<第五章:ホームカミング>
<第五章:ホームカミング>
闇の中。
目を開けているのか、閉じているのか。
夢から覚めたのか、まだ夢の中なのか。
いや、夢とは何だ?
「………………」
溶けていた意識を集めて自分を形取る。意識すると、手足の感覚が闇の中から帰還した。続いて呼吸。次は重力の方向を認識。
僕は、冷たい石畳の上に寝転がっていた。
徐々に目が慣れて行くと、並んだ鐘が見えた。ロージアンの地下、カタコンベ。
数瞬呆けた後、思い出したようにマリアの所在を探し求める。
「ほっ」
すぐ傍にいた。
僕の手を握って眠っている。何故か、アガチオンを抱きしめていた。
『ソーヤ隊員。起床したのなら助けてください。このままでは機体が破損する恐れがあります。あ、凄い力』
「中身が見たい、開けよ。小人が入っているのだろ?」
『止めるであります。止めるであります』
雪風と誰かの声。
青鱗公の石像の上に、エルフの少女が座っていた。彼女は雪風のミニ・ポットを弄っている。
「すみません、カンテラ返してください。大事な物なんで」
止めようとするが、体が痺れて立ち上がれない。上半身を起こすだけで精一杯だ。
「なんだ。起きたのか」
少女が、ゴミを見るような目で僕を見下す。
闇に映える金髪。ショートボブから覗く長い耳。人形のように整った顔つきで、肌は雪のように白い。仕立ての良いドレス姿で、上に暖かそうな毛皮のマントを羽織っている。
良い所のお嬢様に見えるが、帯刀しているから冒険者だろう。
見た目はエルフだ。エルフらしく美しいエルフ。ただ何故か、違和感を覚える。あれ………ん? 帯刀? 良く見れば、どこかで見た刀。あのハゲが持っていたというか、奪われた刀。
「もしかして白鱗公で?」
「そうだ。貴様、案外鋭いな」
一点物の武器を持っていたら馬鹿でも勘付くだろ。
「結界に綻びがあると報告を受けてな。急いて北の地に向かえば、何の問題もない。そういえば、貴様らはロージアンに向かったと聞く。寄ってみれば案の定だ」
エルフ姿の白鱗公が大鐘を指す。
竜の石像が抱いた大鐘。ネオミアでも同じ物を見た。青鱗公は本物だったが。
「この鐘は、旅人の魂を故郷に帰す為の儀礼鐘だった」
だった?
「青鱗公が、遠方の冒険者を愁い作られたのだ。さりとて、人の願いは物の本質を歪ませる。青鱗公亡き後、夢領の入り口として人は鐘を鳴らし始めた。在りし日のロージアンを思う為、亡き家族を思う為、帰れない故郷を思う為、無為で哀しい人の思いだ」
「え………それじゃ僕がいたネオミアは?」
「誰かの夢だ」
あれが全て夢だと?
「いや、待ってください!」
僕は自分の恰好に気付く。トップハットにベスト、金具を付けた竜血のマント。ネオミアの冒険装束。ポケットには魔獣の牙が入っていた。
おまけに、転がった刀剣の傍に約束した燭台がしれっと置かれている。
「この衣装はネオミアで貰った物です。他にも現物が二つ。いや、三つか。夢の物を持ち出せるとか、色々と説明が」
「簡単な事だ。この世界には、意思を持ち言葉を交わす夢がいるではないか。その一端が、衣装や物になってもおかしくはない」
「言葉を交わす夢って」
まさか、
「貴様らが神と崇める存在だ。あれも人の願い、思い、信奉、憧れ、教義、物語、せせこましく言葉を並べても本質は人の夢に過ぎない。そして夢であるが故、悪夢も存在する。例えば、こなたの片翼を折った獣の男とかな」
「そういえば」
冷や汗が出て、周囲を見回す。バーフルの姿は………………………………ない。
ほっと胸を撫で下ろす。ホラー映画みたいな展開は流石にないか。
「白鱗公。僕がいた夢は、バーフルは、誰の悪夢なのですか?」
僕は、いまだに状況が飲み込めていない。
全てが夢というには血の匂いが残り過ぎている。雪原、白い狼、雪の居城、吸血鬼、凶月の女神、ラウカンの呪い、魔獣との戦い。
最後に見た王の姿。
「そんな者。決まっているだろう」
白鱗公は、青鱗公の石像を撫でる。
竜の夢?
あれが青鱗公の夢?
家族を殺した騎士は、竜から見れば悪夢そのものだろう。だがしかし、何故ネオミアを作り出したのだ? 吸血鬼とエンドガードは? 本物の青鱗公は、今どこに? 混乱の極みになり現実逃避の為、脳は別の事を考えて、ぽっとした思い付きを言葉にしてしまう。
「その石像って、本当に石像ですか?」
「ふふ………どうかな?」
白鱗公は、驚くほど屈託のない笑顔を浮かべる。
見下し視線からの笑顔、実に見事な不意討ちだ。正体を知っているのにキュンとしてしまった。
もう一つの疑問を口にしてみる。
「あの、本当のネオミアは?」
「それを確かめたくば己の目で見るのだな、冒険者よ」
「そう、ですね」
そういう未知を探索するのも冒険者の仕事か。
僕は、何で冒険者やっているんだっけ?
「これだけは教えてやる。ネオミアには、エンドガードという戦士達がいた。彼らが封印した吸血鬼がいた。ロージアンから嫁いだ美しい少女がいた。儚くも彼女を愛した賢王がいた。眠る竜の体も、彼が呼び込んだ長い冬も、人の弱さから禁忌に触れた罪も。
エリュシオンの軍勢に対し、勇ましく散った戦士達も。
白き狼も。
最後には、何もかもが雪に埋もれたとしても、彼の地に全てあった事だ。夢であっても幻ではない。人の思いと歴史があった。忘却に消えたとて、妄執の寄る辺ではない。例えそうであっても、こなたは悲しい思いを向けたくない。人の思いは炎のように消えゆくモノだが、そこには咲き誇る花のような美しさがある。美しいものは、愛される資格があるのだ」
白鱗公が、雪風を投げて寄越す。
受け取って腰に吊るした。
「こなたにも子細な真実は分からぬよ。されど、肉体とは大地に還る物。魂は、故郷に帰る物だ。人も、竜も、それに違いはない。貴様も帰るがよい。人には帰るべき家があるのだろ? 暗闇に生きるのは亡者だけだぞ」
「あります。帰る家が」
待っている人達が。
悪夢から生まれた男は帰れなかったが、僕には帰る事ができる。
「んぅ~」
マリアが目を覚ました。
だが、まだ眠いのか僕に抱き着いて二度寝しようとする。
「こら起きろ。帰るぞ」
「変な夢を見たぞ」
「ん?」
「妾がバインバインになって、ソーヤを助ける夢だ」
「そいつは良い夢だな」
お前の理想はあの姿なのか。
背中をさすってやると、温もりは僕から離れる。
「ぬー!」
マリアは背伸びをした。彼女の抱えていた魔剣をあらためて眺める。
今回、酷使したせいか剣身の所々が欠けていた。ザモングラスの剣や、刀も同じような状態だろう。メンテナンスが必要だ。
道具の本質は、持ち主に使われる事。そうあるから、そうあるだけ。分かっていても道具に魂が宿り、感情を持ち、己に好意を持ってくれると思い込むのは、日本人らしい宗教か。
全ては夢でも、関わった意思は存在した。
なら、あの時の彼女は僕が作り出した夢なのか、それとも妄執なのか。失った物を求めるのは、人間らしい感情だ。例え獣になっても変わらない。
まあ、人間と獣にさしたる違いはない、か。
「ソーヤ。こいつ誰だ?」
マリアが白鱗公を指す。
「こら、人を指さしちゃいけません」
「貴様、こなたの頭に乗った餓鬼だな」
やっぱり根に持ってる。
「?」
マリアは知った事ではなく疑問符を浮かべた。
危険を察知したので話を逸らす。
「白鱗公。お腰の刀、向き逆ですよ。刃のある方が上です」
「ぬ? しかし、それでは咄嗟に抜けないではないか」
ヨシ食い付いた。
体の痺れが取れて来たので、立ち上がり、刀を腰に挿す。刃はきちんと上を向かせる。
「反りを上にしないと刃が痛みます。刀は基本両手で扱う物。引き抜く瞬間に鞘を返して」
左手で鞘口を持つ。右手はゆったりと刀の柄に。呼吸を細く、徐々に止め。脱力から………………炸裂させる。
抜刀の瞬間、刀を返して反りを合わせた。
無音からの澄んだ閃き。
刃の生み出した線で、空間がズレるような錯覚。斬撃を放った後、刃を返し峰を親指の付け根に滑らせ静かに鞘に収める。
鯉口を鳴らしても残心は忘れない。
ネオミアで得たモノは、衣装と牙と燭台だけではない。死闘から得た経験。血で研いだような技の冴え。死線を潜り抜けないと得られない業だ。
「こんな感じです」
「お、おおう。それくらい、こなたにも………くぬ!」
白鱗公は、一気に刀を引き抜こうとして腕の伸びが足りず、引っ掛かる。
刀というか、剣に慣れていない人間が良くやる事だ。
「ぷっ」
マリアに笑われた。
「餓鬼ッ貴様ッッ!」
白い肌を真っ赤にして怒る白鱗公。前からちょっと思っていたが、幼い感性だな。
抜いた刀を振り回してマリアを追っかける白鱗公。微笑ましいが、怖い!
「何だこれは」
「ホント。何でしょうね」
現れた親父さんに相槌を打つ。
「おお、そうだ。忘れる所だったな」
親父さんに、銀の杭で頬をペチペチ叩かれた。
冷たい。何だこれ。
「熱いか? 痛いか?」
「これとして別に、何も」
「感染していないようだな。一つ安心だ。それで吸血鬼の根源は倒したのか? ………バーフル殿はどこだ?」
「ああ」
逡巡は短い。
やる事はいつもと同じ。
「吸血鬼の王と相討ちになりました。立派な最後でしたよ」
これは僕の、最高の皮肉だ。
「そうか、さぞかし勇猛な戦いだったのだろう」
「ええ、それはもうしつこくて何度も蘇って大変でした」
「………お前、大丈夫か? 疲れが溜まっているのではないのか?」
「疲れてはいますが、もう一戦くらいは。親父さん、一つ聞いていいですか?」
「何だ?」
マリアは、白鱗公に捕まって頬をプニプニされていた。
よかった血が流れなくて。
「騎士団が壊滅した吸血鬼の件。あれ、調べました?」
「それが解せんのだ。駐屯所付近に埋められた死体は獣の爪や牙で損壊していた。これが恐らくは、吸血鬼によるモノだとされる。探ってみると街の離れにも死体が埋められていた。こいつらは、剣と槍による死傷だ」
「どちらもエリュシオンの騎士の死体ですか?」
「間違いない。離れの死体に遺留物はなかったが、鍛え方を見れば一目瞭然だ」
「………………ありがとうございます。すみません、僕は一足先に帰ります」
「良いが、どうした?」
「いえ、ちょっと野暮用ができて。マリア!」
呼ぶと白鱗公の腕をすり抜けて僕の所にやって来る。
「どうした? もう家に帰るのか?」
「ああ、レムリアに帰ろう。ただ、ちょっと寄り道を頼む」
落とし前をつけないとな。
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