<第五章:ホームカミング> 【02】
【02】
猛烈な啖呵を切ったテンションでは家に帰れなく。
しばらく夜の街をうろつく。
人の営みが眠ったせいか、雪の積もった石造りの街は異常に冷たく感じた。それでも、ネオミアの雪原に比べたら可愛いもの。肌が凍り肉が固まっても、骨は凍らない。
自然と知り合いの店に足は向かっていた。
当たり前だが、二店舗とも閉まっている。
他に行くが、流石に娼館は寄れないので通り過ぎた。いつもなら騒がしい通りは、耳が痛くなるほど静か。客待ちの娼婦や、酔い潰れた冒険者の姿もない。
そこに妙な寂しさを覚える。
雪に足跡<そくせき>を残して人が滅んだような。荒廃した幻を見てしまう。
僕の知らぬ間に何百年も時が過ぎ、家に帰っても誰も………………
「馬鹿らしい」
頭も体も十分冷めた。さっさと帰ろう。
ただ、雪の景観と夜の雰囲気で現在地を見失う。
雪風に頼れば一発だが、何となくで歩みを進め。偶然、見知った場所に辿り着く。
赤い天幕が張られたテュテュの店。
羽振りが良くなったからか、テーブルと椅子がちょっとだけ新しくなっていた。中古だろうが前のボロボロから、ちょいボロくらいにグレードアップしている。
雪かき跡が新しく、まさかと予感して、
「バーフル様お帰り………………ごめんニャ。匂いで勘違いしたニャ」
テュテュが掘っ立て小屋から現れた。毛布を羽織っているが、ほぼ野外でこの気温。獣人でも堪えるはず。その証拠に少し震えている。
「もしかして、ここで寝ていたのか?」
きちんとした家を持っているのに、何故こんな所で。
「んー? バーフル様が出て行った時は、家じゃなくてここで寝起きしてるニャ。あんニャろ。家には絶対寄らないニャ」
「………そうか」
バーフルは、ここは帰る場所ではないといった。だがここに、あいつを待っている人間がいる。やり切れない思いが湧く。
「ソーヤも、こんな時間にどうしたニャ?」
「僕は仕事帰りだ。寄り道していたら、こんな時間に」
「なら早く帰るニャ。家で待ってる人がいる。ソーヤは幸せものニャー」
「………………」
返事をしようとして言葉に詰まる。
彼女が待つ者は現れない。僕が殺したのだ。
「テュテュ、バーフル様だが」
「ん?」
「もうここには、帰って来ない」
いってしまった。
黙っている事ができなかった。
「どうして?」
真っ直ぐな瞳が恐ろしい。
強くなったつもりでも、女性相手では弱いままか。
「家族の待っている家に帰った。遠い場所だ」
「………………そう」
「だから、あいつを待つのは止めて家に帰れ。こんな所で寝起きしていたら体を―――――」
「こんな所じゃない!」
夜のしじまにテュテュの声が響く。
「あ………ごめんニャ。でも、ここはお母さんが残した店で、バーフル様が………」
僕の吐いた偽善は、戯言にしかならなかった。
テュテュは震え出して小さくうずくまる。手を伸ばすが、
「ソーヤ、今日はもう帰って。そういうのは………いらないから」
浅ましい同情は拒否される。
もう何もいえない。未練がましく固まった脚を引きずって、彼女の傍から離れる。
押し殺した泣き声が聞こえた。
幻聴だ。
彼女は、そんな弱い女ではない。
僕がいなければ、異世界などに来なければ、バーフルとテュテュの日常は続いただろう。
悪夢の獣は、妄執を抱えたまま酒で自分を慰め、そんな役立たずを眺めているだけでも、獣人の娘は家族といる気分を味わえた。
だが、
だが、それが何だ?
僕は、降りかかる火の粉を振り払っただけ。飛び火した感情までは知ったこっちゃない。
悪行の神ミスラニカの信徒が、たかが小娘一人の悲しみくらい。
気にするな。
気に留めるな。
雪を踏みしめる歩みが、少しずつ速くなる。泣き声が完全に消えてから、走り出した。
目的地などなく。走って、走って、息が切れて心臓がパンクするまで走りつめる。衝動的に、担いだ荷物を投げ捨てようと、すんでの所で打算に支配され手を止める。
バランスを崩し、雪に滑り不様に転ぶ。背中を強かに打って動けなくなった。
バーフルと、
冒険者の王に、
心から、この言葉を捧げる。
「お前らみたいに、恥を捨てて生きられるなら! さぞかし楽だろうよ!」
くたばれ。
イヤ、生きて苦しめ。
「バカ野郎共」
馬鹿みたいに綺麗な空が映る。
そのまま寝転がって星を見ていた。
乱れた呼吸が整い、熱した体から汗が引くまでの時間。宇宙にいるような、涙が出るほど美しい満天の星空。僕を嘲笑するように輝く三つの月。
「ソーヤ」
独り占めの星空に邪魔が入る。視界の中で揺れるモフっとした尻尾。
「どうした。迷子か?」
「はい、ミスラニカ様。迷いました」
金目に灰色の長毛、冬毛で更にモフモフの猫が僕に話しかけてくる。
マキナがいうには、ノルウェージャン・フォレストキャットという品種にとても似ているそうだ。
「どれ案内してやろう」
早よ起き上がれ、と肉球が頬に触れる。
神に急かされたら、寝転がってもいられない。冷たい雪を掃い立ち上がり、神の先導に続く。
「ミスラニカ様。家に変わりはありませんか?」
「変わったといえば変わったな。エアの奴も健康に戻った。だが、ここ最近の飯が、うどんとカレーとラーメンの繰り返しなのじゃ。悪くはないが、そろそろ飽いた」
「マキナの奴、他のご飯は作らなかったので?」
「あやつは基本、人が欲しがるものしか作らん。エルフは、気に入った味や娯楽に飽く間隔が長い。エアなど、放っておいたら毎日カレーだぞ。ラナの奴も、延々と卵かけご飯を食べるし。家庭に多様性をもたらすのは、ソーヤの仕事なのじゃ」
「肝に銘じます」
エルフは凝り性だからな。
「まあ、ランシールの奴が拘束されていなかったら少しは違っただろう」
「ラナ達はそれを?」
姉妹で王城に突撃してないだろうか。
「城の使いの者が、姉妹には風邪と伝えた。妾には見え見えじゃったが、気を利かせて黙っておいてやったぞ。どーせ、女の勘とやらで王に突撃したのだろう」
「はい、まあ大当たりです」
「じゃ、明日は妾の好きな飯を作れ」
「了解です。何をご希望で?」
「鍋」
鍋か、冬場にはやっぱそれだな。ベーコンとキャベツとトマトと味噌とか色々入れて適当に作っても美味いはず。
だが、
「ミスラニカ様。熱いの苦手でしょ? 前作った時も始終熱いって騒いでいたような」
「フーフーするのじゃ。信徒の務めであるぞ?」
「………了解です」
今日、新しい教義が生まれた。
『神にフーフーするのも信徒の務め』である。これを見たマリアが『自分も』と騒がなければ良いが。
「着いたぞ。妾は先に入る」
城壁の一角に到着。二、三日離れただけなのに異常に懐かしく感じる。
………………我が家だ。
鉄扉の横に付いた猫用ドアを潜り、我が神は先に家に帰る。マキナが作ったのかな? ちょっと手を突っ込んでみると奥が深い。先も見えない。風の流れを感じる。
ドアというより猫用通路。
これはもしや、地下に繋げたのか。なら防犯的にも問題ないか。
「ふう」
軽い緊張から、扉をノック。
奥からパタパタという足音。
「はーい。どなたですか?」
「君の夫です」
鉄扉が少し開いて、チェーンロック越しにラナと再会した。
胸や体の線がぴったりと浮き出るニットのワンピース姿。肉感的な太ももを露出して、暖かそうな毛皮のスリッパを履いている。金髪はストレートに降ろして、そこから下がり気味の長耳が覗く。ちょっと眠たそうな可愛らしい童顔。
「ちょっと待ってください」
扉が一度締まり、チェーンが外される。
再び開くと、夢にまで見た台詞をいってくれる。
「お帰りなさい。お風呂にしますか? ご飯にしますか? そ――――」
「お前だァー!」
食い気味に台詞を被せる。
正直、色々たまらん。
「しー」
先に帰っていたランシールに、人差し指を立てられる。コタツに入った彼女の隣には、ぐっすりと眠るマリアの姿。
そういえば僕も眠い。長く眠っていたはずなのに、あの夢の眠りは睡眠とは違うようだ。
家は土足禁止になっていた。
玄関スペースに靴とスリッパが並べられている。
コタツスペースには、本棚やお菓子に娯楽用品。枕、クッション、その他の安眠グッズ。その全てが、軽く手を伸ばせば届く範囲に設置されていた。完全に人を駄目にするスペースだ。場合によっては撤去を考えよう。
「ソーヤが帰るまで起きているといっていたのですが、ちょっと前に力尽きました」
ランシールがマリアを抱っこする。
「ワタシも眠ります。城では良く眠れなかったので。ソーヤ、お帰りなさい」
「はい、ただいま」
二人は上に行った。
『ソーヤさん、お帰りなさい』
「おう、ただいま」
キッチンのマキナに雪風を渡す。
ちょっと見ない内に、キッチンが綺麗かつ機能的に進化していた。現代的な料理器具が立て掛けられ、作業台の下には収納スペース。上の台はピカピカの大理石に変更。新品の包丁が輝いている。
お姑さんのように、作業台をついっと指で撫でた。
これは良い物だ。
でも、お高いんでしょうね? また知らない内に借金とかしてないよな?
『雪風ちゃん、思ったよりも消耗していませんね』
『雪風は、今回はお留守番でした。事実上、マキナと変わりありません』
『データ統合と最適化作業に入ります。ソーヤさん、お湯溜まっているのでお風呂をどうぞ。武装のメンテナンスは早朝行います。装備は、地下の装備棚に入れておいてください。では、今回の冒険もお疲れ様でした。おやすみなさい』
「おやすみ」
A.Iの機体が待機状態に移行。
「ラナ、エアは?」
そういえば妹が見えない。
「とっくに寝ました。子供が起きている時間じゃありません」
「そか」
ラナに、マントとトップハットを渡す。
色々詰まった麻袋を床に置くと、
「所でこれはなんじゃ?」
地下から現れたミスラニカ様が、即行で漁り出す。
「お土産です」
「ほほう。良い塩漬け肉と酒があるではないか。ありがたく貰ってやるぞ」
少女の姿になって、サンタクロースのように麻袋を担いで上に消えた。個室は用意してなかったけど、誰の部屋にいったのだろう?
てか僕は、契約した二神に盗品を献上した事になるのだが………ま、いっか。
『………………』
互いに周囲を見回す。
人影なし。聞かれている心配もない。
「それじゃ、お風呂にしま―――――」
「お風呂で君にする」
食い気味に台詞を被せた。
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