異邦人、ダンジョンに潜る。Ⅶ 冒険の暇-いとま- 【7部】
<とくに何もない日> 【157th day】
【157th day】
『こいつァ、良くないな』
太く短い腕が、一振りの刀を握る。
『これも酷い』
続いて握った剣も同じ感想。
『更にこいつは、身が崩れかけとる。刃物の状態ですらない』
広げた布には魔剣が寝かされていた。
いわれた通り酷い状態だ。剣身には亀裂が走り、刃に当たる箇所は崩れてグズグズ。
『で、一番状態が悪いのはお前だ』
「え、僕?」
最後に僕が指される。
ふしくれて歪んだ指。鍛冶の年輪が深く刻まれている。
『右腕の肘をやっているだろ? そっちが治るまで、修理が済んでも得物は渡さんぞ。どんな強力な武器でも使い手がヘボじゃ棒切れと変わらん』
「………分かりました」
粛々と頷く。
少し前の冒険で、僕は使用している得物をかなり傷めた。
修理しようとしたが、現代科学は通用せず、また街の鍛冶職人では話にならず。頭を悩ませていると、運良く刀の製作者であるドワーフと出会い。今現在、自宅地下の工房に招いて、状態を見てもらった所。
まさか、体の不調まで指摘されるとは。
『ソーヤさん。肘って、もしかして?』
「あ、いや。最近フライパン振ってる時、妙な痛みを感じていたけど」
『後で診断します』
隣に立つ円柱型のA.Iポットがそういう。
そして、僕の前にいるドワーフも似た様な姿だ。
ドワーフ。
小柄で屈強で髭が長い種族。炭鉱夫として地下に潜る一方、鍛冶にも造詣が深く。彼らが作り出した武具は、その多くが伝説として名を残している。
ここまでは、僕の知っているドワーフなのだが。
何事も、何者も、実際会って見ないと分からない事が多い。例えば、エルフが美しいだけの種族ではないように。
実際、僕の目の前にいるドワーフは、何というか変な被り物をしていた。
全身を桶のような木製の円柱で覆い。手を出し入れする箇所には、藁が詰められている。視覚を確保する為の大きいガラス玉の目。その下には、ラッパのような金属の拡声器。これが、妙に籠って独特な音色をかもし出している。
ドワーフらしい姿は一切見えない。
マキナが連れて来た時、A.Iポットが増えたと錯覚したくらいだ。
どうりで、この街の人間がマキナを見ても、そこまで驚かないはずだ。前例があったのね。
「それで、ええと」
『ゾルゾグー・ガルバン・ド・ガ様です』
マキナに、ドワーフさんの変わった名前を教えてもらう。
「ゾルゾグーさん。武器の修理費は幾らほどで?」
お金の話は大事。
こういう所を曖昧にすると、こっちの世界じゃ痛い目に合う。どこの世界でも同じか。
『んなもん、いらん』
「え?!」
いやいや、ドワーフの武器製作費用って土地セットで一軒家が買える価格だ。その腕前なら、メンテ代だけでも結構な金額を取れるはず。
気前良すぎるだろ。
『元々このカタナは、試しで鍛えた武器だ。つまりは最初から完成品とはいえん。気になって見りゃ案の定の状態。おいらドワーフの武器ってのは、気まぐれで作った物から、命を練り込んだ物まで、余すことなく伝説を築く物でなきゃならん。そうでなきゃ、ご先祖様に顔向けできん』
「なるほど」
種族のプライドか。
分かる気がする。
『後でメディムも呼べ。そっちも確かめる』
「分かりました。声かけます」
親父さんを知っているようだ。
元々、あのハゲタヌキと付き合いのあるドワーフだ。面識があってもおかしくないか。
『それとな、この工房は中々悪くない。借りるぞ。人目につかんから落ち着く。故郷のように鉱物の声が良く聞こえる』
この工房を作ったマキナが、嬉しそうに声を上げる。
『いいでしょー? といってもマキナがしたのは、換気システムの改良くらいで、他はそのまま修理ですが』
『ベリアーレの職人は、ヒムにしては腕が良かったからな』
この人、街の過去を知っているのか?
レムリアの地下に広がるベリアーレ旧市街。相当な広さで、未だに全貌が見えてこない。施設の機能は、経年劣化で破損している物も多いが、この工房のように修理して使用できる物も多い。
一個、不思議なのは、人骨の一つも見つからない事だ。
破棄するには、もったいない施設。地下でありながら集光機能もあり、菜園の跡も見つけた。上下水道も通っており(というかレムリアの水道機能が、そもそもベリアーレの物を利用しているだけ)この地下施設だけで人間は生活できる。
こんな技術力を持った国が、何故滅んだのか? そして、民はどこに消えたのか?
謎は尽きない。
まあ、僕に古代のロマンを解き明かす暇はない。
『おい、ソーヤとやら。忘れる所だった。おいらドワーフは口が堅い。絶対に顧客の情報は外に漏らさん。それこそ、溶けた鉄を口に流されてもな』
「はあ」
なんか、切りだしがよくわからん。
『だから、教えろ。この得物で何を斬った?』
信用とは少し違う感情。
職人気質が強い人だ。こんな人種は、自分の敷いたルールを命がけで守り通す。破る時は死ぬ時だろう。本当に拷問されても情報を漏らす事はないと思う。
それに愛用している刀を作った人間だ。
問題ないと口にする。
「呪いの白い狼と、悪夢が作り出した魔獣、ですかね」
『………………合点がいった。普通の武器は、そんなもん斬れるようにできちゃいない。傷むはずだ。それにカタナは、そも出典に薄暗い伝説を背負っている。竜を喰らった女の爪。そりゃァ悪食よな。刃が内側から膨らむわけだ。軟鉄全て剥がさにゃいかんな。一から作り直しだ』
「あの、愚問かもしれませんが、全部直せますよね?」
『愚問だな。そりゃ』
刀と剣については問題ないと思うが、魔剣はこの人が造った物ではない。いや、これは鍛冶というカテゴリーの製作物なのか?
『お前らヒムには理解できんだろうが、ドワーフは、剣に魂が宿ると信仰している。おいらが鍛えたカタナも、この無銘の剣も、無論この魔剣も、全て魂を持っている。
魂が滅びぬ限り、刃は不滅。
炎の加護と、大地の恩寵により、何度でも蘇らせてやる。ま、やらせて見ろ。ドワーフの名は伊達ではないぞ』
「はい、お願いします」
含蓄のある言葉だ。
見た目がシュールじゃなければ、ありがたく響くのだが。
『それと、剣士が手ぶらじゃ恰好がつかんだろう。このカタナや魔剣に比べると、ちぃとばかり見劣りするが』
ゾルゾグーさんの腕が引っ込むと、桶の中から一振りの剣を取り出す。
『おいらが若い頃に打った底の浅い剣だ。銘を、ウルフヴァルドという』
「え、これ」
鞘のこしらえに見覚えがある。鞘口と鞘先に、プラチナのような白い金属の装飾。
受け取るとロングソードとは思えない軽さ、刃を少し覗くと想像通りの代物だった。
「色は違いますけど、ルミル鋼の剣ですよね?」
無骨な鞘の装飾は、ルミル鋼で作られた剣の証であり。また、この装飾がないと鞘が壊れるという伝説がある。
荒れ狂うルミル。
ヴィンドオブニクルに名を連ねる冒険者の一人。
この冒険者は、逸話の中で何度も剣の鞘を破損している。抜剣のさい、異常な膂力が原因で鞘を斬ってしまったそうだ。
ルミルの名を冠した鋼も、後年同様の現象に襲われる事に。
鉄鞘でさえ気付くと真っ二つに。刃が接触しないよう鞘に仕掛けを作っても、やはりズバリと真っ二つ。
ある時、鞘口と鞘先に同じルミル鋼の装飾を付けると、不思議と鞘は壊れなくなり。今も欠かさず、その装飾は行われている。
お値段………駄目だ。鑑定できない。素材だけでも高価なのに、そこにドワーフが打ったという付加価値が合わさる。
これたぶん、金貨詰んだ程度では買える品ではない。
相当な爵位や、広大な土地が必要だ。
『そうだ。精錬に精練を重ねたルミル鉱石だ。若い頃のおいらは、強い石があれば最強の武具が作れると勘違いしていた。そいで造り上げたのが、その剣。
確かに強い剣だァ。強度・硬度、靭性、全ての域で最高峰といえる。だが、一個問題がある。この剣には、魂が宿らなかった。これは強い剣だ。しかし、強いだけの剣だ。魂無き物は、魂がある物に勝てない。そんじょそこらの屑鉄武具は、バターよろしく斬れるだろう。だがな、それがこの剣の限界だ。本物の武具を前にしたら簡単に負ける。使い手は死ぬ。ま、ダメダメだァ』
「なるほ、ど」
取りあえず、腰に挿す。
軽すぎて落ち着かない。これ失くしたら、異世界生活の全てが借金返済で終わるぞ。
『そういえばソーヤさん。王様が、新しい刀を打てといっていましたよね? 丁度良い機会なので、頼んだ方が』
「えー?」
『えー?』
僕とシンクロしてゾルゾグーさんも声を上げる。
『レムリアに打ったカタナって、折り返し一万回もやらされたヤツだろ! 二度とゴメンじゃ! 絶対にやらんぞ! なんだあのアホみたいな製法。イヤじゃー異邦の頭のおかしい製法なんぞ、もう二度とやりとないぃィィ。二回も折り返せば、金属の不純物なんぞ取り除けるだろ?! 強度も問題ない! なんで、一万回も折り返しせんといかんのじゃー! 非効率じゃー! 無駄の権化じゃー! 何でそんなんで強い刃物ができるんじゃー! オカルトじゃー! 邪教の教えじゃー!』
ゾルゾグーさんが、ガタガタ震えて抗議する。
『まあまあ、これも日本文化ですし。マキナも協力しますから』
『女にハンマー振らせるのは、もっとイヤじゃぁァァぁぁぁ!』
『それじゃ、効率良く一万回折り返せる方法を考えましょう!』
『そんな暇あるなら、別の製法発明するわー!』
『マキナがとっておきの技術を教えてあげますから!』
『お前そういって、前は“キツギ”とかいう木工の技術教えたじゃないかァ! 金属! おいらドワーフは金属加工が好きなん! 何が悲しゅうて、木造りせんといかんのじゃー!』
『えー、仕方ないですね。それじゃ日本の特許も取っていない技術を―――――』
僕がいう事ではないが、技術漏洩もほどほどにしてくれ。
くれぐれも、技術特異点には気を付けろ。
しかし、こんな生き生きしているマキナは久々に見た。最近、引っ越しくらいしか役に立ってなかったから、嬉しいのかもしれない。
『あ、そいや。忘れてたな』
ゾルゾグーさんが、僕の方を向く。
あらためて見ると、大きな玩具みたい。
『ソーヤとやら、得物の修理が終わるまで、この工房はマキナ以外立ち入り禁止だ。上のエルフ共にも固く伝えておけ』
「了解です」
覗いたら鶴の姿とか、ないか。
そういえば、どうして被り物で姿を隠しているのだろう。ちょっと気になるが、不躾な質問かもしれない。宗教的な問題だと事だ。我慢しよう。
「それじゃマキナ。後は任せた」
『はい、お任せあれ~♪ あ、雪風ちゃんに診察アプリ送ったので、肘の状態見てもらってください』
「へいへい」
二人を置いて工房から出た。
外は、どこまでも続く暗い地下通路である。
工房から漏れる炎の明かりを背に、案内用のカンテラに沿って50メートル進む。
すると明るい広間に出た。
天井が大きく開いた空間だ。集光装置から光が降り注ぎ、中心には温室が置かれている。その中では、木造のゴーレムが農作業に勤しんでいた。
「ラーズ。調子はどうだ? ちょっと上で休め」
土と緑の園に入る。
温室の中は、真冬とは思えない熱気に包まれている。
「ボオ? ボー」
ゴーレムのラーズは、子供くらいのサイズで麦わら帽子を被っていた。当たり前だが、熱中症対策ではないファッションだ。
彼は、こくこく頷くと手にしたスコップを畑の隅に刺す。そして、首に巻いたタオルで額を拭った。妙に人間的な動作は、僕らの真似である。
汗腺とかないのにね。
「ボー、ボー」
ラーズが、籠を僕に差し出してくる。
「あ、ミニトマト? もう取れるのか」
「ボー」
「サラダにするか」
みずみずしい小さいトマトが沢山。
温室と神の奇跡で育った野菜である。品種改良を重ねているので味も結構なものだ。
「ここは気に入ったか?」
「ボウ」
籠を小脇に、ラーズと手を繋ぎ温室を出る。
「でもなあ、やっぱ太陽の下が良いだろう。温かくなったら、草原で農作業させてやるからな」
「ボウボウ」
「ああでも、今更キャンプ地でテント暮らしはしんどいか。ここ快適だからな」
「ボー」
「いっその事、キャンプ地を全部畑にするか」
「ボウボウ!」
「ゲトさん、許可くれるかな? 野菜をおすそ分けすれば、問題なさそうだけど」
「ボーウ」
なんか、会話できていた。
お風呂場に着いて、ラーズの土を掃う。水拭きして蜜蝋を塗ってやった。暖房が効いていると、こいつの表面は乾燥でバリバリになるのだ。
階段を上がって、靴を脱ぎ、室内用のスリッパに履き替える。
ラーズを栄養補給用の植木鉢に置いて、
「………………」
周囲を見回すが誰もいない。
「雪風、皆は?」
キッチンの作業台で、雪風のミニ・ポットが木の実の皮を剥いていた。
『マリア様は帰郷中です。ランシール様は買い物中、奥様と妹様はグラッドヴェイン様の所で訓練を。ミスラニカ様は不明であります』
妙に家が寂しく思える。
「なんか、暇ができたな」
『そんな事はないであります。ここ四日ばかり、ソーヤ隊員はずっと暇であります』
「雪風。なんか肘が痛むのだが、診断頼む」
正論をいわれると、
人間は話題を逸らすしかない。
『了解。簡易診察アプリを起動………患部をスキャンします』
右腕を伸ばして雪風の前に置く。
意識して手を伸ばすと、少し痛む。ペタリと小さいアームが腕に触れて振動した。
『骨に異常は見られません。短橈側手根伸筋に炎症が見られます。これは………………』
次に、伸ばした肘の骨の丸みを押される。
「いっ」
鋭い痛みが走る。
『ソーヤ隊員。椅子を持つであります』
「了解」
テーブルの椅子を手に取る。
『腕の力だけで持ち上げるであります』
「はいよ」
また、肘に痛みが走る。
『中指を回してください』
「うむ」
回すと、やはり肘に痛み。
「どっちとも痛い」
『はい、診断結果が出ました。テニス肘といわれる症状です』
聞いた事のない病名だ。
テニスなんてやってないが?
「原因は?」
『不明です』
「は?」
『不明であります。肉体の酷使が一因と思われますが、直接的な原因は不明であります。というか、ソーヤ隊員の行動ログを探ると、これまで肉体に異常が出なかった方がおかしいであります』
「そー………だなぁ」
いわれて見れば、無茶は沢山したなぁ。
あれだけやって肘の痛みくらいなら安いものか。
「それで治療は?」
『保存療法を試すであります。手首、指のストレッチをこまめに行い。なるべく右腕に負担をかけずに安静にしてください。三角巾を用意するであります』
「ご飯とか作るのは?」
『駄目であります。包丁握るのも禁止、フライパンを振るなど以ての外であります』
うーん、ランシールとエアがいれば飯のバリエーションは問題ないか。
苦手だが、後ろで指導するだけでも、あの二人なら美味しいご飯が作れる。
問題は、
「それで、どのくらいで治る?」
『不明。二、三日経過を見守るであります。保存療法に効果が見られないのなら、手術療法でありますが………マキナも雪風も未経験なので、おすすめしないであります』
それなら僕も遠慮したい。
「雪風。一つ大事な質問をするぞ。治療中、ダンジョンに潜ったり―――――」
『駄目です』
「ちゃんと後衛に徹するか―――――」
『駄目です』
「軽く様子見――――」
『駄目です』
「な」
『駄目です』
「駄目かぁ」
『全然、駄目です』
………………本日から(も)、冒険業はお休みです。
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