<第一章:冒険の暇-いとま->


<第一章:冒険の暇-いとま->


 お昼前の微妙な時間。今後の相談も兼ねて仲間の所に。

 娼館に顔を出すと彼は留守で、聞くとグラッドヴェイン様の所だという。

 宿舎に向かうと、仲間は全員そこに居た。

「親父さん」

「おう、腕どうした?」

 訓練場の隅で親父さんを見つけた。近づくと、早速腕の様子を聞かれる。

 三角巾で吊るした右腕、はたから見ると骨折のようだ。

「肘をやったようで。安静中です」

「肘か。俺も、ここ最近の寒さで膝が痛む」

「膝ですか」

 老齢から来る神経痛かな?

 そういえば、親父さんの正確な年齢を知らない。見た目は三十後半だが、レムリア建国前から冒険者をやっているので、少なくとも四十は超えているはず。

 再生点という魔法があっても、体は痛み擦り減る。冒険者の平均年齢が若いのは、過酷な仕事の証なのだ。

「俺も歳だ。同期の冒険者は殆ど引退した。当たり前だが命は摩耗するもの。無駄に削るか、鋭く研ぐか、その違いはあるがな」

「歳って割には、しゃっきりしているというか。立ち方に年齢は見えませんが」

 親父さんの立ち姿に衰えは感じない。

 そこらの若い冒険者より芯が通っている。

「そんなもんお前。そういう風に振る舞っているだけだ。男が痛い苦しいなんざ、口にするもんじゃねぇ。だからといって変な気遣いはするなよ? 自分でいうのは良いが、人に歳の事をいわれると腹が立つ。同情するな。冷静に観察しろ。衰え壊れた冒険者を、切り捨てるのもリーダーの仕事だ」

「といっても、親父さんの引退する姿が想像できません」

 想像できる事が、人間の遭遇する事象なら、

 想像できない事は、直面しない事象だろう。

 今の親父さんが、僕より先に冒険者を辞める事はない。

 彼がそう振る舞っているのなら問題ない。

「そんな事より、あれから目を離して良いのか?」

 視線の先。

 皆の注目の的は、小柄なエルフと同じく小柄なトカゲ類の獣人。

 エルフは格闘用の装束を纏っている。結構扇情的な姿なので、他人に見られたくない。だって一応、伴侶なのだから。

 獣人の方も寒いのに下着のような姿。ただまあ、獣人は平均してこんな姿である。

 二人は軽いジャブの応酬から、一歩肉薄して怒涛の殴打を放ち合う。

 しかも、全て紙一重で避けている。

 いきなりの光景に圧倒された。

「素手でこうも戦えるエルフは、大陸中探してもラナ姫だけやもしれん」

「マジですか」

 ラナは、異世界初のエルフ格闘家になるのか?

「何でも、魔法と格闘技を掛け合わせた。全く新しい戦闘術を開発しているとか」

「は、ハハ」

 何故か、ブーメランを背負った空手家が浮かぶ。

 様子見の殴打が終わり、軽く二人の距離が開く。ラナが大きく振りかぶり、見え見えのストレートを放つ。獣人は簡単にカウンターを放った。

 腰の入ったクロスカウンター。

 しかし、それがラナの狙い目。

 カウンターからの、カウンター。

 ラナの膝が獣人の脇腹に突き刺さる。更に、その膝を支点に獣人の体を一回転させる。崩した体勢に、瓦割りのように拳が振り下ろされた。

「ちょ」

 思わず声を上げてしまった。

 ラナの拳は、獣人の顔面をがっつり捉えた。トカゲの獣人も女の子だ。確か歳は、マリアと同じくらい。寸止めすると思っていたので、こうも容赦なく攻撃するとは。

「親父さん、これ訓練ですよね?」

「そうだが」

 ラナは連打で畳みかける。

 だが、トカゲ少女はさしてダメージを受けていない。無表情で拳を受けている。

「ヒトトの皮膚や肉は、エルフの拳じゃ傷付けられないだろう」

「えーいや、でも」

 そうなのかも知れないが、ねえ? 女性同士でこんな。

「お前もしかして、女だからと侮っているのか?」

「まさか、僕の周り強い女だらけでしょ」

「なら今更なんだ」

「身内のステゴロ、平常心で見れますか?」

「ステなんだ?」

「素手の喧嘩」

「これは訓練だ」

「う、うーん」

 僕の繊細な気持ちを誰か組んでくれ。

「これで決まるな。いや、これで決められないならラナ姫の負けだ」

 親父さんの解説通り。ラナが決めにかかる。

 アッパーでヒトトの体をすくい上げると、両手で首を絞めて彼女の体を掲げる。

 そこから何を? という僕を余所に。周囲の人間が慣れたように大盾を構えた。隣の親父さんも盾を構えたので、僕はその影に隠れる。

 ラナが魔法の詠唱を始める。

 聞いた事のある炎系の高位魔法。だが、杖という触媒なしで魔法を発動できるのか?

「ドラグベインッッッ!」

 ラナの声で、爆炎が巻き起こる。

 超至近距離ので破壊魔法。というか、完全に自分も巻き込んでいる。

 グラッドヴェインの眷属と冒険者の父は、微動だにせず。僕だけが慌てふためく。

 短い炎の奔流が終わると、

「………………」

 そこには倒れた二人の姿が。

 何故か髪は無事だが、顔は煤で汚れ、衣服は煙を上げている。

 おい、自爆攻撃じゃないか。

 髭を生やした中年の獣人が近づき、二人の様子を確認。

「相討ち!」

 と声を上げた。

 ガヤガヤと周囲が騒ぎ出す。

「今回は惜しかったな」

「いや、格闘の技は完全に勝っていたぞ」

「いやいや、攻撃力がまるで足りない。技巧により過ぎて膂力が足りんな」

「そこで魔法を使い威力を跳ね上げる。我らにはない発想だが」

 自分を巻き込んじゃねぇ。

「ううむ。この耐火の大盾を以てしても、少々熱さが」

「仮に、無手の魔法が完成したら………」

「この宿舎が吹っ飛ぶかもな」

 そっちの心配か。

「はーい、姉を回収しまーす」

 エアが人垣を割って現れる。ラナを肩に担ぐと奥に引っ込んだ。ヒトトの方も他の獣人が回収する。

「よし、次だ!」

 事も無しに次の眷属が向かい合い。戦いを始めた。

 治療を受けているラナが、人の合間から見える。

「声かけなくて良いのか?」

「あ、いえ大丈夫です」

 親父さんの提案は断った。そも、どんな言葉をかければ良いのか。

 彼女は、いつもこんな訓練をしているのか?

 ハードだ。

 心臓に悪い。

 正直、止めさせたい。

 でも、有用な技術と体験なのだ。強ければ見えてくる世界だってある。できるなら僕がずっと守ってあげたいが、土台無理な話だ。

 今、血と汗を流すだけで、先を進めるのなら安い代償なのか。これは。

 飲み込んで受け止めた。彼女が嫌というまで黙って見守る。

「それはそうと、お前この剣」

 親父さんが刀の鞘で、ルミル鋼の剣を叩く。

「修理中の借り物です。今、家に刀を作ったドワーフが来てます。親父さんのアラハバキも、点検してもらってください」

「おう。てかお前ら、あの城壁の家に住んでいるんだよな?」

「そうですよ、ランシールに聞きました?」

「それはもう、嬉しそうに話していた。俺としては複雑なんだが」

 親父さんがしかめっ面になる。それで大体想像できた。

 昔あの家で、色々あったのだろう。

 大人になってから苦く感じる、若い思い出というやつだ。

「ヴァルシーナと、レムリアがな。しかも、レムリアの奴は他に女がいた。………………二人も。二人もだ。俺もまだ若くて、その辺りの感情に整理が付いていなかった。で、こう、あれだ。レムリアの寝込みを襲って枕元に剣を落としたわけだ」

「なるほど、分かります」

 最近、僕も似た様な事をした。

「運良くあいつは避けて逃げ、俺はアルマとヴァルシーナに捕まり、しこたま怒られた。俺の人生において、あれほど長い時間他人に怒られたのは最初で最後だ。思い出したくもない」

「それはまあ」

 半分自業自得かな。

 しっかり刺しておけば良かったのに。

「つまらん事を話したな。家には後で寄る」

「はい、それで次の冒険なんですが」

「いつだ?」

「………………いつだと思います?」

「お前、そんなに腕の調子が悪いのか?」

「ちょっと、まあ悪いみたいです」

 完治する期間が不明だからね。

「癖になる怪我ならしっかり治せ。それか、上手く付き合うよう頭を整理しろ」

「了解です」

 怪我と上手く付き合うか。

 なんかアスリートみたいだな。妹も足の………ん? ………………あれ?

 なんだっけ。

 疑問を忘れた。

「しかし、そうだな。少し急ぎ過ぎたのかもしれん。このパーティの踏破速度は異常だ。最速で中級冒険者になり、このままなら同じく最速で上級冒険者になる。ここらで調整するのも手だ」

「ああ、やっかみですね」

 事が上手く行けば行くほど、人から妬まれてしまうものだ。くだらない理由と憶測で人に絡んでくる冒険者も多い。

 適当な依頼をこなして、味方を作るのも吉か。

「ほれ」

 親父さんにスクロールを渡される。封蝋を見て僕は顔をしかめた。

 対面した牡牛と狐のデザイン。レムリアの旗印<バナー>であり、つまりは王命を封したスクロールだ。

「捨てていいですか?」

「お前の担当から預かった依頼だ。暇が合ったら渡してくれとな」

「エヴェッタさんから?」

 それなら無下にも扱えず。片手で広げて確認するが、

「炎教、炊き出しの為の新メニュー開発?」

 しかも、具体的な料理の詳細が書かれている。

「塩気の強いスープの中にパスタのような麺が入っており、具は簡素ながら味わい深い物」

「俺も、また食べたい」

「つまり………ラーメンを作れと?」

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