<第一章:冒険の暇-いとま-> 【04】


【04】


 ラーメン作り午後の部。

 作り過ぎた自家製麺30食分。それを炎教に持って行く。

 途中、ザヴァ商会に寄ると半分買い取られた。商会長も炎教に行くというので、馬車の荷台に相乗りした。

「ローンウェルさ、商会も炎教に寄付したりするのか?」

「しますよ。それはもう」

 意外だ。

 年寄りの金持ちなら分かるが、若くて活気のある商会が寄付など。

「で、これって」

 手元にある寄付品の箱を小突く。

「ええ、あなたとマキナが考案した皿や調理器具です」

「もしかして、僕がラーメン作るって知って?」 

「それもありますが、用意したのは二十日前ですよ」

 情報が早い。

 侮れないな口伝えも。

「つまり試供品か?」

「その通りです。炎教の炊き出しには、レムリア中の様々な人間が集まります。貧富の格差も、年齢人種も問わず。冒険者から職人、お忍びの好事家、どこぞの貴族まで。新しい商品の宣伝には持って来いの場所です」

「もしや、マヨネーズやパスタ、ケチャップもそこで宣伝を?」

「あれは高価な商品ですからね。炊き出しでは使われにくい。良い宣伝の場ではありますが、お金を積んだからといって、必ず炊き出しに使われるわけではないですな」

「炎教は、変に金の匂いがしないから良い宣伝、信用になるって事か」

 商会長が箱を掲げる。

 じゃらりと金属の音。

「そこで、ソーヤさんのラーメンの話ですよ。これ必要ですよね? ザヴァ商会の刻印はしっかり入れてありますから。是非、是非にご利用を!」

「うんまあ、必要な物だから使うけど。また作り過ぎていないよな?」

「何をいいますか、マヨネーズの一件以来、当店は転売する輩によく目を付けられています。パスタも日に日に値上がりする様子。左大陸小麦が再入荷できる頃には、元値の二倍になっているでしょう。当店の商品をお客様に他店で買わせるという―――――――」

「本心は?」

 戯言が長くなりそうなのでズバッと切る。

「そろそろ二号店を、と考えていまして。目抜き通りの店も良いのですが、やっぱり母の店ですし自分の理想を考えると立地的に。もちろん、ソーヤさんもお手伝いをば」

「しないからね」

「なんッ、で?」

「いやいやお前、僕って冒険者だよ? 冒険する事がお仕事だぞ。商会の新店舗の手伝いなんか、どれだけ拘束されるのだ」

「またまた、ご冗談を」

「お前ッ、僕は最速で中級冒険者になったのだぞ。そこそこ名前は売れているのだぞ。まあ、そこに若干の悪名が含まれてはいるが」

「ではこうしましょう」

 したくないなぁ。

「ある程度、商品と店舗の名声を得られたら名前だけ貸してください。ソーヤさんは、たまに店に来て偉そうに従業員を褒めれば良い。楽な仕事でしょ?」

「絶対無理」

 人に偉そうにするとか向いてないから。

「自分の理想の老後を全否定とは!」

「もっと苦労して働け、ローンウェル」

「くっ、珍しい。正論ですな」

 この野郎。

 気付くと炎教に到着。そもそも大した距離ではない。

 司祭様を呼んで寄付品を渡すと、ローンウェルは帰った。僕に『宣伝はしっかりお願いします』と念を押して。

 さておき、

「ソーヤさん、昼食も兼ねて色々と麺を作りましたわ」

「あの、これ自宅で作った麺です」

 調理場で、二人同時に麺を出す。

『………………』

 司祭様も沢山作ったようだ。合わせて80食くらいか?

「ソーヤさん、この麺は何日持つのかしら?」

「暑すぎず寒すぎず湿気を避けた環境で、10日くらいは持つそうです。二日、三日寝かせた物が一番美味しいかと」

「まあ楽しみだわ。それに作り置きが出来るとは、ソーヤさんに頼んで本当によかった」

「いえ、まだスープの問題が」

 大体のレシピは頭に入れて来たが。

 料理とは、書いてある事をこなすだけで美味しくなるものではない。正解にたどり着く為、試行錯誤を積み重ねないと。

「取りあえず、三日もらえますか?」

「はい、構いませんよ」

 人間は、期限がないと捗らないもの。だが急いで損はない。さっさとスープ作りに勤しむ。

 司祭様は他の仕事に行き、僕は一人調理場に残る。

 まず、肉や野菜の下処理。

 野菜は水で洗って小分けにして行く。豚肉もブツ切りに。量は少な目で種類は多く。やり方が分かっていても、何の食材が最適か不明瞭だ。

 人参、キャベツ、玉ねぎ、生姜、リーキ、豚バラを鍋で煮込む。

 丹念に二時間アクをすくい続ける。

 単純な作業だが嫌ではない。煮込まれる素材を見ていると不思議な気持ちになる。

「どうかしら?」

 司祭様が様子を見に来た。

 というか、結構チラチラ見に来ている。絶妙なタイミングなのは、年の功なのだろう。

 丁度味見をする所だ。

 だが、思ったよりもアレ? っていう味。旨味が薄い。

「うーん。自信がないので助言が欲しいです」

「では少し」

 司祭様は小皿に移したスープを一口。

「悪くはないけども、何かしら………色々足りない?」

「足りませんね。足りなさ過ぎて何が足りないのか分かりません」

「付け足しながら飲んで行きましょう」

 司祭様の提案を受ける。

 当たり前だが、取りあえず塩。

 はっきりしない塩味。化学調味料でもあれば形になったのか?

「辛くしましょうね」

 司祭様の秘伝辛味ソースが追加。

 しっかり混ぜて味見。辛っ! 全体的に、このソースの味になる。

「薄めただけねぇ」

「辛いです」

「ソーヤさんは辛い物は苦手かしら?」

「結構苦手です。炎教は皆辛い物が得意なので?」

 エアは辛い物好きだが、加護を貰っているラナは苦手である。

「今の若い子は苦手な子が多いわねぇ。私は趣味で平気だけど。各種スパイスは栽培していますわよ。温かい環境でないと育たない物が多いので、赤翔石を利用して」

 ここにも温室があるのかな?

「炎教ではスパイス作りの伝統でも?」

 ちょっと気になったので質問。

「伝統というより生きる為かしら。この国は豊かで、私達も良い物を食べさせていただいていますわ。けれども貧国の炎教は、傷んだ食べ物しか分けて貰えない。スパイスで誤魔化さないと食べられたものじゃありません。先人が各種スパイスを栽培できていなければ、信徒に多くの餓死者が出ていたでしょう。少し辛いのが難点ですけど」

 他所から来た親父さん曰く。一昔前の保存食品は酷かったらしい。塩漬け肉とか、虫が湧いていても平気で食べていたとか。

 それに比べたら、レムリアの食事は全てご馳走だ。

「ちょっと、ソースを追加して挽肉を。木の実も追加して………………」

 また担々麺に近くなる。

 辛味ソースはタレになるが、そもそものスープが微妙だ。

 作り直しかな。

「ソーヤさん、鍋に材料を追加して良いかしら?」

「はい、お願いします」

 司祭様は、トマトと卵液を追加。スープを更に煮込んで行く。中華というより、洋風の匂い。

 僕は食糧庫入り、食材の選択からやり直し。最初っから上手く行くほど甘くないか。

 うーむ。

 マキナに任せたら、普通のラーメンスープは出来上がるだろう。だが、普通なのだ。あいつの料理はパンチが効いていない。無個性である。売りがない!

 こう、異世界初のラーメンは地味ではいけない。冒険者達が驚きふためく味でないと。

 旨味調味料で味を整えるのも手だが、流石に量が足りない。抽出と生産から始めるか? でもグルタミン酸って大量摂取すると体調崩す人もいるし。それが原因で悪評が広まってもな。

 いやてか、時間が足りない。

「んー」

 どうしよう。良い案が思い浮かばない。試行錯誤すらできない。

 改めて思うが、僕はラーメンについてズブの素人だ。言い訳すると調理自体も素人に毛が生えたレベルで、今まで上手く行ってきたのは運が良かっただけ。

 これ、時間をかければアイディアを閃くものか? 

 無理な気がするなぁ。しかも、三日以内では到底。

 潮時かなぁ。いい加減こういう仕事は全部断って冒険業に集中するか。

 ちょっと自暴自棄である。

「ソーヤさん、ごめんなさいね。ちょっと」

 司祭様に呼ばれた。

 調理場に戻ると、意外な人がいる。

 モヒカンで体格の良い男。

 レムリア王国国営酒場、猛牛と銀の狐亭のマスター。ラスタ・オル・ラズヴァである。

「ソーヤ! お前これはどういう事だ?!」

「は?」

 僕が挨拶をいう前に、凄い剣幕で迫られた。

 マスターは、広げたスクロールを一枚持っている。見ると、調理レシピ占有証明書の写し。

 レムリアでは、特定の料理を出す場合、利用料金を開発者に支払わなければならない。実際、開発者というより権利を持った人間に、であるが。

 これが厳しく。違反すると高額な罰金を国に払う事になる。悪質だと投獄される場合もままある。

 ぶっちゃけ、レムリアの飯が不味い理由の一つだ。

 文化が発展する前に締め付けては、育つものも育たない。といっても、僕もマヨネーズとパスタ、ケチャップのレシピ料でザヴァ商会から利用料をもらっている。

 ザヴァ商会曰く『相場の十分の一の使用料』だが、貰っている以上、僕も人の事はいえた立場ではない。

 これは、エリュシオンから輸入したシステムなのだが、こりゃ中央大陸も飯が不味そうである。

「ラーメンの麺レシピ」

 マスターの証明書にはそう書かれている。権利者は、僕の名前だ。

「やってくれたなぁ」

 マスターの背後に闘気が見える。

「え、マスター。ちょっと待って。僕はレシピを出した記憶が」

「私が出しましたよ?」

 司祭様が悪びれもなくいう。

 お昼の間に? 仕事が早い。てか、僕に一言いってくれよ。

「こういうのはね、早い方が良いのよ」

「それはそうですが、いつの間に」

「お昼の間にチョチョっとねぇ」

「姉ちゃん、頼むよぉ。この炎教の洗剤を使ったレシピは、うちの店の秘蔵じゃないか」

 マスターが妙に子供っぽく低姿勢でいう。

 姉ちゃん? え、司祭様レムリアの身内?

「ああ、ソーヤさん。私、レムリアの王族ではないのよ? この子達ったら昔の癖で、私の事を姉ちゃん、姉ちゃんと。良い歳なのに嫌だわ、オホホ」

 馴染みの付き合いって事か。

「ソーヤ、だからお前な!」

「ええと、でもマスターの酒場にそんな料理ありました?」

「上級冒険者。もしくは過去到達した者限定の隠しメニューだ。が、お前はエヴェッタが食べているのを見ている。それで、真似たな?」

 全然心当たりがない。

「ちなみにメニュー名は?」

「蜂蜜入り高級フワフワパンだ」

「あ、ああ?」

 記憶にない。

 そもエヴェッタさんの前では、料理など眺める前に消えて行く。

「このフワフワパンは、俺が若い時に命がけの冒険で手に入れたレシピだ。それから、大事に、大事に、一部の成功を得た冒険者のご褒美として長年守って来た。いってみれば、フワフワパンは俺が後輩にやれる勲章なのだ! 秘蔵中の秘蔵故、レシピの公開をせず守って来たのに、まさかお前にフワフワパンを穢されるとは」

 厳ついおっさんが『フワフワパン』という可愛いワードを連呼するな。

「でもねぇラス坊。パンと、この麺では、流石に違うと思うわよ?」

「姉ちゃん。作り方の問題なんだ。形の問題じゃない。炎教の洗剤を使用したという話が外に漏れれば、フワフワパンに近づく者が必ず現れる。ソーヤ、悪いが潰させてもらうぞ。この麺は!」

「えー」

 大人っ気がないなぁ。

 でもマスターの交友関係を考えれば、レシピの一つや二つ葬られる可能性はある。

「どうしましょう。司祭様?」

 司祭様にヘルプ。

 というか、僕自身スープ作りに不安を覚えているので、この依頼をうやむやに出来ないかと期待している。家の面々は今のラーメンで満足しているし。

「ラス坊。こうしましょう。あなたも、料理人の一人なら料理で権利を得なさい」

「姉ちゃん、それは?」

「明日、ソーヤさんがあなたより美味しいフワフワパンを作ったのなら、ラス坊は負けを認めレシピを公開なさい。ソーヤさんが負ける事があるのなら、ラーメンはレムリアから消しますわ」

「姉ちゃん。一つ聞くが、それは姉ちゃんもソーヤを手伝うのか?」

「いえ、まさか。私は中立の立場で二人を見守ります」

「ふっ、そういう事だソーヤ」

 マスターは不敵に笑う。

「幾らお前が、異邦人で変わった知識を持っていても、最後に勝つのは経験を持った俺だ! 残念だが、ラーメンの麺とやらは諦めるんだな! 明日、朝一、ここで! フワフワパン勝負だ!」

 マスターは踵を返し調理場を出て行く。

 大きな足音だ。

「それじゃ私は、麺のレシピを一時停止させてきますわね」

 司祭様も出て行く。

 僕は、ぽつねんと一人残される。

 調理場に静寂が訪れた。

「………………ラーメンは?!」

 誰も聞いちゃいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る