなった物はあるか?」

「二年以上の物だな。こっちだ」

 メルムに付いて行く。妹が背中にがっしりくっついて動き辛い。

 二年以上の味噌を、蓋を開けて確認。しっかりとした赤味噌である。匂いも色も普通に売れそうなレベルだ。

「取りあえず、これも」

 取り分け用の桶に二種類の味噌を入れて、地下を後にした。

 上に行き、こぢんまりとしたキッチンで料理開始。

 着替えたメルムがテーブルに着き、僕らに視線を送って来る。作業に集中して無視した。

「お兄ちゃん。アタシに良い考えがある」

「お、何だ?」

 食材を物色していると妹からの提案が出た。

 そういうのは大体聞いて任せるようにしている。てか、エアの料理の腕は結構なものだと思うし。将来的に僕を超える日も近い。

「今日も寒いし、貧相な料理器具しかない家だし、やっぱアレしかないでしょ。アレ」

「あ~鍋か」

「あいつと同じ物を突っつくのはシャクだけどね」

「それにしよう。流石だな」

「フッ、もっと褒めて良いよ」

 不機嫌な顔がちょっと戻った。

 エアが乱暴な手つきでキッチンの戸棚を荒らして、底の深いスープ用の鍋を発見した。貯め水で手早く洗い。ついでに使用する野菜も洗う。

「お兄ちゃん。これ出汁取りに使うよ」

 エアは乾燥したキノコを手にしていた。

「おう任せた」

「任された」

 水を張った鍋にキノコを投入。何のキノコかは不明だ。キッチンにあるのだから、食えない物ではないだろう。

 ストーブの薪に火を点け、鍋を上に。

 僕は、エアが洗った野菜を刻んで行く。まず、トマトとニンニクは微塵切り。次のキャベツはざく切り、玉ねぎ芋は一口大。冒険者が良く食う干し肉があったので、念入りに微塵切りに。

「あれ?」

 包丁を握っていて何かを思い出し、かける。

「………………?」

 けど忘れた。

 どうせ大した事ではないだろう。

「エア、入れるぞー」

「はーい」

 肉も野菜も全部鍋に投入。適当に酒も入れた。豪快かつ適当だが、それでも美味しいのが鍋の良い所。蓋をして火が通るまでの間、僕は仕上げ用にチーズを細切れにして、味噌二つを合わせて混ぜた。

 エアは小麦粉を水で練って、麺棒で滅多打ちにしている。

「ったく、狭いのよ! この家は!」

 家の不満を、小麦粉とまな板に当てている。何か怖い。

「メルム様、この音は?」

 キッチンの隣部屋から、他のエルフが顔を覗かせる。エルフらしい美しさの、まだあどけなさが残る細身の少女。僕は反射的に帽子を深く被って顔と耳を隠す。

「リオン。何でもないから部屋に戻っていなさい」

 少しだけ優しいメルムの声音。しかし、エアがその女性に反応した。

「え、嘘。リオンなんでこの家に」

「エア様! 帰られたのですか?!」

「ちょっと寄っただけですぐ帰るわよ。って、まさか?!」

 エアがメルムを睨み付ける。

「リオン、すまないが邪魔はしないでくれ」

「も、申し訳ありません。旦那様」

 エアに飛び付きそうだった少女は、メルムの一声で頭を下げて部屋に戻る。

 だが、扉のすぐ向こうから離れる気配はない。

「説明しなさいよ!」

「何てことはない。ただの愛人だ。ご、いや三人目か」

 今、五人っていいかけだぞ。

「アタシがオムツ変えた事のある子よ! いくつだと思ってるのよ!」

「お前と八つばかり違うだけで大人だ。成人の儀はとっくに済ませた。お前も体は十分大人だろうに、いつまでも子供のような振る舞いはよせ」

「アタシが、誰のせいで成人の儀を受けれなかったと思っているのよ?!」

「レムリアに駐屯していた阿呆な騎士団と、それを倒す為に森ごと焼き払った愚かな――――」

 僕はメルムに、

 割と本気で包丁を投げ付けた。

 メルムは、視線を全く動かさず包丁を指で挟み、手首のスナップだけで僕に投げ返す。

 白刃取りで包丁を止める。失敗したら顔面で包丁を受けていた。

 ムカつくエルフは、知らぬ間に剣を抱えていた。

 変わった軽量の剣だ。柄も刃も徹底的に肉抜きされて穴が開いている。剣というより、銀細工に近い。

 どう考えても人を斬れるとは思えないが、だからこそ警戒する。慣れないルミル鋼の剣では、どこまで斬り結べるか。

「お、お兄ちゃん」

「大丈夫だ。エア」

「え、いやいや、この状況の何が大丈夫なの?」

 決めるなら一瞬でやる。

 間合いは近すぎる。もう互いの喉元に刃が触れているようなもの。

「メルム、あんたに向けた良い言葉がある。『侮辱を口にする時は、命を賭けろ』だ」

 喧嘩好きの諸王の勇士達が必ずいう言葉である。

 脳筋が多い諸王の軍勢だが、事人のプライドを刺激する言葉は慎重に選ぶ。下手をすれば一族同士の争いに発展しかねないからだ。

 それでも考えが足りない奴は軽口を開く。そして、侮辱に拳で応えない者は勇士ではない。

 だから、いざ喧嘩が始まると無言で殴り合い。勝者も敗者も喧嘩の終わりは沈黙で別れる。それで切っ掛けの言葉は、なかった事になるのだ。

 さておき、メルムもそれを知ってか知らずか、

「………………」

 無言で返す。

 僕は無言で一歩踏み出し、

「お兄ちゃん!」

「い゛っだ」

 妹に右腕を思いっ切り引っ張られた。肘に電流が走り筋が引きつる。

 あ、忘れていた。

 肘の具合を忘れていた。

 危なっ。こんな腕の状態で剣を抜いたら死んでたぞ。

「鍋、煮えてる」

「おう」

 エアと立ち代わり鍋に向かう。布を被せて蓋を取り、灰汁を取りながら更に煮て行く。

 隣に別の鍋があり、沸騰したお湯に餅のような物が浮いていた。

「あんた、お兄ちゃんを傷付けたら許さないから」

 バトンタッチしたエアがメルムと戦う。

「エア、現実をよく見ろ。そこの男はヒムで、お前はエルフだ。いずれ」

「黙れ」

「お前、父親に向かって黙れとは」

「地下の赤翔石。住人に回せばよいでしょ? 何がしたいの?」

「地下室の温度を一定にする為だ。ミソとやら温度変化に弱い」

「金になる保証もないのに、民を凍えさせるの?」

「価値は………お前らが今決める所だ」

「叔母さんの為でしょ? 女なんてポイ捨てするのに、あの人だけは特別なのよね」

 エアの声が冷たい。

 熱い鍋の前なのに背筋が凍る。

「良いか、あれと私は」

「どうでもいいのよ、そんな事。大事なのは、アタシ達が味噌に価値を付けなければ、この森に凍死者が出るって事」

 どういう事だ?

 聞きたいが、灰汁取りが忙しい。

「今年の冬の寒さは異常よ。しかも、ヒューレスの森には炎教に寄付できるような裕福なエルフは少ない。地下の赤翔石は何を寄付して得たの? どの妻の装飾品? それともアタシの私物? お姉ちゃんの? 味噌に価値が生まれなければ、次はあんたが抱えている剣でも寄付するの? それよりも、外側に向けた不満がそろそろ内側に向かうわよ」

「お前達も、ミソがなければ料理が」

「ラーメンの事なら、あんたの味噌がなくても完成できるわよ。これ手に入れたし」

 一瞬だけエアを見る。

 彼女が手にした小瓶には、白い欠片が入っていた。麹の種だろうか?

「………………スリを覚えさせたつもりはないぞ」

「誰かさんのせいで、路上の貧困生活だったからね。生きる為には何でも覚えるのよ」

「………………」

「ご機嫌取りが出来ないなら、そうやって黙っていなさい」

 メルムが押し黙る。

 表情が見たいが、鍋の仕上げにかかる。具の火の通りを確認。問題ない。合わせ味噌を投入後、じっくり混ぜ合わせ、最後にチーズを振り撒いて溶けるのを待って。

 完成である。

 取り皿を四枚に木製のスプーンを添えて、おたまを入れた鍋をテーブルに置く。

「おら、出来たぞ。チーズ・トマトの味噌鍋だ」

 色々あったせいで味見は忘れた。てかもう、一刻も早く帰りたい。最悪の実家訪問だ。

「お前らは食わないのか?」

 メルムにいわれ、エアはどっかりとテーブルに着いて取り皿に鍋の具を別ける。そしてガツガツと食べ出した。

 肝の太い妹だ。

「私の分は………」

「食いたいなら自分でよそったら、子供じゃあるまいし」

 もう、メルムはエアに任せよう。良い気味だ。

 コップを四つと、キッチンにあった適当な酒瓶をテーブルに置き、僕はエアの隣に着く。自分とエアの分は注いだ。メルムのは知らない。

「うっわ、超美味しい。流石、お兄ちゃんね。葉っぱや木の実かじってるエルフには到底作れない味よねぇ」

 エアは額に汗を浮かべて鍋を食らう。このままだと一人で平らげてしまう速度だ。

 僕も自分の分を取ろうとしたら、先におたまを取られる。

 メルムは具を一つ一つ確認しながら、妙に遅い速度で取り皿に入れた。

 しかし、エアと交互に見ると本当に良く似た美麗のエルフである。それが余計に腹が立つ。

 こいつと上手く行く時が来るのか? 想像できない。

「ほう」

 玉ねぎを口にしてメルムは小さく声を上げた。

 黙って食べるが決して“美味しい”とはいわない。僕も自分の分を取って実食。

 ハフハフと、味の染みたキャベツを、細切れにした肉と一緒に食べる。味噌とトマトの旨味がしっかり合わさって美味だ。

 悔しいが、こいつの作った味噌のおかげでもある。

「美味い」

 美味い物の前では、素直な感想をいう。

 そんな事も口に出来ないような人間にはなりたくない。

「うん、美味しいよね。お姉ちゃんとランシールにも後で食べさせないと」

「これの作り方だが、この材料を入れて火にかけるだけなのか?」

 メルムの質問には僕が答えた。

「煮込むと具から灰汁が出るから、それは丹念に取る。味噌は煮込むと風味が落ちるから火から離して仕上げにいれる。気を付けるのはそのくらいだ」

「………そうか」

 メルムが鍋を口にして行く。

 素直な感想を口にはしないが、不味そうな顔には見えない。今はそれで良いか。別にこいつの素直な感想を聞いたから、僕の何が変わるというわけでもない。

『………………』

 急に話題がなくなったので黙々と食べる。

 一応、リオンという娘の分もあったのだが、こんな空気に入って来るのはちょっとした罰ゲームか。僕も一口目しか味は覚えていない。飯の味は雰囲気も大事だと心底思い知らされた。

 そんなわけで、さっさと鍋の具を食べ尽くす。終わったと思ったらエアが一言。

「締めは“すいとん”ね」

 まだスープは残っている。エアは鍋を一時的にキッチンに戻し、煮て置いたすいとんを入れてもう一度火にかけた。

 僕とメルムはテーブルに残されて、最悪の空気は更に最悪に。

「エアは、料理を頻繁にやるのか?」

「まあね」

 娘が料理をするのが珍しいのか。

「あれは将来、エルフの姫になる女だ。料理など小間使いに任せれば良いものを」

「料理のできる姫がいて何が悪いのやら」

 ランシールも上手いのに。

「王族の仕事ではない」

「………………」

 こいつとは徹頭徹尾話が合わない。冒険者の王がハゲた理由は、こいつとの付き合いが原因じゃないのか?

「出来たよ~」

 すいとん入りの締め鍋がテーブルに。

 もう味なんて分からないから、さっさと食い尽くした。

「で、どうなの?」

 食後、間髪入れずエアがメルムに聞く。

「まあ………………美味かった。げせ―――――」

「だって?! お兄ちゃん! 流石だね!」

 余計な台詞は、エアが勢いで消した。

 僕もその気遣いに乗る。

「で、味噌はくれるのか? これをラーメンに使う事で、炎教に寄付する価値が生まれる。赤翔石を森の住民に回すくらいわけないぞ」

「………………くれてやる。だが他にも条件がある」

「………………何だよ」

 やっぱり足元見に来たか。

「お前が懇意にしている商会でミソを買い取れ、出来るだけ定期的にだ」

 案外普通の条件だ。

 そりゃ仮にラーメンの評判が良ければ、味噌を個別に買いたい者は現れるだろう。というか、僕も買いたい。

「定期的に買い取るのは承諾できるが、価格については僕に一任すると約束してくれ。売れて評判になったからといって、価格を釣り上げてきたら契約は切る」

 こいつの性格ならやりかねない。

「ああ、承諾してやる。その場の金に踊らされて、痛い目を見るのは愚か者のする事だ」

 と思ったが、そうでもなかった。

 信用には足りないが。

「では、ザヴァ商会と仲介する為の人間を用意してくれ」

「エア。お前がやれ」

 メルムの言葉に、妹は心底嫌そうな顔をする。

「絶対無理。こっちは誰かさんのせいで冒険者をやっていて暇じゃないのよ」

「時間が開いた時だけで良い。冒険の暇にでも、小遣い稼ぎには良いだろう」

「………お兄ちゃん」

 エアが僕の袖を引っ張る。

「頼めるか? エア」

「………………仕方ないから頼まれた」

 確かに、エアならザヴァ商会の人間と、ヒューレスの森の人間、双方に顔が利く。

 適役である。

「なら決まったな。明日の朝、森の前に馬車を用意しろ。ミソを炎教に寄付してやる」

「了解だ」

 帰ってザヴァ商会に伝えないと。

 定期的な味噌購入の契約。断られたりはしないだろうか? まあ、問題ないだろう。

「よし」

 メルムが席を立つ。

 僕を見下すとこういった。

「では、さっさと帰れ」

 こいつとは、本当に合わないなッ。

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