<第一章:冒険の暇-いとま-> 【02】
【02】
『鍋に水100gと重曹8gを入れるであります』
「了解」
片手で雪風の指示に従う。
『気泡が消滅するまで沸騰するであります』
「おう」
広ーい、調理場でぽつねんと作業を進める。
重曹入りの水は、やたら泡が湧く。食べられるものになるのか?
『水溶液で煮詰める事により、炭酸水素ナトリウムである重曹は、かん水と同じ炭酸ナトリウムと限りなく似た成分になるであります』
「限りなく似た? という事は、微妙にかん水と違うのか?」
『さあ? そもそも異世界の物質組成には、解析できない部分が存在します。未知の部分がどう作用するかは、ソーヤ隊員が体験してください』
「食べて体験て、それ実験………」
『鍋が煮詰まりました。小麦粉を200g用意してください』
「了解」
目分量で200gの小麦を用意。
『煮詰めた重曹水と混ぜて、こねるであります』
まあ、小麦をこねるくらいなら大事ではないか。三角巾を外して手を洗い。しっかり乾かした後に、小麦をこねだす。
獣人パンを作るのと同じ要領。
『こんな感じで良いであります。丸めて寝かせましょう』
「どのくらいだ?」
『一時間ほど。過度に乾燥させない環境かつ、高温下であれば短縮できるかと』
丸めた小麦を三角巾で包んで、調理場を出る。
神殿に行って篝火の傍に小麦を置いた。
篝火の後ろには、串に刺さった野菜と干物が炙られていた。一応、入り口や通りからは見えない位置である。
ご神体で焼いた食べ物。ご利益あるのだろうか?
待つ間、隣のお婆さんに焼いた白ナスをもらう。軽く塩をふりかけて食べたらジューシーで美味かった。
お婆さんと取り留めのない話をしたが、取り留めが無さ過ぎて記憶に残らなかった。
30分後、雪風の報告を受けて調理場に戻る。
重曹入り小麦を麺棒で伸ばして、微妙な太さで切り揃える。ふわっとバラすと中華麺の匂いがした。とりあえず、匂いは大丈夫そう。
『更に、30分寝かせましょう』
「うむ」
待機。
雪風と世間話をする。
「あのさぁ、雪風」
『何でありますか?』
「ずっと気になっている事がある」
『何でありますか?』
「テュテュもランシールも、隙がありそうでいて、そこだけガードが固くてな。確かめられなかったんだ」
『で、それは?』
僕は自分の頭に耳があるポーズを取る。
「頭頂部に獣耳がある獣人の、人間の耳がある部分はどうなっているんだ?」
『それでありますか』
全部の獣人が、頭頂部に耳があるわけではない。トカゲ類や鳥類の獣人、魚人なんかは、人間の耳が変質している。でも、ランシールやテュテュのような頭部に耳がある獣人は、人間の耳に当たる部分を髪で必ず隠している。これは、僕の記憶にある限り全ての獣人がそうだ。
気になる。
普通に人間の耳もあるのか、それとも?
『普通にあります。人間の耳』
「え、あるの?」
『ランシール様の入浴に遭遇した時、目に止まりました。人間の耳をお持ちでしたよ。それとでありますが、スキャンした所、頭頂部の獣耳については内耳が存在していませんでした』
「存在していない?」
え、確かに穴とか良く見てなかったが、存在してないとは? じゃ獣耳自体に聴力はないのか? ………………ん? おかしい。ランシールも、他の獣人も、明らかに獣耳で音を捉えている。もしくは、そういう風に演じている? いかん、わけわからん。
『あの耳は、血と神経が通った飾り物であります。で、ありますが、感覚器官として作動しています。証拠として犬系、猫系、獣人の聴力は、通常の人間の何倍もあります。不思議です。どういうメカニズムなのか理解できません。これからも観察が必要であります』
「ちょっと触ってみたいな」
テュテュにしても、ランシールにしても、レグレとかも。チャンスはあったが、タイミングが合わなかった。思い返すと何て惜しい。
『そうですね。何事も触れてみるのが良い経験であります』
「それと――――」
つらつらと異世界の疑問を雪風と話し合う。
疑問が余計に深まり、増えただけに終わる。
気付くと30分経過。
「後は、茹でるだけだな」
『そうであります』
麺をたっぷりのお湯で茹でる。
何か怖いので長めに茹でた。
7分後、お湯を切って麺を皿に移す。恐る恐る一本口にして、
「あ、普通に中華麺だ。これ」
『問題ないでありますな』
思ったよりもコシがある麺だ。こんな簡単に中華麺って出来るのか。
「あらー、早速やっていますわね」
タイミングを見計らったように司祭様がやって来る。
「これが、そのラーメンという物かしら?」
「ラーメンの麺です」
「パスタに似ていますわ。何を使ったのかしら?」
「小麦粉と洗剤を使いました。材料的には安いと思いますが」
「………………洗剤?」
司祭様は、何やら思い浮かべた顔つき。
やっぱり抵抗があるか。
「ごめんなさいねぇ、少し思い浮かぶ事があって。食べても問題ないかしら?」
「毒はないです。洗剤の成分は煮た事で変えましたし、そこから更に茹でましたし」
「では、ちょっと」
司祭様が指でつまんで麺を一本食べる。ちょっと、お行儀が悪い司祭様である。
「ん? ん~」
首を傾げ、何か思いついた様子で作業台の下から瓶詰の食品を取り出す。
赤い油と、挽肉と香草の詰め合わせ、木の実を砕いた物と、胡椒に似た香辛料。
物凄い良い手際で、それらをフライパンで炒め。中華麺と投入。かき混ぜ、かき混ぜ、皿に戻す。三分クッキングだ。
「こんな感じの味付けかしら?」
「では味見を」
何故か、僕が味見をする側に。
少し痺れるような辛さ。これ、山椒か? 木の実のカリッとした食感が麺と合う。噛むと肉の旨みと、ほのかなニンニクの風味が鼻腔に。
美味い。
辛さ控え目の担々麺の味。って、司祭様凄くないか? 一口食べて、さらりと味付けしたぞ。
「ラーメンとは、これで良いのかしら?」
「これも一種ではありますが。僕が作ろうとしているのは、この麺を多めのスープに浸す料理です」
「まあ、素敵。楽しみねぇ」
若い笑顔で喜ばれる。
「あの司祭様、料理かなり手慣れた様子ですけど。炎教では司祭も飯の支度を?」
「もちろん、出来る事は何でもしますわ」
炎教は、思ったよりもハードかもしれない。
「ただ、私は元々パン屋の娘ですから。生きる為、糧を得る為、両方で料理をやりましたわね。できれば死ぬその日も、料理の支度をしたいわ」
口の挟みづらい話題である。
しかし、こうも料理が出来る人がいるなら、スープ作りも簡単に行きそうだ。
「では、麺の作り方を教えますので。そちらでも作ってもらえますか?」
「あら、良いの? そんな簡単にレシピを教えて」
「へ? でも教えないと誰が作るので?」
「てっきり、簡単な作業だけ私達がやるのかと」
「でもそれじゃ効率が。そもそも炊き出しって、何人前を用意するのですか?」
「朝食に200人分かしらねぇ」
「その量なら尚更そっちでも用意してくれないと、僕一人じゃとても」
「………意外ねぇあなた。もっと欲の権化のような方かと」
なんのこっちゃ。
「そんな難しい事ではないので、早速」
さっさと司祭様に麺の作り方を伝授。
そして、お昼なので一旦帰宅する事に。
「なんじゃこりゃ」
家に帰ると、キッチンに大量の麺が用意してあった。
軽く見て30食分はある。
「どうしたのこれ?」
ランシールに訊ねると、
「マキナが、泣き叫びながら作っていました。何かあったのですか?」
「あ、まあ」
罪滅ぼしの麺か? 作り過ぎだ。
こりゃ、しばらく麺生活になるぞ。
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