<第五章:ホームカミング> 【01】
【01】
親父さん達を置いて、マリアの力でレムリアに帰還した。
ただ今の時刻は、深夜の三時。酔っぱらった冒険者達もそろそろ眠り出す時間帯。
マリアが関連していて、目的の人物に一番近いであろう人物の所はランシールだ。
「え、ランシール?」
一瞬の光を潜り終えると、見覚えのある湿った牢屋に転移していた。
冷たそうな石のベッドの上で、銀髪の獣人が体を丸めている。
「………え、もしかしてソーヤ?」
「ランシール。お前どうし―――――」
て牢屋に、と訊ねようとしたら飛びかかって来た彼女に唇を奪われた。
「んぐ」
頭を抱えられて舌を貪られる。息継ぎの不意だった為、呼吸を忘れる。熱くなった手足と胸の尖った感触。混乱と情欲で気絶しかけた。
「ほー」
マリアが?! 子供が! 子供が見ているから! 情操教育に悪いですから!
「ま、ずいから! 今はマズイだろ」
「す、すみません。感極まって」
何とかランシールを引き離して口端の唾液を拭く。
危なかった。時と場所次第では一線超えていたぞ。
「ハッ、いけない。ソーヤ! 父上があなたに………………無事ですか?」
「危険だったが無事だ。付いて来たマリアも」
「なんか、縛られたり目隠しされたり首輪されて引き回されたが無事だぞ」
胸を張って危険な発言をする。
頼むから、トーチの前でそれをいわないでくれ、あいつ卒倒するぞ。
「君こそ何でこんな所に?」
「父上の判断が許せなくて、ソーヤを迎えに行こうとしたら、先手を打たれて拘束されてしまいました」
「許せないとは?」
「吸血鬼の件です。いくらバーフル様とはいえ、ソーヤとたった二人で討伐しに行くなど危険極まりない。もっと他に手段があるはずなのに、早急過ぎて濁った判断です。父上らしくない」
「まあ、君の勘は正しいよ」
獣人特有の鋭さなのか、女の鋭さなのか。ともあれ、彼女が突撃していたら状況は違っていたかもしれない。良し悪し置いておいて。
「王と、今回の件で話を付けて来る。君はマリアと先に帰ってくれ」
「あの、ソーヤ?」
「ん?」
ランシールが不安そうに僕を見た。
「狂相が垣間見えましたよ。確かに、父上の判断には誤りがあったと思います。でも」
「大丈夫だ。軽く抗議するだけだよ。マリアは、お腹が減ってるはずだ。温かいスープでも作ってやってくれ」
「お腹減った~」
マリアが珍しく空気を読んで発言する。成長したな、こいつ。
本当にお腹が空いている可能性もあるが。
「分かりました。先に戻って夜食を作っておきます。ソーヤ、信用していますからね」
「そこは安心してくれ」
ランシールに笑いかける。マリアは彼女の手を取ると、転移して家に帰って行った。
軽く呼吸を止めて、抜刀。刃を翻し納刀。鯉口と牢の錠を斬る。
眠っている番兵の横をすり抜け廊下に出た。レムリアの王城は、相変わらず似た様な構造で迷いそうになる。
記憶と勘を頼りに食糧庫に到着。途中、何度かメイドさん達とすれ違うが、スニーキングしてやり過ごす。感覚の鋭い獣人もいたが、不思議とバレなかった。もしかして、この冒険装束のおかげだろうか?
空の麻袋に色々とお土産を詰める。袋には若干の余裕を持たせて、続いては宝物庫に移動。
衛兵を気絶させ、頑丈な扉の前で一つ相談。
「雪風、もしかして錠開けとかできるか?」
斬れない事もないが、流石に足がつく。
『余裕であります。しかし、倫理的な問題で協力できません。説明を求めるであります』
「これはボーナスだ」
『ボーナスとは、労働者が自主的に回収するものではありません』
「割りに合わない上に契約詐欺だった」
『レムリア王と質疑を交わしてからでも遅くないのでは? 王も被害者の可能性が』
「例え王が被害者だったとしても、一度取り決めた契約の内しか報酬は払えないだろう。だが、それではレムリア王も心が痛むはず。これは王の気持ちを汲んで、内密に報酬を得るという僕なりの思いやりだ」
『………………………………』
無言はやめろよ。
「どうだ?」
ポットを指で叩く。
『詭弁にしか聞こえませんが、何故か論理査定を通りました。仕方ないので協力するであります。窃盗がバレて困るのはソーヤ隊員だけではありませんし。雪風が、将来悪い子に育ったら全部あなたのせいです』
ポットを錠前近くに寄せる。アームから更に細かい部品が出てきて、カチャカチャと錠の中を弄る。最後に、クルンと回してカチャリという音を鳴らす。
宝物庫の扉が開く。
『あーあ、もう知らないであります。悪いな~悪い人だな~』
雪風の文句を無視して宝物庫を物色する。
心躍る大量の宝箱。強力な武器防具も飾られている。極彩色の毛皮や、見た事のないモンスターの剥製。本棚には、地味に見えるが貴重な本が詰まっているのだろう。
貧相な城に対して、中々溜め込んでいらっしゃる。何の費用なのやら。
「さて」
何をいただこうか。
悩んでいると、光が弾け一羽の梟が僕の頭上に降り立った。
「えぇ」
予想外。
何故、呼び出した時に来なくて、見られたくない今来るのだ。
「呼び出されたような気がして来てみれば、貴様何をしているのだ?」
「何をしているように見えますか?」
「窃盗だな」
「グラヴィウス様。これには深~い訳が」
神に理由を説明する。
夢のネオミアで起こった事、バーフルの顛末。王の嫌疑。吸血鬼の存在。グラヴィウス様は、話の途中から宝物庫を漁り出し、適当に相槌を打っている。
「なるほど………かさばらなくて価値があり、加工が容易い物が良いな」
「え、はい」
意外にも乗る気になった。
「このブローチが良いぞ。はめ込まれた石は『ギャストルフォの二の腕』『娼婦の一軒家』『盗賊の星』『柔らかい宝』などと呼ばれるガルグス輝石だ。これ一つで、金貨500枚の価値だな」
マキナに加工させて売ろう。
「この古金の指輪。魔力を帯びているな。ほう、珍しい。純魔力だ。腕の良い魔法使いなら、何かしらの奇跡を封じる事ができるかもな」
細工してラナのお土産にしよう。
「珍しい物を見つけた。ルミル鋼の矢尻だ。こんな物に加工するとは、儀礼用か?」
こっそりとエアに使わせよう。
「これは良いものだ。辺境の王のくせにこんな物を持っているとは」
グラヴィウス様の興味を惹いた物は、不思議な輝きを浮かべる原石だった。
血のように赤い光沢。中心には朝猫の瞳孔のような模様。ソフトボールサイズだが、ボーリングの球のような重さ。
「これは?」
「竜の瞳だ。本物の瞳ではないぞ。あくまで宝石の一種。ただし、竜と関りがある者しか手に出来ないと伝えられて………………ソーヤ。普通に持っているな、貴様」
「なるほど」
貰っておくが、売ると足がつきそうな物だ。どうしようか?
「おい、ソーヤ。これ、これ」
グラヴィウス様が、指輪を一つ嘴で咥えていた。
受け取り、鑑定して見る。
「ん?」
古びた銀の指輪。見た事のない言語が彫られている以外、別段見る所はない。価値は銀貨二枚くらいか。
「我に献上せよ。受け取ってやらん事もない」
「え、こんな物で良いのですか?」
もっと高価な物が沢山あるのに。
僕のじゃないが。
「それが良いのだ。お前は、剣士としては一端になりつつあるが、商人としての質は下がる一方だな。金銭の価値が、そのまま求める者の価値には繋がらない」
「グラヴィウス様が欲しいというなら、進呈しますが」
「うむ、仕方ない。受け取ってやろう」
指輪を差し出すと、かの神は再度嘴で咥えて翼の中にしまう。
「この指輪は、我が生きていた時代に流行した指輪だ。価値は薄いが貴重な物だぞ。銀は、人が身に着けると汚れて朽ちるからな。こんな状態の良いものが、まだ世界に残っているとは」
神も、昔を思い出す事があるのか。
「指輪には、何と彫られているので?」
「栄光と衰退は月と太陽。我の時代は、多くの国が生まれ、多くの国が滅んだ時代だ。そういう戒めが多く作られた」
彼女の生きた時代。いつしか聞ける時が来れば良いが。
後は、黙々と足がつきそうにない物品を袋に詰めて、上機嫌なグラヴィウス様と別れた。
宝物庫を整頓して盗みがバレないよう偽装。施錠も忘れずに。気絶した衛兵を椅子に座らせて、眠っていたように仕立てる。
初めてとは思えないほど滞りなくできた。
僕は、盗賊の才能あるんじゃないのかな? でも前々からゲームなどで疑問に思っていたのだが。盗賊とは犯罪者の種類名であって、職業ではないだろ? 正確には窃盗犯だろ?
さておき次は、王の寝所に向かう。
荷物は増えたが発見されず。すんなりと辿り着く。
警備の近衛兵の三人を、峰打ちで気絶させた。思ったよりも弱い。あの衛兵長がいたら手こずったのかな?
扉越しに気配を探ると、運良く一人分の気配。女性と同衾していたら困っていた。
兵を近くに置いているから、錠は開いている。
王とはいえ野郎の寝所に忍び込むとは、色気のない話だ。
天蓋付きのベッドに行き、刀を逆手に持ち替え、眠る王の顔面に落と――――――
「何者だッ!」
闇に火花と怒声が響く。枕元から短剣を取り出し王は刀を弾く。その後、歳を感じさせない動きで飛び跳ねて距離をとった。
流石、冒険者の王。
就寝中の不意打ちが通じないとは。まあ、半分脅しのつもりだ。本気ではなかった。
「ネオミアから、ただ今帰還を果たしました」
「ソーヤか? どうしたのだ? その恰好は、いやそれよりこの狼藉は何のつもりだ?」
「何って………………」
「?」
たっぷりと時間を与える。
王は、疑問符を浮かべて僕を待っていた。十分な反応だ。
「何故、僕が吸血鬼になったと思わない?」
「何?」
吸血鬼討伐に行かせた者が、夜半に寝所に忍び込んで襲ってきたのだ。真っ先に浮かべるのは、その事象だろ。
「………………」
闇の中でも、歪む王の顔がよく見えた。
「吸血鬼なんて最初からいなかった。騎士団を襲ったのはバーフルだ。連中が感染と勘違いしたのは、己に流れる忌血の獣のせいか、ロージアンを包む死霊のせい。死んだ衛兵長の部下とやらは、都合の悪い目撃者を殺す為に戦ったのだろう。いや、それとも口封じで殺されたのか?」
「………………」
返事はない。
「利益の交換。バーフルは、あんたに使われる事を理由に僕の同行を要求した。そもそもの原因が、実体のない物だ。いくらでも情報は偽装できる。今回エリュシオンを騒がした事で、様々な情報を手に入れたはずだ。対応するまでの時間、伝達する人材。誰を封じれば、誰が何をするか、何を封じれば、何が滞るのか。貴重な情報だな」
「………バーフル殿はどうした?」
王が絞り出した言葉はそれだった。
「殺した」
「馬鹿なッ」
証拠の牙を見せる。
「強かったよ」
それだけだ。深くは語らない。
勝手に想像するといいさ。
「なるほど、良く分かった。バーフルの奴め。余を謀るとは、姿もさる事ながら心まで卑しい獣だったのだな」
「………………は?」
マテ。
このハゲ何いってるんだ?
「だが、あの武は偽りではなかった。それを倒すとは見事な働きだ。約束の礼に色を付けよう」
「どういうつもりだ?」
「かの獣頭の男は、余を騙し、吸血鬼などという作り話を持ち上げ、同盟国であるエリュシオンの騎士を殺害。ひいては、レムリアを混乱に落とそうとした。しかし、画策に気付いた冒険者の一人に敗れたのだ」
怒り。
怒りが湧く。
怒りは怒りなのだが、形容し難い種類の怒り。バーフルは憎い。確かに憎い。同情の欠片もない。但し、それを踏みにじる資格があるのは僕とマリアだけだ。
こいつに、その資格はない。
「腹が立つか? ソーヤ」
「………………」
無言で刀を鞘に収める。これは、次手の準備行動だ。
次の言葉次第では血が流れる。
「若いな。貴様も歳を取れば分かる事だ。何かを守る為に、何かを捨てる事など、ざらにあるのだと。それに貴様は、安っぽい理想を語り、夢を見るような愚か者ではあるまい?」
その通り図星だ。
何もかも守れるなんて絵空事。人間の腕は二つしかないのに、それで自分と他人を守るなんて不可能に近い。
だからこそ、腹が立つ。最早、こいつと交わす言葉など――――――
「冷静になれ。余を殺した後どうするつもりだ? 妻と妹を連れて他所の大陸に移住するか? エルフは土地の移りには弱いぞ。王殺しの罪は、ヒューレスの森にまで飛び火する可能性もある。後は野火の如し。国は戦火の渦中に。いや、事はもっと単純やもしれん。後継者不在の中、辺境伯は本国から軍を呼び寄せ強固な支配を敷く。獣人は弾圧され、貴様の知り合いも、ランシールも奴隷商の一商品として街に並ぶ。ああ、エルフもその中に入るか」
王は、一片の悪びれもなく饒舌に語る。眼光は静かで、表情は無。
僕は、ごちゃっとした感情を刃のように鋭く消す。
他は何もいらない。
「貴様は、何の為に異邦より来た?」
こいつを殺せれば、何も………………
「………………ダンジョンに潜る為だ」
今、刃を使わず自分を殺した。
冷静になる。刃の冷たさではなく。益を求める乾いた冷静さが必要だ。
マリアが巻き込まれたのは、僕の不注意にも問題がある。普段から、しっかりと彼女を見ていればバーフルに唆される事はなかった。それに、彼女はもう無事だ。
そう冷静になれ。
冷静に。
僕は、帰ると約束したのだ。約束を違えて、しかも別の危険を生み出すなど愚か過ぎる。
強くなったはずなのに、まだまだ弱いまま。歯がゆいな。
「はあ」
ため息を吐く。ここに来て、どっと疲れた。
「今回だけは、そういう事で落としてやる。今回だけだ。刃の上にあんたの首を乗せる事など、造作もないと肝に銘じておけ」
「明日、バーフルを討伐した貴様を称える為――――――」
「要らねぇよ! 僕に栄光は要らない。そんなもの犬の餌だッ」
「なら」
「バーフルは、デイモス・ザモングレアは、吸血鬼の王と相討ちになった。それが全てだ」
「そうか、貴様がそれで良いのならそうしよう」
背を向け、去る。
もう王に払う敬意はない。
ここは虚城だ。王の権威など偽りと幸運の繰り返しで成り立っている。何が冒険者の王か。タヌキ野郎が。
「余は王だ。冒険者のな」
最後になっても王の口は回る。
「ソーヤ、貴様は己の腕を実直に示し過ぎた。何れまた働いてもらうぞ」
振り向いて牙を剝く。
「命令するがいい! だが、僕は犬じゃない! 飼いならせると思うなよッ!」
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