<第一章:冒険の暇-いとま-> 【03】
【03】
昼飯は焼きそばにした。
ランシールと、丁度帰宅した姉妹四人で昼食を取る。ミスラニカ様はフラついていない。マリアは現在帰郷中である。
ドワーフさんの飯は、マキナに任せているので干渉しない。
「お兄ちゃん、これどういう事?」
何故か、妹に剣幕で睨まれた。
「どういう事って焼きそばだ。ラナ、目玉焼きはいくつ乗せる?」
「私は二つで」
フライパンの目玉焼きをフライ返しで切って、ラナの焼きそばに乗せる。
「ランシールは?」
「ワタシは一つで大丈夫です」
ランシールには一つ。
「エアは?」
「はぁ~」
やれやれとエアは首を振り、深いため息を吐く。
「お兄ちゃん。このラーメンは駄目よ」
「ラーメンじゃなくて、焼きそば何だが」
妹は僕を無視して語り出す。
「ラーメンの良い所は、麺を食べて具を掬って、それでも尚、まだこんなにもスープが残っているという安心感と優越感。その贅沢さが売りなのよ。これは、そのラーメンの良い所を殺している。ラーメンという至高の料理を、只の料理と同じ次元まで落としている。アタシ、これは認められないからね」
「そっかぁ」
エアは、焼きそばがお気に召さないようだ。
皿を下げて何か別な物を作ろう。
「二人は先食べて良いよ」
『いただきます』
ラナとランシールが、手を合わせて焼きそばを食べる。二人共、箸を使っている。ラナはまだ慣れていないが、ランシールは簡単に使いこなしていた。
「あ、美味しい。甘辛い味付けが、半熟の黄身が絡んで濃厚に。私、これ好きですよ」
ラナは気に入ったようだ。
「ソーヤ、大変美味しいです。これはマリアとか大喜びすると思いますよ。ワタシにも麺の作り方を教えてくださいね。後、このソースの作り方も」
ランシールも同じく。
「麺は簡単だが、ソースはちょっと難しいかもな。僕も勉強が必要だ」
オタフクソース。
異世界で再現できるのか?
「じゃ、エア。ポトフが残っていたからポタージュにして、合わせてパンで良いか?」
エアの皿を掴むと、彼女に腕を掴まれる。
「何も食べないといっていない。アタシも目玉焼きは二つ。お兄ちゃんは、もっと自分の料理に自信を持ってください」
「………………はい」
文句いった割に、焼きそばをがっつく妹。
「うーん。カレー粉混ぜたいかな。もうちょいスパイシーな方が良いと思う。この甘いソースは中々良い腕してるわ。流石、お兄ちゃんね」
それ、オタフクソースだけどね。
ラナの隣に着いて、焼きそばに手を合わす。
「いただきます」
具はシンプルに、自宅地下栽培のもやしと、ダンジョン豚のバラ肉、薄切りにしたリーキ。
味付けは異世界のよく分からない胡椒と、魔境と名高いモジュバフル大洋の塩。決め手は、日本のオタフクソース。
箸で麺をすくうと、ソースの甘い匂いが鼻腔をくすぐる。猛烈な空腹に襲われ焼きそばをがっついた。
少々脂の多いバラ肉が麺と絡み、箸が止まらない。少量のもやしと、薄切りにしたリーキが麺の食感を楽しく変えた。
そして、やはりオタフクソース。
甘辛い中に、旨味がギュッと濃縮された歴史を感じる味だ。
負けてない。日本の調味料は、混沌とした異世界の食材に負けていない。合わせて馴染んで、制している。
焼きそば本来の味を楽しんだら、目玉焼きを潰して黄身と麺を絡める。
う、美味い。
ソースの旨みに黄身が絡むと、何故にもこんなに美味しいのか。正直な話、もっと色んな料理に目玉焼きを乗せても良いと思う。
何となく目についたのが、皆の焼きそばの食べ方。
ラナは僕と同じで、黄身と白身を潰して麺と絡めて食べている。
ランシールは、黄身、白身、麺、具、の、一つ一つを丁寧かつ味わいながら。
エアは、焼きそばを先に食べて、目玉焼きは最後に食べるようだ。
目玉焼きの食べ方で恋愛観が分かる、何てエセテストがあったが。それに焼きそばを合わせたら何がどうなるのやら。
「でもさぁ、お兄ちゃんも人が悪いよね」
「え、何が?」
正面のエアが、しみじみという。
「ラーメン作れるなら、もっと早く出してよ。この麺、カップ麺のやつより断然美味しいよ」
「そういう事か」
確かに、カップ麺より美味い。いや、マキナの作った麺は、僕が適当に作った麺よりコシがあって断然美味い。あいつ良い仕事をしている。
「僕も今日、こっちで中華麺が作れる事を知った」
「え、どうして?」
「混ぜる材料が、正確には代用品が見つかった」
「代用品?」
エアは訊ねながらも、焼きそばを口にする。妹の箸使いは姉より上手い。全体的に、そつなく器用な妹である。
「まあ、意外に思うかもしれないが小麦に洗剤を混ぜる。といっても――――――」
「ブふっ」
咽て吐き出される焼きそば。
ちょっと僕の顔にかかる。
「エア! いきなりなんですか!」
珍しく怒るラナ。
「う、ゴホッゴホッ」
エアは水を飲んで何とか調子を取り戻した。
「いやいや、お姉ちゃん。洗剤だよ! お兄ちゃん、アタシ達に洗剤食べさせたのよ!」
麺を作ったのはマキナなんだが。
「いやいや、エア。きちんと煮詰めたし体に問題はない」
「でも洗剤でしょ?! 昔、食べてお腹壊したことあるよ!」
「そっちの方が問題だろ」
「ほら、ランシールも箸が止まってるし!」
エアは、固まったランシールを巻き込む。
彼女も色々驚いているようだ。
「ソーヤ。せ、洗剤は食べるものでは」
「だから煮詰めて成分をな―――――」
「はぁ~」
ラナが、びっくりするような態度でため息を吐く。
こんな横柄というか、人を見下す彼女は初めて見た。最初のエアより酷い。
「エア、あなたは『子供』だし妹だから仕方ありません」
子供、という部分がやたら刺々しく響く。
「ですが、ランシールぅぅぅうう」
ちょっと若本規夫さんみたいな声。
「あなたの私の夫に対する好意は、たかだか洗剤を口にしたくらいで揺らぐモノなのですね。とんだ期待外れです。ガッカリです。ウンザリです。カラッカラです。スカスカです」
「うぐっ」
ランシールは胸を抑える。
ちょっと酷いので助け船。
「ラナ、何もそこまでいわなくても。説明しなかった僕も」
「お二人共。良く聞きなさい」
あ、僕の話は聞いてくれないのね。
「私は、夫の出した料理に毒が盛られていても、何事もなく食べ尽くします。それが妻の覚悟というもの」
いや、そんな事しないけどね。
「エアは、仕方ありません。『妹』ですからね。こんな伴侶の覚悟など必要ありません。例え、気まぐれで一緒にお風呂に入ったとしても、兄妹の事ですから男女のそれとは無関係です」
『………………』
今度は、妹という言葉が刺々しい。エアが悔しそうだが、僕としては別の事で気が気でない。
妹とお風呂に入った事がバレていた。今ポロっと漏らされて戦慄が走る。
「ランシール。弁解する機会を上げましょう」
ラナはランシールに冷徹な視線を向ける。
最近、仲良くなったと思っていたのに。
「不覚………です。一瞬でもソーヤを疑ってしまい」
「修行不足ですね。私より家事をしているはずの、あ・な・た・が。何故、料理の腕で信用できないのか。洗剤を美味しい料理に調理できると、何故に! 考えないのか!」
「いやぁ、普通は考えないだろうな」
思わず声に出してしまった。
「あなた! あなたは悔しくないのですか?!」
「え、別に。僕も洗剤から中華麺が作れるとは思わなかったし。後もう一個いうが、ラナが大喜びで食べていたホットケーキも、洗剤から抽出された物が含まれているぞ」
雪風の話では、重曹からベーキングパウダーも作れるそうだ。
それがあれば、こっちのパンにはないフワフワな食感が………………あれ。フワフワのパン? どこかで聞いた気が。どこかの酒場のメニューであった気が。誰かが頼んだ気が。
「ホットケーキにも洗剤が………あなたの魔法ですか?」
「どっちかというと化学かな」
「しかし、食べた前例があるなら尚の事、安全は保障されているわけですね」
「僕は、君らの体を害すような物は食べさせないよ。それこそ毒を盛られても」
「聞きましたか? お二人共」
しまった。油を注いでしまった。
ラナが焼きそばを一口。というか、二人を責め立てながらも焼きそばは食べている。
「何か、私の『夫』にいう事は?」
『ごめんなさい』
しょんぼりした二人が頭を下げる。ラナは満足した様子。
その後、無言で食事が続く。
………………楽しかった食事が一変した。正直もう、焼きそばの味が分からない。甘いはずのソースが苦くなった気がする。
昼食後、ラナはご機嫌な様子でグラッドヴェイン様の所に。
慰めも兼ねて、落ち込んだエアとランシールに中華麺の作り方を教えた。
「うん、まあ、何か、ごめんな」
「何でお兄ちゃんが謝るの?」
そりゃ一応、夫ですから。
「ラナの奴、妻らしい事ができて嬉しいのだろう。だからあんな態度に」
「いえ、ソーヤ。ラナのいう事に間違いはありません。責めないでください」
こういうお堅い所はランシールらしい。
沸騰させた重曹水を二人に見せる。
「とまぁ、洗剤を泡が立たなくなるまで煮るとこうなる」
小皿に少し移して二人に渡す。二人共指に付けて舐めた。
「苦っ。それにツンとした変な匂い。でも、飲めなくはないかな?」
「混ぜる物だから飲むものではないけどな」
妹の感想を聞いて、小麦粉に混ぜてこねる。
「あ、やってみたい。うどんと同じでしょ?」
「そうだな。うどん出来るなら似た様なものだ」
途中からエアに交代。
「お兄ちゃん。塩は?」
「ああ、コシが出るかも」
パラっと塩が追加。
ランシールは、エアに邪魔にならないようにくっついて見学している。どことなく小動物のような振る舞い。
しかし妹の手際は見事だ。うどんを良く作っているから手慣れたものか。
「エア。それで良いよ。丸めて布で包んでから、暖炉の傍に」
30分の砂時計を取って、一緒に置く。
「ふーん。うどんと同じね」
「ソーヤ。何故、寝かせるのでしょうか」
「ええと」
ランシールの質問に言葉が詰まる。僕は素人らしく『こうなると美味しい』というのは何となく知っているが、詳しい仕組みは抜けている。
「ランシール、教えてあげる」
妹が、ドヤ顔で代弁してくれた。
「生地を寝かせる事により、弾力性が増して粘りが生まれるの。つまりはコシね。後、水分の均一化。グルテンの形成促進も理由かな」
「あの、エア。グルテンとは?」
ランシールが申し訳なさそうに質問。
「グルテンというのは………………」
エアが僕をチラチラ見る。
何だっけ? タンパク質の一種?
「あ、そう。魔法! 呪文よ。グルテンと唱える事で美味しくなるの。危ない危ない。忘れる所だった~グルテン、グルテン♪」
「なるほど、良い事を聞きました。グルテン、グルテン」
「グルテン、グルテン」
二人に合わせて僕も唱える。
グルテンとは呪文だったのかぁ。そういえば神様っぽい名前である。
『じー』
そんな僕らを見つめる物体が。
『じー』
キッチン隅にある階段から頭が見えている。てか、頭が見えているイコール全部見えている。隠れる気ゼロだ。
「お兄ちゃん。アタシが反応した方が良いのかな?」
「それともワタシが?」
エアとランシールに気遣われたので、渋々僕が反応する。
「どうした、マキナ」
『マキナは、ソーヤさんに嫌われたのでしょうか?』
「何だよ急に」
時々面倒にはなるけど嫌ってはいない。
『だってぇ、ソーヤさんわぁ、マキナより雪風ちゃんの方が可愛いんでしょー?』
「え、はい」
何を今更。僕の可愛さカーストの中では、お前は揺るがない最下位だぞ。隣にガンメリーが並んでいるからな。
『はい?! イエスっていった?! そこは『そんな事ないぞ』って否定する所でしょー!』
「そんな事あるな」
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!』
ポットから水が漏れて大泣きする。
久々に見たな、これ。
「ちょっとお兄ちゃん。かわいそうだよ」
「そうですよソーヤ。何があったか知りませんが、またこんな小さい事で」
その話は止めてくれランシール。
でも仕方ない。二人がそういうなら、この辺りにしておこう。
「ああうん。僕も子供だった。お前を許すよ。通信切って悪かったよ」
『ちなみに、マキナとラーズちゃんだと、どっちが可愛いですか?』
「大幅にラーズ」
『うぐっ、ペットライン』
「ボ?」
呼ばれたと勘違いして、植木鉢のラーズがこっちを見る。
例えマキナが美少女化しても最下位は変わらない。そんな安易な萌えで、僕は価値観を変えたりはしない! 絶対にだ!
『取りあえず、お許しが貰えたようなのでマキナから賄賂を』
「賄賂の使い方あってる?」
マキナは鍋を抱えていた。
『マキナ特製の塩ラーメンスープです。ご賞味あれ』
「最初から出せよ」
『出し惜しみした方が、好感度上がると思ったので!』
お前のそういう所だからな。僕がアレだと思っているのは、そういう所だからな!
「それじゃ夕飯はラーメンかな」
「お兄ちゃん。今食べよう」
エアがまさかの提案をする。
「え、焼きそば食べたばかりじゃ」
「お姉ちゃんのせいで最後の方、味が分からなかったの! てかアタシ、ラーメンなら幾らでも入る口だから」
仕方ないなぁ。
「んじゃ、小ラーメンにしろよ。夕飯食べられなくなるからな」
「やったー!」
はしゃぐ妹は、ランシールとハイタッチをした。
『ヤッター』
マキナもはしゃぐ。実にわざとらしい。
差し出されたアームを、僕はソフトタッチした。
『さて、それじゃ今日は麺パーティですね!』
ノリノリのマキナが追加で麺をこねる。
そして気付けば、更に食べきれない量に。これもう一家じゃ消費できない量だ。お裾分けしないと。
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