<第五章:ホームカミング> 【03】

 

【03】


 地下の浴場で血と汗を流してもらうと、結構な傷痕をラナに発見される。

 狼と魔獣と戦った痕、夢の記憶というには、あまりにもリアルな思い出。

 これとして良い嘘が何も思い浮かばない。

 問い詰められて全部告白した。

 話し合いの結果。

 今後、下手な嘘を吐くより、心配かけても良いから最初から真実を話すという事に決定。

 最初からこうすれば良かったというのは、僕のような人間には無用な言葉か。

 ラナは、何があっても平静な態度で僕の帰りを待つと約束してくれた。

 まるで、影の騎士の妻のような。

 ただ僕は、あいつとは違う。何があっても帰る。それに、ぶっちゃけラナは弱い人ではない。多くの場合は、肩を並べて戦う事ができる。

 妻であり、冒険の輩なのだ。

 でも、時々思い出す。

 僕らの関係は、偽りから始まっている。気を抜くと忘れてしまう事実だが、彼女も同じように忘れているのなら、このまま忘れ去っても良い事実なのだろう。触れて浸みる温もりだけは、紛れもない現実なのだから。

 さっぱりした後、軽く夜食を胃に入れて色々と眠る準備をした。

 時刻はもう明け方に近い。たぶん、起きるのは昼頃か。

 で。

 結局、同衾した。ラナの部屋は、ミスラニカ様が占拠していたからだ。

 なんか、僕の個室のベッドがダブルサイズになっている。

『頑張って作りました!』というラナ。

 暇だったので、指のリハビリも兼ねてマキナの真似をしたら、楽しかったそうだ。キッチンの一部と、コタツ付近の本棚も彼女の製作である。

 中々良い物である。売れるかもしれない。

 次は、地下にビニールハウスを作って、キャンプ地の菜園を移動させる予定らしい。忘れていたが、冬眠中のラーズもこっちに持って来ないと。

 どうやら工作の素養があるようだ。神は、意外な才能を彼女に与えたもうた。

「あなた腕枕してください」

「はいはい」

 こういう所はマリアと変わらない。

 互いの体温を合わせて布団にしまう。落ち着いた良い匂いが眠気を誘う。砂金のような髪の感触。それと、溺れるような柔らかさに触れる。温かさが骨まで浸みて、離れがたい。

 意識の半分はすぐに眠った。

 その夢の中で、夢を語るラナに耳をすませる。

 彼女には、やりたい事が沢山ある。沢山見つける事ができた。

 感謝された。

 僕のおかげだと。

 前に聞いた時は、小さな願いもなかった彼女が。人は変わるのだろう。変わらないのは、獣くらいか。

 少し、恐ろしくなって彼女を抱きしめる。僕がすがりつくと、彼女は猫のように頬を寄せる。

 これが夢ならきっと甘い夢、それとも悪夢の合間なのか。

 囁きと祈り。

 微かな願いと夢。

 覚めないで欲しいと念じる。


 温もりの中で深い暗闇に落ちて行く。


 夢を、


 夢を見た。


 吹雪の中を、白い狼になって駆ける夢。

 背後には、続く群れの姿。

 聞こえるのは白い風鳴りと遠吠え。

 白い狼が、吹雪の雪原をどこまでも駆け抜けて行く。

 白い狼が、真っ赤な口を開けて獲物を探している。

 そこに、一人の男が現れる。

 影のような男。

 トップハットに黒いマント姿。

 刀と剣と魔剣を携え、悪夢のように狼と戦う。


 それは、僕の夢なのか。

 白い狼が見た僕の夢なのか。


 僕には、分からない。


<終わり>

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