<第一章:冒険の暇-いとま-> 【06】


【06】


 調理場の作業台に突っ伏して、雪風を転がす。

「あー何にも思いつかねぇ」

『限界でありますか?』

「限界でありますなぁ」

 鍋に適当な材料を入れてコトコト煮込んでいるが、人を唸らせるようなラーメンスープが出来るとは思えない。たぶん、普通に煮物が出来る。

『別に良いのでは? 今のソーヤ隊員の料理技能でも、十分冒険の助けとなります』

「もう諦めちゃってもいいかな?」

『良いであります。あなたは妙なプロ意識を持っているせいで、力の抜き方が下手過ぎであります。ラーメンのスープなど野菜の煮汁に塩をぶち込んでおけば問題ないであります』

「いや、それはそれで問題だろ」

 お前の料理感怖いわァ。

「あのぉ」

 背後から声をかけられ驚く。

 振り向くと瑠津子さんとガンメリーがいた。

「すみません………………なんか、すみません」

 彼女は、ちょっと痩せるくらい落ち込んでいた。

「え、いやいや、パン勝負には勝ったし。急な申し出に応えてくれた。こんな朝早くにパンを焼いてもらって、謝られるような事は」

 むしろ僕は謝礼渡さないと。あの好色ハゲ、人の友達を側室に誘うとか、後で娘にチクってやるからな。

「やっぱり、仕事人みたいな人に、自分とソーヤさんは消されちゃうのでしょうか?」

「どういう事?」

 何故、僕も消されるのだ?

「だって! 王様にあんな失礼な。自分が昔見たアニメだと、ダジャレをいっただけで穴に落とされた人がいましたよ! ………あれ、たぶん死んでます」

 それ、なんのアニメ?

「瑠津子さん安心してくれ。僕は、あの王様の寝所に忍び込んで枕元に剣を落とした事がある。でもほら、まだ生きてるだろ?」

「それを聞いて余計に心配になりました!」

 えー。

「安心してくれ。あの王様、気に入らない人間がいたら自分で殺しに来ると思うぞ」

「いやぁぁァァぁ!」

 瑠津子さんは小動物のように震える。

 彼女が何だか、カワウソに見えて来た。

「何か! ソーヤさん! 何か、王様の機嫌を取りましょう! パンは気に入ってもらえたようですが、他に何か?!」

 あ、これはもしや。

「レムリア王は、前に僕が適当に作ったラーメンを偉く気に入ってさ。それで今、王命でラーメンを作っているのだが。スープ作りで苦労していて、何か案があったり?」

「お母さんの実家がラーメン屋です」

 ピンポイント!

「女神………」

「え」

 僕は思わず瑠津子さんの手を握る。

「ラーメンの女神!」

「え、え?」




 スープ作り二日目、午前の部。

 瑠津子さんは食糧庫を隅々まで眺め、

「ダメですね」

 と、ズバリ。外に出てダンジョンに向かう事に。

 僕はガンメリーと一緒になって、お供のように彼女に付き添った。

 向かった先は、々の尖塔第三層。

 安全だが血生臭い屠殺所である。

 価値があるモンスターの生体・死体は、一度ここに運ばれ処理・加工されて冒険者に渡される。個人で持ち運びできる素材も、ここで検疫をクリアしないと受け取れない。

 また、レムリアで消費されるお肉は、大体ここの精肉部門から街に運ばれて行く。

 他の部署は、モンスターの骨、甲殻などを建材や武器防具の素材とする加工部門。

 モンスターの体液、排出物、ダンジョン内の植物から、医療品、ポーションなどを抽出する薬品部門。

 未知の素材を解析して、街への影響を確かめる研究部門等々。他にも細かい部門がいくつもあるが僕の知る所ではない。

 ダンジョンの恵みに捨てる所なし、という具合で冒険者組合員の方々は日夜働いていた。

 しかしまあ、何度来ても異質な空間だ。

 上の街と売っている物が全く違う。

 店舗の軒先や、露店では、モンスターの骨、皮、鱗、殻、牙、爪、翼、目、舌、耳、腸、脳と。全体的にグロテスクで生っぽい商品が並んでいる。

 ダンジョン内であるから薄暗く、その光加減で余計に不気味に見えた。

 何故か店舗のデザインも、骨々しかったり肉々しかったり、灰色だったりピンクだったり………とにかくグロい。

 中級冒険者の身であるから、一応ここの職人達に仕事を頼める。だが前に親父さんがいったように変わり者が多く。信用ならないので頼んだ事はない。

 武器防具を頼むという事は、その職人に命を預けるという事だ。他人の評判なんかあてにならないし、職人と深く付き合う時間もない。

 まあ、マキナとドワーフさんがいるから、お世話になるような事はないかもしれない。

「ソーヤさん」

「はい」

 目的地の精肉部門に到着。商会のお手伝いで一度だけ来た事がある。

 いつになくキリッとした瑠津子さんの顔に、キリッとした顔で答えた。

「自分、人見知りなので、店員さんに話しかけてください」

「………はい」

 そういえばそうだった。

 気合い入っていたのは表情だけだったね。

「すみません」

「何がすまんのだ? お前、何かしたのか?」

 声かけの言葉を間違って、売り子のおっさんにガンを付けられた。

 瑠津子さんは僕の背後に、ガンメリーと共に隠れる。

「ダンジョン豚の骨が欲しいのですが」

「骨ェ? そりゃ加工部門だろ。うちじゃねぇよ」

「いえ、薬品加工前の普通の骨です」

「そりゃあるにはあるが、捨てるようなもんしかねぇぞ」

「見せてもらっても良いですか?」

「あーん。お前ら何がしたいんだぁ?」

 おっさんは面倒臭そうである。業務と関係のない事だから気持ちは分かるが、どうするか?

 妙に職人気質が高い人間に金を積むと逆効果だし。

 あ、そうだ。

「実は、炎教の依頼を受けて新しい料理研究をしていまして、仕事に差し支えなければ見学をと」

「炎教の………」

 試しに炎教の名前を出した。影響の強い宗教なら、誰かしらに引っかかると思ったのだが。

「うちの爺さんが信徒だ。それを聞いちゃ無下に扱えねぇな。来い、裏だ。臭いぞ」

 精肉部門の店舗の中を通り、裏口から出る。

 生臭い血の匂いに咽そうになった。

 変な光景だ。一画に肉のプールみたいな物があり、そこに骨が山のように突き刺さっている。

「何ですかこれ?」

「ダンジョンの肉壁だ」

 肉壁?

「々の尖塔は部分的に生体を持ってんだよ。構造物に隠れている物を、成長させて、そこに引っ張り出している。固いダンジョン豚の骨でも、三日で跡形もなく溶けて栄養だ。後は、またダンジョンを廻りモンスターとして生まれる、らしいな。誰もそれを見たこたぁねぇが」

 何か怖いな。

「瑠津子さん、それで?」

 隅には肉壁に刺さる前の骨の山が、彼女は何のためらいもなく骨を集めて、ガンメリーに持たせていた。

「ゲンコツ、ゲンコツっと。丁度割れてる。あ、背骨がある! 足はないかなぁ、ないなぁ」

 バーゲン品を漁るように豚の死骸を漁っている。

 五分少々作業を見守った。おっさんは始終怪訝な顔で瑠津子さんを見ていた。

「ソーヤさん! 取りあえず、これだけあれば大丈夫です!」

 ガンメリーが豚骨を掲げる。

「じゃ、あれください」

「おう、もってけ」

 おっさんは気前よく無料でくれたが、

「いくらですか?」

「ああん? 捨てるもんに金なんかいらねぇよ」

「いや、払います。価値があると認められれば、炎教のお供え物になりますよ。身内に信徒がいるなら、そっちの方が徳になるでしょ?」

 正直いってこの豚骨、品質が良いとは思えない。人間、ゴミなら雑に扱うが、価値があると分かれば相応の扱いに変わるもの。

 現金な話だが、そういうものだ。

「お、おう。そりゃそうだが。こんなもんどうするんだ?」

「スープを作るそうです」

「………………大丈夫か、それ。炎教はそんなに苦しいのか?」

 おっさんに本気で心配された。

「大丈夫です。これは新しい料理の一環であって、炎教の台所事情とは関係ありません」

「ならいいが、爺さん腹減らしてねぇかな」

 身内の心配は傍でしてあげてください。

「ソーヤさん! ハリーハリー! 鮮度ギリギリなんで、即行で鍋にぶち込みますよ!」

「急げー!」

「ヒュー!」

 テンションの高い瑠津子さんとガンメリー。

 おっさんに銅貨を五枚ほど握らせて、僕らはダンジョンを後にした。

 骨を担いで街中を歩くのは大変目立ったが、瑠津子さんは興奮して気にしていない。

 炎教に帰還後、巫女や司祭様にも怪訝な目で見られる。

 気にせず調理場に行き、下処理。

「まず、徹底的に洗います。こびりついた肉を落とし、血抜きも完全に。絶対に適当にしないでください。ここで味の八割が決まります。ゲンコツ、大腿骨は砕いてから洗浄を」

「了解です」

 大腿骨をハンマーで砕いて、こびりついた血肉を洗い落とす。他の骨も同じように徹底洗浄。

 ガンメリーは邪魔になったので、調理場から出して信徒のお孫さん達と遊ばせた。

「綺麗になりましたね。次は下茹でです。三十分から、一時間。もしくは二時間を見て茹でます。ここで味の八割が決まります。大事な作業です」

「はい」

 細かいツッコミはなしだ。

 ずん胴に洗った骨を入れて水を入れ、火にかけ、待機。

 待機。

 待機。

『………………』

 微妙な沈黙に耐えられず、口を開く。

「瑠津子さん、そのお母さんのラーメン屋っていうのは」

「ソーヤさん静かに。素材の音が聞こえません」

「何か、ごめんなさい」

 仁王立ちの瑠津子さんに軽口を叱られる。

 なんだ、この彼女から漂う気配は。まるで歴戦の猛者だ。

 あまりのプレッシャーに額に汗が浮かび、時間があっという間に過ぎた………という事はなく。僕は朝早かった事もあり、眠たくなり、机に突っ伏して仮眠を取る。

 雪風に起こされると一時間が経過していた。

 瑠津子さんを手伝い。どっぷりと灰汁が浮いたお湯を捨てる。

 独特の嫌な臭いが寝起きに辛い。

「では、ここから本格的にスープを仕立てます。ここで味の八割が決まります。ソーヤさんがサボっている間に野菜の準備はしましたが、一つ気を付けてください」

「何でしょう?」

「ガラと野菜は、同じ時間で煮込まない。ガラからは6時間から8時間でスープができますが、野菜は短く一時間以下。それ以上は煮崩れてスープの邪魔になります。今回は、もう一つずん胴を用意して別々にスープを作り、最後の調整で混ぜて行くつもりです」

「ええと」

 今サラッと、6時間から8時間っていった?!

 お昼には試作のラーメンが出来て、夕方には完成すると希望を立てていたのだが、

「もうちょっと早くなったり?」

「しません。ソーヤさん、ラーメンなめていませんか? 異世界の素材で作られる初めてのラーメンですよ。火力も勝手が違うし、味を調える為の調味料も足りていない。手間を増やして、素材不足を補うしかないのです。足りない出来ないといって下手な仕事をしたら、お客様が黙っていませんよ!」

 うーん、なんだろう。

 厳密にいえば、お客様じゃないのだが。

「それと、ガラスープに豚バラを入れて二時間煮込み脂肪分と旨味を混ぜます。豚バラはチャーシューにも利用しようと思うのですが、味付けが………」

「あ~醤油ないよね」

 現代から持って来た醤油と、アンチョビから作った魚醤なら少しあるが、家で消費する分しかない。ここでラーメン作りに使用したら三日も持たないだろう。

「不安は残りますが、こちらの素材で甘辛いソースを作って漬けてみます。ラーメンは、チャーシューの味で八割決まるといっても過言ではないのに、本当に不安です」

「お願いします」

 野暮なツッコミはしない。

 全部大事って事だろう。

「さて、これからは根気との勝負です。灰汁を掬い続けスープの清度を上げて行きます。自分一人で何とかなるので、ソーヤさんは帰っていいですよ」

「え?」

 いきなり戦力外通告を受けた。

「いや、瑠津子さん。灰汁を取り除くくらいは僕も手伝いを」

「はぁ~」

 物凄く深いため息を吐かれる。

「ソーヤさん。“くらい”って何ですか?」

「え? え?」

 よく分からない所を責められ混乱する。

「あなたの根底には、ラーメンを程度の低い料理と馬鹿にする気持ちがありますね。確かにラーメンは大衆食です。安く美味しくて腹に溜まる料理です。ですがねぇ、だからといって作る側が手を抜く理由にはなりませんよ! そんなものラーメンじゃなくて! な、なくて! ………………えと、ヌー! そうヌーです!」

 思いつかなかったんだね。

 てか、君の母親のラーメン屋がどんな店か気になるよ。

「本当に手伝える事はない?」

「ありません。気が散るので、一人にしてくれるとありがたいです」

「そういう事なら」

 何か寂しいが、邪魔をしてまでスープ作りに参加したいとは思わない。僕のラーメンに対する情熱はこの程度だ。

『ソーヤ隊員。雪風は残って、スープ作りを記録するであります』

「じゃ頼む。瑠津子さん、雪風を置いて行くので何か必要なら連絡を」

「………………」

 ずん胴を凝視する瑠津子さん。

 ああもう聞いてないや。


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